15 叛意の芽生え
ヨーゼフは父の部屋の前に来ていた。
専属執事のアルトマンが数度ノックすると、
「入れ。」という言葉が聞こえてくる。
声に自然と身が引き締まる。
アルトマンの手によって、扉が開かれると、
そこには父が座っていた。
光の加減で表情は窺えないが、
やはりどこか毅然としていて、威圧的だ。
俺は父を尊敬している。
若いうちに俺の祖父母が亡くなると、
後継者争いが起きる前に母ミリアリアとともに、
戦争ですぐさま武勲を挙げた。
さらに帰国後、
それまで荒れていた地域すらも、
整地し、その領地を復活させる傍ら、
国家間の友好のため、他国から姫を娶り、
自分の地位を盤石とした。
武功、知恵ともにこの国で並ぶ者も今はいるまい。
いずれ俺がそれに並んでみせる。
それが俺の当面の目標だ。
部屋の中央辺りに着くと、
父は単刀直入に言うと宣言した。
なんのことかは分からないが、
父の言う事に間違いはないので、
特に考えず、受け入れようと思った。
しかし、それは思いもよらないことで俺は自分を失った。
「アイリスティアとランカ王女殿下との婚約が先日決まった。」
「へ?」
思わず漏れる気の抜けた声。
そして、続いて声が漏れた。
「嘘でしょう…嘘でしょう、父上、父上っ!」
詰め寄るヨーゼフ。
「ヨーゼフ様っ!」
「止めるな、アルトマンっ!」
父の姿をしっかりと捉える。
しかし、父の表情は憮然としたものだった。
そのことが真実だとさとったヨーゼフの体はかっと熱くなった。
完全に頭に血が登った。
「どうして!どうして俺じゃなくてあいつなんですか!」
アイリスティア。
3歳になった俺の弟。
ナヨっとした、俺に媚びへつらった三男。
とてもランカの婚約者には相応しくない。
あの美しい王女の、綺麗な中に可愛らしさを持つ彼女のそれには。
隣りにいるべきは…あんな奴じゃ、ない。
「俺、俺がランカ王女の婚約者になります。
あいつは相応しくありません。
俺は学園でも、剣も魔術も優れた成績を納めています。
俺のほうが相応しいと思います。」
父の反応を見る。
しかし…。
「決まったことだ。」
「…。」
期待通りの言葉が来ずに思わず絶句する。
それに対し、ヨーゼフに聞く姿勢ができたと考えたのか、
父は言葉を続ける。
「ランカ王女と結ばれるということは、
入り婿という形になるが、
公爵家を継ぐのではなかったのか?」
確かに次期公爵となるために自分なりに努力してきた。
その為に父や母がどれだけ力を注いできたのかも、
弟や妹たちよりも上等な教育を受けてきたし、
我が儘も奴らよりも聞いてもらえた。
しかし、それをかなぐり捨ててでも…。
「っ!
家なんてそんなもの!
弟のマインにでも任せておけばいいんだ!
だから、俺がランカと…っ!?」
尻すぼみになっていく言葉、
自然とそうなっていったのには理由があったらしい。
急に冷や水をかけられたように、
血の気が引いていく。
頭が冷静になり、状況を把握した。
「ヨーゼフ。」
声のした先、自分の主張をぶつけた先、そこには、
静かに、しかし、圧倒的な熱量を感じる怒りがあった。
完全に失言だった。
この人物は家を守る鬼だったのだ。
家を守るために人も救ったが、
家を守るために妻も娶った。
家を守るために他国の人間を殺した。
今更ながら、それを思い出す。
俺は本能的な恐怖からガタガタと身を震わせる。
「…今のは、聞かなかったことにしよう。
もう用は済んだ。
部屋を出ていくといい。」
俺は「失礼しました。」という言葉もなく、
逃げ出すように部屋を出ていった。
「くれぐれもアイリスティアと姫殿下に迷惑を掛けないように。」
部屋を出る時、そんなことを言われた気がした。
気がつくと、
俺は父に対し、叛意にも似た感情を覚えていた。
―
兄がなにやらずっと俺のことを睨んでいる。
なぜだ?
三男のくせして、王女の婚約者なんて生意気だ、
というやつだろうか?
しかし、これで俺は完全に婿入りという形になるのだから、
俺なんかを警戒する必要もまたなくなったので、
これはウィンウィンというやつなのではなかろうか?
子供なのでそんな計算はできないとか?
俺には考えても、今の対応はどちらにしろできないので、
ヨーゼフのことは考えるのをやめた。
しかし、こちらは対応できないにしても、
考えなければならないだろう。
母がニッコリと微笑みながら、周囲を威圧している。
魔力が禍々しく揺れていた。
「楽しみね、ランカちゃん、どんな子なのかしら?」
「ええ、そうですね、アーシャ様♪」
うふふ、うふふと笑う二人に、
俺含め子供たちは全員、そしてミリアリアまでも、
ドン引きしていた。
ノックの返事をすると、
部屋に使用人が入ってきた。
どうやら来たらしい。




