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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第一章『屋敷編』
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第21話『内通者』

「ハァ……っ、ハァ……っ、ハァっ、クソっ」


 ――一体、何なんだ、この屋敷は! バケモンだらけじゃねぇか……!


 傭兵の第一攻勢・残党を率いていた男は、9ミリ拳銃を手に持って林の中を走っていた。

 自分たちの前から逃げた、あの者たちを仕留めなければいけない。――どうして? それが仕事だからだ。だが、自分はここから生きて帰られるのだろうか。依頼主の本来の目的は何だ。自分の仕事は重要なのか。それより、他の奴らはどうした。もしかして、みんな死んでしまったのだろうか。


 この屋敷の護衛団は規格外である。

 人数が少ないと聞いていた。オスカーという男にだけ注意すればいいと聞いていた。そのはずだ。

 だったら、なんだ。あのナイフ女は。あの、中庭を飛び回っていた白髪の少女は。何なのだ、どうして、ゴーレムを相手取って、たかが少女がまともに戦えているのだ。


 意味が分からない。自分は、今、何のために生き残りを追っているのだ。逃げなければいけないのは、自分のほうではないのか。


 そう考え始めたところで、見つけた。

 逃げ出した奴ら。――金髪でやけに背の高い男、二人の若いメイドと、太った中年メイド。


「メイちゃ……! ちょ、ちょっと待ってっ」


 先導する金髪の男に、その他の面子が上手く追いつけず、逃げるのに充分な速度を出せてはいなかった。

 特に、太った中年のメイドは、スカートが長いのもあり、その他の足手纏いになっていた。


 何でもいい。腹いせにあいつら殺して、さっさと逃げよう。やれるだけの仕事はやったと言って、小銭をせびろう。


 傭兵は、9ミリ拳銃を構える。まずは最も大きな的――あの中年女性だ。乾いた音。直撃。――しかし、同時に、重たい銃声が傭兵の右方向から響いた。

 傭兵の頭がつぶれるほどの衝撃に打たれ、その場に倒れ込んで、死に至った。





   ***





「きゃあッ……!」


 背後で銃声が2つ鳴り、イザベルが悲鳴を上げた。エルとメイは足を止めて、振り返る。

 最後尾をついてきていたメイド長、ロッサが倒れていた。


 イザベルもそれを確認し、腰を抜かすように倒れ込んだ。肩が震えている。一方、つい先ほどまでパニック状態に陥っていたメイは、今は逆に落ち着いていた。


「ベルさんっ」


 メイはベルの肩を支えて、抱き寄せる。弱弱しく震える背中を、優しくなで続ける。

 エルは倒れたロッサが血を流していると気づくと、そちらへ走り寄った。杖を出し、例の、治癒魔法を行使する。


「ロッサさん……」


「…………」


 エルはロッサに何度も魔法を使っているようで、彼らの周りには白い粒子状の何かがこれでもかと溢れ出ていた。溢れては、煙のように空気に溶けて消えていく。それはまるで、そのままロッサの生命が、積んできた人生が、経験が、何の意味もなく、何の意義も持たされず、忘却の彼方へとなくなっていってしまうような、そんな寂しさがあった。


「エル、無駄だ」


 低い声が近づいてきた。メイとエルは、咄嗟にそちらを見て、警戒心を強めた。


「左胸。心臓に当たってる。即死だ」


 しかし、木々の間を縫うように歩いて現れたのは、オスカーだった。


「エル。焦る気持ちはわかるが、銃声が2つ鳴ったんだから不用意に死体へ近寄るな。――俺のせいだ。あのクソ野郎を、殺すのが遅れた」


 オスカーは何か所も身体を撃たれているようで、黒い服に血が滲んでいた。夜の間、絶えず戦闘を繰り返しているのが分かった。

 メイは震えるイザベルと共に立ち上がる。イザベルも、オスカーとの再会で多少落ち着きを取り戻しているようだ。ロッサとエルのほうに歩んでいくと、ロッサは目を閉じて、呼吸もしていないのが、素人目にも分かった。死んでいるのだ。


 傭兵だ。メイたちを襲撃した、第一攻勢の残党。たかが5名だったが、こちらの応戦はエルナだけだった。エルナも、おそらく殺されてしまったのだろう。エルナも、ロッサも、あの名も目的も分からぬ傭兵に、無惨に殺されてしまったのだ。


「召喚主とその護衛は殺した。……とにかく戻ろう。もう朝だ。パテルも帰ってくるし、中庭の連中も気になる」


 中庭に戻ると、そこにはネアンとカーラしかいなかった。

 屋敷は爆弾で崩したB、D館はもちろん、他の2棟もボロボロで、穴がいくつも空き、今に倒れそうな様子だった。先ほどよりも、色濃く戦いの跡が残っていた。


 中庭の中心。リーベルタース邸の敷地の中心。

 そこには2人のメイドがいた。黒髪おさげに前髪ぱっつん、いかにも真面目そうな顔に眼鏡をかけているカーラ。そして白髪の美少女、ネアンであった。ネアンは地面に寝ている。そのすぐ側に、カーラが座っていた。


「ネアン……!」


 その姿を見たメイが、駆け寄る。


「大丈夫です、メイさん。ネアンさんは寝ているだけです」


 動揺する様子を隠そうとしないメイに、カーラが優しく告げる。

 冷静になってみると、確かに、呼吸しているのが分かった。


「ネアンさんは、メイさんたちを守るために戦っていました。メイさんの無事を、何よりも気にしていました」


「……目を覚ましたら、ありがとうって、言わなきゃね」


 メイは言った。たった一度の戦いで体力を消耗し、眠ってしまった少女。短時間のうちに魔力を過剰に使用すると、疲労感に苛まれ、眠たくなるらしい。魔力は様々な部分で血液に似ていて、魔法使いにとっては体内で生成可能な魔力も、一度に大量消費すると、貧血のような状態になるのだ。……それだけではない。ネアンは、メイたちの無事を気にかけていた。余計な雑念に、多くの体力を奪われたのだとも思う。何にせよ、生きていてよかった。


「他に生存者は?」


 オスカーがカーラに問う。


「分かりません。中庭でゴーレムと応戦していた使用人たちも、いつの間にか気配を消しました」


「逃げたか。いや、瓦礫の下敷きにでもなって死んだのかもしれない。もうすぐパテルも帰ってくる頃だろう。ルグレも朝帰りかもな」


 オスカーはそう言いながら、50口径自動式拳銃の弾倉を取り出し、残弾数を確認する。


「弾は切れた。9ミリしかない」


「私も、9ミリなら」


 カーラは言って、腰から9ミリ自動式拳銃を出すと、そのままオスカーに渡した。


「その一本しか」


 弾倉も、予備のものはないらしかった。


「ネアンはどうやって戦ったんだ?」


「分かりません。なんだか、おそらく、固有魔法で……剣を使って戦ってました」


 メイは、ネアンの素性を話すべきか否か、判断に困った。情報は共有しておいたほうがいいとは思うが、一方で、他人のプライバシーに関わるものでもある。べらべらと許可なく話すのは良くない。


「銃を使ってないならとりあえずはいい。俺は戦死した仲間たちの遺体を集めてくる。残党もまだいるかもしれない。ここにいろ」


 そう言ってオスカーは、倒れた仲間たちの遺体を探し始めた。

 それからしばらくして、ネアンが目を覚ました。


「メイ……」


 ネアンは、今にも消えてしまいそうな声で、メイを呼んだ。メイはネアンのすぐ側に座り込む。


「ネアン、ありがとうね。お疲れ様」


 メイはネアンの労い、頭を優しく撫でた。もう、彼女とは通じ合っているような気がする。彼女はメイに、明確に懐いていると言える。メイとしても、ネアンは当初の機械のような印象から、今ではもう、実の妹のような親しみを抱くに至った。それは、彼女が人族に似て非なる者、『武器人形』だと知っていてもだ。


「メイ、私は……あなたを、守りたかった。あなたのような、人に、なりたくて……でも、あなたはひとり、だから、守りたくて……」


「ありがとう、ネアン。守ってくれて」





   *****





「あららららぁ……、こーんな、ひどい見た目になっちゃって……」


 帰宅したパテルは、ボロボロになった我が家を見上げて、そう言って嘆いた。

 弾痕があちこちに残っているロータリーに、黒い車を一台停めており、その側にはドーベルマンの顔を持つ執事、ドヴァレーツが立っている。


「すまない。屋敷の保全は諦めた」


 オスカーがパテルに言う。屋敷の保全については、ロッサからの言葉もあり、早々に諦めていたらしい。屋敷の保全を捨てることで、あの、B・D館をダイナマイトで吹き飛ばす作戦を思いついたのだそうだ。それによって、実際に半数ほどの敵兵を倒すことに成功している。


「別に構わないよ。古臭い家だったからね。ドヴァは、ちょっと悲しむかもしれないけど」


「いえいえ、私はみなさんが無事なら何よりです!」


 ドヴァレーツは車の側から明るくそう言った。しかし、やはり犬の顔にも表情がある。彼が悲しんでいるのが、メイには分かった。それは先代より仕えてきた、長きに渡る友であった屋敷が台無しになってしまったことに対する悲しみなのか、それとも口では「みんなが無事なら」とは言いつつ、まったく無事でない人がいることに対してなのか。そこまで察することはできない。


「犠牲者は?」


「さっき全員の遺体を集め終わったところだ。ここにいるメンツ以外は、助からなかった」


 パテルたちを出迎えたのは、オスカー、エル、メイ、イザベル、ネアン、カーラだけであった。

 ガイルも、エルナも、ロッサも、この屋敷の仲間たちはほとんど命を落とした。

 中庭に集められた遺体の中には、ケニーのものもあった。中庭にはゴーレム以外にも残党がいて、戦闘になったそうだ。


「そうか。残念だよ。……大きなお葬式を開かなきゃだな」


「地下に隠してあった武器も、車も、全部だめになった。また調達する必要がある」


「お屋敷もこれじゃ雨をしのげないな。別荘に移るとするかね」


 パテルはこの屋敷以外にも、いくつか別荘を持っている。そういう話は、以前にも聞いたことがあった。


「襲撃者は?」


「ただの傭兵団だった。オペラハウスで交戦した奴らと同じ組織だ」


「オペラハウス……じゃあ、狙いはメイ?」


 パテルがメイを見た。メイも、パテルを見る。そうだ、自分のせいだ。


「違う」


 オスカーはきっぱりと言い切った。メイはオスカーを見た。戦闘服でもない、全身黒の私服は、ところどころに穴が空き、血が滲んでいる。この男は、どうしてこんなにも自分を庇ってくれるのか。メイには分からなかった。


「オペラハウスで待ち構えていた理由はまだわからない。が、屋敷の襲撃は俺たちの戦力を削ぐのが目的だ。主に、俺を殺すつもりだったんだろう」


 オスカーは言う。

 イザベルは、もう精神状態は安定しているようだったが、不安そうな顔で、メイの袖にくっついていた。


「最終目標は、俺か――」


 パテルが言った。


「――毒も、やはり俺が飲むと分かっていて入れたものだったわけだ。オペラハウスの一件はおそらく、先に情報を仕入れた相手さんが威力偵察のつもりだったんだろう」


 パテルも察しがいいようで、オスカーに代わって説明するように語った。それにしても、毒……? いったい、何の話だろうか。


「ああ、そうだ。メイが屋敷に来た初日、パテルの酒には毒が盛られていた。犯人は内部。内通者がいたんだ。そいつにしてみれば、最初に排除したいのは戦闘の心得がある俺だった。俺の周りを嗅ぎまわっているうちに、オペラハウスでの作戦を聞きつけた。何かあると踏んで、先に傭兵団に連絡していた……」


「――内通者……?」


 オスカーが推察を説明するのを遮るように、酒で焼けたような少年の声がした。ドヴァレーツが停めた、車の奥――。


「なんなんだよ、これ」


 車の奥で、呆然と屋敷を眺めている。その少年は、ルグレだった。

 少年というには背が高いが、精神年齢は幼い。青い髪をした、不良少年。れいのごとく朝帰りのルグレは、滅茶苦茶になった我が家を見て、混乱している。


「内通者ってやつが、これをやったのか……? 他の奴らはどうした?」


「ここにいる者以外は殺された」


 オスカーが言った。途端に、困惑一色だったルグレの顔に、激しい怒りが宿る。

 ルグレが迫る。早歩きでこちらに来る。腰に手を隠したかと思うと、次に出すときにはその手には、銃身を短く切られた6発装填のリボルバー式拳銃が握られていた。少年はメイの目前まで迫ると、勢いよくその拳銃の銃口をメイの額に押し当てた。


「ひィッ……!?」


 つい先ほどまでの血の記憶をはっきりと脳裏に残しているイザベルは、悲鳴を上げてメイから遠ざかった。メイは、わけも分からず、その場に硬直した。


「…………」


 ルグレは、自分の首元に刃が向けられているのに気付いた。ネアンのもつ、剣だ。


「おい、どういうつもりだ」


 ネアンは、ルグレの怒りの形相に負けず劣らず、脅迫めいた表情でルグレを睨んでいた。


「メイは、殺させない」


「はッ、上手く丸め込まれたか? このクソ女に」


 篭絡――それは、メイには落ち着く言葉だった。所詮、メイは屋敷の人間を口説き落として、自分を守るための手駒にしていたのかもしれない。そう思った。


「銃を下ろせ、ルグレ。内通者はメイじゃない」


 と、オスカー。


「なんでそう言い切れンだ? この屋敷に来たのは、こいつが一番最近だろうが。お前がここに連れてきたときもそうだ。こいつは命を狙われてたんだろ? こいつが来てから、変な事件が続いてるじゃねえか。あ? おい、オスカー」


 ルグレは拳銃をメイの額に向けたまま、こちらを見るオスカーを睨む。


「お前もこの女に惚れたかよ? あの夜はお楽しみだったかい? はッ。それとも、こいつの血がそんなに美味かったか? やけに世間知らずだったな、この女も。全部演技だったんじゃねえか?」


「落ち着け、ルグレ。内通者はメイじゃない。パテルの酒に毒が盛られたのは、メイが来た初日だ。メイは起床してすぐにパテルに会っている。パテルに毒を盛る時間はなかった」


「…………」


「――それに、内通者が誰かはもう分かっている」


 オスカーのその言葉を聞いて、場の全員の視線がオスカーに集中した。


「少し休憩したら、そいつの家にお礼参りにでも行こうかと考えていたところだ。ルグレ、一緒に来るだろ?」


 オスカーがルグレを見て、にやりと笑った。まさに、弟の心象を見透かす兄だ。

 ルグレは、一度メイのほうを睨んだ。本当にメイが内通者ではないのかと、メイ本人に最後の確認をするような目だった。しかし、その眼には、涙が浮かんでいる。何の涙なのだろうか。メイに向けられた明確な殺意――その裏にあるのは、屋敷の、いわば家族たちへの、愛着か。


「あたりめぇだろ。俺がぶっ殺す」

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