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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第一章『屋敷編』
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第24話『生きる指針』

 この世界に来てはじめの1ヶ月が、嵐のように過ぎていった。

 それはあまりにも濃かったようにも思うし、あまりにも早く過ぎていったようにも思う。


 自分を守るために、否、振り返ってみればそれだけではないが、とにかくこの世界で自分に良くしてくれた人たちはほとんど死んでしまった。

 銃撃、爆撃、魔法、火薬の匂い。無造作に散らばった多くの死。前にいた世界では100年生きていようが体験できないような貴重な体験であったが、体験せずに済むならそのほうが幸せだと思う。


 けれど、この体験を、蒼井メイは生涯忘れるわけにはいかない。


「……ん」


 その夜、メイは妙な時間に起きた。2時間ほどしか眠れなかったらしい。

 体を起こし、部屋を見渡す。ついこの間まで住んでいたリーベルタース邸の部屋と比べると、随分狭い部屋だった。


 夜は冷えるが、メイは薄い毛布を引っ張ってそれにくるまると、そのまま部屋を出た。

 廊下の床は木材で作られ、壁はコンクリート。「古典趣味」とやらでこだわられたあの屋敷とは異なる、質素な家だった。とはいえ、一般人のそれに比べれば立派な屋敷である。

 メイたちはあの後、パテルの持つ別の屋敷へと移り住んでいた。木造建築の豪邸である。屋敷と言うより、西洋の城といった雰囲気だった前の家に比べて、今の家は正しく屋敷らしい内装・外装だ。木造建築と言うこともあって、廊下や壁も冷たい石材ではないので、温かみもある。


 二階建ての木造屋敷。一般的には、豪邸である。

 ここにパテル、ドヴァレーツ、カーラ、イザベル、ネアン、メイ、そして養子組三兄弟の9人が住んでいる。大人数ではあるが、十分すぎる大きさの家だ。


「寝れないのか?」


「きゃあ……っ!?」


 廊下に出てすぐに、真横から声をかけられ、メイは悲鳴を上げた。

 振り返れば、そこにはオスカーがいた。小銃をひとつ背負って、壁にもたれかかっている。


「オスカーか……びっくりした……」


「……? すまん」


「そ、そう。寝れないみたい」


 オスカーは薄い生地の黒色のシャツを着ている。こう見るとやはり、使うために鍛えられた筋肉なのだと分かる。軍人として完成された肉体。それをオスカーは意識して作り上げているのだ。ルグレにも筋肉があった。当然だ、そうでなければあんな人間離れした跳躍力や腕力は出ない。しかし、ルグレのそれには嘘くささがあった。細い身体から現実離れした筋力を発揮できるのは、何かトリックがあるように思う。対して、オスカーはしっかり努力して必要な肉体を作っているのだと分かる。


「オスカーも寝れないの?」


「昔から眠りが浅いんだ」


 オスカーからは眠たそうな印象すら見受けられなかった。こんな夜中に、小銃を携え、廊下でメイを待っているような。一体何をしていたのだろうか。


「私が起こしちゃった?」


「大丈夫だ。そういうわけじゃない」


 メイが何のつもりもなく歩き始めると、オスカーも並んで歩き始めた。


「ここの生活にはもう慣れた?」


「もう慣れたな。どこに住もうがあまり関係ない。それにここは立地もいい」


 メイの問いに、オスカーがそう答える。


「前の家は街に出るまでしばらく歩かなきゃいけなかったからね……」


 以前住んでいたリーベルタース邸は街から離れた場所にあり、周囲一帯には森林があった。それはおそらく、安全保障的な、屋敷周辺に他人が寄り付かないようにするという目的があったように思う。

 対して、今回のリーベルタース別荘は、街中にある。とはいえ一般人に紛れるような形ではなく、さほど大きくはない街をひとつ一望できるような高地に建てられた、権力者の優越感をそのまま形にしたような屋敷だった。用事があればすぐに街に出られる。


「今夜は空がきれいだ。星でも見に行くか」


 オスカーがそう提案した。メイは肯き、彼について外へと出た。この屋敷にはもう、玄関係を務めるような使用人はいなかった。

 外に出ると、夜だというのに、明るかった。しかし、それは自然の灯りではない。――別荘は、リーベルタース邸よりも都会にあった。否、都市開発度にそれほどの差異はないが、なんせ街中にあるので、前住んでいたリーベルタース邸のように自然の光を楽しむことはできなかった。

 それでもビル群などがあるわけでもないので、星は見れた。


「ほんとだ。綺麗。……山から見たらもっと綺麗なんだろうね」


 メイは体を毛布でくるんで、空を見上げた。


「…………」


 オスカーは無言で空を見上げて、煙草に火をつけた。

 メイは喫煙の健康被害に関してなにも考えを持っていない。


「……みんな死んじゃったね……」


 メイは空を見上げたまま言った。


「みんなじゃない。俺も、メイも、ネアンも、イザベルも、生きてる」


 これは彼の屁理屈などではないと思った。それと同時に、メイは自分があまりにも無配慮な発言をしてしまったことを反省した。それは、まるでオスカーたちが戦ったことが無駄であるかのような発言と捉えられるからだ。そうだ、オスカーは戦ったのだ。思考を凝らし、血を流し、戦って、メイたちを守ってくれたのだ。

 数々の死も、無駄ではない。

 戦い、散っていった彼らを差し置いて、自らの手を汚してすらいないメイが偉そうなことを言うべきではないと思った。


「メイ」


 オスカーはメイを見た。


「……?」


「不安がるな。大丈夫だ。メイは、俺が守る」


 その眼には覚悟があった。

 人一人の命を背負う覚悟――否、違う。彼が背負っている命はひとつではないように思えた。別荘の中で休んでいるイザベルやネアン、そして屋敷を守るために戦い、命を落とした仲間たちの命を背負っているのだ。彼の身体は確かに屈強で、広い背中をしているが、それはひとりで抱えきれるほど軽いものではないように感じた。しかし、彼はそれらをすべて一人で背負って、罪と命を背負って生きていくのだと、そう覚悟を決めているようだった。

 その狼のように鋭い紺色の眼には、おそらく、リーベルタース邸防衛戦に限らない、彼の仕事の上で亡くなった多くの命があった。それは彼を引きずる闇であると同時に、彼に生きる指針を与える光でもある。生きる指針は、どんなことよりも大切なのだ。


「すまない、体が冷えてしまうな」


 オスカーが言って、別荘内へと戻ろうとした。

 生きる指針――メイにはそれがあるだろうか。自分ではわからない。希望、憎しみ、嫉妬、憧れ――それはきっと、人によってそれぞれだ。生きる指針があるから人間は生きようと思えるのだと思う。メイは希死念慮を持っているとは思っていない。生きようと思えている。しかし、生きる指針などというものがあるだろうか。ないから、己のすべてを前の世界に置き去りにしても何も淋しくないのではないか。


「パテル……、狩り中だったのか」


 オスカーが言った。

 見れば、屋敷及びこの別荘の主であるパテル・リーベルタースの姿があった。外出中だったようで、ちょうど帰ってきたのだ。


「お二人とも、寝れなかったのかい?」


「…………」


 その姿を見て、メイは思い出した。

 痩せ細った身体、頬ほどまで伸びた白髪、生気のない顔――そして何より、不気味に輝く、黄色の眼。

 それは、あの夜……暴漢に襲われ、オスカーに助けられ、逃げかえったあの夜。リーベルタース邸前の木々の中に見た、あの、爛々とした不気味なそれだった。


「パテル……、あ」


 メイは言葉を失った。――彼は、何者なのだ? あの夜、あそこで、何をしていたのだ?

 背筋が冷える。あの木々の奥に見えた光は、強烈な攻撃性をはらんだ、怪物の眼のようだった。その光がパテルの眼であったとしたら、怪物は彼だったということになる。

 違う、違う、彼は自分を匿った、まぎれもない優しい『人間』なのだ――と必死に脳内で弁明したが、どうも納得できない。目の前に事実だ、それを阻む。


「ああ。そういうことか」


 メイの表情を見たパテルが、合点がいったというふうにそう言った。


「私は人間じゃないよ。魔人なんだ。……好きで亜人族を雇ってる亜人愛好家の変態とでも思ってたかな?」


 メイはそれを聞いて、先ほどのちょっとした不安がまるで嘘であるかのように、何も驚かなかった。


「でも私は人を食うようなタイプじゃないんだ。だからこんな痩せ細っちゃったんだけどね」


 そういって微笑むパテル。

 やはり、パテルは怪物などではないのだと思った。『人間』である必要はないのだ。怪物の怖いところは何も考えていることが理解できないところにある。我々は無意識に、「理解できないこと」を恐れているのだ。しかし、どうだ。メイはパテルの人柄を知っている。彼は理性を持っている。

 『人間』である必要などない。理性があり、言葉が通じ、信頼しあえるなら種族などどうでもいいのだ。


「でも肉食なのには変わりないからね、いつも野生動物をとって食べてるのさ。残酷と言えばそれまでだけど」


「魔人っていうのは、どういうものなの?」


 先程、オスカーは「狩り」と言っていた。おそらく、夜道で見たあの黄色の眼も、狩りの最中のパテルだったのだろう。林にいた動物を狩っていたのだろう。そう思えば、あの攻撃性も当然だと思えた。


「そうだね。もうすぐ学校も始まるし、そこにいけば色々知れると思うけど、学校に行けばたぶんたくさんの亜人族と関わることになる。……種族問題ってセンシティブな話題だから、ある程度理解しておいた方が良いかもしれない」


 パテルはそう言って、すたすたとメイに歩み寄ると、そのまま手招きして別荘の中へ入るように促した。別荘は、以前の屋敷ほど大きくないので、玄関に入ってすぐのエントランスが客間としての役割を果たしている。背の低いテーブルとソファが置いてあるのだ。

 パテルはそこに座るように手で案内した。メイが座ると、すぐ隣にオスカーも座った。オスカーは当然、この世界の人間なので魔人について理解があると思われる。それでもメイと一緒にいるのは、彼の宣言通り、メイを守るためなのだろうか。それとも、単に眠れないから人といたいだけか。


「まず、『魔人族』っていうのは、大昔に魔女が創ったとされる種族だ。まあどこにでもある神話だけどね。『魔女が創った人間』で『魔人』、そんな感じ。魔人族は肉食で、昔から人間族を食べて暮らしてきた。だから亜人族の中でも飛びぬけて嫌われてる」


「パテルは人を食べないで生きられるの?」


「他の魔人は知らないけど、私は動物だけでも平気だ。ただ痩せ細っていくってことは十分じゃないのかもしれない。けどまあ、この食事で何十年も生きてきてるからね」


「屋敷には、他にも魔人族がいた?」


「実は、ルグレも魔人族だ。本人の許可取らずにこういうこと言っていいのか知らないけど」


 メイがリーベルタース家のもとで働き始めて間もないとき、食卓でルグレが、メイの反亜人意識について咎めたことがあった。メイは全くそんなつもりはなかったが、メイのような人間ほどすぐに亜人を見下し始めると、そういうことを言っていた。ひょっとしたら、ルグレにはそういう経験があったのかもしれない。長年差別されている種族だというのならば、敏感になってしまうのも理解できるような気がした。


「でもその他にはいない。魔人族はほとんど絶滅って程に数が少ないんだ」


 今もなお生きている魔人族の数は、武器人形ほどではないが、かなり少ないそうだ。


「どうして?」


「魔人族には生殖能力がない」


 これは、武器人形にも言えたことだった。今は亡きエルナが言っていた。武器人形は女性しかいないから、自分たちで繁栄できず、使い捨てだったのだと。


「男も女もいるけれど、交尾してもあらたな命を生むことはできない。だから、神話であるはずの『魔女が創った』って話も、現実味があるんだ。現実味があるから差別の正当化に使われている」


「魔女っていうのは?」


「元来は魔法を使える女性全員を指す言葉だったけど、今は特定の数人のことを指す。それもまた神話だね。悪役だよ。……魔人は魔女によって創られた。だから数を増やすには、また魔女が生むしかないんだ」


 魔女と呼ばれる人たちが何者なのかはわからないが、単に魔法を使える悪人がそう呼ばれているのだとして、その人たちから生まれたただの『人間』を魔人と呼んでいるのだろうか。そうだとしたら、あんまりだと思った。しかし実際に魔人は、純粋な人間とはまったく別の生態を持っている。人間族とは別の、なんらかのルーツを持っているのだろう。


「魔女は、もういないの?」


「……いや、どこかにはいるはずだ。だから魔人の一部は、魔女を探し出してまた数を増やそうとしてる。そういう奴らは魔人の中でも過激な連中で、魔女を見つけるためなら暴力も行使する」


「…………」


 種族の繁栄……メイには分からぬ感覚だが、生物として当然だと思う。自力では繁殖できない生物は、繁殖のために必死になるのだろう。魔人は、どういう気持ちで生きているのだろうか。


「――――」


 オスカーがメイを見た。メイにはその理由は分からなかった。


「もう冷える。そろそろ寝なさい」


 パテルが言った。





   *****





 オスカーが拘束器具を外してからいなくなったので、アランは体力が回復したらすぐに動くことができた。

 地下室を出て、地下道を抜けて、実家へと戻る。リンティネン家、その屋敷。


 2階では、両親が血塗れで椅子に座っていた。


「アラン……」


 母、ヒルマがアランの姿に気づいた。


「アラン……、あいつらは、なんだ」


 続いて父親がアランに問うた。アランは応えなかった。


「あいつらは、リーベルタースの私兵だろう……。失敗したのか?」


 やはりアランは応えない。


「どうしてくれるんだ、お前だけが、望みだったんだぞ。このままだと、リンティネンの名が……」


 最期までくだらない男だ、とアランは思った。こんな凡夫が自分の父親だと信じたくなかった。オスカーが父親だったら幸せだったのに。


「アラン、アラン、ここから逃げましょう。もう私たちは安全じゃないのよ」


 母がアランに行った。

 リンティネンの屋敷を襲撃したのは、報復に出たオスカーが連れた、生き残りの使用人たちだろう。彼らが去ってから、あまり時間は経っていない。

 アランは自室へ戻ると、隠し持っていた9ミリ拳銃を持参した。


「アラン……」


 両親の元へ戻る。彼らは意識は戻っていたが、両足とも酷い怪我をして、身動きが取れないようだった。

 だから、アランはそのふたつの頭を撃ち抜いた。

 この上なくくだらなく、この上なく退屈で、この上なく平凡な家とはこれでおさらばだ。自分は、こんなところにいてはいけないのだ。


 罪悪感は、ない。

 自分を満たすのは絶え間ない、開放感。多幸感。

 自分は、今、生きているのだ――。





   *****





 王都内のどこかにある、屋敷にて。


「リンティネンは役に立たなかったな」


 男が言った。50歳ほどだろうか、白髪交じりのオールバックの男。身長が高く、はっきりとした顔立ち。


「そうでもない。たしかに襲撃はまったくの無意味だったが、アランくんが我々にが流した情報は、我々――いや、君が飛びつきたいほど欲しい情報みたいだよ」


 応えるのは、若い男。短い黒髪で、ツーブロックの入った七三分け。シャープな目は赤色で、蛇のような雰囲気の青年だ。

 青年が出したファイル。それを、男が受け取る。そこに入った書類に目を通して、ひとつの顔が目に入る。おそらく盗撮されたのであろう、見づらい写真。そして、写真に写る女性についての少ない情報がいくつか。

 その名を、男は口に出す。


「アオイ・メイ――」

第一章、完結です。

読んでくださり、ありがとうございました。


まだ細かいことはほとんど決まってませんが、二章は学校でのお話にする予定です。

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