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03:◇現在◇三年目の甘い朝

 


「ん……」


 暖かな布団の中、ロゼッタは小さく声をあげた。

 微睡んでいた意識がゆっくりと浮上していく。それと同時に感じるのは程よい締め付け。

 もぞと顔を上げれば、暗い部屋の中で眠るエイベルの顔が見えた。

 整った顔付き。切れ長の目はいまは穏やかに閉じられており、金色の瞳は隠れている。勇ましさすら感じさせる凛々しい顔立ちだが、こうやって熟睡している時や無邪気に笑う時はあどけない幼さを見せる。

 彼はロゼッタを抱きしめたまま眠っており、逞しい腕がロゼッタの上半身をしっかりと押さえつけていた。


「ねぇエイベル、起きて。水を飲みに行きたいの」


 彼を起こすため、それでいて驚かさないよう、絶妙な声量で声を掛ける。

 だがエイベルは随分と深く寝入っているようで、数度ロゼッタが名前を呼んでも起きる様子はない。


「どうしよう。腕だけならすり抜けられるんだけど……」


 困ったものだ、とロゼッタは呟き、布団を軽く捲って中を覗いた。

 パジャマを纏う自分の下半身。それが銀色の蛇の体に巻き付かれている。

 これだけを見ると恐怖を感じかねない光景だ。

 獣人に慣れぬ母国の者達が見れば、大蛇が人間を絞め殺そうとしていると悲鳴を上げかねない。

 だが結婚して三年目のロゼッタには見慣れたもの。そして蛇の獣人を伴侶にした者にとってはよくある光景だ。


「最近寒くなってきたから足元まできっちり巻き付いてきてる。そろそろ冬ねぇ」


 恐怖や悲鳴どころか、しみじみとそんな事を考えてしまう。

 そうしてひょいと手を伸ばして彼のパジャマを捲った。

 露わになった横腹。鍛えているだけあり程よく筋肉がついている。

 だが人間らしい色合いの肌は腹部から腰に掛けてゆっくりと銀色に変わっていき、銀色になるとそれより下は肌ではなく鱗に覆われ、太い蛇の尾に変わっていく。――エイベル曰く「俺は騎士だし、蛇の中でも鍛えている方だよ」との事だが、生憎とロゼッタは蛇の筋肉の着き方はまだ分からない。――

 そんな肌色と銀色の境目にそっと手をやり、こしょこしょと指先で擽った。


 こしょこしょ……、こしょこしょ……と。


 指先でクルクルと円を描いてみたり、鱗に合わせて指先を伝わせてみたり。手の指を触れるか触れないかの近さで動かしツツツと滑らし……。

 我ながらくすぐったくなってしまう動きだ。やられているエイベルは堪ったものじゃないのだろう、蛇らしい体をぐにゃんと揺らし、更に人間らしい上半身を捩って逃げようともがきだした。

 ふ、ふ、と笑みを零し、微睡んだ声でロゼッタを呼んでくる。


「やめてくれ、ロゼッタ。擽ったい」

「擽ってるんだもの、擽ったくて当然よ。ねぇエイベル、水を飲みに行きたいから放して」


 ロゼッタが告げれば、エイベルが眠たげな返事をしてゆっくりと腕を放してきた。

 ……腕だけを。

 もちろんこれではロゼッタは抜け出せない。だからこそじっと待っていると、エイベルがふっと笑みを零した。


「水を飲みに行かないのか?」

「だって、エイベル……」

「ははぁ、さてはまだ暗いから怖いんだな」


 訳知り顔でエイベルが笑う。端正な顔付きの彼が悪戯っぽく笑うとどことなく蠱惑的な色合いを感じさせる。

 薄っすらと開けられた目、そこから覗く金色の瞳。銀の髪と金の瞳はまるで宝石を並べたように美しい。――対してロゼッタは髪色こそ金色だが、瞳は紫色だ。「これで私の瞳が銀色だったら全部対だったのにね」と以前に冗談めかしてエイベルに話しかけたことがある。彼からの返事は「俺はロゼッタの紫色の瞳を愛してるよ」という甘いものだった――


 そんなエイベルが愛でるように笑っている。

 暗い部屋が怖くて自分から離れられない妻が愛しくて堪らないと言いたげな表情だ。

 ロゼッタはどうしたものかと悩み……、再び彼の腰元をくすぐった。肌色から銀色へと移り変わる腰元、明確な境目はなくグラデーションのように変わっていくそこに指を添わせ、こしょこしょと指先で擽る。再びエイベルが身じろぎだした。

 蛇の尾が身じろぐと布団大きく揺れる。


「暗くても怖くないわ。ただ貴方が私に巻き付いて抜け出せないの。腕で抱きしめるだけなら抜け出せるけど、こうもしっかりと足先まで巻き付かれたらねぇ」

「わ、悪かった、無意識なんだ。やめてくれ。分かった、すぐに放すからくすぐらないでっ」


 寝起きの擽りは効くようで、慌ててエイベルが体を放す。もちろん今度は下半身も。蛇らしい下半身がパッと解くように離れていけば掛布団がふわっと揺れた。

 体を放し、それだけでは足りないとエイベルが両腕を軽く上げる。これは開放と降参の姿勢を兼ねているのだろう。それを見てロゼッタは「分かればよろしい」と得意げに告げてベッドから出ていった。


 その間際に彼の額に掛かった銀の髪を撫でるように払ってやるのは、おやすみという意味と、擽りすぎたお詫びだ。

 伝わったのだろうエイベルが嬉しそうに笑う。まるで母親に頭を撫でられた子供のようで、そのまま目を瞑ると再び眠りに戻っていった。




 キッチンへと移動し、水を飲んでふぅと一息吐く。

 時計を見ればまだ随分と早い時間だ。深夜ではないが朝とも言い難い。窓の外もまだ暗く、比較的朝の早い市街地のお店だってまだ誰も居ないだろう。

 この時間ならもう一度寝た方が良い。そう考えれば途端に眠気が戻ってきて、ロゼッタはコップを流しに置きながらふわと欠伸を漏らした。


「なんだか随分と懐かしい夢を見ちゃった」


 まるで思い出話をしているような気持ちになり、ロゼッタがクスクスと笑う。

 あれは星の欠片に導かれてクロッセルア国に来た時のことだ。初めてエイベルと顔を合わせた時の衝撃が胸に蘇る。


 もふもふとした毛で覆われた獣人を求めて、運命の相手はもふもふな獣人に違いないと決めつけていた。だがようやく顔を合わせたエイベルはもふもふのもの字もない蛇の獣人だったのだ。

 あまりの衝撃に情けない言葉を吐いたのも覚えている。

 それで……、


「あの時の私の言葉でエイベルを悩ませちゃったのよね」


 懐かしさと当時の自分の嘆きよう、そして彼が気にかけて取った行動を思い出し、ロゼッタは誰もいないキッチンで再び笑みを零した。

 そうして眠るために寝室へと戻れば、先程擽られて起きたエイベルは既にぐっすりと寝入っている。

 ロゼッタは彼を起さないようにそっと布団に入り、彼の体に擦り寄り……、そしてぎゅうと抱きしめられた。彼の逞しい腕が自分の上半身を抱きしめ、蛇状の尾もぐるりと下半身に巻き付いてくる。足先まできっちりと。


 まさに全身の抱擁だ。


 この愛おしい感覚、伸ばした手に触れるのはもふもふした柔らかな毛……ではなく、するりとした蛇の鱗。

 なんて愛おしいのだろうか。



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