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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第一章『屋敷編』
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第6話『金髪美人』

「お前の予想が正しかったようだな」


 パテルはグラスに注がれた洋酒を眺めながら、つぶやく。

 青緑色で、透き通っている。薬草系のリキュールである。


 リーベルタース邸のC館には、書斎とは別にパテルの部屋があった。

 今、そこにはパテルの他にもう一人、男がいた。


「だからそう言った」


 オスカーである。


「盗聴器はなかったんだろう?」


 パテルの問いに、オスカーは肯く。


 オスカーがパテルの書斎を歩き回っていたのは、部屋の中に盗聴器や、隠しカメラや、とにかくその類のものがないことを確認していたのだ。


「目星は?」


「まあ、ぼちぼち。痕跡を消すのが得意らしいな」


 パテルはグラスから目を離し、オスカーのほうをちらりと覗いた。


 ――こういうときのオスカーは当てになる。


 彼はいわばこの屋敷の用心棒である。

 彼がいることにより、この屋敷の平穏が保たれているのだ。





   ****





 掃除と、廊下に並ぶ花瓶の水やりを終えると、メイの仕事は終わりだった。

 のろのろと、イザベルと話しながら片手間に仕事を進めたが、どの使用人もこんな感じらしい。

 この屋敷、それとパテルは少し変わった人間なのかもしれないと思った。


 メイはネアンを探そうと思っていた。

 どうせいつかは、屋敷内を探索するつもりだったので、ついでである。


 C館やB館に、勝手に入って行っていいものなのかと迷ったが、そもそもパテルはここにメイをしばらく住まわせるつもりだったのだ。


 メイドの先輩たちから立ち入り禁止区域なども聞いていないし、もし怒られたらそのとき謝ればいい。


 そんなわけで、箒と塵取り、水やりに使ったじょうろをしまった。

 そしてやっぱり恥ずかしいのでメイド服から着替えた。服は、イザベルが貸してくれた。


 彼女は普段から大きめの服を着ているらしく、それに助けられた。


 ロッカー・ルームのあるD館の1階まで下りて、部屋に戻るのとは逆方向。C館への渡り廊下へと進む。


 ネアンはパテルの身近の世話をしているとイザベルが言っていた。ならばC館にいると思われるパテルを訪ねるべきだと思った。


 仕事中に話しかけるのは迷惑だろうか、とも考えた。しかし、否、やはり迷惑だろうか。そもそも、ネアンに会って、話して、この胸のモヤモヤが晴れるのだろうか?


 たかが、「人っぽくなくて気になる」程度の疑問なのだ。それを晴らすために迷惑をかけるべきではないような気がする。


 会えたとしても、何を話すというのだ。まさか、「本当に人間ですか?」なんて問うわけにもいかない。


 しかし結局、メイはC館に向けて歩き始めていた。

 メインの目的を、ネアン捜索から屋敷探検に切り替えた。


 渡り廊下に出ると、その先に見えるC館は、他の館に比べて二回りほど大きく見えた。A、D館が三階建てだったのに対して、B、C館は五階建てである。


 この屋敷が西洋の城のような見た目になっている主犯は、このB、C館であった。

 だいたい何、あの塔は。あれ必要なの?





 兎にも角にも、メイはC館に入館した。


 想像通りの絢爛とした内装の廊下が伸びている。廊下の床には一直線に赤いカーペットが敷かれ、両手には花瓶が一定間隔で並んでいる。


 とはいっても、A館、D館ともに似たような間取りで、似たような内装である。強いて言えば、やはり使用人ばかりが利用しているD館は比較的質素だったかもしれない。


 仕事中にイザベルから聞いたが、やはり客を招く宴会場などがあるB館の内装が最も派手らしい。


 C館に来たはいいが、どこがパテルの部屋なのかすら分からなかった。

 とりあえずメイは廊下を突っ切って、はるか向こうに微かに見える階段まで行くことにした。


 階段を目指して、いくつかの扉の前を通過する――そのとき、


「おぅ……っと」


 メイの前に壁が立ちふさがった。

 わ、とメイは声を出す。


「ごめんごめん、大丈夫?」


 優しい声がかけられた。決して高くはないが、冷たい低さもない。男性の声だった。

 メイは2歩ほど後ずさり、目の前の喋る壁の正体を確認する。


 壁の正体は、男だった。


 スリムで線が細く、脚の長い男だった。少々面長で、目尻の垂れた優しい眼をしている。


 青髪の少年もそうだったが、目の前の男も中世的で、さらに青髪の少年のような男らしさというか、そういう雰囲気はなかった。その顔は女性かと見間違うほどで、色白で端正な顔をしている。肩まで伸びた金髪は、ケアの行き届いた綺麗な髪だ。


 部屋着だったようだが、モデル体型であることが分かった。身長は190センチ近くある。


「だ、大丈夫です……」


 メイは男を見上げて呟く。女のままで、この顔で生まれてこられたらどんなにいいか。


 オスカーのように彫刻然としていても、青髪の少年のように不良じみた美少年でもいい。しかし、この男はもっと純粋な……いわば清楚系の美人だった。結局こういう雰囲気が一番憧れてしまう。


 ああ、そうか。それだ。この人は、実直で、純粋で、冷淡な『美人』なのだ。


「そっか、よかった。見ない顔だね? 新人さん?」


 男……青年は、背の低いメイに合わせて少しかがんで、顔を覗き込むと微笑む。


「あ、はい! 蒼井メイです。今日から入りました」


「僕はエル。今はエル・リーベルタース。よろしくね」


 青年が手を差し出して、メイがそれを握った。握手だ。

 リーベルタースということは、彼もパテルの子どもなのだろうか。


「何歳? 一応、この国では年上に敬語使うのが礼儀なんだよね」


「今年で17歳です」


「じゃあ同い年だ! お互いタメ口で行こう」


 メイは少々驚いた。目の前の青年はとても同い年には見えなかった。もういくつか上、たとえば、21歳とかの雰囲気だ。


「うん!」


「ところで、なんでこっちのほうまで来たの? パテルさんに何か用事?」


「いや、えっと……、」


 どうやって説明すればよいのだろう。必要かどうかは別として、ネアンを探し回る正当な理由は持ち合わせていない。


「……ネアン先輩を、探そうと思って……」


「あー、ネアン! 可愛いよね、気になるの?」


 エルはにこにこと微笑んでそう問うてきた。


 この屋敷の人間は、人探しをしていたら好意と同義に捉える人たちばかりなのだろうか。なんだか、すでにコミュニケーションが面倒だ。


「んー、どこにいるかな……」


 エルは顎に手を添えて空を眺める。

 煌めく金髪が、さらりと彼の肩に触れる。


「たぶんパテルさんのとこだよね。とりあえず彼の部屋に行こう」


 エルの案内に従って、廊下を横切り、階段を昇って行った。


「もう聞いたかもしれないけど、こっちのいわゆるC館は僕たちの部屋があるんだ。リーベルタース家の人間のさ」


 エルは話しながら、石造りの階段を昇っていく。メイもそれに続く。


「へえ。それじゃあ、オスカーとか、あの、青い髪の子もここに?」


「ルグレ? そうだよ、一応ここに部屋がある。あんまり帰ってこないけどね」


 エルは、困っちゃうね、と言って笑う。


 青髪の少年、ルグレは、家にいるのが好きじゃないのだろうか? 口ぶりからして、オスカー、エル、ルグレは兄弟なのだろう。苗字も同じだ。オスカーとエルの真面目な感じとは対照的に、ルグレは非行少年なのかもしれない。確かにそんな雰囲気があったかもしれない。よく覚えていないけれど。


「どうしてネアンが気になるの?」


 エルがメイに問う。エルの中では、完全に自分はネアンに惚れている女ということになっているようだ。


「どうして……? いや、うーん……」


 やはりメイにはネアンを探す理由や、なぜ気になっているのかに関してそれらしい回答がない。


「わからないよね、恋って……」


 エルはそう言って、メイのほうを見て微笑む。もうなんだか、ツッコむのも面倒だ。この人には申し訳ないが、勘違いしていてもらおう。


「よし、この先……」


 C館の4階まで昇って、エルは立ち止まる。案内を続けようとして、しかし、それを阻害する何かに出会ったようだ。メイも彼の後ろで止まり、わきからその先を覗き込む。


「やあ、オスカー」


「エル……、パテルに用か?」


 そこにいたのは、オスカー・リーベルタースだった。

 顔つきは若々しいが、その肉体は若者と呼ぶには立派すぎるほどに、鍛え抜かれている。

 後ろから見れば一目瞭然。エルの細さと、オスカーのたくましさは対照的であった。


「メイちゃんが、ネアンに会いたいそうだから。パテルさんのところにいるかなって」


 エルは、背後に続くメイを親指で指して、オスカーに説明する。


「ネアン? パテルの部屋にはいなかったな」


「あらら」


 エルは振り返って、メイを見る。どうしよっか、とそんな具合だ。


「……あらら」


「メイちゃん、このあと何か用事あるの?」


 エルが問う。彼は数段下に立つメイと同じ高さまで、階段を下った。エルの方が圧倒的に身長が高いので、わざわざ目線が合うように、メイよりさらに数段下った。


「いや、特に……」


 自分でも自分の予定なんて把握していなかった。この世界でどう生きていけばいいのかも分からないのだ。


「オスカーは?」


 エルは階段の上に立つオスカーを見上げる。


「夜に少し出るが、その他には予定はないな」


「オッケー。それじゃ、お昼ご飯食べた後に、メイちゃんの服を買いに行かない?」


 エルは提案する。右手の人差し指を立てて。


「メイちゃんの今の服、イザベルから借りたやつでしょ?」


 ばれている。この男、メイドの私服をすべて把握しているのだろうか。

 メイは肯く。


「どれくらいここに泊まるの?」


 エルの質問にメイは首を傾げる。自分でもわからない、そんな態度に、エルは微笑みで返す。


「毎日借りるわけにもいかないでしょ。僕、服屋さん回るの好きなんだ。行こうよ、3人で」


「まあ、それもそうだね」


 メイはそう言って、誘いを了承する。

 オスカーは何も言わないが、おそらく承諾しているのだろうという顔をしていた。


「……とりあえず、もうすぐ昼食だ。出かけるのはそのあとだな」


 オスカーが言って、エルも肯定した。


 この屋敷に来て、はじめての食事だ。それを想像しただけで、とたんに空腹になった。長い時間、何も食べれていなかったからだ。


 そんなわけで、オスカーと合流し、メイとエルは3人でB館へと向かって歩き出した。


 オスカー曰く、古典趣味な前の主の要求によってこの屋敷にはエレベーターがひとつもないらしい。もう今日だけで何段の階段を踏みしめただろうか。


 そろそろしんどい。足首が声をあげて泣いている。


「あ、オスカー」


 B館までの道のり、メイはエルを追い越してオスカーの隣につく。


「どうした?」


「ありがとね」


「……?」


 オスカーは何に対しての感謝なのか理解できなかったようで、首をかしげる。

 当然である。あまりにも説明不足。


「助けてくれたこと。ここまで連れてきてくれたこと」


「……? 俺たちを信用していないんじゃなかったのか?」


 オスカーは今度は首を傾げず、しかし困惑の態度を示す。


「信用してないよ」


「ならどうして……」


「それはそれ、これはこれ、でしょ? 信用できるかどうかと、一旦はあの戦場から脱出させてくれたことは別の話だもん」


 メイがそう言うと、オスカーはまたもや困惑を表情に出した。

 そして彼は少しだけ天井を見上げ、またメイのほうを見た。


「変わってるな」


 つくづく表情の変わらない男だな、とメイは思った。



   ******





 B館の大きな特徴としては、やはり宴会場が挙げられる。


 B館の1階には、大きなホールがある。何人収容できるのかまでは分からないが、とにかく、この屋敷にあるものは何でも規模感が非現実的だ。富豪が有り余った財産を、何も考えずに屋敷の増築・改築に充てた、という印象だ。「予算」なんて言葉に苦しめられたことなどないだろうな、という規模感だ。


 ホールはどこか体育館的だとメイは思った。パーティ会場としてのホールなのだが、ダンスなどのパフォーマンスができるように広々としている。ここならばゴールさえ置いたらサッカーもできそうだ。そんなどうでもいいことを考えながら、メイはB館の2階へ出る階段を上がった。


 1階が大きなホールを中心とした、宴会場として造られた構成なのに対して、2階には普通のダイニングがある。


 普通のダイニングとはいっても、やはり規模は庶民のそれとは違い、10人以上が座れる長テーブルが置かれている。


「メイちゃん、適当なとこ座っていいよ」


 エルとオスカーが、おそらく決まった席に座り、どこに座ればいいのか分からず、突っ立っていたメイに、エルがそう声をかけた。


 メイは言われた通りに、空いている適当な席に座った。

 テーブルに添えられた椅子一つ一つが、上質な素材で作られているのが、素人目にも分かった。クッションの弾力が程良い。


 エルはニコニコしてこちらを見ている。

 オスカーは黙ってエプロンをつけていた。


 何人かのメイドと執事がダイニング・テーブルに食器を並べる。

 メイの手元にも一枚の皿とスプーン、フォークが運ばれ、テーブルの中央線に、まるで山脈のように華やかな食事が並べられる。


 ふと、ダイニングの外から、コツコツと心地いい足音が聞こえた。


 足音は徐々に、しかし確実にこちらに近づいている。



 ――そしてついに、足音はダイニングの扉の前で止まる。



 無意識に、メイはそちらに注目していた。


 自然と、ダイニングがひっそりとした空気に満たされる。


「――――」


 ダイニングの扉が開け放たれる。


 そこにいたのは、青い髪の少年だった。


「――よお」

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