第27話『私立メイマピゲリズ学園』
嫌というほど世の中にあふれたフィクションのジャンルに、ファンタジーがある。
ファンタジー作品というのは多くの場合、指輪物語に始まる中世ヨーロッパ風の世界を元にしている。
そこから派生して考えれば、現在メイが身を置いているこの世界はせいぜい「近代ヨーロッパ風ファンタジー」といったところだろう。
近代の世界というより、まさしく「中世ヨーロッパ風ファンタジー」の先に、この世界があるという感覚だ。
「風」というところが重要で、あれらの中世ヨーロッパ風というのは多くの部分で近世的な要素が含まれる。
同じように、この世界には魔法という大きなファンタジーに加えて、携帯電話のような通信機器やテレビのような液晶画面に映される街頭広告など、ある種現代的、ひいては近未来的な要素が含まれている。レトロフューチャーと表しても少し違うように思える、絵本の世界のような印象の差し込まれた、あくまで近代の様相を持つこの世界は、まさしく「中世ヨーロッパ風ファンタジー」の先にある光景なのだと、メイは感じている。
何度もこの異世界に浮かぶ異様なる風景を描写するにあたって、メイの思うぴったりのイメージがわかず、度々上書きするようで申し訳ないが、マジックパンク的であるというものだ。
つまり、近代技術×魔法といった具合。近代技術と言っても幅が広いが、メイの居た世界の感覚だと第一次世界大戦から戦間期くらいの感覚だろうか。
街を抜けると、車窓に流れる風景は緑が多くなった。
それは田舎の郷愁というにはあまりにも空の色などが欧州的だったが、都会にはない静けさが、心地よかった。
まだ雪が降る時期だ。
緑の広原を抜けると、やがてぽつぽつと商業施設や牧場、農園、住居が見えてくる。
さらに進むと、だんだんと街の景色となっていく。建造物には柔らかい幻想的な白色が、優しく積もっていた。
メイは車窓に移りゆく異界の景色を、心地よい車の揺れを感じながら、ぼうっと眺める。
「そろそろ、着きますよ」
運転手であるドヴァレーツが少し振り返り、後部座席の面々に伝えた。が、実際に後部座席の様子を見ると優しく微笑んで、前を向きなおした。
後部座席ではメイは眠たそうに外を眺め、ルグレが眠っていた。あまり大きな声で話すと、安眠を妨げてしまうかもしれない。
「ルグレは魔人族です。起こしてもいいんじゃないですか」
助手席のオスカーが言った。魔人族は本来、眠る必要がない。彼らの身体は常に最も良好な状態を保とうとし続けるからだ。『常に完璧』でありつづけるのではなく、様々な面から考慮して『良好』である状態を維持するというのがミソなのだが、とにかく、アドレナリンがどうのだのオレキシンがどうのといった人間の不都合な彼是は、魔人族には適応されないのだ。
「眠っているということは、眠りたいということなのでしょう。寝かしといてあげるのが大人ですよ」
「そうですかね」
オスカーは懐疑的にそう言う。彼にとって、ルグレはそのような優しさを提供する対象ではない。オスカーが彼に対してどのような感情を持っているのか、ドヴァレーツには、ましてやメイになんて分からぬことだった。しかし、本来、弟に与えるような保護的な愛情も、微笑ましい兄弟喧嘩を起こすような一種の愛情も、ないように見えた。
しかし、ドヴァレーツは知っている。オスカーは口数が少なく、表情筋もサボり魔なので無感情に見えるが、そうではない。旧リーベルタース邸が襲撃にあった11月、それを多大な犠牲とともに退けたオスカーは、ルグレを連れて報復に出た。
ルグレが仲間や家族の死について敏感で、感情任せに怒り、罪のないリンティネン男爵の私兵たちを皆殺しにするほどになるというのは、屋敷の面々にはすでに周知のことであった。オスカーもそうだ。オスカーはルグレに比べて精神が発達しており、感情に任せてリーベルタース伯爵の立場を脅かすような行動を起こすタイプではない。彼は至って冷静で、冷酷で、合理的な人間だ。
しかし、あの日は違った。
10年以上の時をともに過ごした家族を殺され、彼は怒りに燃えたのだ。
彼は知っているし、持っているのだ。
人並みの感情を。人並みの悲しみを。人並みの怒りを。人並みの愛情を。
なればこそ、彼は成し得るのだ――人にはできぬ、残虐を。
「メイ、ルグレを起こしてやってくれ」
前方、助手席に座るオスカーにそう声をかけられて、メイは現実へと引き戻されるように、街の風景から目を離した。
隣で眠るルグレを叩いて起こし、前方を見やると、それは姿を覗かせていた。
それはこれまで見たどの建造物よりも異世界感があり、異物感があり、未来感がある。
白色のコンクリートのような無機質な壁面によってそびえたつ、要塞のような巨大建造物。それは地面に足をつけていなければ、宇宙船のようにも見える、異物だった。
――私立メイマピゲリズ学園。
それがこの巨大建造物の名前。これからメイたちの通う学校の名前だった。
「この一帯は校長を務めるバルナベ・フォン・メイマピゲリズ辺境伯がかつて持っていた土地です」
近代になって、『国』という単位への意識が変わると、力を失った貴族たちは土地を固有のものとしなくなった。封建制の終焉である。
この一帯はメイマピゲリズという辺境伯家がかつて統治していたということなのだろうが、それほど国土の辺境というわけではないように思えた。掘り返すと、パテルを裁こうとした、治安維持組織を率いる辺境伯も、現在の住居は王都にあるのだと思われる。パテルが不満に思うように、貴族の名というのは単なる名誉称号に近いものとなってしまったのかもしれない。
「貴族というのは往々にして保守的な思想を持っているものですが、ご安心ください。メイマピゲリズ辺境伯はパテル様のご友人です。亜人族には寛容な方です」
ドヴァレーツが車を走らせながら、車内の新入生たちに紹介を始める。
私立メイマピゲリズ学園。
初等部、中等部、高等部の三つの学校から成るこの学園は、シェアト王国内でも有数の実力を誇る教育者たちを束ねた教育機関として、国内では有名だ。
高等部は17歳以上の生徒たちを対象に教育を行っており、三学年・四学年では自分の希望する進路へ進むのに必要な、より専門的な知識を学ぶことができる。
旧メイマピゲリズ領であるこの街は、その通りメイマピゲリズという地名が与えられている。校長の名前も、学校の名前も、学校のある街の名前も、なんでもかんでもメイマピゲリズということになる。
メイマピゲリズ地方は、学園を中心に据えてインフラが発展している・学園の初等部・中等部・高等部の他に学校はないが、学園を中心に発展した点と、それに付随する研究機関が豊富にあるという意味では学園都市とも言え、実際に『学園都市』という呼称で通っている。
学園都市メイマピゲリズは、シェアト国内では有名な「安息の地」とされている。治安が良く、良い家名を持った人間が多く住んでいるからだ。学園に通う生徒は1万人を超え、その4割ほどが貴族家の出身である(この学園に通うのは家柄の良い子供たちか、金のある商人の子どもたちが主なのだ)。加えて、学園都市内の需要に応えるように各種商店が並び、商業都市としては王都に次ぐ優秀さを誇る。
「さて、着きました」
宇宙人の住まう要塞だと、そう言われれば素直に信じてしまいそうな、規格外な大きさ、異様な作りの建造物だった。
大きなロータリーがあって、そこにはいくつも自動車が停まっている。そのそれぞれから、運転手である使用人、メイと同じ歳の男女、それを見送る両親たちが姿を現す。
「ここには、親の見送りも受けられない亜人族の養子なんて一人もいねえんだろうなァ……」
ルグレは車から降りるなり、辺りを見回して、眠たそうにあくびをしながらそう言った。
「そんなことはありません、ルグレ様。この学校の唯一の汚点として、亜人族が通っていることがあげられるのですから」
己もドーベルマンの顔を持つ亜人として、ドヴァレーツは皮肉たっぷりという口調でそう言った。
皮肉や嫌味だなんて、ルグレのいちばん好きそうなものだ。実際に、ルグレはそれを聞いて満足そうに笑った。
学園には、地下街をはじめとするスラム街浄化政策として人間社会に押し込まれた亜人たちが通っている。それは商人や貴族が後見人となるパターンや、受け入れる者が見つからず、手に職をつけるために入学させられたパターンなどがある。
シェアト王国内のどの教育機関もほとんど等しい状況だが、問題は私立メイマピゲリズ学園が国内最大の学園という点だった。
この学園を除けば、規模の大きい教育機関と言えば教会が営むミッション系の学校で、広く将来性のある知識を学べるのはこの学園のみと言っても過言ではないのがこの国の現状であった。
つまり、私立メイマピゲリズ学園は、この国の教育機関の象徴ともいえるのである。
そのため、国民の学校へのイメージというのは、つまりそのままメイマピゲリズ学園のイメージなのだ。
そして、現在それは「亜人族の若者たちが多く通っている」というイメージであるのだ。
「さ、入学式に遅れます。ジョークの時間も楽しいですが、ルグレ様にはさらに楽しい学園生活が待っているんです。いってらっしゃい」
ドヴァレーツはそう言って微笑むと、ルグレ、メイ、オスカーの三人にひらひらと手を振った。
「おう」
とルグレが言って、先頭を歩き出す。
「運転ありがとうございました。帰りも気をつけてください」
メイがそう言って、いまだに手を振り続けるドヴァレーツにお辞儀をすると、それに続くようにオスカーも軽く礼をした。
ドヴァレーツは結局、メイたちが大きな校門に吸い込まれて姿を消すまで手を振り続けた。
校門へと続く階段を上がって、巨人でも通すのかと思ってしまうほど壮大に造られた校門へと歩いていくと、徐々に生徒たちが増え、メイたちは人の波に飲み込まれた。
メイがオスカーたちを見失わないように必死に足を動かしていると、それに気が付いたオスカーが手を掴んで引いてくれた。彼は背が高く、この人混みの中でも一定の視野を保てるのだろう。
無駄に大きく広い校門を抜けると、ロータリーと似た雰囲気の外庭がある。そこには自然が栄えており、見たこともない生き物が数匹見えた。
さらにその先へ進むと、正面玄関である。宇宙船のような、要塞のような、異様な建造物の中へと進んでいく。グレーのコンクリートに似た材質ですべての壁、天井、地面が形成されている。
しかし内部の構想自体は意外にも、意外なものではなくて、違和感なく生活できそうだとメイは安心した。
わいわいがやがやとしたメイを含む集団のほとんどは新入生だ。これから始まる生活に期待と不安を抱き、各々の方法で発散している。亜人族が通っているという話だったが、集団のほとんどはオスカーらと同じ、白い肌の人間族だった。
少しの間集団に混ざって歩き、ふとメイが「自分は何も理解せずにここで歩いているが、周りの新入生たちはどこへ向かうべきなのか理解しているのだろうか」と思った。
それにこたえるかのように、集団の歩みがどんと止まった。
「ようこそ! 私立メイマピゲリズ学園・高等部へ。……私は高等部1年主任のヒルトルート・クニーチュ。皆さんを入学式の場までお連れ致します」
集団の前方で初老の女性の声がした。メイたちのいるところからはかなり遠くから発せられた声だったが、それは集団最後尾まで届くほどの声量だった。
女性は背が高くガリガリに痩せたのっぽで、色素の抜けたひっつめ髪、肌が白く。黒いドレスのようなローブを着ていて、いかにも魔女といった装いだ。
「こちらへ」
女性――クニーチュがそう言って先導し、新入生たちが続く。
すぐ正面に大きな扉があり、そこを抜けると大広間になっていた。俯瞰すると長方形となるこの広間は、全校生徒を収容できる規模を持つ。つまり一万人を超える。
ここは入学式のような集会に主に使われる部屋となっており、『集会ホール』と呼ばれる。
クニーチュは広間の大きな扉を開けると、生徒たちがそこに進むように誘導する。メイも彼らに続いて集会ホールへと進もうとする。が――、
「あなたがリーベルタース伯爵の御息女さまね?」
クニーチュに肩を掴まれ、メイは足を止める。
「はい。アオ……いや、えっと、メイ・リーベルタースです」
メイは雰囲気を察してリーベルタースのほうの名を名乗る。パテルがここの校長にどういう風に話を通したのは分かってはいないが、「使用人の女を入学させてくれ」というよりは「うちの養子を入学させてくれ」というほうがすんなり話が通りそうなものである。パテルがメイを養子のひとりだと紹介している可能性は大いにあった。
「メイさん、少し説明と手続きをしたいのでご同行できますか?」
メイはこういうとき、どうしても悪い状況を想像してしまう。学校で、しかも主任の先生から呼び出しなんて、悪いことに決まっている、と。




