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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第二章『学園編』
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第31話『図書館の青年』

「パテル様」


 ノックの後、書斎に姿を現したのはカーラだった。

 例の事件で、パテルたちは多くの家族を失った。カーラは、今はもう実質三人しかいない女性使用人をまとめる役を担ってくれている。亡くなったロッサに代わる、メイド長といったところか。なにより、三つ編みのおさげに前髪ぱっつん、丸眼鏡という彼女の出で立ちは「長」とつく役職がとても似合った。


「…………」


 カーラはパテルの名を呼び、彼の姿を見てから、少し黙った。

 彼女も、呆れているのだ。パテルの惨状に。


 あの日から、日を経つごとに酒の量が増えていた。医者から処方された薬も、指示されたように摂取していては落ち着かず、かなりの頻度で飲んでいた。


 ――たのむ、そんな目で見ないでくれ。俺を、憐れまないでくれ。


 そう、パテルは思い、自己嫌悪に近い感情を抱く。見てほしくないのだ、家族には。自分に残された、数少ない宝なのだから。自分のことなど無視して、幸福に生きてほしいのだ。


「……なんだ」


 パテルはまるで突き放してみせるかのように、冷たい声色でカーラを催促する。

 遅れて要件を思い出したように、渋々といった様子でカーラが口を開く。


「ブルマイスター辺境伯から電報が届いております」


 カーラはそう言って、パテルに一枚の紙切れを渡した。ブルマイスターから届いた手紙だ。

 受け取ったパテルはそれを開き、目を通してみる。


「フリーゼ……?」


 それは知らぬ人物に関しての連絡だった。


『フリーゼというのは例の、赤目の男のことです』


 ブルマイスターの電報にはそう記されている。

 ――赤目?


「――ああ、あの……」


 心当たりがあった。

 赤目に、七三分けの黒髪。不気味なほど白い肌。王国会議で見た、あの青年のことだ。

 ブルマイスター曰く、出自不明、正体不明の青年。


『実のところ、男かも定かではないのですがね。アルター・フリーゼ。それがあの者の名です。しかしながら、依然、どこの家の者なのか、出自は一切分かっておりません。うわさにも聞かぬ、不気味な奴です。フリーゼ、ついに軍務大臣に就任したようです』


 ブルマイスターの電報はそう続く。

 アルター・フリーゼ。あの青年。王族の誰かの隠し子だという噂もあったが、にわかに信じ難い。しかし、そうでないならば社交界にも顔を出さぬような正体不明の若造が軍務大臣などという、国家の安全に直接関与する超重要ポストに抜擢されたことに説明がつかない。

 不気味だ。パテルはそう思った。この男|(女?)の動きは、不明瞭を極めている。不穏と言ってしまってもいい。


「あー、カーラ」


 それでは、とお辞儀をして退出しようとするカーラを呼び止める。


「ドヴァを呼んできてくれるか。アルター・フリーゼという男について調べさせろ」





   *****





 入学式の、次の日。

 学園全体が活気に満ち、2年生、3年生を中心に、学園のあらゆる教室、あらゆる廊下が生徒たちで溢れていた。


 明日、メイマピゲリズ学園全体で、新入生歓迎会のようなものが催されるとのことだった。今日はその準備日となっている。

 学園内は全体的に慌ただしく、新入生と4年生を除く2、3年生があちこち走り回ってなにやら議論をしたり、飾り付けをしたりといった様子だった。上級生たちが忙しくしている間、暇な新入生は優雅に校内探索だ。


 メイはというと、そもそも朝が苦手だった。

 次の日に特に予定がないのなら、メイはわざわざ早起きなんてしない。新入生たちが思い思いの日を過ごすというのならば、それはメイにとって絶好の睡眠日和というわけだ。


 そういうわけで昼頃まで寝て過ごしたメイは、私服に着替えて寮の談話室まで下っていった。

 寮は外から見ると、日陰になっているのも伴って小さく見える。が、中に入ってみるとその大きさを実感する。こんな施設がいくつもあるのだから、それだけで相当な広さの土地を使っているのだと分かる。

 この街にメイマピゲリズの名がついていようと、もう彼らの土地というわけではないのだが、しかしながら街丸ごとの土地を購入できてしまうのではないかと思ってしまう。


「あ」


「おー」


「おはよう」


 広い談話室には人は一人しかいなかった。ルグレだ。白黒|(カーミラによって装飾の施された自室を除く)の寮の中で、ほとんど唯一の彩りである暖炉の前に陣取って、煙草を吸いながらなにやら本を読んでいる。


 ――本とか読むタイプなんだ。


 メイはそう思った。完全に偏見ではあるが、ルグレという少年はメイの眼には『典型的な上流階級の不良で、粗暴な性格で、困ったら暴力と金で解決する』というタイプに見える。実際に間違ってはいないが、そういう人間には教養がなくて本なんて読まないと思っていた。上流階級の不良というのは教養は得ているものなのかもしれない。


「なに読んでるの?」


 メイはそう言って彼の隣に座った。

 ルグレはメイのあいさつで一度閉じた本を、もう一度開いて、ぼうっと眺めながら、


「ミステリー」


 と答えた。


「推理小説なんて読むんだね」


 メイの世界でいうところの推理小説は、1841年発表のエドガー・アラン・ポー著『モルグ街の殺人』が原点と言われている。この世界の時代感がメイの居た世界と同一とは思えないが、1920年代で推理小説が流行していてもおかしくはない。


「こう見えて読書家なんだよ。オスカーの影響でね」


 反対に、オスカーが読書をする姿は容易に想像ができた。軍人のような肉体をした彼だが、知的な雰囲気も持ち合わせているからだ。


「オスカーも読書好きってこと?」


「知らねえけど、多分な。オスカーの部屋に本がたくさんあるんだよ。……オスカーに会う前から読書はしてたけど、あれはそれくらいしか娯楽がなかった頃の話だからな」


 彼ら三兄弟がリーベルタースの血の繋がった子どもではなく、養子だということは聞いていた。しかし、思えば彼らの出生をほとんど何も知らない。リーベルタース家にルグレが来たのは、彼が何歳ごろの話なのだろうか。その前は、豊かな暮らしは……していなかったのだろう。彼もまた、冷遇されていた民族なのだ。


 そうだ、ファンタジーな世界だから亜人や人間の種類を『種族』と言ってしまいがちだが、どうやらこの世界では『民族』と呼称し区分するのが常識らしい。このあたりが亜人族もまた人間であり、決して人外の怪物ではないのだという価値観があるのだろうと感じる。


「私のイメージだと、エルなんかが読書家って感じだけどね。視野が広い感じがするでしょ?」


 メイは言ってみた。


「いんや、お前エルのこと分かってねえな。あいつは医学に関係する本しか読まない。ミステリーを楽しめるユーモアも、純文学を解する感受性もないぜ。――後者については俺もだけど」


「ふーん。……ところで、読書といえばこの学校にも図書室があるんだろうね」


「そうだろうな」


「どこにあるか知ってる?」


「そら地震が起こるまで分かりっこねえ」


「え、何? ……ああ、そういうこと」


 シェアトの国の言葉はたしかにドイツ語にとても近いが、日本語話者のメイにはぴんと来ないジョークだ。――そういえば、どうして彼らと当たり前に会話できているのだろう。

 ルグレはたまに、こういうくだらない冗談を言う。おもしろくもなんともないわけだが、彼の知性の端を感じて、やはりメイはどこか解釈違いみたいなものを起こす。エル曰く、彼の地元ではこれくらいしか娯楽がないだとか。

 読書にジョーク……彼はとてつもない片田舎から出てきたのだろうか。


 そんなわけで、満足げに「ケッケッケ」と笑うルグレを置いて、ひとりで図書室を探してみることを決定した。他の新入生たちと同じく、校内探索へと駆り出したわけだ。


 昼間だというのに日暮れ時のような暗がりの寮から出ると、校舎までそれほど距離はない。

 先日上級生に案内された道を、そのまま反対に進む。


 校舎は何度見ても見慣れぬ質感だ。俯瞰した形状自体は西洋城のようにも見えるが、その材質はコンクリートのようで、さらさらとした質感をしている。大きな岩から切り出したそのままのように直線的だ。

 内装も、ゴシック調の造りを模倣しながらも、そこには拝金主義的な派手な装飾はなく……なんというか、メイの実感ではテクスチャを貼り忘れたような感じになっている。つまり、形自体は従来の西洋城のようでありながら、その表面は質素でのっぺりとしている。『引き算の美学』とでもいうようだ。


 後者は巨大で、中に入っていくと数え切れないほどの部屋に分かれており、この中からピンポイントで図書室を見つけるのは至難の業だろうと予想された。

 メイの居た国の常識を当てはめれば、授業に使用される教室がない棟や階があり、そこに図書室や事務室といった部屋が用意されているものだが、この世界のこの国で、メイの常識が通用するようには思えない。


 校舎一階の廊下に入ると、上級生たちがあっちこっちへと走り回っていて忙しない様子だった。明日に迫る新入生歓迎会に向けて、無機質な各教室をあの手この手で飾り付けている。


「すみません、ちょっといいですか?」


 メイは廊下を歩いていた男に話しかけた。忙しない校舎の中で、暇そうにのんびりと歩いている。

 後ろ姿から分かるのは、生徒たちより何歳か年上であろうということ、そして身体を格闘技の選手のように鍛え上げており、そしてそしてなにより、よく知る人物とよく似た背中だということだ。


「…………」


「オスカー!?」


 振り返ったその男は、オスカーだった。

 れいのごとくいつのまにかはぐれていたオスカー、彼はちゃんと校内にいたようだ。


「ああ、メイ。どうした、なにか困っているのか」


「あなたっていつも気づかないうちにいなくなってるね」


「……不安だったか」


 オスカーは少し溜めてからそう言った。それは言葉通りの気障とは少し違った、どこか含みのある言い方だった。

 彼は例の事件以降、メイの安全をなにかと気にしてくれている。別にメイになんらかのアピールをしているだとかそういうわけではなくて、彼の元来の優しさなのだろうと思う。冷たく見える男だが、人の血が通った奴なんだと、いい加減メイにも分かってきた。


「いやいや、大丈夫! 実は図書室を探してるんだけど、ほら、校舎が大きくていったいどこに行けばいいのか分かんなくてさ」


「なるほど、案内しよう」


 そう言って先導するオスカーに、メイはついていく。


「オスカーは寮、どこになったの?」


「寮?」


「そう、寮。私はシャッテン寮だった」


 シャッテン寮は学園のほとんどの亜人族がそこに配属される、闇の寮である。


「ああ、そういうことか。俺は生徒じゃない」


「ええ!?」


 今日は新入生たちにとっては休日である。そのため上級生は学園の制服を着ているが、新入生で制服を着ている者はいない。だから気づかなかった。オスカーも新入生だから私服なのだろうと思っていた。


「それじゃあ、学園には何をしに来たの?」


「俺は講師として呼ばれたんだ。軍隊に入っていた経験が買われたそうだ」


 なるほど、とメイは思った。今でこそ警護会社に所属していると聞いているが、その前には軍隊にいたのだろう。彼の若さで? それに、17歳であることは変わりない。生徒と同じ年齢で教鞭を持つというのは、生徒からなんらかの反感を買いかねないだろう。

 とはいっても、結局パテル経由のコネ入社というやつだろうとは思われた。


「何を教えるの?」


「士官コースを志望する生徒たちが受講する『用兵入門』と『野戦訓練』だ。その名の通り戦場の見方と実戦の基礎を教える」


「ふーん、オスカーに教えてもらえるならきっと立派な兵隊さんになるんだろうね」


「それは生徒次第だ」


 リーベルタース邸襲撃事件の際、彼は常人離れした実力を見せつけた。それは彼の咄嗟の判断と肉体の強さに起因するのだろうが、知識派のオスカーにとって、その能力の知識が占める割合は決して馬鹿にできない。

 教え方が上手なタイプには見えないが、もしメイが軍隊に入りたいと考えるならば、彼は良い教材のように思える。


「ここが図書室だ」


 オスカーは立ち止まって、顎で教室を指した。


「案内してくれてありがとう」


「構わん。何か調べ事か?」


「そう。私はこの世界のことを何も知らないからね。世界地図でもあったらいいんだけど」


 メイが学園に来た主たる目的は、この世界の常識を知ることだった。

 今ではリーベルタースの面々と敵対しようとなんて思わないが、この世界に来たばかりの時は誰が何の目的で自分に近づくのかを理解し得なかった。目の前の人間が敵なのか、味方なのか。それを手っ取り早く知り、また賢く立ち回るには、まずこの世界への理解が必要だと考えたのだ。


「俺はしばらく予定がない。今から探すのなら手伝おうか?」


「いやいや、それくらい自分でやるよ。案内してくれてどうもね」


「そうか。またな」


「うん、また」


 そう言ってオスカーはいなくなった。

 メイは無感情な扉を開いて、図書室の中へと入った。


 図書室はかなり広く、特に読書が好きなわけでもないメイでも高揚感を覚えてしまう蔵書の量だった。

 絵に描いたようなファンシーな内装に包まれた図書室には、いくつもメイの三倍以上は背のある本棚が並び、視界不良ですらあった。室内にはあまり人がいない。なんせ、祭の前日なのだ。みんな準備のために出払っている。


「さて」


 まずは何から知るべきだろうか。

 言語、宗教、文化、国家、地図、などなど。世界を構成する要素というのはあまりにも膨大だ。


「一括して学ぶなら、やっぱり歴史か」


 メイは独り言ちる。歴史はすべてを語る。読書が苦手なメイに歴史書はハードルが高いが、致し方ない。

 歴史はその世界のすべてを語る。上にあげた要素だけではない。人生における教訓ですら、すべて歴史が語るのだ。歴史にはこの世のなにもかもが含まれている。


 けれど、けれど歴史を知りたいのなら、やはりまずは世界の形を知らないといけない。

 現状どんな名前の国が、どこにあるのか。それを知ったうえで、近現代の歴史を知りたい。


 まずは地図、そのあと歴史の教科書があるといい。

 メイはそう目標を定めて図書室を周ってみた。


 そういったものが集まった棚はすぐに見つかった。難しい歴史書ではなく、学生向けの教科書的なものがあるといいと思っていた。おそらく教材を忘れた生徒のために用意された、教材類の並べられた棚があった。


 もしこの世界にも「世界史」にあたる科目があれば、その教材を見るのが手っ取り早いだろう。

 それらしき教材を見つけた。しかしながら、その本は本棚の高い位置に収納されている。平均的な女子高生の身長であるメイには、背伸びをしたって届かない。


「取ってあげるよ」


 ふと、左隣から声がした。


「図書室には高いとこの本を取れるように可動式の梯子があるんだ」


 そこには眼鏡に茶髪の好青年がいた。エルの聖母のような微笑ではないが、その表情からは優しい人柄が滲み出ている。普段高身長の三人組と接しているせいで感覚がおかしくなっているが、彼もなかなかの高身長だ。


 その眼鏡の好青年が、可動式の梯子を携えてメイのところへと来て、メイのそばに梯子を固定し、よじ登りながらメイを見やる。


「どれ?」


「あ、ああ、ええと、歴史の教科書っぽいのがあると思うんだけど……」


「これかい?」


「そう、ありがとう」


 青年はメイの求めた教材を手に取ると梯子から降り、「はい、どうぞ」とメイに手渡した。


「君も新入生でしょ?」


「そうだよ、どうしてわかったの?」


「私服だからさ」


 青年の言う通り、メイは制服は着ていなかった。新入生歓迎会の準備に励む上級生たちは制服を着ているので、私服の若い人間は基本的に新入生ということになる。

 それに照らすと、青年もまた私服姿なので、新入生ということだろう。


「もう歴史の勉強? 熱心だね」


「私はこの世界のこと、なんにも知らないからね」


 メイが図書館内の適当な机を確保すると、青年も同じ机の椅子へと座り込む。


「寮はどこになったの?」


 本を開くメイに、青年が問う。


(シャッテン)寮だよ。……それより私たち、自己紹介がまだみたいだけど」


「ああ、ぼくはフィリップ。フィリップ・ラシーヌ。ルーツはアルゲニブだけど、ぼくはこっちで生まれてるからほとんどシェアト人」


「私はメイ・リーベルタース。よろしく、フィリップ」


 メイは名乗り、手を差し出した。フィリップは握手に応じ、


「よろしく。リーベルタース家だったの。シェアト人には見えないけど、君も亜人族?」


 リーベルタース家が亜人族の養子たちを擁していることは有名なことなのだろう。


「私は人間だよ。なんの特徴もない、退屈な人間」


 メイは皮肉混じりに言う。この国の人間がみんな亜人族を蔑んでいるとは思っていないが、世間的に亜人族が悪く見られていることは知っている。そんな亜人族の生徒たちが隅に追いやられるかのように敷き詰められているのが、我がシャッテン寮なのだ。


「それじゃあ、ぼくも退屈な人間ってことになるね」


「かもね。フィリップはどこの寮なの?」


「ぼくは大空(フィルマメント)寮だよ」


 フィルマメント寮といえば、正義と高潔がなんとかかんとか、という寮だ。

 メイはルグレほどひねくれ者ではないが、なんというか、どこへいっても教育機関が掲げる理念のようなものには傲慢さや欺瞞を感じてしまう。正義ほど安っぽい言葉もないだろう。


「フィルマメント寮の友達ははじめて」


「それはよかった。ぼくもシャッテン寮の友達は初めてだ」


 フィリップがそう言って、メイは黙って本を開いた。それから少しだけ、今の自分は感じが悪いだろうか、と思った。愛想を振りまいて生きるつもりはないが、愛想が悪いというのはつまり失礼な態度ということでもある。今の自分は、彼を不快にさせてはいないだろうか。


「それじゃあ、勉強の邪魔しても悪いし、そろそろ行くよ」


「うん。本、取ってくれてありがとう」


「いやいや、それじゃあ。また」


「うん、また」


 フィリップは不快感を面には出さず、爽やかに去ったので、結局メイは反省するべきかどうか分からなかった。

 しかしながら、印象のいい好青年であったし、彼にも良い印象を持ってもらえていればいいと思った。





   *****





 メイたちが別荘を離れ、学園での生活を始めて二週間ほどが経ったころ。

 パテルはいつもどおり、何の変哲もない朝を迎える。いや、時刻はすでに昼である。


 オスカーは講師、メイとルグレ、エルは生徒として学園へと行ってしまった。この別荘に残るのは使用人たちだけである。誤解しないでほしい、使用人たちだってパテルにとっては大事な家族であるし、身寄りのない子たちに関しては自身が父親であるという意識すら持っている。みんな、可愛い子供たちである。

 しかし、家の中がすっかり寂しくなってしまったのは変わらない。


 昨夜はそれほど酒を飲んでいないはずだったが、頭の中で爆竹が何度も炸裂していた。

 パテルは立ち上がるとよれたシャツを羽織りながら、テーブルの上に撒かれた錠剤を口に入れ、酒で流し込む。


 洗面台まで歩き、乱暴に水をかぶって顔を洗った。そのまま濡れた両手で髪をかき上げる。

 シャツのボタンを締め、机について、煙草に火をつけた。


 前の城は大きかったので、寝室と書斎は別だったが、今住んでいる別荘ではそういうわけにはいかない。この屋敷は以前のものに比べるとずっと小さくて、狭いからだ。


 ――思い出す。生まれた街のことを。私は生来、大きな家に住んでいたわけではないのだ。


 煙草を一本吸い終えて、灰皿に押し付けたころ、ちょうど部屋の扉がノックされた。


「パテル様、戻りました」


 扉の向こうから聞こえる声は、聴きなれた執事の声だ。


「ドヴァか。入れ」


 現れたパテルの右腕である執事は、ぴっしりとした執事服に身を包んだ、犬の顔を持つ紳士だ。

 その脇には何枚かの書類を挟んでいる。


「それで、何か分かったか?」


「はい、アルター・フリーゼ。その者について、調べて参りました」

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