02:◆過去◆もふもふを愛する令嬢と運命の相手
星が導く運命の相手。
それがどんな相手なのかは分からない。
今までの事例も様々で、時には相手からの愛は得られないと諦めて政略的な婚姻関係にあった二人のもとに落ちてきた事もあったという。他にも、たとえば過去に一度だけ出会い再会を願い合っていた二人のもとに落ちてきたり、導かれて出会った相手が同性だったり……、と様々である。
なにせ星が落ちる場所は前兆もなく、落ちた後に変化があるわけでもない。更に世界中のどこかという広さ。
そんな途方の無い話なうえ翌年の星祭りまでに探し出さなければならないのだ。これは容易な話ではない。
だが国中どころか各国が情報を交わして探しているだけあり、昨今ではそう時間は掛からなくなっていた。
現に、オルセーナ家にもう一つの星の欠片を持つ者が見つかったと連絡が来たのは、エリーと話をした三日後の事だった。
「クロッセルア国……、獣人!?」
クロッセルア国は自国とは別の大陸にある。船で海を渡った先にある国だ。
文化や技術はさほど差は無いらしいが、大きな違いが一つ、クロッセルア国は人間と獣を混ぜた獣人と呼ばれる者達の国である。
まさか先日話していた事が現実になるとは思ってもおらず、思わずロゼッタは声をあげてしまった。
「どんな方なんですか!?」
「お相手は王宮勤めの騎士だそうです。名前はエイベル・クスター」
「エイベル様……。クロッセルア国の騎士と言う事はやっぱり獣人ですよね? もふもふしていますか!? 長毛ですか短毛ですか、毛色は!?」
王宮からの遣いに、更に情報をと思わず詰め寄ってしまう。
だがそこを母に「落ち着きなさい」と制止され、ロゼッタは身を乗り出していたことに気付いて慌てて座り直した。
「申し訳ありません、私ってば取り乱して……」
「いえ、運命の相手なのですから仕方ありません。しかしこちらにも一応の情報は入っているのですが……」
曰く、エイベル・クスターは今年は二十歳になった男性で、15歳から王宮の騎士として勤めているという。
一般の出自ではあるが祖父の代から騎士として勤めており信頼は厚い。
「……と、こちらに入ってきた情報としては以上です」
王宮の遣いが頭を下げて報告を終わらせる。
これにはロゼッタもパチンと目を瞬かせてしまった。
「そ、それだけですか? 何の獣人かとか、何色の毛とか、どれだけの毛量かとかは書かれていなかったんですか? 日に何度毛繕いをするとか、尻尾の有無は、長さは、お耳の形は」
「ロゼッタ、落ち着きなさい。落ち着いて涎を拭いて」
「そ、そうねお母様、私ってばつい……。涎は垂らしてないわ!」
さすがにそこまでは! と慌ててフォローを入れるも、母はコロコロと笑うだけだ。
次いで王宮の遣いを労うと、こちらからもロゼッタの情報を伝えてもらうようにと告げてあっさりと返してしまった。多忙なのだから引き留めまいと考えたのだろう。
そのうえ、これから忙しくなると立ち上がるやいそいそと部屋をでていってしまった。
残されたロゼッタはといえば……、
「もしかして特殊な獣人で外部に情報を出せないのかしら。それほど珍しい獣人なら、きっと毛質も上質よね。あぁ、エイベル様、私の運命のもふもふ……。お会いできる日が楽しみだわ」
と、既に心はクロッセルア国に向かっていた。
◆◆◆
それから一ヵ月後、ロゼッタはついに『運命の相手』との対面を果たすことになった。
場所はクロッセルア国の王宮。あちこちにいる獣人達に目移りしそうになるが、それをぐっと堪えて質の良いカーペットの上を歩く。
ちなみにオルセーナ家からメイドを一人と護衛として兄――動物アレルギーではない兄――が着いてくる予定だったのだが、途中でメイドが船酔いで体調を崩し、兄が彼女を連れて引き返すことになった。結果ロゼッタ一人である。
これも仕方あるまい。動物アレルギーをどうにもできないように、船酔いもどうにもできないのだ。
「船酔いとは大変でしたね」
「えぇ、ですが幸い出航して直ぐのことで、港に戻る船も近くにあったため引き返す事が出来ました」
良かった、とロゼッタが話せば、隣を歩く獣人が頷いて返してきた。
そう、今ロゼッタの隣を歩いているのは獣人だ。それも熊の獣人。
名前はオルグ。王宮勤めの騎士隊長でエイベルの上官にあたる。
クロッセルア国の獣人は、獣人といえどもきっちり半分が獣と人間というわけではない。多少の差はあれども人間寄りのタイプが多いという。
オルグもそのタイプで、顔の造りは人間と同じだ。騎士隊の制服を纏って歩く姿はほぼ人間と言えるだろう。もっともあくまで『ほぼ人間』であり、黒色の髪からは熊らしい肉厚な耳がピンと立ち、上着の袖から見える手も太く硬そうな黒毛で覆われている。
聞けば、彼のような獣人は体の途中から次第に獣のような造りになっていくのだという。割合やどこから獣人のようになるかは人それぞれ。
「エイベルは俺よりも上半身は人間の形に近く、手も毛ではなく人間と同じ肌に覆われています。ロゼッタ様と並んでも上半身だけなら人間の夫婦のように映るでしょう」
「そうなんですね。それで、エイベル様は何の獣人なんですか? どんな毛色なんですか? あ、でも詳細は教えないでください。お会いする瞬間を楽しみに待っていたんです」
運命の相手ではあるものの、エイベルについては殆ど知らずに今日を迎えてしまった。
母国とクロッセルア国は海を挟んでおり、情報のやりとりにも日数が掛かる。そのうえ嫁入りはいつにするのか、住まいはどちらの国のどこに、迎えはいつ、どうやって……、と決め事が多く、そちらを優先してしまった結果だ。
さすがに互いの出自や経歴は釣書に記されていたが、そこには何の獣人かは書かれていなかった。
なにも知らぬ男のもとへ嫁ぐ不安は確かにあるが、そこは「運命の相手だから」と自分を納得させた。
それに世にはいまだ政略結婚が蔓延っており、親に縁談を決められ会ったことのない相手に嫁ぐ貴族令嬢も居る。それと同じようなものだ。
なにより……。
「私、すべてのもふもふを愛していますから」
「もふ……?」
「いえ、こちらの話です。ではエイベル様の髪色だけ教えて頂けませんか?」
「あいつの髪は銀色です」
「銀……。素敵な色! 銀の髪、そして銀の毛で覆われた耳、尻尾……。」
銀色の動物は何が居ただろうか。白銀の狼、それとも銀に近い灰色の猫、兎、美しい狐かもしれない。
うっとりとするロゼッタを他所に、オルグは首を傾げてなんとも言えない表情だ。獣人とはいえ顔は人間の造りなので表情の変化は分かりやすい。
だが疑問は思えども彼は足を止めることなく歩き続け、一室を前に立ち止まった。
「エイベル、俺だ。ロゼッタ様をお連れした。開けるぞ」
オルグが扉を叩いてから開ける。
ゆっくりと開けられた扉の隙間から人影が見える……。
「私の運命のもふもふ……!」
募った思いを堪えきれず口に出しつつ、ロゼッタは室内へと入り、そこに立つ一人の青年に目を止めた。
「あ、貴女がロゼッタ様ですか……。俺はエイベル・クスター。その、えっと……はじめまして」
緊張を隠し切れぬ様子で挨拶をする青年。
美しい銀色の髪。凛々しく整った端正な顔付き。騎士の制服なのか裾が長めの外套を纏っており、それがまた様になっている。
確かにオルグの言う通り、上半身だけを見れば人間と同じだ。動物らしい耳も無く、袖から覗く手も肌色。
そして、外套の下から覗くのは獣人らしい足。
……ではない。
にょろりと伸びる、銀の鱗で覆われた……。
足? 尾?? 胴体??
「わ、私のもふもふはどこへ……?」
ポツリと呟かれたロゼッタの言葉に、エイベルが「もふ?」と首を傾げた。