アラサーシンママ転移物語
暗い部屋、窓から差し込んだ月明かりが見慣れた部屋を青白く照らす。
先程まで慌ただしくしていたリビングを背に、やっとの思いで寝床に入る。長いため息が口から溢れ、見慣れた天井をぼうっと見つめた。隣には、最近やっと歩けるようになった1歳の愛娘が、手足をひろげて寝息を立てている。
思わず口元が綻ぶ。あぁ、なんて可愛いんだろう。寝顔を見るだけで愛しい気持ちで胸がいっぱいになり、そっと頭を撫でた。
さぁ〜明日も早いから、早く寝なくちゃ。
佐藤まりえ、32歳。大学卒業後化粧品関係の企業に就職。大学時代の同級生と28歳で結婚、仕事が軌道に乗ってきた時に妊娠が発覚し、チームを降りることに。さらにつわりが酷く入院中に夫が不倫を開始。産後3ヶ月の時に夫……いえ「元」夫、たくやから相手を妊娠させてしまったと告げられた。
―――「は?それで?」
―――「ごめん、職場のバイトの子で……まりえは正規雇用だし俺がいなくても生きていけるかもしれないけど、彼女は俺がいないとダメなんだ……」
呆れてものも言えず、だが同時に腹の底が冷えるような煮えたぎるような複雑な嫌悪感に吐き気がした。目の前に座っているこの間抜けな男は一体誰なのか。今この両手の中に抱いている愛娘の遺伝子上の父親ではないのか。
―――「気持ち悪い……一生やってれば?養育費はこの子の権利だから、きちんと頂きますので」
断言しよう、きっと私よりそっちの女の方が、よっぽど強かに生きていける。
あぁ、寝る前に嫌なこと思い出しちゃったな……。
コロンと娘・ゆなの方に体勢を変えゆなの頬を優しくつつく。唇をちゅぱっと鳴らし、またすやすやと寝息をたてる姿に少し心が洗われた。
そう、私はこの子のために生きていく。睡魔に身体を預け、疲れた身体が心地よく重くなるのを感じた―――その時
「!?」
眩い光の線がまりえとゆなの周りをクルッと一周し、光の輪の中に囲まれた。まりえは思わず上体を上げるも見慣れた景色はどんどん謎の光に侵食され、見えなくなってゆく。
「ゆな!」
素早く隣で目を瞑ったままの娘を抱き抱え、もう一度顔を上げるともう光で視界は真っ白に。キーンというかすかな耳鳴りと突然のことに思わず強く目を閉じた。
何!?一体何が起こったの!?お願い!とにかくゆなだけは無事でありますように―――――