10 兄、姉たちに会う
あの漢女の惨劇から数日経ち、名目上、習い事なんかをやっている兄、姉の時間がようやく合ったので、ミリアリアの子供たちと会うことになった。
(実はアーシャがミリアリアと口すら聞かなかったため。)
一体どんな子達なのだろうか?
「俺はヨーゼフ、ヨーゼフ・アトランティア。この公爵家を継ぐものだ。」
ババーンと腕組みポーズをする、きっちりと髪をセットした十歳くらいの子供。
それを見た瞬間、アイリスティアは早速心の中で頭を抱えた。
一発目がこれか…と。
本能的に分かった。
こいつは身分やれ、上下関係やれで人を測るタイプの人間だと。
そして、暗にこうも言っている。
…俺が上だと…。
お前は公爵家を継げると思うなよと…。
まったく3歳の右も左もわからない子供にいきなり言う事か?絶対に普通は理解できないだろうと。
内心かなり呆れつつ、しかし、ここで下手に目をつけられても面倒だと思い、無難に対応することにした。
別に下剋上とか、考えているわけではないしね。
できれば、さっさと公爵家を継いで俺のことは忘れてほしい。
「よーぜふあにうえ、アイリスティアでございます。」
………お?おおっ、噛まずに言えた!?
先日の汚名返上だ!!
成功の喜びが想像以上で、アイリスティアはそれが表に出そうになるのを必死に封じ込める。
その結果、それはどこか口元の緩みを媚びへつらうそれに見え、どうやらヨーゼフはそう読み取ったのか、ニヤリと嫌味な笑顔を浮かべた。
「お前がアイリスティアか。ほう?なるほど。なるほど。災厄の三日間なんてのをやるのも納得だ。随分となよっちいな。」
ブチッ!
後ろからなにやら殺気を感じた。
これはキレている。
間違いなく。
そして、それを読み取ったのか、ミリアリアは慌てた様子でヨーゼフに声を掛けた。
「…ええ、ええっと〜、ヨーゼフ、そういえば、今日は先生がはやくいらっしゃるのではなかったか?」
「いえ、母上、そのようなこと私は知りませんが…」
いや、確かそうだった、たしかにそうだったと、ミリアリアはその様子に慌てたように長兄ヨーゼフを部屋から追いやり、そして、再び中に入ってくると、アイリスティアに軽く頭を下げた。
これでアーシャの気も少しは晴れただろうとアイリスティアが視線を送ると、アーシャは未だ不機嫌そうで…。
すると、アイリスティアはアーシャと目が合うと、はなにやら俺にも不満があるのか、咎めるように言い始めた。
「アイちゃん、あんなクソガキに媚びる必要はないのよ。」
「……えっ、なんのこと?」
まったく見に覚えがない。
「あら?だったら?さっきのはなに?」
「さっきの?」
「なんか変な笑顔してたでしょう?」
変な笑顔?はて…って…あっ……。
それは案外すぐに思い当たり、アイリスティアはアーシャにもじもじとした様子でうかがうように聞く。
「…えっと、わらわない?」
「え?ええ。」
そして理由を話すと、先ほどの嫌な雰囲気からほっこりしたそれに変わった。
「そっか。そっか〜。嬉しかったか〜。」
「ふふふ、それは良かったな〜、アイリスティア♪」
……さて、気を取り直して、次兄マイン。
彼はどうやら穏やかな人物のようだ。
美少年以外特に特徴がない。
そうだな…あえて言うなら…。
乙女ゲーで最初は優しいんだけど、ヒロインが他の男と仲良くしているのに嫌気が差して、最終的には監禁とかしそうな感じに成長しそうな美少年だ。
「よ、よろしく、あ、アイリスティア。
ぼ、僕のことはお兄ちゃんでいいからね、
うん、ほんとに、本当。
末永く仲良くしようよ。」
「はい、えっと…お、おにいちゃん。」
前世には兄弟がいなかったので、
かなり気恥ずかしかったが、
どうやら仲良くできそうだ。
ちょっと嬉しい。
「えへへ。」
俺が笑顔を浮かべるとそっと顔をそらしてしまった。
たぶん、同じような気恥ずかしさがあったのだろう。そうに違いない。
二人の姉だ。
歳上がミラで年下のほうがサラという。
彼女たちは双子ではなく、
生まれたのは一年違いなのだが、
いつも一緒で服を共有したりとかなり仲がいいらしい。
「「アイちゃん、よろしくね。」」
二人は似たような笑顔でギュッと抱きしめてくる。
自己紹介は一通り終わった。
「では、マイン、それではそろそろ行くか。」
このあと、ミリアリアがマインに剣の稽古をつけるらしい。
ミリアリアは学園卒業後すぐに結婚して家に入ってしまったが、
学園史上稀に見るほどの腕前だったらしく、
もし家に入っていなかったら、
さる女将軍と同等以上の腕になっていたんじゃないかと
以前、アーシャから聞いた覚えがある。
もしよかったら、アイリスティアもと誘われる。
正直、かなりの興味を惹かれたが、
それはアーシャによって拒否された。
「だめですよ、お姉さま、アイちゃんはこれから予定があるんです。」
彼女はニヤリと笑い、
どこか底意地の悪そうな雰囲気を出し始めた。
すると、アーシャはミラとサラの姉妹に語りかける。
「実は二、三日前に買ってきた服でファッションショーをしようと思っていたの。
二人もどうかな?」
「「ええ、是非っ!」」
ノリの良い姉妹はアーシャの提案に乗り、
メイドに手伝いを頼み、
自分たちの服も持って来ようとする。
すると、
マインもなぜか口を開いた。
「わ、私もご一緒してもいいですか?」
「えっ、お兄様がですか?」
「えっ、ダメ、かな?」
「私達がお誘いしたときにはご興味をしめされなかったのに?」
「いえ、ダメではないのですが、えっと…。」
ミラとサラは顔を見合わせる。
二人としても、
おそらくパーティーのあとにここを離れるアイリスティアとできるだけ仲良くなっておきたかったのだ。
お人形さんの様な彼と。
おそらくここにマインがいれば、男同士の話に夢中になって話し込んでしまうだろうという予感があった。
だから、どうしてもマインにここに留まられては困る。
できれば、一人、いや二人占めしておきたい。
「…ですが、お兄様、剣の稽古があるのではなくて?」
「そうですわ、
お母様もよくおっしゃっているではありませんか、
私達のお稽古には色々な方が関わっていてそれを動かしてしまうと多くの人に迷惑がかかってしまうと。」
マインはミラとサラに暗に拒否する。
マインは助け舟を出すよう、ミリアリアに視線を送るも、
首を振る。
先ほどヨーゼフを送り出した手前、
特別扱いすることもできなかったのだろう。
マインとミリアリアは肩を落として、
ひどく残念そうに部屋から出ていくのであった。
「そういえば、あいつと喧嘩したときは、
絶対に勝てなかったな…。」
道すがらこんな呟きが漏れた。




