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従姉妹に羽子板で負けたらほっぺに「売約済」と書かれた

作者: 墨江夢

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 1月1日。クリスマスから始まった慌ただしい年末は気付けば過ぎ去り、正月がやって来た。

 

 毎年正月は家族と祖父母の家に行くというのが俺・沖野恵太(おきのけいた)の恒例行事になっていて、今年もそれは変わらなかった。


「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 祖父母や叔父叔母に新年の挨拶をすると、ようやく自由時間が訪れる。

 両親は祖父母たちと酒盛りを始めているので、未成年の俺は半ば逃げるようにその場をあとにした。


 俺が祖父母の家で一人になりたい時、決まって向かう場所がある。

 今や物置と化している、屋根裏部屋。その隅で本を読むのが、俺の密かな楽しみだった。


 酒盛りは、どうせ夜まで続く。

 そう考えた俺は、祖父の書庫から数冊の本を持ち出し、屋根裏部屋へと足を運ぶ。


 屋根裏部屋に着いた俺は、つい「あっ」と声を漏らしてしまった。なぜなら――屋根裏部屋には、従姉妹の本橋叶恵(もとはしかなえ)がいたからだ。


 叶恵と最後に会ったのはお盆の時期だから、およそ4ヶ月ぶりの再会ということになる。

 叶恵のやつ、4ヶ月前よりも更に女性らしさに磨きがかかっているな。見惚れてしまうのも、仕方ないと思う。


 そんなことを考えながら俺が叶恵を凝視していると、その視線に気付いた彼女が顔を上げて微笑んできた。


「あけましておめでとう」

「おう、おめでとう。今年もよろしくな。……ところで、その手は何だ?」


 何かを要求するように、叶恵は両手を差し出している。

 今日が正月だということを踏まえると、彼女が何を求めているのかは明白だった。


「お年玉、頂戴♡」

「小中学生相手ならまだしも、どうして同い年のお前にお年玉をあげなきゃならないんだよ。絶対にお断りだね」


 きっぱり拒むと、叶恵は「ちぇー」と不満を露わにした。

 こちとらアルバイトをしていないんだ。常に懐が寂しいというのに、お年玉なんてあげていられるかっての。


「ところで叶恵は、どうしてここにいるんだ?」

「大人の宴会に参加しないで済む為によ。お父さん、悪酔いするとウザくなるから。酔っ払う前に避難してきたの」

「酒癖が悪いのはウチの親父も同じだ。なんたって、兄弟だからな。……だけど俺が聞きたいのは、親父たちと一緒にいない理由じゃない。避難場所として、屋根裏を選んだ理由だ」


 テレビの置いてある和室とか、それこそ祖父の書庫とか。避難場所なら他にも候補はある。わざわざ物の敷き詰められている屋根裏部屋に来る必要はない。


 問いに対して答えると同時に、叶恵は俺を指差した。


「あなたとお喋りがしたい。そう思ったから」


 大人たちの酒盛りから避難するだけでなく、俺と会話するのを目的としているならば、成程、屋根裏部屋に来るのは寧ろ妥当だと言えよう。

 数ヶ月ぶりに、俺も従姉妹と話がしたいと思っていたところだ。


 それから俺たちは暫くの間、談笑を楽しんだ。


 互いに高校生ということもあり、まずは勉強や志望大学の話から入る。

 それから部活や交友関係について聞かれ、あとは……毎度恒例の「彼女出来た?」という質問が投げかけられる。

 それに対する返答も、決まりきっている。「余計なお世話」、だ。

 棘のある言い方だというのに、なぜか彼女の口元が綻ぶのも、毎回のことであった。


 会話がひと段落すると、俺は読書に興じ始め、叶恵は屋根裏部屋を物色し始める。

 叶恵が「あっ!」と声を上げたのは、それからまもなくのことだった。


「何だ? ゴキブリでも出たのか?」

「新年早々身の毛がよだつようなこと言わないでよ。……見つけたのは、ゴキブリじゃなくてこれよ」


 言いながら叶恵が見せてきたのは……羽子板だった。


「これ、覚えてる?」

「昔よく遊んだやつだろ? 懐かしいな」


 小さい頃は、毎年叶恵と羽子板勝負をしていた。

 彼女の「滅殺スマッシュ(俺の股間を狙うという、世にも恐ろしい必殺技だ)」のせいで、何度物理的に痛い目を見たことか。


「ねぇ、恵太。久しぶりに、どう?」


 羽子板を掲げながら、叶恵は聞く。

 過去の戦績は負け越していたけど、それはあくまで小さい頃の話。高校生になり、体格差も現れてきた今ならば、そう易々と負けることもないだろう。


「良いぜ。受けて立とうじゃねーか」

「恵太ならそう言ってくれると思っていたわ。……ルールは昔通り、10点先取。勝った方が負けた方の顔に落書き出来るってことで良いのかしら?」

「あぁ、それで構わない」


 中途半端なところだろうが、関係ない。俺は読みかけの本を閉じる。

 

 決戦の場は、祖父母の家の庭。

 俺たちは羽子板片手に、向かい合う。


『いざ、勝負!』


 果たして、結果はというと――





「折角のお正月だし、振袖を着てみたんだけど、どうかしら?」


 赤色の振袖を身につけた叶恵が、クルリと一回転しながら俺に尋ねる。文字通り、綺麗な顔で。

 そう。数年ぶりの羽子板対決は、俺の惨敗という形で終わったのだ。


 叶恵の「滅殺スマッシュ」は数年の時を経て改良されており、以前にも増した速度と威力で俺の股間に的確に狙ってくる。最後の方なんて、ほとんど下半身が動かなかったからなぁ。


「ねぇ、何ボーッとしているの? 可愛いかどうか、聞いているんだけど?」


 先程の激戦のことを思い出し、遠い目をしていた俺に、叶恵が感想を催促してくる。

 勿論ここで「可愛くない」と言う程、俺は甲斐性なしじゃなかった。


「可愛いぞ。貧乳は特に、和服が似合うって言うからな」

「殺したくなるような感想を、どうもありがとう」


 殺されたくなかったので、俺は即座に謝罪しておいた。


「まぁそこで「貧乳」ってワードが出るってことは、うっかり口にしてしまった素直な感想ってことよね? つまり、可愛いと思ってくれたのも本当ってことで。……嬉しかったから、許してあげる」


 ……あぁ、そうだよ。心底似合っていると思うし、可愛いとも思っているよ。


 叶恵がわざわざ振袖に着替えたのは、初詣に行く為だ。

 年に一度の初詣ということで、やはりいつもとは違う格好をしたいらしい。


 叶恵のペースに合わせて近所の神社までの道を歩いていると、すれ違う人たちにクスクス笑われた。


 彼らは皆、俺の顔を見て笑っている。

 俺の顔面が面白い形状をしているからではない。羽子板で負けた罰ゲームとして、俺の顔に落書きがされているからだ。


 落書きといえば、頬にバツ印や額に「肉」マークが定番だろう。

 だけど……そんなベタな落書きで、果たしてすれ違う人全員に笑われるだろうか?


 真実を知るのが怖い気持ちもあるけれど、それでも俺は叶恵に尋ねずにはいられなかった。


「お前、ほっぺに何を書いたんだよ?」

「別に面白おかしいことは書いていないわよ。「敗者」って書いたの」

「敗者って……そのまんまだな」

「そうね。……まぁその前に、「人生の」っていう3文字が付くんだけど」

「お前、何書いてくれちゃってんの!?」


 羽子板で負けただけなのに、何やら壮大なスケールの敗北者に認定されてしまった。


 神社に到着した俺たちは、まず初詣を済ませる。

 それから今年初めての運試しということで、おみくじを引いてみた。


 結果は「凶」。どの項目も悪いことばかり書かれているが、特に賭け事の運勢が最悪だった。

 なんでも調子に乗って賭け事を行えば、散々たる結果になるらしい。うん、知ってる。


 総じて悪い内容だったけど、ただ一つ、恋愛運だけは良かった。

 えーと、何々……「機会を逃すな」、か。それはつまり、今年中に彼女の出来るチャンスが訪れるということだろうか?


 俺がおみくじの内容について深く考えていると、叶恵が「ねぇねぇ」と俺の服の裾を引っ張ってくる。


「大判焼き買ってよ」

「えぇ……。何で俺が……」

「お年玉の代わりに。ね?」


 200円程でお年玉になるのなら、安いものか。

 そう考えた俺は、叶恵に大判焼きを買ってやることにした。


 大判焼きを買いに行くと、屋台のおっちゃんからこんなことを言われる。


「おっ、嬢ちゃん振袖が似合ってるな!」

「そうですか? ありがとうございます!」

「こんなに可愛い子と一緒に歩けるなんて、彼氏も鼻が高いだろ?」


 ……は? このおっちゃんは、何を言っているんだ?

 確かに男女二人で初詣に来る人たちの大半はカップルなのかもしれないけど、俺たちは違う。


「いや、俺は彼氏じゃないですよ」

「そうなのか? でも……」


 おっちゃんが、俺の頬を指差す。

「人生の敗者」が、どうして彼氏彼女に繋がるんだ? 


 その時、俺の脳裏にある一つの可能性がよぎる。

 もしかして……俺の頬には「人生の敗者」ではなく、全く別の字が書いてあるのか?


 俺はスマホの内カメラで、自分の頬を確認する。

 そこには……「売約済」と書かれていた。


「叶恵……」


 俺がジト目を向けると、叶恵は明後日の方を向き、口笛を吹き始め、明らかにとぼけてみせた。


「売約済って、どういうことだよ? 俺は物じゃないんだぞ?」

「そんなことわかってるわよ! だけど、こうでも書かないと伝わらないと思って……」

「伝わらない? 何がだよ?」

「それは……自分で考えなさい!」


 ベッと舌を出して、叶恵はこの場から走り去る。……嘘をつかれたのは俺の方だし、どう考えても逆ギレだろ?


 どうして良いのかわからないでいる俺の背中を、屋台のおっちゃんが軽く押す。


「男にはな、どんな理不尽も我慢しなきゃならない時があるんだよ。兄ちゃんにとって、それが今だ」


 そう言うとおっちゃんは、大判焼きを二つ俺に渡してきた。


「一個サービスしてやるからよ、二人でこれ食って、仲直りしろや。その後何を言うのかは……もう、わかってんだろ?」


 ……あぁ、わかっている。流石の俺も、これだけ言われれば気が付く。

 叶恵の気持ちも、俺が言わなきゃいけないセリフも。


「ありがとうございます」

「気にすんな。お礼に来年も買いに来てくれよな。その時は、勿論二人仲良く」


 もう一度屋台のおっちゃんにお礼を言って、俺は叶恵を追いかけるのだった。





 叶恵は俺の前から逃げ出した。だけど、今の彼女は心のどこかで俺に追いかけて欲しいと願っている筈だ。

 そんな彼女が、どこに向かうのか? 絶対に見つからないような場所に隠れたりはしない。となると――


「……見つけた」


 案の定、叶恵は屋根裏部屋の隅でうずくまっていた。


 俺は叶恵の隣に腰掛ける。

 俺が横目で叶恵を見ると、彼女はプイッとそっぽを向いた。


「まだ怒っているのか?」

「……別に怒ってない」


 いや、それは怒っている人間の反応だろうがよ。

 まぁ、そう指摘したところで感情を逆撫でするだけだから、何も言わないけど。


「それじゃあ、俺は謝らないぞ」

「……好きにしたら良いんじゃない?」

「その代わり、告白をしても良いか?」

「好きにしたら……って、え?」


 そっぽを向いていた叶恵が、俺の顔を見る。

 ようやく合った彼女の目を、俺はしっかり見返した。


「告白って……どういうこと?」

「どうもこうもないだろ? 俺はまだ売約されただけであって、売却されたわけじゃない。だから、きちんとお前のものにして貰わないとな」


 その為に、今度は俺の方から想いを伝えないといけない。

 

「小さい頃から、活発なお前が好きだった。でも当時抱いていた感情は恋愛的なそれじゃなくて。友達みたいな、兄弟みたいな、そんな感覚だった。でも……大きくなって、いつのまにか俺はお前を女の子として見るようになっていた」


 今日だって、そうだ。

 俺は艶やかな叶恵の姿に、気付けば見惚れてしまっている。


「正直言うとな、今日の羽子板で俺が勝ったら、お前の頬に「好きだ」って書こうとしたんだ。まさかお前も似たようなことを考えていたとは、思わなかったけどな」


 でも似たようなことを考えていたと知って、凄え嬉しくなった。俺たちやっぱり、気が合うんだよ。


「だからさ、叶恵。改めて言うけど……俺の彼女になってくれないか?」

「……」


 叶恵はすぐに返事をしなかった。

 その代わりに、彼女は羽子板を手に取る。


「ねぇ、恵太。もうひと勝負しない? 告白の返事は、それからするわ」


 叶恵の意図はわからなかったけど、返事を貰う為ならば仕方ない。

 

 勝負の結果は、言うまでもなく俺の敗北だ。

 そして敗者には、お決まりの罰ゲームが待っている。


「それじゃあ、恵太。目を瞑って」

「あぁ。好きな言葉を書きやがれ」


 覚悟を決めた俺が目を瞑ると――頬に柔らかい何かが触れる。

 それが筆ではなく叶恵の唇だと気付くのに、然程時間は要さなかった。


「私も恵太が大好きよ」


 来年の初詣も、叶恵と二人で行くとしよう。その時もまた、カップルと間違えられるかな? 今度はもう、間違いじゃないんだけど。


 そして来年もまた、あの大判焼きの屋台に立ち寄るとしよう。

「俺の可愛い彼女です」と、おっちゃんに紹介しないといけないからな。

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