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04:◆過去◆怖がらせないための苦肉の策

 


 初対面時の衝撃がようやく冷めはじめた頃、今まで王宮で生活していたロゼッタはついにエイベルと共に生活することになった。

 住まいはクロッセルア国。この件に関してエイベルはロゼッタの母国に住まいを移しても良いと言ってくれたが、いかんせん蛇の獣人は目立ちすぎるということでクロッセルア国に決めた。――それに蛇とはいえ家族がアレルギーを発症する可能性も否めない――


 そうして、王宮からさほど離れていない城下街の一角、屋敷とは言えないながらにも大きな家に移り住んだのだが……。


「すみませんロゼッタ様、ベッドが一つしか間に合わなかったんです。も、もちろん疚しい考えはありませんよ。ベッドはロゼッタ様の部屋に運んで、俺はリビングのソファで寝ます」

「そうですか、それなら私はベッドを使わせて頂きます」

「あ、あと、必要なものがあるなら何でも仰ってください。すぐにご用意します。もちろん費用は俺が出しますので」

「ありがとうございます、エイベル様。でも私も必要なものは持ってきておりますので心配しないでください」

「それと、家事を任せるために雇った者が夕方頃に挨拶に来たいと言っていました。元々貴族の家のメイドとして仕えていた者ですので、不備はないかと」


 緊張し上擦った声でエイベルが話す。それに対してロゼッタも余所余所しい態度で返してしまう。

 なんてぎこちない空気だろうか。内心では「これが夫婦のやりとりなの?」という疑問が浮かんでしまう。


 だがそれも仕方ない。

 初めて顔を合わせてからしばらく経ちロゼッタとエイベルは既に婚約関係にあるのだが、かといって今まで密に過ごしていたかと言えばそうでもない。

 ロゼッタはクロッセルア国での生活に慣れるために王宮で勉強をしていたし、それに住まいを移すために何度か母国にも帰っていた。その間エイベルは通常の仕事に加えて新居の手続きと、双方なかなかに多忙だったのだ。

 エイベルは時間があれば顔を見せてくれていたが、二人が揃うとそれはそれで手続きやら何やらとやらなければならない事がある。二人で落ち着いて話をする機会はあまりなかった。

 おかげで、いまだにどう距離を詰めて良いのか分からないのだ。


 だけどこれからは、とロゼッタは勇気を出してエイベルを呼んだ。


「エイベル様、一つお伺いしたいのですが」


 よろしいですか? とロゼッタは前置きをして彼を見つめた。

 銀色の髪、金色の瞳。どちらも美しく、整った顔付きを更に凛々しく見せる。今日は騎士の制服ではなくラフな服を着ているが、それもまた彼の見目の良さを映えさせる。

 己を支えるために壁を掴む手も人の肌で覆われており、一見するとやはり人間のようだ。


 壁から上半身だけをこちらに見せる人間。


 ……不自然な体勢。『人間に見える』と言えどもこれでは些かおかしな人間である。


「どうして上半身だけを出しているのですか? その体勢、辛くはありませんか?」

「いや、それは……、正直なところを言うとだいぶ辛いんですけれど」

「それなら無理をなさらないでください。もしもエイベル様さえ良ければ、こちらに来て家具を移動させるのを手伝って欲しいんです」

「……分かりました、ちょっと待っていてください」


 準備をします、と告げて、上半身だけを見せていたエイベルがさっと壁の向こうへ消えていった。

 その先にあるのは彼の自室だ。

 しばらく待つと「お待たせしました」と彼は再び戻ってきた。


 腰から下を毛布でくるみながら。


 ……上半身だけしか見えないのでまるで人間のようだが、やはり些かおかしな人間である。


「エイベル様、どうなさったんですか……?」

「気にしないでください。それよりも家具です。力仕事は俺に任せてください」


 腰から下、蛇の獣人らしい部分をすっぽりと毛布で覆い、そのままずるずるとエイベルがこちらに来る。


 毛布の端を椅子に引っかけて倒し、ラグを引きずり、ラグの上にあるローテーブルも巻き込んで引きずりながら……。


「全ての家具を引き連れし者……!? お待ちくださいエイベル様、家具が! 椅子が!」

「家具? ……うわっ、なんで椅子が倒れてるんだ!?」


 背後の惨状に驚くエイベルに、ロゼッタはこれ以上の被害は出すまいと「止まってください!」と声を掛けて慌てて彼へと駆け寄った。





 そうして椅子を直し、ずれてしまったラグとローテーブルを元の位置にもどす。


 改めてロゼッタがエイベルへと向き直れば、いまだ下半身を毛布に包んだエイベルが申し訳なさそうに座っていた。


「この毛布はどういう事ですか? そういえば、エイベル様は私が王宮に居た時も、顔を見せに来てくださる時はいつも下半身を長い布で覆ってましたね。それと関係が?」

「それは、関係というかなんというか……」

「まさか脱皮!? 脱皮中で見せられないのですか!? それとも脱皮したての姿を見せてはいけないしきたりが!?」

「お、落ち着いてください、ロゼッタ様。脱皮は関係ありません。あれはもう去年済ませました」

「そうですか、脱皮は関係ないのですね。……することはするんですか?」

「三年に一度くらいです」


 あっさりと返すエイベルに、ロゼッタは「やっぱり蛇の獣人……」と唖然としながらも頷いて返した。

 とりあえず脱皮についてはその時がきたら考えようと自分に言い聞かせる。今は脱皮よりも彼の格好だ。


「それなら、どうして毛布を巻いてるんですか?」

「それは……。ロゼッタ様、貴女を怖がらせないためです。俺の蛇の部分が嫌なんでしょう?」

「嫌? 私が?」

「はじめて会った時に驚いていたし、それに貴女は俺を長毛の獣人だと思って期待していたと聞きました。だから……、蛇でガッカリして、嫌なんだろうと思って……」


 申し訳なさそうに話すエイベルに、ロゼッタはなんと答えて良いのか分からなくなってしまった。


 確かに自分はもふもふした長毛の生き物を愛していて、運命の相手はもふもふした獣人に違いないと決め込んでクロッセルア国に来た。

 その思い込みのあまり、もふもふのもの字もない蛇の獣人であるエイベルを前にし、唖然とし、あろうことか「私のもふもふは……?」と呟いてしまったのだ。

 どうやらエイベルはその言葉や後から得た情報をもとに、ロゼッタは蛇が嫌いで怖いんだろうと考えたらしい。


 だが運命の相手である以上は添い遂げないといけない。ならばせめて蛇の部分は見せるまい……。

 と考え、その結果、己の蛇らしい下半身を布や毛布で隠して今に至る。


「そうだったのですね……。気を遣わせてしまって申し訳ありません、エイベル様。私あなたにガッカリなんてしておりません」

「……ですが、貴女は長毛の獣人が好きなんでしょう?」

「確かにもふもふは好きですが。でも今まで接した事が無いだけで、きっと蛇も嫌いじゃありません。だから隠さないでください」


 毛布の裾を摘まんで引っ張れば、エイベルがコクリと頷いてゆっくりと毛布を取った。

 そこから覗くのは銀色の蛇の体だ。上に来ているシャツの裾が随分と長いため境目は見えない。

 上半身は人間らしく、だけど洋服の裾から下は蛇の体。

 なんとも不思議なものだ。と眺めていると、興味を持ったと思ったのか、エイベルがシャツの裾を軽く捲って見せてくれた。

 人間で言う腰の位置だ。実際にエイベルの体は腰らしい骨と筋肉が見えている。だが肌はゆっくりと銀色の鱗へと変わっていき、そこから先は蛇の造り。明確な境目はない不思議なグラデーションだ。


「触ってみてもよろしいですか?」

「はい、構いません」


 少し緊張した声色の返事を聞き、ロゼッタはそっと彼へと手を伸ばした。

 肌色と銀色の境目。といってもグラデーションで変わっていくためはっきりとした境目ではない。「ここから肌? もう少し上? でもここから薄っすら変わっているような……」とぺたぺたと触りながら彼を見上げ……、


 むぐと硬く噤んだ口元、眉根を寄せた険しい表情、そして尾の先端がぴょんと上がってふるふると震えているのを見て、ロゼッタは改めてエイベルの顔を見上げた。


「擽ったがりなんですか?」

「……割と」

「そうだったんですね、ごめんなさい。私ってば遠慮なく触ってしまって。……それなら」


 もうしないから、と手を放そうとし……、ロゼッタは最後に一度、彼の腰元、人間の肌色と蛇の銀色が混ざり合う部分をこしょこしょっと指先で擽った。


 エイベルの蛇らしい尾がビクンッ!と跳ね上がり、椅子を一つ引っ繰り返した。




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