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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第二章『学園編』
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第29話『蛇蝎』

 メイの居た、魔法のない世界においても、学校はあった。それは海外にもあったし、果てにはこの魔法と科学の世界にもあったわけだ。

 どこまで行っても、どこまで逃げても、まっとうに生きようと思えば、人は皆、学校というシステムに囚われる必要性に迫られる。


 学校というシステムは、多くの問題を抱えている。

 まず、多感な思春期の男女を、社会の縮図に閉じ込めることだ。そこには組織があり、ルールがあり、政治がある。


 思春期の若者というものは、往々にして独自の世界観を持っているわけだが、学校というシステムは各々の世界観を喧嘩させるのに持ってこいの場所なのだ。ある者は世界観を維持するために他人を傷つけるし、ある者は傷つけられる。またある者は平穏のために己の世界観を封じて迎合するだろうし、それはつまり、他のために己を殺すことを意味する。


 世界観を維持しなければ自己は保たれないが、世界観を維持するためには除け者にされるか、もしくは除け者にする側に回る覚悟をする必要がある。そういった残酷を、思春期の若者に強要するのが学校というシステムなのだ。


 その過程で人は学ぶのだ。人間社会の在り方を。その虚構と、残酷と、自己の殺し方を。


「学園では派閥がいくつかあるの。そんな複雑じゃないよ。強者と弱者、簡単に言えばそれだけの話だから」


 簡単でも、嫌な話だ。

 入学式は校長であるメイマピゲリズ辺境伯の、複雑で退屈な話といくつかの業務連絡、挨拶だけで終わった。新入生たちはそれぞれの寮へと解散になった。


「見分けるのも簡単。――ああ、あれがチア部」


 それぞれの寮へ移動の中、カーミラが階段の上を顎で指した。そこにはおそらく上級生であろう女子の一団がいて、階段の中腹から、廊下を歩く新入生たちを評価するかのように眺めていた。


「真ん中のブロンドが、アナベル・モンテーニュ。アルゲニブ人の貴族家の一人娘」


 そう示されたのは集団の中で一際偉そうな面持ちをした金髪の美女だ。大人びた顔つきをしており、西洋顔というのもあって同世代だとは思えない、20代の雰囲気の女だった。


「で、その取り巻きたち。あれがチア部だね」


 取り巻きで目立つのは、アナベル・モンテーニュの両脇を固める二人だ。一人は身長が高く、一人は対照的に背が低い。


「チア部がカースト上位なんて、海外映画だけだと思ってたよ」


「チア部とは上手くやった方が良いね。いっそ入部したらいくつかの試練の末だろうと仲間入りできると思うけど」


 カーミラがそう言いながら、視線を外し、癖毛をくるくるとつまんで誤魔化す。


「いやー入りたくはないね……めんどくさそう、ずっと合わせるの」


「ははっ」


 カーミラは間違いないといって笑った。仕方のないことだが、どのような社会においても、どのような集団においても上下関係や疑似カースト制度は存在する。

 下の者は上の者に逆らうことは許されないし、上の者の顔色を伺って行動しなければいけない。それはつまり、己の世界観を壊してでも生きていくべきだということだ。世界観……自己というのは、集団にとって都合いい存在となるために少しずつ消耗させるものなのだろう。

 それは酷なことであるし、それを強要するこのシステムはどうかしているとメイは常々思っていたが、慣れれば無問題だ。なにごとも慣れなのだ。自分を殺し、集団のひとりとなる。それに慣れてしまえば、なにもつらいことなんてないのだ。


「派閥は部活ごと?」


 メイは問う。


「そういうわけじゃないけど、同じ部活の面子は仲良くなりやすいからね。とはいえ部活内の上下もあるだろうしって感じかな」


「ふーん。カーミラは何か部活に入る予定はあるの?」


「あー……」


 カーミラは何やら、言いづらそうな雰囲気だった。メイは何か都合の悪いことでも聞いてしまったのかと思ったが、別段そういうわけではないようだ。


「私は半強制で兄貴の部活に入るだろうからなあ……」


 カーミラは心底嫌そうにそう言った。メイには兄弟姉妹がいない。ので共感してあげられないが、家族とは選べないものである。人は自分と反りの合わぬ他人と距離を保つことができる生物であるが、家族に限ってはその限りではない。

 彼女の兄に対する感情がいかなるものなのか計り知れぬメイにとっては、やはり反応を返しづらい会話だった。


「そうなの。私もどこかに入ろうかなあ。何があるのかも知らないけど」


 メイは控えめに笑う。


「困ったらカーミラと同じ部活に入れてよ」


 これがメイが絞りだした精一杯の当たり障りない言葉だった。


「いいよ。……そろそろ着くね」


 そう言って、カーミラは少しうれしそうに微笑んだ。それを見たメイも、また幸せな気持ちになった。人とのコミュニケーションは、こうあるべきだと思った。

 味気ない内装の廊下を進み、階段を昇り、渡り廊下を渡った。

 やがて見えてきたのが、メイがこれから暮らす寮とのことだった。影の名を冠する、シャッテン寮。


 入学式を行った集会ホールのある棟からは少し離れた位置にある、独立した建物だ。しかし、建築様式はまったくの同様。各寮はそれぞれ、学園敷地内の個別の施設となっている。


「それじゃあ、まずは寮母さんにあいさつをするから!」


 先頭を歩く上級生が、とことことひよこのように続く新入生たちに告げる。その上級生というのは、監督生とされる人だ。新入生の列を引っ張るように監督生が手で仰ぎ、寮へと招いていく。他の校舎と同じ、白いコンクリートのような材質で建てられた建造物。そこがシャッテン寮だと示すのは、入り口に掲げられた狼を象る紋章があるからだ。


 大空を指すフィルマメント寮は、広大な空を制する鷹。

 大地を指すコンチネント寮は、陸の覇者である象。

 大海を指すメーア寮は、海の王者である鯨。


 そして、陰に潜み、狡賢く獲物を狙う下衆な寮にはハイエナ……ではなく、狼。


 それぞれに象徴する動物の紋章が与えられている。狼の紋章にどのような意味が込められているのかは定かではないが、とにかく、この4匹の動物は先に挙げたような動物そのものではない。というのも、メイの居た世界の動物に例えればそれが最も近い見た目というだけであり、実際には全く別の動物であるのだ。


 鷹は大きく、鷹ではなく鷲に相当するのかもしれない。人ひとりを掴んで大空へと投げ出すには十分すぎる身体と、一度羽ばたけば姿を消してしまうほど大きな翼を持っている。


 象は実際には像ではなく、マンモスに相当するのかもしれない。実際にこの動物は陸の覇者として有名で、魔物を含めると決して最大ではないが、壮大な肉体と大きな牙は、彼らに逆らうべきではなく、人間は自然には打ち勝てないということを思い知るのには十分だった。


 鯨は、もしかしたら鮫かもしれないし、鯱かもしれない。とにかく、この世界では海で彼らに出くわしたら、陸へ逃げるか、星へ祈るべきだと幼少期に教わるだろう。


 狼は、実際にはハイエナかもしれない。腐肉をあさり、嘘を吐き、群れることを知らず、信頼も信用も知らぬ流浪の者たちなのだ。


 メイの居た世界の常識や、そこに生息した動物たちとぴたりと合うイメージはないが、類似という意味ではこれらは鷹、象、鯨、狼というべきだろう。


 寮を象徴するのはなにも紋章だけではない。

 シャッテン寮は他の校舎からそれほど離れておらず、たいていが他の建築物の陰に隠れてしまっている。おまけにそこらには木々が生い茂り、日中でも薄暗く不気味な雰囲気のする場所に建てられていた。ここに寮を立てようと提案した創設者はたいそう陰気な者だったのだろう。


 他の寮ではそれぞれ、自然に囲まれあたたかな木漏れ日の中にあるコンチネント寮、入り口以外が街はずれの湖の中へと沈んでいるメーア寮、そして天高くそびえる塔の上にぽっかりと乗っけられたフィルマメント寮。


 名は体を現すというが、この学校の寮施設はあまりにも名前のイメージに従順であった。


「それじゃあ、次は部屋割りを配るから、取りに来てくれ」


 寮母への挨拶を終え、エントランスへと進むと、寮長の生徒がそう言った。

 大勢のシャッテン寮新入生が押し寄せ、順番に寮長の手から一枚の書類を受けとる。


 そこには二人一組に組まれた新入生たちの指名がずらりと並んでいた。

 これが部屋割りということは、二人一組はルームメンバーということになるだろう。

 メイは名前の並びから自分を探す。


「メイ、私たちルームメイトだよ!」





   *****





 入学式前日。


 エル・エスフエルソは田舎の実家に挨拶をしてから、学園へと合流するらしく、前の城に比べて人数が随分と減ってしまった我が家は、さらに寂しいことになっていた。


 エルは良い子だから、きっと学校に行く前に親に顔を見せたかったのだろう。――自分はあの有名な学園に入学するのだ、と。だから安心してよ、ちゃんと医者になるんだ、それで、母さんの病気も直してあげるね、と。

 弟や妹に囲まれ、母にそう告げ、期待を背負って、学園に行くのだろう。


 その期待はおそらく、エルの細い背中にとってはあまりに重たいものだろう。しかしながら、その期待に応えたいと誰よりも強く望んでいるのは、エル本人であるのだ。それならばパテルも、その背中を支えてやりたい。


「パテル」


 部屋の扉がノックされた。奥から聞こえる声は低く、落ち着いている。オスカーだ。


「入れ」


 扉の向こうから姿を現したのはやはりオスカー。鍛え上げられた筋骨隆々の肉体が、黒いシャツの上からでも分かる。


「どうした」


「話したくて来ただけだ。悪いか? この屋敷もずいぶん寂しくなっただろ」


「冗談はよせ。お前はそういうタイプじゃないだろ」


 にやりと笑って言ったオスカーだったが、パテルに冗談はよせと言われてすぐに冷徹な真顔に戻る。彼には「孤高」という言葉が似合う。元来、寂しさや孤独を感じるような性質ではなく、かといって群れることを嫌うわけでもない、良くも悪くも、他人に執着のない人間だった。

 同僚や屋敷の面子の命が奪われたときの怒りについてはその限りではないようだが、ともかく、他人がそこにいるかどうか、他人に自分がどのような認識をされているのか、そういった至って人間的なあれこれにまったく頓着がない。


「あながち嘘でもない。話がしたくて来たんだ」


「それで、本題は何かな。酒をやめろとでも、言いに来たかな」


 パテルは言って、オスカーから目線を外し、ライティングデスクの上のグラスに酒を注ぐ。もとよりアルコール中毒であるパテルだったが、屋敷の襲撃で多くの家族を失ってからの彼は、輪に掛けてひどい酒飲みになっていた。

 メイも、パテルも、オスカーも、ルグレも、カーラも、イザベルも、ネアンも、ドヴァレーツも、あの日のことを口にはしない。それぞれが、それぞれの方法でその傷が癒えるのを待っているのだ。むろん、その傷が完全に癒えるわけがない。各々の方法で傷ついているのだ。


「いや、違う。この間の夜、なぜメイにこの屋敷の魔人はパテルとルグレだけだと言った?」


 この間の夜、というのはパテルの狩りの帰りにメイとオスカーに出くわした、あの夜のことであろう。

 自分が魔人だとか、魔法使いだとか、大事なことを言い忘れるというのは、パテルの悪いところであり、自覚しているところであった。


 魔人も魔法使いも、国や文化によっては忌み嫌われる存在である。しかしながら、シェアト王国は国柄、人間族以外の亜人族を一緒くたにして嫌っているし、魔法使いへの偏見もない。

 もちろん自分たちが魔人だ、魔法使いだ、と喜んで吹聴する者は少ないし、明かしたがらない者は多い。


 パテルはそうではない。単に言い忘れていた。


「どうして? ふたりだけだろう」


「ほざくな。俺も魔人だ」


 オスカーは言った。


「はは、人間を食わず大した魔力も持たない奴が魔人か」


 パテルは言って、嘲笑う。


「人間を食わないのはあんたもだろ、パテル」


「なんだよ、ばらしてほしかったのか、一応個人情報だと思ったけど?」


「ルグレのことはバラしただろ」


 ああ言えばこう言う、パテルの言論はあまりにも滑稽だった。


「お前が魔人だと明かさない方が都合がいいと思ったんだよ、お互いに」


 パテルが言う。


「都合が悪かったなら謝る。自分で明かせばいいじゃないか」


 パテルがそこまで言うと、それを聞いたオスカーは少し考えるように押し黙る。


「……そうだな、これは都合が良い」


 パテルが何やら企んでいるのではないかと邪推したオスカーだったが、よく考えてみれば、この状況は自分にとって渡りに船である。わざわざ自分が世界各地で最も恐れられている魔族のひとりであると明かす必要性はまったくないし、当初の計画通りとはいかないが、むしろ自分がただの人間だという体を保っていたほうが都合がいい。


 魔族を蛇蝎の如く嫌う民族も、文化も絶えぬ。魔族というだけで悪事を働くと思っている者も。

 メイがそういう人間だと思っているわけではないが、しばらくは、メイには協力的であってもらいたい。


「ところで、パテル。メイは『ドッペル』だと思うか?」


「…………。さあな、俺には関係がない」


「…………」


 オスカーはそれ以上深入りはしないことにした。

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