14 事後処理と婚約とネタ本
ランカ王女が後ろに侍り、
歳は30ほどと父とほぼ変わらないくらいで、
どこか厳しい表情をした男と
若々しく20くらいの赤髪の美しい女性が、
俺と父の対面に腰をおろしていた。
ここは王城の談話室。
よく知らない二人は王と王妃だ。
先日会った…らしいというか、
俺が謁見したらしいのはこの2人、いや3人だ。
…よく覚えていないけど。
あははは…内心笑って誤魔化す。
緊張で顔をよく見ていなかった。
前世で緊張しない方法があっただろう?
人をナスやきゅうり、ダイコンやカボチャと言った野菜に見立てるというあれだ。
どうやら無意識にそれをやっていたようなのだ。
だから、気持ちは初対面だ。
故に再び緊張する。
「まず、アイリスティア、
余の娘ランカを救ってくれたことに言葉もない。
感謝する。」
「あ、あたまをおあけくだしゃいっ!」
とっさだったので、噛んでしまった。
おのれ子供舌、またおまえか。
王は頭を上げたと思ったら、顔を背けているし、
父やランカも俯いてなにやら震えているし、
王妃はあらあらと微笑んでいるしで、
恥ずかしくて仕方がない。
なにより王妃のそれが一番きつい。
顔が真っ赤になるが、
間を置くのはまずいので、軽く咳払いをして続ける。
「おんなのこがおそわれていたら、たすけるのはとうぜんです。」
キュンッ!
へ?
なにか妙な気配がしたような?
その気配に視線を送ろうとしたら遮られた。
「当然?
ふ、ふはははは、当然、そうか当然か。」
なるほどこれはいい。
そう笑う。
なにか変なことを言っただろうか?
父を見ると、
どこか眩しいものを見るような目で俺を見つめていた。
そこから、父と王の話が始まった。
先日の襲撃はどうやらある貴族が首謀者らしい。
らしいというのは、
先日の片方、二流よりの暗殺者が拷問により漏らしたからだ。
しかし、証言のみで物的証拠がないため、
立ち入りなんかをして証拠を探すことや、
罰することはできないらしい。
それほどの大物ということだ。
もう一人はというと脱走したらしい。
僕はやっぱりかと思った。
なぜなら先日、騎士が拘束に使ったのは、
俺よりも稚拙な拘束魔術だったからだ。
恐らく逃して泳がすためなのだろう。
今回は名目上、ここで手打ちとするらしい。
すると、父が不意に聞いていた。
「しかし、アイリスティア、
いつの間に魔術なんて覚えたんだ?」
軽く一呼吸おいて、答える。
「えっと…うちにそういうほんがあったので。」
「そういう本ですか?」
是非参考にしたいなどと王と父は話し合っている。
「どんな本なの?」
「えっと…だれにでもできるまじゅつですけど…。」
「「「…。」」」
誰にでもできるシリーズ
これは人によっては(笑)などがつく。
またの別名誰もできないシリーズ。
これは大賢者ヘルミオーネが弟子たちが慢心しないようにと、書き綴ったものだ。
自分がどうだったか、
書き綴ったものであるため、
難易度は他に類を見ないほど高く、
誰の参考にもならない。
なので、現在ではある種のネタ本となっている作品である。
予断だが、アイリスティアの生まれた別宅にあったのは、
これを読んだアイリスティアがガックリしたり、
涙目で甘えてきたりを夢想した母親が、
アイリスティアが生まれるなり、仕入れたからだ。
ここで、
有名な一節を紹介しよう。
【初級魔術?そんなの術式見たら、一発でできたわ。】
【回復魔術?子供の時遊んでたらなんかできたから覚えてないわ。とりあえず術式だけ乗っけといてあげる。】
【防御魔術?いじめっ子が来た瞬間、邪魔だと思ったら、
なんか壁が出たわ。】
…普通、参考にならない。
しかし、アイリスティアにはそれがすぐにできてしまった。
だから、その異常性に気が付かない。
他に魔術関連の本が子供部屋になかったことも起因するだろう。
そうなるとやはり、
この部屋にいる人間がひどく驚いている原因がわからない。
完全にアイリスティアは自分のハイスペックさを失念していた。
「…さて、褒美の方はどうしようか?」
なにやら王は困ってしまったようだ。
王妃もなにやら思案げだ。
いくらかの静寂が続き、
それを破るものが現れた。
「父上、私に提案があるのだがよろしいか?」
「…ああ。」
「アトランティア公爵、
アイリスティアと私との婚姻を結ぶというのはいかがだろうか?」
ん?
王と王妃は渡りに舟というくらいに同意する。
「そうか、それはいいっ!」
「ええ、それは素晴らしいことね!」
パンと手を叩き、話を終えようとした時、
父は横槍を入れた。
「お待ちを!」
父を睨みつける3人。
俺?俺は困惑中。
とりあえず話が落ち着いて、方針が決まるまで傍観。
「確か王女は婚約者を持つことに難色を示していたはずでは?」
「ああ、確かに私はそうだったな。
しかし、
アイリスティアはこれだけの力を持っている。
これを野に放ってしまうのは、勿体ない。
だから…。」
それほどの力を示したつもりはないんだけど、
助けられたからか、
そえ見えたのかな?
吊り橋効果的な?
「それならば、第2、いえ、第三王女の方が。」
「いや!
それは駄目だっ!」
突然の大声に、
呆気に取られる父と王。
その最中、王妃は微笑む。
そして、王になにやら耳打ちをした。
王はなにやら寂しげにランカを見たあと、
小さくため息をつき、
俺に向かってこう言った。
「アイリスティア、娘をよろしく頼めるか?」
「王っ!」
「黙れ、馬に蹴られて死ぬか?」
「くっ…。」
「アイリスティア、して返事は?」
ノーと言える日本人だった前世の俺ならば、
この場であっても空気を無視して、
自分の意志を通しただろう。
しかし、今の俺は子供。
3歳児。
王に逆らい、父に逆らうという愚行をして生きていけるわけがない。
…いや、それよりも…。
視界に映る美少女がひどく不安そうに祈るような仕草で、
こちらを見つめている。
もし断ったらどうなってしまうだろうか?
少し想像してすぐにやめる。
…ひ、卑怯じゃないか。
回答は決まっていた。
決められていた。
反する回答などできるはずもない。
「ランカさまをしょうがいあいするとちかいます。」
「よしっ!
よく言ったっ!!」
「ええ、ええっ!」
興奮してよくやったという王夫妻、
項垂れる父。
そしてなによりも…
後ろを向いてしまうランカ。
その直前に見せた笑顔を生涯忘れることはないだろう。
「さて、まずはしきたりに則ってやってもらうことがある。」
えっ、なにそれ?それって今?今なの?
「簡単なことだ。
そう困惑することはない。」
そうは言うけれど、顔が怖いんですが!?
「とりあえず余のことをパパと呼んでみてくれるか?」
「……は?」




