1 転生したらしい
前の世界の名前は知らない。
ただ俺は地球という星の日本という国で高校生という立場で生活していたことは覚えている。
…それが一体どうして?
「は〜い!
アイちゃ〜ん、起きまちたか〜?」
…どうして綺麗な金髪の女性に赤ちゃん言葉で語りかけられているのだろう。
「……。」
…おっと、思わず死んだ魚のような目になってしまった。
失礼失礼。
彼女はひどく整った容姿で、惜しげもなくその美しくも可愛らしい笑みを寝そべった俺に向けていた。
死んだ魚のような目でいる時、一瞬そういうプレイかとも思ったが、今、周りやれ自分の小さなお手々を見てガックリと項垂れる。
豪勢な家具に囲まれたやたらと広い部屋。
俺はどうやら部屋の中心にあるベビーベッドの中にいるようだ。
優しげな笑みを携えた彼女がそっと俺の背中に手を通し、抱き上げる。
「は〜い、よちよち、
ご飯でちゅよ〜。」
そんな声が聞こえたかと思うと、なんと彼女は自身の胸元をはだけさせ、ほどほどに大きな乳房を出そうとしてきた。
ちょっ!?ちょっ!?ちょいっ!!
何してるんですかお姉さん!!
…勘弁してくださいって!!
俺みたいな高校生にそんなの早すぎますって!!
そんなことを考え、思わず顔を真っ赤にしながら顔を背けると、彼女は「あらあら、はずかちぃんでちゅか〜。ちゅ〜しちゃいまちゅよ〜。ちゅ〜。」などと赤ちゃん言葉を繰り返してくるものだから……うん、なんか…現状を思い出した。
「バブバブ(そういえば赤ちゃんだった。)」
とはいえ、見たことがないほどの美人がそんなことをするさまはかなり目の毒なので、またこの先起こるであろうことが予見されたこともあり、俺は目を逸らし、逃避というやつをすることにする。
…こんなことなら、まだ俺がそんな性癖に目覚めてしまった方がよかった。赤ちゃんということは、これからも続くのだろう?
…もしプレイならば、事はそれほど長くはかからないだろうに。
…精々数時間の話だったろうに。
これからどれだけ続くであろうこの葛藤と比べれば、瞬きをするようなものだったはず…。
俺の現状を推量する。
友人の影響で数冊ほど、こんな摩訶不思議、不可思議な本を読んだことがあった。
それとの相違点はあったが、ほぼ間違いないだろう。
(…これってそういうことだよな)
…確か最後の記憶は布団に入って目を閉じたところで終わっている。
少なくともトラックに跳ねられたり、通り魔か誰かに刺されたり、魔法陣という罠に引っかかったり、といった災厄級の出来事に遭遇した覚えはないのだが…。
原因はわからないが、どうやら俺は転生というものをしてしまったらしい。
「は〜い!いい加減ご飯にしまちょうね〜。よいしょっ!」
一瞬、ちらりと桃色のなにかが見えた気がした。
(…とりあえず寝よう。)
赤ん坊は寝るのが仕事だ。
最大の仕事だ!!
食欲は睡眠欲にも…睡眠欲は食欲にも勝る!!
そう掛かるはずもない暗示をかけ、彼女の胸の先端が再び視界に入る前に目を閉じ、意識を沈ませにかかった。
おっぱい飲まないと大きくなれまちぇんよ〜
なんて声が聞こえてくる気がするし、唇になにかいい匂いのぷにぷにするものが当たっている気がするが、心の平安のために無視をすることにした。
流石に見ず知らずの人のそれに吸い付くのはハードルが高すぎる。
…たぶん今世の母だろうけれども、どうか俺に覚悟の時間をください。