第30話『ルームメイト』
メイが転移したこのマジックパンクな異世界において、そこにはやはり魔法学校のようなものがあり、そしてやはり、そこは全寮制なのであった。
「メイ、私たちルームメイトだよ!」
カーミラがそう言って、ほらここ、と紙面の一箇所を指で指す。たしかにそこにはメイ・リーベルタースとカーミラ・オイレンブルクの名が並んでいた。
メイは少しだけ安心する。今のところこの学園に知り合いと言えば、リーベルタース家のルグレとオスカー、あとから合流するらしいエルを除けばカーミラだけだった。彼女と仲良くなっておくことに一切の打算的な目的はないが、安定した友達がひとりでもいるのといないのとでは安心感が全く違った。
影寮の内装は、その寮の名に恥じぬ暗さだった。ゴシック調に統一されている。ゴシックといっても、いわゆるカルチャーとしてのゴシックではなく、つまり建築様式などを指すゴシックではなく、ゴシック文学を発端とするサブカルチャーとしてのゴシックの雰囲気だ。
きっぱりと黒いカーテン、黒いフリル、黒い窓枠、黒いカーペットに黒いテーブルと黒い椅子。黒いシャンデリアには発光石と呼ばれる鉱石が入ったランプが取り付けられ、その効果が切れるまで延々と部屋を照らす。
決して広くない寮のエントランスにシャッテン寮の新入生たちが敷き詰められていた。
今更だが、気づけばオスカーの姿はない。彼は別の寮に選ばれたのだろうか。ルグレやメイとは違って、入学式直前に急遽入寮先の診断を受けたわけではないようだったので、本来の手順で診断を受けたのだろう。
ルグレは少し後ろで、まったく知らぬ顔の男子に話しかけられているようだった。
入学直後というのは皆、友達や知り合い、せめて顔見知りを作ろうとする。それはやはり、安心感のためである。
ルグレもその手の人間に声をかけられているようだった。もっとも、当のルグレはその男子生徒の話をあまり聞いていないようであった。
これはルグレとある程度の交流があるメイだからこそ思うことだが、ルグレは決して話しかけやすいタイプではない。
目つきがあまりにも悪く、髪を染めていて――これは西洋風のこの国では関係ないかもしれないが――、ギザ歯で、身長が高く、そしてすこぶる美形なのである。
柄の悪いイケメンなんて、男子たちの最も嫌うところであろう。
そのルグレとすすんで仲良くなろうと試みているあの男子は、底抜けの善人か、もしくは単に馬鹿なのだろう。
メイがルグレを眺めながらその手のことを考えていると、今度は彼らの会話を盗み聞きしてみたくなっていた。
「名前なんていうんだっけ、ふふ」
男子生徒は小太りで、眼鏡をかけている。いかにも貴族家の息子といった雰囲気で、それは先のアナベル・モンテーニュのような高貴さではなく、金持ちそうな感じだった。親の金で生きていそうな、というと少し失礼だが、恵まれた環境におかれて安心して育ってきたのだろうと予想できる。
「ねえ、君、リーベルタース家の子でしょ? 噂通りかっこいいね、ねえ、いやいや、無口なのもクールでかっこいいと思うよ」
様子が変だと思った。ルグレはたしかに礼儀の「れ」の字もなければ、無礼さに関してはBからIまで持ち合わせている男である。なので、初対面の人間に対しても別段おべっかを使ってみるようなタイプではないだろう。
だが、クールぶって無口になってみたりもしない人間だ。いや、魔人か。
「僕はオジール・モブリオっていうんだ。友達はいないけど、ママはオジールって呼ぶから、君にもそう呼んで欲しいな。ねえ、名前教えてよ」
無反応なルグレに、オジールはそれでもと話しかけ続ける。入学早々群れを作っていく新入生たちの中で、誰ともかかわろうとしないルグレを心配しての行動か、もしくはオジール本人も知り合いが作れず焦っているのか。
「単純に、親にでも言われてリーベルタース家と繋がりを作りたいだけかもね」
カーミラも盗み聞きしていたようで|(それどころかメイの心中まで盗み聞きしていたようで)、オジールとルグレをちらりと覗くと、いじわるにそう言った。
「勘違いしないでほしいんだけど、私は違うからね。でも、まあ、リーベルタース家ってそこそこ有名だからね……リーベルタース家と仲良くしたい貴族家はそれはそれでちょっと変だけど」
カミールはそう言って、「失礼」と謝った。リーベルタースの家にはお世話になっているが、なぜかあの家を悪く言われても嫌な気持ちにはならなかった。
しかし、リーベルタース家と仲良くしたがることが変わっていることとは、どういうことだろう――と考えて、メイはすぐにパテル自身が以前「亜人族を集めている変態貴族」だのという話をしていたのを思い出した。つまり、リーベルタース家の世間からの評判と言えば、そういうことなのだろう。
それはともかく、家柄が目的で近づくなんて、いよいよ貴族の世界という感じがしてくる。庶民代表のメイからするとなんだかいやらしさを感じてしまう交友の仕方だが、彼らの世界では当然のことなのかもしれない。
メイはルグレのほうをちらりと覗く。
ルグレはオジールと名乗った青年の言葉をことごとく無視して、一瞥もしてやらんというような態度だった。オジールはその態度に屈することのない熱量でルグレに話しかけている。
するとオジールの熱が伝わったのか、ルグレが隣にひっつく肥満体質の青年に気づいたように、彼を見る。
「なんだって?」
ルグレが言う。
「友達になりたいんだよ、名前を教えてほしいな、って。へへへ」
「名前を聞くなら自分が先に名乗るのが筋じゃねえのか? 俺が誰だか分かってんのか、お前」
ルグレのあまりにも凶悪な目つきに、オジールの熱が圧されていた。
――いやいやルグレさん、彼、名乗ってましたがな。
「そうだよね、ぼっ、僕はオジール。君のこと、知らないから、名前を教えてほしいなっ」
「なんでそんな名前を知りたがるんだよ。重要なのは名前じゃない、俺がどういう奴かってことだ。俺は別にお前と仲良くしたいなんざ思ってねえ。失せろデブ」
ルグレがそう言って虫を払うように手を振った。オジールはルグレの理不尽に涙目になって、群衆の中へと姿を消していった。
メイは耐え切れず、振り返ってルグレの元へ行く。
「ちょっとルグレ、あんまりじゃない?」
メイは腕を組んであからさまに怒っているという態度を示す。
「あ? 何が?」
「友達になりたいって、それだけだったじゃん。新学期なんだから友達が欲しかっただけでしょ!」
「じゃ、今から追っかけてお前が友達になってやれよ」
「…………」
ああ、この人は、何か間違っている。
メイはそう思ってしまった。自分とこの男の間には、抗えぬ差があるのだ。倫理、道徳、礼儀、……否、そんな大袈裟なものではない。もっと原初の、思いやりや配慮、協調性、共感、そういった感覚が欠如していると感じた。
*****
レトロフューチャーで、マジックパンクで、それは一見、奇異な組み合わせのようにも思えるが、この世界に来てからというもの、その同居は可能だということを散々見せつけられた。
カラフルなレンガ造りの家。未来技術にも見えてしまう『魔法科学』というこの世界独自の技術により顕現する街頭広告。やたら金を使ってみせた歯車仕掛けの時計台。馬鹿みたいに大きなプロペラを回す飛行船。
どこか欧州的な風景に、どこか御伽噺的な雰囲気、そこにレトロでフューチャーでマジックでパンクな技術が乗っかっている。
この国はそういったばらばらのようにも思える要素が、一切の違和感なく同居している。
しかしながら、この学園に限っては、違和感がないとは贔屓にも言えなかった。
コンクリートに似た白色の素材で建てられる、直線的な校舎たち。岩から切り出したそのままの姿にも見えてしまうが、この世界の最新の流行建築だそうだ。
ところはシャッテン寮。学園に属する四寮のうちのひとつで、それはもう不吉な雰囲気の漂う寮であるわけだ。
内装は外装とは一点してファンタジー的。いや、ホラー的? アダムスファミリー的だ。なにからなにまで黒色のゴシック調。
寮は施設としてそれほど多くの要素を含んではおらず、生徒たちが寝泊まりする二人一組の部屋と、談話室、それとエントランス。そのどれもが贅沢な敷地の取り方をしてはいるが。
メイは晴れて学園に来て初めての友人、カーミラ・オイレンブルクとルームメイトになった。
「思ってたより大きいね」
メイは言う。
「そうね。最近は貴族の権威がどうこうと言われてるけど、お金がないのも権威がないのも実力のない馬鹿な貴族たちだけ。賢い貴族が賢くお金を使えば、生徒ふたりにこのサイズの敷地を貸せるってわけ」
カーミラはなにやら突然、思想が強めなことを言いだした。
このころのメイには彼女のこういった発言に突っ込めるほどの親近感は持てていなかった。しかし、あとから分かることだが、彼女は若年女性あるあるに従ってゴシップが何よりの好物で、他人のゴシップについて外からあれこれと持論を展開するのが大好きだ。
先のアルゲニブ人の貴族の女子生徒について雄弁に語ってくれたことが、思えばその証左だった。
メイたちに与えられた部屋は、二人分のベッドと机が寮の壁際に置かれ、クローゼットがあり、その他に目立ったものはなかったが、それでも十分すぎるほど広々とした部屋だった。
このサイズの部屋を全生徒に与えていると考えると、それはまあ、贅沢な資金の使い方ということになろう。
部屋の最奥には半径3メートルほどの半円型の窓があり、そこからバルコニーへと出れるようになっている。
カーミラは踊るような足取りで窓へ寄って、さっそく開いてバルコニーへと飛び出ていた。メイも歩いて彼女に続く。
寮は思ったよりも高い建物だったようだ。
しかしながら他の校舎の日陰に建てられており、景色はお世辞にも良いとは言えなかった。
「朝起きて最初に見る空がこんなじゃ、元気も出ないね」
「ここも広々としてるし、外の空気を吸うならもってこいかも」
カーミラの言葉に、メイはポジティブに返す。二人は翻って、荷解きへと移る。
「カーミラ、私図書室に行きたいんだけど、一緒にどう?」
メイが学園へ来たそもそもの目的は、この世界について知ることだった。その一番手っ取り早い手段と言えば、古今東西変わらぬ、書物を読みつくすことである。
「私は疲れたからいいや。案内だけならできるよ」
「そう、それじゃあ私も明日にしようかな。どうせ授業始まるまではしばらく暇だしね。……カーミラ、学内の施設の場所が分かるの?」
カーミラもメイと同じ、新入生である。
「この街はこの国の英知の源泉だからね、イベントごとにはけっこうたくさんの人がこの街に来るんだ。学園も解放されるんだよ。……私はさっきも言ったけど、兄貴が先に入学してるから、学内には何度か来てるんだよね」
メイマピゲリズの街には学園の他にも様々な研究施設が集結している。
シェアト王国にとってメイマピゲリズの街は『発展の街』であるのだ。
新技術、新発見、そういったものが絶えぬ時代でもあった。この街は常に上流階級の注目を集めている。
ならば街を解放し、学園を解放し、そういった人々の好奇心を経済に還元してやるのが行政の常だ。
カーミラはキャリーケースの中から、次々と色とりどりの寝具やら筆記具やらを取り出していた。とにかく、カラフルだった。何から何まで、一切の統一感を欠いたレインボーだった。
それらは部屋を彩る装飾物にまで及び、質素だった部屋はカーミラの手によって子供用のプレイルームのような様相と化した。
「これはまた……」
「なに? メイ、派手なのは苦手? そしたら、部屋の半分からこっち側だけにしようか」
「いやいや、別にいいよ。真っ黒な寮だったからね、この世界に色があるのはこの部屋だけなんじゃないかって気がしてきたよ」
飾り付けを終えてからやっと遠慮の姿勢を見せたカーミラを、メイは手で制する。
「うつ病にでもなったら笑えないからさ、日が当たらないことは諦めるしかないけど、少しでも明るくしたいの」
カーミラはそう言ってさらに掛布団用のカバーを鞄から出した。赤色だ。原色すぎる、赤色だ。
「それよりカーミラ、この学校って電話とかないかな。それとも、カーミラも携帯を持ってたりするのかな」
「電話くらいならどっかにあると思うけど、携帯電話なんて持ってないよ。あんな高価なもの」
カーミラの出自を知っているわけではないが、亜人族ではないということはおおかた貴族だということだろう。貴族家でも携帯電話を持っていないものなのだろうか。
貴族家にも資金差があるのだろうが、そうするとパテルは上流階級の中でも資産のある方ということだろうか。パテルが国会役員以外に何をしているのか知らないけれど。
「そっか。携帯電話ってみんな持ってないものなの?」
「いやあ、どうだろう……。この学園なら持ってる人は多いかもね。うちは裕福じゃないから持ってない。……それより、誰か電話したい人でもいるの?」
「いや、別に急ぎでもないんだけどね、一応家の人たちに無事到着したことを連絡しようかなって」
「ふーん」
リーベルタース家の人間は、メイが初めて訪ねたときに比べてずいぶん少なくなってしまった。だからこそ、彼ら彼女らという存在を、重んじていきたいと思っていた。
ネアンも、イザベルも、みんな屋敷に置いてきたのだ。自分は無事であることを伝え、みんなが無事であることの確認を取りたかった。
なんといっても、例の襲撃事件はパテルが城を離れた一日の間に起きたのだ。根源であった者たちに報復したとはいえ、何があるかはわからないし、神経質になって然るべきと言えるだろう。
あの報復についても、メイが腑に落ちていないというか、胸に突っかかるものがあった。そもそも、根源であったのはあの一家なのだろうか。彼らの他に黒幕がいるのだとしたら、ルグレらが行った私兵団やリンティネン家への報復はただの虐殺だったことになるし、メイらリーベルタース家の面々の命は、未だに危険な状態におかれているということになる。
メイは、荷解きを終えて一息つくと、試しに電話を探してみた。
寮に住むのは高等部の一年と二年だけらしいが、そのひとつでもかなりの人数を収容している。いわゆるイギリスの大学にあるような談話室が用意されており、その規模も中々だった。
談話室はやはり黒色を基調とした家具などにあふれ、所々アクセントを入れるように白色が入っている。鍵盤だけが白色の黒いピアノ、カーテン、丸テーブル、ソファ、椅子まで黒色で統一されていた。
その一角に、公衆電話のようにぽつりと電話が置かれていた。
メイは受話器を耳に当て、交換手にリーベルタース別荘の電話に伝える。そう、交換手がいるのだ。
この世界は、この世界の暦で1920年代であり、多くの技術がメイの居た世界の1920年代のころと同一だ。しかしながら、この世界には携帯電話にあたるものが存在している。この世界の携帯電話を使ったことがないので、どのような手順で通話をするのかは知らぬが、やはり技術力にちぐはぐさを感じる。
こういった技術力のちぐはぐさの正体は、『魔法科学』なる存在が生んでいるそうだ。多くの場合、戦争科学のために利用されるこの技術は、『魔法石』の力による疑似的な魔法を行使することで、特定のいくつかの技術について未来技術を模したような実力を発揮してみせる。
今のところ、魔法科学による技術が街中で発見できたのは、携帯電話に加えて、無人ドローンやロボット盲導犬くらいだろうか。それと、映像技術も発展しているようで、映像自体は白黒のものだったが、巨大な液晶画面に映し出された街頭広告なんかもあった。
『リーベルタース邸です。パテル様は現在お取込み中です。要件は使用人のカーラが承ります』
「カーラ……!? 私だよ、メイだよ!」
『あら、メイ様!』
受話器の向こうでは、冷静沈着という言葉の似合う彼女にしては珍しく、わかりやすく声を躍らせたカーラがいた。そしてメイはそれが嬉しかった。
『無事学園に到着されたのですね。少々お待ちください、すぐにパテル様をお呼びします――』
「ああ、いいの! 忙しいんでしょ? 無事だよってことだけ伝えてほしくて……色々、不安になりやすい時期だと思うから……」
『……そうですね。承りました』
「ありがとう!」
『あっ』
電話の向こうのカーラが何かに気づいたようで、少し声が遠くなる。
『ネアン、こっちに来てください。メイ様からお電話です。声を聴かせてあげてください』
どうやらカーラは、そばを通りがかったネアンに声をかけてくれたようだった。
『メイ、到着したんですね』
カーラと代わって、今度はネアンの鈴のような声が聞こえた。無機質で、緩急も抑揚もないが、心なしか以前に比べて明るい声になった。
「ネアン! そうだよ、無事着いたよ」
『私も、すぐにそちらへ行きますから』
ネアンは妙なことを言った。
「……? どうして? こっちに用事でもあるの?」
『…………。学園都市のすぐ隣に、工場地帯があります。そこにはパテル様が所有する土地もあります。そちらに行く理由はいくらでも考えられる』
ネアンのそれは、学園都市に向かう理由を求めたメイにとっては、なんの返答にもなっていなかった。
学園都市に来ること自体が目的で、それに付随する理由は言い訳に過ぎず、どのように取り繕っても問題がない――そんな風に聞こえた。
『それからメイ様!』
受話器の向こうでがさごそと音がした後、声の主がネアンからカーラへと戻った。彼女はなにやら慌てた様子だった。
『メイマピゲリズは治安の良い場所として有名ですが、安全と決まっているわけではありません。学園自体も、偏見や先入観が含まれますが、嫌なうわさも多く存在します。どうか、お気をつけて』
「……そ、そうなの。ありがとう」
メイは困惑したまま受話器を置いた。
メイの知らぬところで、メイの知らぬ何かが進行しているのではないか。また、例の郵便係のように、不意を突かれてしまうのではないか、と一抹の不安がメイの胸に突っかかっていた。
それは裏切られる失望と、すべてを失ってしまう絶望を予感させるには、十分な不安だったのだ。




