09:◆過去◆冬眠する夫の本当の想い
「エイベル様、冬眠なさるのね……。運命の相手なのに知らないことばかりだわ」
エイベルを起さないよう、それでも独り言ちる。
彼はぐっすりと眠っている。
「そういえば、寝顔を見るのも初めてだわ」
ふと思い立って眠るエイベルの顔を覗き込んでみる。
彼と暮らし始めて数ヵ月が経ち、就寝までは二人で他愛もない会話をするようになったが、それでも寝室は別々だ。
いずれは一緒に眠るのだろうか。
そんな事を考えながら、眠るエイベルの顔をじっと見つめる。
銀色の髪。すっと通った鼻筋。切れ長の凛々しい目をしているが、今は閉じられてる。意外と睫毛が長い。
エイベルは三歳年上だが、こうやって眠っていると年下のようにも見える。
またとない機会だとじっと見つめていると、その視線を感じたか、偶然か、ゆっくりとエイベルが目を開いた。
銀色の睫毛で縁どられた目元。ゆっくりと金色の瞳が覗く。なんて美しいのか……。
「……ロゼッタ様?」
ぼんやりとした声色でエイベルが名前を呼んでくる。
ロゼッタは「はい」と穏やかに答え、彼の手をそっと掴んだ。
「エイベル様、起きたのでしたら帰りましょうか」
「帰る……。あぁ、やっぱり帰ってしまうんですね……」
「エイベル様?」
「ロゼッタ様……、俺は……。貴族でもないし、貴女が望むような……モフモフも……してない……。蛇で……。……だから、帰ってしまうんですか」
寝惚けているのか。むしろ意識は殆ど夢の中と言えるのかもしれない。エイベルは薄く開いた目をゆっくりと閉じ、かと思えばふっと開き、朧気な様子で話を続ける。
その口調もまた微睡んでおり、溶け落ちそうな意識を必死に繋ぎ止めて訴えようとしているのだと分かる。
「冬眠、したら……。貴女を故郷に……その話を……。でも、もう戻ってきてくれなかったら……だから……。帰ってしまわないで……」
エイベルの手がロゼッタの手を握り返してくる。
だが意識の半分以上を寝ているのかその力は弱い。大きな手ではあるが、これぐらいの強さならばロゼッタでも簡単に振り払えるだろう。
だけどどうして、これほど素直に求められて振り払えるというのか。
「エイベル様、私は帰ったりしませんよ。冬の間もおそばに居ります。貴方が蛇でも、モフモフしていなくても、冬眠しても、ずっと一緒です。だから安心して眠ってください」
そうロゼッタが告げれば、エイベルが元より眠そうだった目を今度は嬉しそうに細め……、そして目を閉じた。
スゥ、スゥ……、と穏やかな寝息が聞こえる。必死に繋ぎ止めていた意識を再び眠りへと手放したのだ。
そんな彼の寝顔を見つめ、ロゼッタもまた穏やかに微笑み……、
「しまった、起きて欲しかったんだわ」
と、うっかりと彼を寝かしつけてしまった事に気付いた。
◆◆◆
エイベルが目を覚ましたのはそれから四時間後、既に周囲は暗く、夜と言える時間だ。
もぞもぞと起き出した彼はしばらくベッドの上で虚空を眺め、次いでぼんやりとロゼッタを見つめ……、数分経ってようやく詰め所にロゼッタがいることを「どうしてここに?」と尋ねてきた。
そうして夜の道を二人で歩く。
人間の足と蛇の尾。形はまったく違うが、それでも進む速度は同じだ。
「申し訳ありません、ロゼッタ様。まさか待って頂いていたなんて」
「気になさらないでください。待っている間にも冬眠された騎士を迎えに来る方がいらっしゃってお話も聞けましたし。良い体験でした」
「そう言ってもらえるとありがたいのですが……。せめて冬眠については説明をしておくべきでした。そうだ、冬眠の間、御実家に戻られますか?」
「……え?」
ロゼッタは疑問を抱いてエイベルを見た。
だが彼の方もまた不思議そうな表情をしている。首を傾げれば、夜の月明かりに輝く銀の髪がはらりと揺れた。じっとこちらを見つめてくる金色の瞳はまるで月のようだ。
「エイベル様、先程そのお話はされていましたよね?」
「え? ……あぁ、きっと寝惚けていたんです。冬眠中は寝惚けることが多くて、会話はしても記憶していない事が多々あるんです」
申し訳なさそうにエイベルが話す。
次いで彼は窺うような声色で「もしかして……」とちらと横目でロゼッタへと視線を向けてきた。どことなく気まずそうな表情だ。
「もしかして、なにか変な事を言ったりはしていませんでしたか?」
「変な事?」
「はい。失礼な事や、その……、変な事を。冬眠中に寝惚けていると、なんというか……その……おかしなことを言ってしまうんです」
「失礼なことを仰るんですか?」
意識が混濁し、思ってもいないような事を口走るのだろうか? それとも、もしかして暴言……。だとすれば不安になってしまう。
そうロゼッタが問えば、エイベルはバツが悪そうに頭を掻いた。銀の髪が揺れる。
「『思っていないこと』ではなくその逆、『思っていること』です。取り繕えないというか、その……、考えていることや胸の内をそのまま口にしてしまうんです」
「思っていること……」
気まずそうに話すエイベルをじっと見つめ、ロゼッタは先程の彼の言葉を思い出した。
『帰ってしまわないで』と。虚ろな意識をそれでもと必死に繋ぎ止めてロゼッタに訴えてきた。弱々しい力で手を握りながら。
あれはエイベルの『思っていること』なのだろう。冬眠中ゆえに意識も朧気で、だからこそ思いのままに伝えてしまった。
「……そう、だったのですね」
自分の中に落とし込むようにロゼッタが呟けば、ますますエイベルが居心地悪そうな表情を浮かべた。
ロゼッタの反応を見て、やはり何か言ってしまったと悟ったのだろうか。挙句に「申し訳ありません」と謝罪しだすのでロゼッタは慌てて顔を宥めた。
「エイベル様は失礼なことなど仰っていません。だから謝らないでください」
「そうですか? それなら、俺は何を話したんでしょう」
「それは……。まだ今は言えません」
さすがに本人を目の前にして「帰らないでくれと言ってくれた」とは恥ずかしくて言えない。
「まだ?」
「はい、まだ言えません。次またこうやってエイベル様をお迎えに上がった時にお話しますね」
「さすがに俺も毎年は仕事中に冬眠したりはしませんよ。普段は自宅で冬眠時期を迎えるようにしています」
「そうですね。もちろん自宅で冬眠の時期を迎えるのが一番です。ですが、もしかしたらこの先またお勤めの最中に冬眠してしまうかもしれませんでしょう」
来年の冬も、その先も、何度冬がきても変わらず一緒に居る。だからいずれ今日のような事が起きるかもしれない。
そうロゼッタが話せばエイベルの表情が和らいだ。嬉しそうな表情だ。
そんな彼の隣を歩きながら、ロゼッタはそっと彼の手に触れた。おずおずとだが指を絡めれば、彼の手がピクリと震えるのが分かった。
……だが手を放すことはなく、それどころか応えるように、彼もまた指を絡めて手を握ってきた。
冬の始めの寒い空気の中、それでも繋いだ手は暖かく、そこからじわりと体中に温かさが伝わっていく。
「あ、あの、先程からエイベル様の足元……、足元と言って良いのか分からないのですが、歩みが覚束なくて。そ、それに、寒くて眠くなってしまったらと思いまして……!」
「そ、そうですね! 夜は特に冷えるので手を引いて貰えると助かります!」
恥ずかしさから互いに言い訳をしながら、それでも手を繋ぎながら歩いた。




