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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第一章『屋敷編』
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第7話『亜人と異端』

20230116 加筆・修正

 開かれた扉の前には、青い髪の少年がいる。

 オスカーやエルと一緒にいると少し身長が低く見えるが、180センチに近いであろう高身長。

 ミルク色の荒れの一切ないきれいな肌。それがくたびれた部屋着と相乗して、没落貴族のような印象があった。


 幼さが残りながらも、余裕ぶった表情のよく似合う整った顔には、今はいたずらっぽい笑みが乗せられている。黄色の三白眼がいやらしく歪み、口角を上げ、ギザ歯を覗かせている。


「やあやあ、諸君」


 青髪の少年、ルグレはニタニタと不気味な笑みを浮かべながら、己のペースでダイニングへと進入する。かつ、かつ、と靴が鳴る。


「んな怖い顔すんなよ、オスカー。ここは俺の家だぜ? それとも俺がいちゃまずいのか?」


 表情は笑っている。しかし、その眼にはいやらしい嫌味が宿っている。

 ルグレは食卓の周りを回るように歩き始める。

 自然と空気が張り詰めた。


 食卓につくそれぞれの顔をじっくり観察して回る。

 手早く配膳していたメイドたちも、そんな彼を見て動きを止め、不安そうな顔で彼を見る。


 メイドたちの、ルグレを見る不安げな目は、彼に対する恐れや、彼がしでかすことへの恐れといった感じではないようだった。

 なんだか、愛でるべきものを憐れむような、そういう目だった。


「っしょっと」


 ルグレは、メイの対面になる席に座り込んだ。

 テーブルの上に足を投げ出すと、ポケットから煙草とライターを出す。

 しわしわになったポケットサイズの紙の箱から、一本だけ煙草を抜くと、咥え、火をつける。


「ルグレ」


 オスカーが、咎めるようにルグレの名を呼ぶ。

 一方ルグレは、気にもかけず煙草を吸って、煙を吐く。そしてだらりと脱力して、背もたれ側に首を預ける。


 食卓で、実際に現在進行形で食事が用意されているというのに、無礼極まりない。

 本当にこんな富豪の家の子どもなのだろうか。育ちが良いようには見えない。――っていうか、ほとんど輩じゃん……。まさに、ドラ息子って感じだ。


「ルグレ、行儀が悪いぞ」


 オスカーはそう指摘する。

 しかし当のルグレはやはり、まったく聞き入れる様子なく、無視してだらりと煙草を吸っている。

 ここからでは表情が確認できないが、先ほどまでのいたずらっ子のような雰囲気が一転、とても退屈しているようだった。


 使用人たちはルグレを気にしながらも、やがて配膳を再開する。

 そうして段々とルグレを包み込むように、食卓の空気はルグレが来る前のように、なんともない雰囲気になっていた。


 なんだか慣れた風だった。ので、ルグレは普段からこんな感じで、みんなの対応もこんな感じなのだろうと思った。


 それ以降は、配膳が滞りなく進んだ。見覚えのある料理や、見たことのない料理が並べられた。

 見たことのない料理は、しかし一目でおいしいと分かる。


 メイは配膳するメイドたちの様子を見つめ、その中にネアンがいないかを、なんとなく観察していた。

 やはりこの世界は元居た世界とは完全に別の世界なんだな、と感じたのは、配膳をするメイドの中に、犬の耳や、猫の耳、尾が生えている者や、体に鱗がある者、しまいには顔が人間のそれではない者が含まれていたからだ。


 多種多様な外見を持つ彼女らの中に、ネアンは見当たらなかった。


 食卓を囲むのは、寡黙な軍人モドキと、反抗期が服を着て歩いているような少年、そこにメイと、そして金髪のモデル体型男だった。


 気まずそうに微笑むエルが、メイにとっては数少ない安堵だった。

 出会ったのは一番最近であるというのに、信頼度はエルが最も高いような気がした。いや、どうだろうか……? 優しげな印象が前面に出すぎて、少々胡散臭いかもしれない。それより、オスカーのほうが実績のある信頼だ。

 しかし、ともかく、ここでは今、エルが救いであった。ほかの二人の空気が悪すぎるからだ。


 そんなわけでメイはなんだか、自分だけ気まずいまま少しの間を過ごした。

 しばらくすると、その気まずさを破る者が現れる。


 パテル、ガイル、そしてケニーだった。

 彼らは談笑しながらダイニングへと入室してきた。

 何を話しているかまでは判断し得なかったが、3人が親しいことは分かった。


「おお、メイちゃん、おはよう!」


 メイの顔を見るなり、ガイルが手と口角を上げる。


「おはようございます!」


 とメイも笑顔で返す。

 ガイルはそのガテン系な雰囲気のある風貌に、顔には大きな傷跡があり、人当たりの良さや性格の明るさに反して、話しかけづらい人であった。

 とはいっても現状、エルに次いで関わりやすいというか、信頼してしまいそうな人間だ。


「調子どうだ?」


「いい感じです」


「痛むところとかは? 怪我はないか?」


 ガイルはメイの座る椅子のすぐ側まで近寄って、メイに向かって問う。


「ないです、ありがとうございます」


「そうか、そりゃよかった。それが一番だ」


 ガイルはそう言って満足げに笑うと、空いている席(ルグレの隣だ)へ座った。

 ルグレは隣に人が座ったことで、まるで自分のテリトリーが狭められた、とで言わんばかりに不満そうにガイルを睨んだ。


 メイは近いところにガイルが座ってくれたことを有難く思った。エルやオスカーは少し遠いところに座っていたから、メイはまるで蛇に睨まれたカエルだったのだ。蛇というのは、無論、ルグレのことである。


「おはよう」


 ガイルに続いて、ケニーも挨拶をしてくれた。メイもそれに応える。

 落ち着いた声だった。ケニーはオスカーとガイルの間に座った。目と顎がシャープで、殺人鬼顔だったが、表情が柔らかい。


 ケニーに、オスカー、そして一際体のでかいガイルと並ぶと、線の細いルグレと骨のように痩せ細ったパテルは、なんだか貧相に見えた。


「おはよう、メイ。さっそく働いてくれたみたいだね」


 パテルはメイに微笑みかけながら、誕生日席に着いた。

 その頃にはメイたちの前には豪勢な料理の数々が並び、配膳が完了していた。


「うんっ」


「他の使用人たちとは上手くやっていけそうかい?」


「今のところね、みなさんお優しくて!」


 配膳を終え、手持ち無沙汰にしていた使用人の何人かが、パテルに敬語を使わないメイを見て、驚いていた。

 ネアンはそのことを把握していたが、全員が自分の状況を理解しているわけではないと(当たり前のことではあるが)気づいた。


「それはよかった。……さて、いただこうか。君たちも座りなさい」


 パテルが使用人たちにそう言って、メイドも執事も、ぞろぞろと空いている席に着いた。

 やはりそこにネアンはいなかった。


「じゃあ、エル、お願いできるかい?」


 パテルがエルのほうを向く。エルはそれに、笑顔で応えていた。


 エルは目を瞑ると、少しうつむく。他の人たちもそれに続いたので、メイも見様見真似で続いた。

 それぞれに文化によって、それぞれの食事の作法があるのだ。


「恵みに感謝を」


 エルが言うと、それに続くようにみんなも「感謝を」と唱えた。

 そして目を開け、それぞれのペースで食事を始める。

 メイは胸の前で小さく手を合わせ、「いただきます」と言ってから、目の前の大皿に乗っていた何らかの動物の肉を自分の子皿に移した。


「今朝はネアンと一緒だった?」


 パテルが、赤い、トマトのような野菜をつつきながら、メイに問うた。


「うん。あ、そういえば、ネアンは今どこにいるの? 見当たらないけど」


「さあな。あの子は今日はもう仕事もないと思うし、プライベートでは何しててもなるべく干渉しないからな」


 そう言ってパテルは野菜を頬張り、「おいしいね」と一番近くにいた、丸眼鏡をかけたメイドに言った。


「俺にも干渉しないでくれると助かるんだけどな」


 前方で、ルグレが小声で毒づいたのを、メイは聞き逃さなかった。


「ネアンはどうだった? 仲良くできそうかい?」


 パテルは絶えずメイに語り掛けながら、次々に食卓の上のものを平らげていた。

 メイも、時々適当な食べ物を噛んで、飲み込んで、そうして応えた。


「ええ、とても。可愛くていい子だったよ」


「他の子たちとは?」


「ベルとも仲良くなった」


 ふと見ると、ここにはイザベルもいなかった。


「じゃあ、まだ亜人族とは関わってないんだな」


 ルグレが割って入るように言った。彼は顔を上げず、肉をナイフで切るのに集中していた。


「亜人族?」


「…………」


 パテルは気まずそうな顔をしていた。それに、使用人たちもメイから目を逸らすようにしているようだった。


「ふん、あんたも人間モドキどもと関わったら、あっという間にここから出ていくに違いない」


 ルグレは下品にも、汚れたフォークでメイに並んで座っている使用人たちを指した。


「あんたみたいな“私は善人です”ってツラをした奴ほど、そいつらを嫌ってるんだ……、」


「ルグレ、やめなさい」


 一向にこちらを見ずに話を続けるルグレに、もうこれ以上は、といった具合にパテルが制止の声を上げる。しかし、それで止まるような人間ではないことを、メイはすでに察していた。


「……お互いのためだろ、気に食わなきゃ我慢せず出ていけばいいのさ。もうこれ以上使用人なんざいらねえし、邪魔くせえだけなんだしな」


 ルグレの容赦を知らぬ物言いに、メイは少々ショックを受けた。きっぱりと自分は不必要だと言われたのだ。が、それよりも気になることがあった。


「あの、亜人族って何なんですか?」


 メイは目の前のルグレに尋ねた。


「…………」


 しかしルグレはその疑問には答えてくれない。

 彼はやはりこちらを一瞥もすることなく、食事に集中していた。皿の上の乗せた肉はうまく切れなかったようで、結局素手で掴んで頬張っている。


 代わりにパテルが説明に入った。


「亜人族っていうのは、彼女らみたいに、猫の耳や、犬の尾の生えた人間のことだ。……動物と人間の間をとったような種族なんだ」


「どうして私がそれを嫌うの?」


 メイがそう聞いたところで、我慢ならない、といった風に、ルグレが勢いよく椅子から立ち上がった。そして、使い終わった食器をそのままにして、厨房のほうへと入っていった。


「人間の中には、彼らを忌み嫌う奴らもいるんだ」


 パテルは実際に亜人族の使用人がいる前で、言いづらそうにつづけた。


「この国の人間はほとんどそうだろうな」


 オスカーが付け加えた。彼はもう食事を終え、新聞を読んでいるようだ。


「へえ。どうして……」


 嫌われている理由まで、知的好奇心から問おうとしたが、しかし、さすがにこの話題はここまでかと思い、メイは口をいったん閉じた。


 つぎに開くと、


「亜人族にはどんな人たちがいるの?」


 と尋ねていた。


「そうだな……、うちにいるのは大抵犬系とか、猫系とかだな」


 パテルは気を取り直したように、少し声のトーンを上げて応える。

 確かに、使用人の中には、犬の耳が生えた者や、猫耳を生やした者がいた。


「鷲の翼をもつ者も世の中にはいるし、港町へ行けば魚人族にも会える。どの程度人間に近い姿をしているか、どの程度動物に似た姿をしているかはそれぞれの個性による」


 パテルがそこまで説明したところで、ドーベルマンの頭を持つ執事が立ち上がった。


「あ、すみません、気を悪くされましたか……?」


 どうやら立ち去ろうとしているように見えた彼に、メイは慌てて謝罪した。やはりこの話題は慎重に扱うべきなのかもしれないと思った。深堀するべきではなかったと反省したのだ。

 しかし、それは杞憂だったようだ。


「え? いいえ、まさか。メイ様が私たちに興味を持ってくださって、嬉しい限りでございます……」


 ドーベルマン頭の執事は、ダンディな声で喋った。


「……ほとんどの人間は、話題にもしたがりませんから」


 ドーベルマン男は少し悲し気にうつむいた。犬の顔にも表情があるのだな、とメイは感じた。


「……そういえば、メイはドヴァとは初対面か?」


 ドーベルマン男を指してパテルが言う。メイは肯いた。


「自己紹介も中途半端だったな。悪いが使用人全員を紹介してはやれないんだが……、こいつの名前はドヴァレーツ。俺よりもこの屋敷に詳しい」


「いかにも。私は先代リーベルタース氏のころからここに仕えています。困ったことがあったら何でも聞いて下さい」


 ドヴァレーツの笑顔に、メイも笑顔で返した。


「それでは失礼ながら、お先に失礼致します」


 そう言って彼は軽く礼をする。


「何か用事があるんですか?」


「いえ、大したことではないのですが、パテル様の荷造りを中途半端に済ませていまして……、食事中ずっと気になっていたのです。細かいことが気になってしまう性質なんですよ」


 ドヴァレーツはメイの問いに対して笑顔でそう答えて、ダイニングを後にした。

 主人の荷造りを従者が行うのは、当然のことなのかもしれないが、メイにはその慣習・文化に馴染みがないので、彼の発言はすんなりと理解できなかった。


「悪いけどワインを取ってきてくれるか?」


 パテルがメイドの一人に命じた。丸眼鏡のメイドだ。彼女は席を立ちあがると、厨房のほうへと入って行って、またすぐに戻ってきた。

 彼女の手には真っ赤な液体で満たされた瓶があった。


「どうも」


 パテルがそう言って手を添えたグラスに、丸眼鏡のメイドがワインをそそぐ。

 パテルは赤い液体で満たされたグラスを満足そうに眺めて、香りを楽しんでいる。――次に彼は、ジャケットの胸のあたりから、何やら木の枝のようなものを取り出した。

 その枝を、彼は自身の顔の前に構えて、少し振って見せた。


 すると不思議なことに、パテルから一番遠い位置にあったフランスパンによく似た生地でできたパンが、ひとりでに空中に浮いた。


 パンはゆらゆらと、メイたちを見下ろすようにしてパテルのもとへと向かった。


 パテルは木の枝をしまうと、彼の前にゆったりと到着したパンを手に取り、何ごともなかったかのように食した。


 メイは己の目を疑った。


「あ、あれ……?」


 パテルが、驚愕しているメイに気付く。


「もしかして、まだ言ってなかったか? ……それはいかん、大事なことを言うのを忘れていた」


 パテルがそう繰り出したところで、オスカーが新聞をテーブルの上に置いて、腕を組んだ。


「そうだな、最初に説明しておくべきだった。まだこの世界のことも詳しく知らないのだからな。実は、ここにいる多くの者が――『魔法使い』なんだ」


 パテルがまるで状況が180度ひっくり返ってしまうような重大なことを伝え忘れていたかのように、気まずそうに言ったとき、メイは、高揚感を感じていた。

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