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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第一章『屋敷編』
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第22話『報復』

 メイとオスカー、ルグレ、カーラを乗せた車は、太陽が昇って明るくなっていく街を駆け抜けた。

 そのまま、旧リーベルタース領の境を超えて(旧というのは、いまは国土全域が国王のものであるからだ)、都会を抜けた。


 シェアト王国は、都会を抜けると途端に前時代的な、科学技術(メイの思う近未来的な科学技術は、実際には魔法科学であるが)の目立たない、近代化以前の町並みになった。


「誰なんだ、内通者ってのは」


 ルグレが言う。後部座席に座る彼は、下品にも、助手席に座るメイの背もたれのところに足を乗せている。彼の隣に座るカーラが何度か注意しているが、一向に改善の姿勢は見られない。


「それは着いてからのお楽しみだろう。ルグレは地理に詳しくないから、向かってる先も分からないか?」


 オスカーは運転しながら、そう言ってルグレを煽る。心なしか、いつもはロボットのようで、堅物な彼も、ルグレをからかう時だけは声が躍っているように思える。


「撃ち殺すぞ、てめえ」


 ルグレはそう言うと、そのまま退屈そうに眼をつむった。


「もうすっかり寒い時期ですが、暖かい土地へと来ましたね。こちらにあるのは、旧リンティネン領でしょうか」


 カーラが言った。たしかに冬のシェアトは寒かった。けれど、このへんに来てからは、なんとなく日光が温かい。


「詳しいな、カーラ」


「ええ、私もこちらのほうに実家があるんです。温かい土地ですよ」


 カーラは人間族だ。スラムの浄化に際して受け入れられた亜人とは、出生から異なる。


「エルも田舎出身だったよな。たしか、あいつの地元はクソ寒いとか言ってたけど」


 ルグレが言った。

 車の窓の外には、暖かい緑で溢れた牧歌的な風景が広がっている。冬なのでまだまだ寒いが、同じ国内でも少し移動するだけで暖かく感じる。パテルが行っていた王都は、旧リーベルタース領よりもさらに北に移動した場所にあるので、雪が降っていたらしい。


「カーラ、リンティネン家とは面識あるのか?」


 オスカーが問う。


「いいえ。方角はこっちですが、私の家はもっと南です」


「そうか、それは良かった。今からリンティネン家を殴りに行くからな」


 オスカーが言う。


「リンティネンを!?」


 カーラが驚愕の声を出した。


「一応、貴族ですよ!? 私たちが直接攻撃なんてしたら、問題になるんじゃ……」


「今時貴族にいくらの価値がある? それに男爵家なんて、誰も気にしてないだろう」


 リンティネン家というのは、大きな農地を有する貴族家だそうだ。男爵なので、パテルよりも地位が低い。


 この世界においては、国際的に中世的価値観から脱却していく中で、貴族の概念は名前だけの形骸的なものへと変遷していった。貴族は特権階級ではある。その他の国民のように飢えに苦しむようなことも滅多にない。政治にも参加する。しかし、政治参加の姿勢としては、国家を運営するうえでの役員のような立場となっていた。名誉や名声のようなものを意識する価値感は薄れ、野心を持つ者も減り、貴族とは与えられたお仕事だ、という風潮が出来上がっていた。


 リンティネン家はその中で言えば、せいぜい、地方の農家を支える役員といった立場だろうか。実際に、農業を管轄する部署の上級貴族の部下という立ち位置になっている。


「いいじゃん。金持ち殴るのって、気持ちいいぜ」


 ルグレは足を下ろすと、座り直し、煙草を取り出して火をつけた。


「おいルグレ、車で吸うなって何度も言ってるだろ」


「俺に命令すんなって何度も言ってんだろ」


「…………」


「……ちッ、わかったよ」


 火をつけたばかりの紙煙草を、ルグレは窓から捨てた。


「外にも捨てるな。道路だって労働者が汗を流して整備してるんだぞ」


「いちいちうるせえな! 黙って運転してろよ、ゴリラ」


 ルグレは怒鳴って、運転席まで足を伸ばして、オスカーを尻を蹴った。何度見ても細くて長い、うらやましい脚だ。オスカーもエルもそうだが、どうもこの世界のメンズはスタイルが良すぎる。否、リーベルタース養子組三兄弟がおかしい。西洋人の顔つきなので、自然にこういうものだと思ってしまう瞬間があるが、街の人たちは現実的な外見の西洋人という感じだった。


「なんか、ルグレは子供っぽいんだね」


 メイが言うと、今度は、メイが座っている助手席の背もたれを後ろから蹴られた。


「ルグレはガキだが、接近戦では頼りになる」


 オスカーが言う。


「お前は銃ばっかりで、喧嘩はゴミカスだからな。ははッ」


 ルグレが笑った。確かに、オスカーの射撃の能力は、素人目に見ても凄腕だと分かるものだった。ゴロツキに絡まれたときなどは、接近戦・肉弾戦でも頼りになるイメージがあったが、ルグレはさらに強いのだろうか。喧嘩っ早そうではあるが。


「そろそろ着くぞ」





   *****








 平和な農地をしばらく走り抜けると、やがて豪邸に辿り着いた。

 木造な立派な屋敷を、煉瓦で出来た塀が囲み、門番の兵が一人立っている。


「なにか、御用でしたか」


 オスカーが門の前に車を停めて外に出ると、さっそく門番が声をかけてきた。


「傭兵団とは別の服を着てるみたいだけど……?」


 メイは小声でオスカーに問う。


「傭兵は別個に雇っただけだろう。護衛用の私兵をそのまま襲撃に使うわけにもいかない」


 オスカーは小声で答えた。

 地方であれど、貴族は私兵を雇っている。農民の暴動などよく聞く話であるし、そうでなくても金と権力を持つ人間は命や財産を狙われやすい。家や家族を守るために、退役軍人や、かつて何らかの戦争に出たことのある募兵を、私兵団として雇うのはこの国の常識になっていた。


「リンティネン夫妻にお話があって来ました」


 オスカーが、普段の冷たい声のトーンからは想像もできぬほどの爽やかな声で門番に返した。外行きの声だ。


「アポはとってますか? 商人ならば、リンティネン氏は興味を持たないと思います」


「いいから開けろ。そんでそこ退け」


 オスカーの車から出てきたルグレが、門番の兵にそう言い放った。


「ですから、……あッ」


 ルグレはそのまま門番の側まで接近すると、不意打ちに膝を蹴った。その一撃で相手の膝は逆側に曲げられる。


「おい、ルグレ」


「いいだろ、めんどくせえ」


 ルグレは言って、門番にビンタをした。軽い音のビンタだったが、門番はそれだけで気絶した。


「こっちは全員殺されたんだ。ホントはこの屋敷の奴ら全員ぶっ殺さねえと気が済まねえよ」


 ルグレが振り返る。その顔は、幼さの残る美少年の彼とは、思えなかった。彼もまた、鬼だ。鬼神だ。傭兵を10人同時に倒したオスカーとは、比べ物にならない。ルグレは、怪物なのだ。――それが、瞬時に脳に叩き込まれるような、憤怒の表情だった。


 この屋敷には、リーベルタース邸の面々を殺された報復をしに来ていた。内通者が誰なのか、結局メイたちは知らぬままだが、この屋敷の関係者だということは分かった。報復、なんとも無益なことだと、メイは思った。我々がこの屋敷の者たちを殺したら、また報復に来るかもしれない。そうやって、争いばかりが起こるのだ。


「ルグレ様、相変わらず横暴ですね」


 カーラがその様を眺めて、呆れたように言った。確かに彼は横暴そのものであった。屋敷の使用人たちは、こういう彼に慣れてしまっている。

 ルグレはそのままずかずかと進んでいくと、門を蹴破り、その先の玄関扉までも蹴破った。手を使ったら壊さず開けられるだろうに。

 玄関の向こうはエントランスがあり、シャンデリアがぶら下がっている。そのシャンデリアを囲うように壁際に二つの階段があり、2階の奥の部屋に向けて合流している。1階の奥にもダイニングのようなものが見える。


 ダイニングから一人、使用人が飛び出してきた。彼は手にボルトアクション式のライフルを持っていた。

 が、姿を現した瞬間、武装しているのを確認したオスカーに頭を撃ち抜かれた。


「ええ!? 殺すの!?」


 すぐ隣で乾いた音が鳴り、放たれた9ミリ弾が使用人の頭に命中していた。たしかに名手だ。しかし、先ほど門番を殴ったルグレを咎めた男の行動とは思えない。


 ――やっぱり、この二人、なんかおかしいよ!!


 倫理観とか、躊躇とか、良心とか、そういうものが欠如している。


 助走をつけたルグレが飛び上がり、そのまま2階の、階段が合流している踊り場、安全用に備えられた木製の柵を掴む。そこからよじ登ると、目の前に現れた使用人に腰から抜いたナイフを突き刺して、殺した。


「あいつは猿か!」


 オスカーが言って、律儀に階段から2階へと昇る。それに続いてメイとカーラも2階へと向かう。

 2階の奥からぞろぞろと、使用人とは違う、私兵団の面々が現れた。


 しかし、この兄弟の前では、塵も同然。右翼の敵をオスカーは次々と撃ち殺す。左翼の群に向けてルグレが飛びつく。

 オスカーの放つ弾丸は綺麗に私兵たちの頭に命中していた。こちらは、弾避けに身を隠す必要もない。相手が現状を認識する前に、次々と倒れていく。

 左翼群に飛びついたルグレは右手にリボルバー式拳銃、左手にトレンチナイフをもって、ダンスをするように暴れまわった。ゼロ距離で敵の腹部に射撃したり、首元にナイフを突き刺したり、心の赴くまま、自由に虐殺する。


 大層な装備を施した私兵たちが、まるでなんの訓練も受けていない一般人のように、一方的に殺されている。

 綺麗に整えられた豪邸に、銃声がいくつも響き、血が飛び散る。


「ギャーッはッはッはッはッ……!」


 ついにルグレは、人を殺しながら、愉快に笑いだす。彼は、他人の不幸を腹の底から笑える人間なのだ。


「――おい、待て! 全員、撃つな! やめろやめろ!」


 2階、奥の方から中年男性の声が響いた。続いてどたどたと騒がしい足音がして、私兵たちの間を縫って、屋敷の主人とその妻が現れた。


「もう殺さないでくれ……!」


 男が必死に訴える。

 オスカーは大人しく従い、9ミリ自動拳銃をホルスターにしまう。ルグレは返り血に染まっていたが、ぐったりと脱力する私兵の襟を掴んだまま、動きを止める。

 そして全員が、男を見る。この屋敷の主人である。


「あ、あんたたち何なんだ……!?」


 男がメイたちに問う。


「あんたは、ジェローム・リンティネンか?」


 オスカーが男に問う。ジェロームとは、リンティネン家の現当主にして、この屋敷の主である。旧リンティネン領であるここ一帯を担当する農務役員である。

 ジェロームは、50歳ほどだろうか。初老の男で、白髪交じりの短髪の男だ。M字に禿げてきている。身長が低い。


「いかにも。私がジェローム・リンティネンだ。……あんたたち、誰だか知らんが、こんな人を殺して、ただですむと思ってるのか!」


 ジェロームの額に汗がにじんでいる。


「おたくの私兵が雑魚すぎるのが悪ィでしょうよ。それともまだ殺され足りねえかァ?」


 ルグレは言って、私兵の襟を離し、別の私兵につかみかかった。私兵たちは、様々な点で常軌を逸した兄弟に恐れ慄いて、固まっていた。生き残りも少ない。

 ルグレという少年は、普段は口数が多くはなく、クールぶった美少年であるが、ひとたび戦い始めてアドレナリンが分泌されると、ハイになってしまうタイプらしかった。


「待て待て……ッ! 分かった、落ち着いて話そう。目的はなんだ?」


「あァ? おいオスカー、こいつらが黒幕で間違いねえんだよな?」


「間違いない。俺は内通者を捕まえてくる。――ルグレ、殺すなよ」


 オスカーはそれだけ言うと、メイたちの横を通って、玄関の階段から1階へと下っていった。


「内通者……? お、お前たち、リーベルタース家の私兵か!」


「お、ビンゴらしいね。座れ」


 ジェロームがオスカーの言葉に反応してしまったのが運の尽き。ルグレはリボルバー式拳銃をジェロームに向けて、側にあった椅子に座るように指示した。


「ヒルマ、子供を連れて逃げなさい」


 ジェロームは、後ろに立っていた妻に声をかけた。


「ダメだ。そのババアも座れ」


 ジェロームは大人しく座った。その隣にはもう一つ椅子があり、妻のヒルマにはそこに座るようにルグレが指示した。しかし、ヒルマはひどく怯え、固まってしまって動かない。


「早くしろよ、ババア! お前だけぶっ殺してもいいんだぞ!!」


 ルグレが怒鳴る。お高い材質で建てられているのであろう、立派な部屋がびりびりと震えた。ルグレの声には、確かな怒りが宿っている。まだ抜けていないのだ。屋敷のみんなが殺された事実、そのことへの失望と憤怒が。


「ヒルマ、従いなさい」


 ジェロームが言って、ヒルマはやっと震えながらも椅子に座った。隣合って、リンティネン夫妻が座る。


「――ぐァあッ……!?」


 ルグレがおもむろにジェロームの左足を蹴った。バキリ、と音が鳴ったので、彼の足は折れてしまったのだろう。


「あなた……!」


「……あ、ぁあ……っ」


 喘ぐジェロームを、妻のヒルマが心配する。しかし、心配する余裕は、彼女には与えられない。

 ルグレは次に、ヒルマの右腕をリボルバーで撃った。どこを狙ったのかについてはメイには分からないが、ろくに照準を覗いてもいないので、オスカーほど銃の扱いに精通していないのだけは分かった。


「きゃあッ……!!」


「うるせえな、ババアは」


 どくどくと腕から血が流れ、ヒルマの顔が青ざめる。


「俺ァ性別や出自で他人を差別する奴が大嫌いなんだよ。だから、てめえを痛めつけた数だけ、ちゃんと奥さんも痛めつけてやるよ」


 ルグレがジェロームを見下し、にやりと笑ってみせた。なんて悪い顔をするんだ。完全に、悪役は我々のほうであるとメイは思った。


「やめろ、目的は知らんが、責任は取る。何でも話す。だから、息子と妻だけは許してくれ」


「そーお? じゃ、てめえに2人分の痛みを背負ってもらうかな」


「…………」


 ジェロームは目の前の狂人にドン引きしている。対して、ルグレは愉快でならない、といったように笑っている。

 目の前の金持ちが、ルグレの怒りの根源なのだ。家族の命を奪い、家を奪い、尊厳を傷つけた。その落とし前をつけさせることへの、満足感。


「安心しろ。別に人をいたぶるのが趣味なわけじゃねえから。でも、今からは楽しい拷問タイムだ」


 ルグレがジェロームの左足を撃つ。彼のリボルバー式拳銃はシングル・アクションであるので、いちいち撃鉄(ハンマー)を引く生々しい鉄の音が部屋に響いた。


「あああァ……っ!!」


 ジェロームが苦痛に悲鳴を上げる。

 ルグレは次にジェロームの腕を持つと、肘を通常とは逆側に曲げた。骨が折れる音と、肉が潰れる音がして、またジェロームは苦痛を叫んだ。目には、涙が浮かんでいる。


「ま、て……! まて……! 拷問なら、何が知りたいのかくらい聞いてくれよ……!」


 ジェロームの最もな訴えを無視して、ルグレはジェロームの股間を踏みつける。


「ぎゃあああああああ――ッ!?」


 ジェロームが椅子から転げ落ちる。そしてそのまま地面をのたうち回った。


「分かってねえなァ、おたく、なんも分かってねえよ。俺らが知りたいことを聞き出すのは大前提。――今はお楽しみタイムなんだって」


 また、シェアト王国が生んだ悪魔、ルグレ・リーベルタースがにやりとほくそ笑む。

 そして、その瞬間――、メイとカーラの前を黒い影が、車のような速度で駆け抜けたかと思うと、ルグレが姿を消した。

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