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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第二章『学園編』
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第26話『家族愛』

 星歴1923年、2月1日、シェアト王国、王都ノヴァスル。


 今日は可愛い我が子たちが新たな生活へと踏み込む大切な日だというのに、こうして王都まで呼ばれるなんて、散々である。

 入学式には貴族家の親御さんたちも集うので、重要な社交の場であるというのに、そこにも顔を出せない。それ自体はパテル自身にとってはどうでもいい、価値のないことだったが、我が子の晴れ舞台に一緒にいてやれないのが悔やまれるのだ。

 おまけにドヴァレーツには子どもたちを学校まで送らせないといけないので、自分の足まではるばるここまで出席したのだ。踏んだり蹴ったりな一日だが、鉄道とやらを体験できたのは不幸中の幸いというか、少年心をくすぐられた。やはり大きくて動く無機質なものというのは、なぜかかっこよく見える。自分にも、こんな子どものような愉快な感情があったのだと気づけた。


「聞いているのか、パテル・リーベルタース!」


 怒鳴られ、パテルはふと我に返る。数か月の時を経て、パテルは再び王都にある王国会議室へと出向いていた。


「はい、もちろん」


 怒鳴ったのはプレトリウスという辺境伯家の男だ。


「自分がどういった立場で、どうしてここに立っているのか分かっておるのか」


 辺境伯は怒り心頭に唾を飛ばし、パテルを糾弾する。かれは内務省所属の役員のひとりで、王国憲兵隊――いわゆる警察のことだが――の総括している。


「はい、もちろん」


 パテルは裁判の場にいた。ここは裁判所ではないが、今回は例外的な扱いをされているらしい。おそらくパテルは彼らが思っているほど事態を重くは見ておらず、済まし作業として認識していた。

 辺境伯の他にも何人かの貴族家出身の者が場にいた。王国会議のときの比べればその量はかなり少ないが、並ぶメンツはどれも名門。裁判長を務める者ですら、貴族家出身の男だった。


 みなさんがご存じの歴史とは多少異なるかもしれないが、この世界では多くの点でメイがいた世界とは違った歩みを踏んでいる。メイの居た世界には魔法などなかったと聞いた時は驚いた。彼女は元の世界でどうやって生活していたのだろうか。


 この国は数十年前から近代化の流行に乗っている。とは、何度も繰り返してしまっているかもしれないが。

 ここ何百年か、シェアト王国を含む半島諸国は共和制だの、絶対君主制だの、立憲制だのと時代と状況に合わせて様々な主義と方針を転々とした。今は、我が国は立憲君主制に落ち着いていた。


 封建制と呼ばれる体制の崩壊は、半島諸国を絶対王政へと導いた。これは貴族たちの弱体化を意味した。

 揺り戻されるように、西の隣国から始まった自由主義と、北西の島国から始まった重商主義の時代が訪れ、なんやかんやの末に絶対王政は解体され、立憲制が成り立った。しかし、貴族たちの立場が低いままなのは相変わらずだった。


 貴族が実質的な実権を握っていたのは、実質的な役割を果たしていたのは、パテルが生まれるより200年も前の話だ。

 『国家』が成立した時代から、彼らのほとんどは過去の栄光に縋る怠惰な凡夫へと成り下がったのだ。彼らは今や、「生まれが良い」というただそれだけの理由で政治に口を出す権利を得ている。


 ならば、今ここで特別な扱いで裁判を受けるパテルと、それを糾弾する偉そうな男は、何者なのだ。何様なのだ。

 皇帝の時代は終わった。王の時代は終わった。宗教の時代は終わった。


 軍としての貴族は機能しなくなり、統治者としての貴族は機能しなくなり、実質的に貴族は役割を終えた。その権威は形骸化したのだ。貴族家の爵位なんぞ、血統主義的な権威にしがみついただけの、古びた空虚な栄誉にすぎない。

 商人と関係を持って資本主義に食いついたとて、彼らに何の力があって、私を断罪しようというのだ。


 たかが、貴族だ。

 彼らは兵器製造に投資してはいるが、引き金の引き方も知らない。


 ――リーベルタースなどという家名も……。


「では、罪状を確認しよう」


 裁判長が言った。


「…………」


 パテルも、先の辺境伯も、黙ってそれを受ける。


「被告、パテル・リーベルタース伯爵は、去る星歴1922年の11月に、南方の農地を統括する内務官、ジェローム・リンティネン男爵およびその妻ヒルマの殺害をほう助した疑いがある。また、実際に犯行に及んだのは、リーベルタース伯爵が擁する私兵団だと思われる」


「加えて、彼の私兵団数十人も殺したな」


 裁判長の言葉に、辺境伯が付け加える。


「間違いないな? お前の指示だろう?」


「……………」


 パテルは無言で、二人の男を見つめた。貴族たちは、ある者は無関心、ある者はパテルを睨みつけ、ある者は事態に動転している様子だった。


「ここに呼ばれた時点で、疑う余地などないだろう。リーベルタース伯爵、罪を認めたまえ」


「……そう言われましても、辺境伯、本当に身に覚えがないのです。どうして私が疑われているのでしょうか」


 パテルは言う。そもそもパテルが指示したのではない。あの没落貴族どもは、養子であるオスカーとルグレが独断で報復に出たのだ。止めなかったのは事実だが。

 証拠などが一つも提示されていないのに、素直に枷をかけられるのは気に食わない。オチがどうなるにしろ、できるところまで歯向かおう。


「裁判長」


 辺境伯が今更ながら、軽く手を挙げて、裁判長を向く。


「発言を許可する」


「リンティネン家殺害にしようされた凶器は不明ですが、現場に残っていたのは、一般に流通する9ミリ弾、マグナム弾のほかに、出処不明の弾丸――これはおそらくライフル用だと思われます、外国製の50口径弾でした。それに刃物です」


 辺境伯がつらつらと現場の遺留品の情報を連ねる。慣れた男だ、まずは事実を並べて、自分の発言の信ぴょう性を得ている。

 場の貴族たちが、不安げに辺境伯とパテルを見つめる。彼らは何をそんなに気にしているのか、パテルには皆目見当もつかない。


「加えて、現場の状況は悲惨でした。私兵団、夫妻が無惨に殺害されていたのはもちろんですが、屋敷事態にも大きな損傷がありました。まるで、車でぶつけられたような」


「それが、どうしたんです? 私が関与した疑いはいったいどこから発生したんです?」


「幸いにも、目撃者がいましてね。あなたの所有するものと同じ車種の自動車が、リンティネン地方で見られています。伯爵のいるような都会ではどうなのか知りませんが、田舎で自動車なんて見るのは珍しいのでね、町民もよく覚えてらした」


 この辺境伯は一体、どうして自分をここまで追い詰めようとするのだ。

 彼を突き動かす原動力は、いったい何だというのだ。正義感か。治安維持だなんて大層な仕事を与えられると、人間はこうも傲慢な生き物になるのか。


「でしたらうちの車を気が済むまで調べたらいい。屋敷も好きに調べてください。もちろん、襲撃に遭った城も含めて、好きに調査していただいてかまいません。私の車は新品同様にピカピカですよ。車で他人の屋敷に突っ込むだなんて、そんなことを私兵団に許可するわけがないでしょう」


「――違う」


 辺境伯が、パテルの流れるような弁明を止める。


「何……?」


「リンティネン男爵の屋敷を破壊したのは、車によるものではない」


「では、どうやってやったというのですか」


「亜人だろ」


 辺境伯がそう言ってパテルを睨む。貴族家諸君もひどく驚いた様子だった。また、これか。


「このリーベルタース伯爵が亜人族を多く雇っているのはご存じのとおりです、みなさん」


 辺境伯はパテルから視線を外すと、まるで演説でも始めたかのように、貴族家の者たちと裁判長に主張を始めた。


「亜人族の中には、たとえば西方の共和国に住まうエルフたちのように、人間族に比べて魔法使いが発現しやすい種族がいます。リーベルタース伯爵はそのような魔法使いを自分の私兵団に加えて、不当に他の貴族家を害しているのです。――そうなれば、外国製の弾丸を所有しているのも何か裏があるのでしょう、彼が、他国の『スパイ』だとか」


 辺境伯が会議場に訴えると、裁判長を除く場の者たちは、いとも簡単に恐怖心を駆り立てられた。


「裁判長、この男を拘束するべきです! 我々の身が危ない!」「これは国家を揺るがす事態だ、亜人族による侵略が始まっているんだ!」「これ以上亜人族を許容するわけにはいかないだろう!」


 次々にそういった文言を叫んでは、パテルを糾弾した。

 場は不安と恐怖に支配され、理解できぬものに蓋をしようと団結を始める。愚かだ。保守的という一点で、知らぬものが恐ろしいという一点で、彼らは問題から目を逸らす。


「――詭弁だ……!!」


 パテルは吠える。目の前に置かれた木製の机を叩くと、場が一斉に静まり返った。

 ――許されるわけがない、到底許されるべきではない、こんな愚行が。


「…………」「…………」「…………」


「――裁判長、今辺境伯がおっしゃった現場状況の中に、犯人が私の関係者だという証拠はなにひとつありませんでした。……そもそも、亜人族を多く雇っていることが証拠になるなど、これ以上のヘイトスピーチはありません。あの亜人たちは、政府の指示で擁護した者たちです。貧民街浄化政策で受け入れた者たちです」


 パテルの主張に、裁判長は無言で肯いた。貴族たちも、言葉が出ない様子だった。


「そして何より、どのような場であっても、どのようなお立場であっても、私のかわいい子供たちを侮辱するのは、一切許容しない……!」


「座り給え、伯爵」


 裁判長に促され、いつの間にか自分が立ち上がっていたことに気づいた。感情に任せて言葉を並べるなど、貴族らしくもない。貴族らしくないというのならば、自分はそれでもいいが。


「プレトリウス辺境伯の発言には一部、不適切なものが含まれていた。加えて、リーベルタース伯爵を貶める発言を許容できるほどの証拠ではない」


「…………」


 辺境伯が押し黙る。


「ほかに発言は?」


「……では、いったいなぜ、彼は……、いや、いったい、誰が、殺したのでしょうか……」


 辺境伯が言葉を押しだす。


「ハッ、それを突き止めるのが貴殿の仕事でしょうに」


 裁判長が笑った。


「……ところでリーベルタース伯爵、貴殿にかかっていた容疑はともかく、屋敷が正体不明の傭兵団に襲撃された事件もなかなかの衝撃ですな。そちらは原因分かっているのですかな?」


「ええ、まあ、だいたいは。事件の犯人はともかく、辺境伯がそれについて全く調べてくださらないのが疑問ですよ」


「…………」


 パテルと裁判長の会話を、辺境伯は気まずそうに聞いている。

 裁判長はまたもにやりと笑うと、


「まあ、彼は少々価値観が違うようですしね」


 と言った。たった、それだけのことだった。





   *****





 自分は今まで、空虚な日々を過ごしていた。

 没落した貴族家に生まれ、平々凡々な生活をしてきた。


 両親を愛していたか? ――おそらく、愛してはなかったのだろう。

 両親に感謝していたか? ――感謝していたと思いたい。愛していないのと、感謝しているのは両立できる感情であるはずだ。


 だから、殺せたのだ。


 憧れ、そうだ、自分を突き動かしたのは、ただ、ただ、憧れることだった。あの男のような、強き者になれたら、きっと退屈からも解放されるのだろう。不安からも、解放されるのだろう。


 自分は、ただ苦しかったのだ。自分には何もなかった。この世界では、自分は自分を認めてあげられなかった。


 私兵団に注力するあまり、財政的な余裕はあまりなく、家には使用人があまりいなかった。中でも、メイドはひとり。

 彼女はいつも自分の面倒を見てくれた。実の姉のような存在だった。毎日朝昼晩と食事を用意して、わざわざ自室まで運んで、献身的に働いた。


 ある日、彼女に聞いた。


「あくまで仕事でしょう。どうしてそんな必死に尽くすの。君は何か、業務以上の義務感を感じているみたい」


 彼女は応えた。誰よりも優しくて、何よりも温かい声で。


「これが愛情なんですよ、アラン様。義務や使命ではありません、私がしたいことを、この立場を利用してやらせていただいているに過ぎないのです。――私が、こうしたいのです」


 彼女からの愛情を自覚するにつれ、両親に愛されていないことが分かり始めた。違う、きっと、両親なりに自分を愛していたのだろう。けれど、自分には愛し方が分からなかった。

 ただ、苦しかったんだ。どうしたらいいか分からなかった。なにも不自由はなかった。何も不幸はなかった。


 どうしたら他人を愛せたのだろう。愛せるのだろう。

 どうしたら己を愛せたのだろう。はたして、これから愛せるようになることができるのだろうか。


 ああ、どうして、殺してしまったんだろう。

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