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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第一章『屋敷編』
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第20話『狂気』

 オスカーは屋敷周囲を覆う林の中を走る。

 リーベルタース邸の周囲は、森林に覆われている。それは屋敷の敷地を示す柵を超えても同じで、リーベルタース邸の周囲は広い森林に囲まれていた。


 隠れるところは、いくらでもある。大きな木一本でも、弾丸を避けるには十分だ。逆に言えば、これだけ隠れるところがあるのだから、この木々のどこかに召喚士が潜んでいるのであろうということが推測できる。

 召喚魔法は、エルの治癒魔法のように、いわば固有魔法に近い概念となっている。つまり、魔法使いならば誰でも行使できるものではなく、魔法使いという才能の中でも、もうひとつ限定されている才能が召喚魔法なのだ。召喚士というのは、魔法使いの中でもごく一部の人間しか使えないのだ。


 だからこそ、オスカーは分かりかねる。

 あのゴーレムは、魔力の許す限り操れるもののはずであるが、その魔力の限界はいつ来るのか。

 魔力の効果範囲……つまり、ゴーレムはどれほどの距離で遠隔操作されているのか。


 思考しながら、木の間を練るように走る。

 辺りはすっかり明るくなってきていたが、人影は見当たらない。――と、


「……ッ!?」


 オスカーのすぐ隣にあった気に、ライフル弾が当たった。オスカーは咄嗟に数歩走り、別の木の影へと隠れた。


「チッ、手がかじかんでるな」


 木々の奥で、声がする。男の声だ。


「お前も傭兵か? 召喚士だな?」


 オスカーは声をかけながら、拳銃を抜く。木の横から顔をわずかに出し、敵の姿を確認する。が、すぐに弾が飛んできて、反撃の隙はない。

 相手は男だ。やはり黒い服に、赤色のベレー帽をかぶっている。手には小銃を持っていた。


「召喚士は俺じゃねえ。が、俺を殺さなきゃ召喚士は殺せねえな」


 こいつは、召喚士の護衛ということだろう。

 オスカーがもう一度、頭を出し、瞬時に引く。やはり、弾丸が木の幹をはじいた。それを確認し、オスカーは一気に駆けだす。相手は半自動小銃。一発撃つ毎にボルトを引いて次弾を薬室に送る必要がある。その隙に、オスカーは走る。


 距離は遠くない。中遠距離ならばライフルは強敵だが、この距離ならば、自動で薬室に弾丸を送ってくれるオスカーのほうが有利と言える。もっと至近距離に肉薄できれば、オスカーがマウントを取った状態での戦いに持ち込める。


「ははっ、あんたが依頼主が言ってた男だな。何者だ?」


 傭兵が言う。オスカーは別の木の陰へと移り、また身を隠す。


「この屋敷の護衛だ」


「いや、そうじゃないな。お前は貴族の私兵ってだけじゃない。老兵ならば、亜人戦争を経験していたのだと説明がつく。そうじゃない奴らは大した実戦経験もないカスばかりだ。――お前はなんだ? どこから来た?」


「俺の話をするつもりはない」


 オスカーが木の横から身を出し、50口径の拳銃を撃つ。相手の位置を直視できる時間がない。それに対して、相手は自分の位置を的確に把握している。

 オスカーの放った50口径弾は外れ、逆に敵のライフル弾がオスカーの左腕を掠った。


「……ぐッ」


 オスカーは痛みに目をつむる。


「このやけにでかい弾も、こんなのを撃てる銃は知らない。この国の技術じゃないな?」


 傭兵はちらりと、幹に当たったオスカーの拳銃の、弾痕を見る。


「ライフル弾よりでかいな。信じられん。うわさにも聞かねえ銃だ」


「そうだろうな。これは最新兵器だ。お前のような汚い犬に漏れるようなことはない」


 オスカーは木の陰で、左腕の傷が浅いことを確認してからそう言った。

 傭兵は笑う。


「はっはっはっ。……何を言う。今からお前を殺して、その銃も手に入れるさ」


 オスカーが体を出す。――が、相手の傭兵が見当たらない。


「どこに……」


 オスカーは言いかけて、鋭い痛みに顔をしかめた。

 乾いた銃声が一発、早朝の森に響き、弾丸はオスカーの右足に直撃していた。


「あ、……ぁッ!」


 弾道は、オスカーから見て斜め上から……オスカーが見上げると、太い枝の上に屈んでいる敵を確認できた。

 あれほど高い位置に、この短時間で、いったいどうやって……。オスカーがそう思考する。

 有利に思えた距離の近さも、木の上に登られたら意味がない。むしろ、距離は遠のき、かつ自分が見下ろされる。地の利をとられていた。


「不思議か、俺の動きが? 仲間の前ではやらないようにしてるんだ。動きが気持ち悪いからな」


 口調から、おそらく彼の固有魔法であそこまで登ったのだと分かる。しかし、それが実際にどんなものなのか、どこまで応用が利くのかが分からないと、オスカーはうかつに行動できない。

 オスカーは走り出す。しかし、先ほどまでの速さは出ない。右脚が痛み、思うように動くことができなかった。


「はっはっはっはっはっ!」


 森に、傭兵の高笑いが響く。


「ここはまるでお誂え向きだな! この木々の中で、俺がどう負けるんだ!?」


 オスカーが必死に走るとするのを、傭兵は愉快そうに見下ろす。

 そして枝の上で立ち上がり、小銃を構えた。


「お前の所属も、国も、正体も、お前をぶっ殺してから考えるとするかなァ……!!」





   *****





 5人の敵のうち、すでに1人を倒したエルナは、すぐに次に倒せそうな敵へと的を移す。

 走り続け、相手の狙いが定まらないようにしつつ、自分は彼らに狙いを定める必要がある。


 エルナは身体能力には自信がある。先ほど見たネアンほどではないが、敵の予想の外を突くことができるという自負があった。

 実際に、予想外の動きをするのは、銃火器を持つ相手には有効だ。この世界の技術力は現状、ライフルは半自動小銃が最高であるが、それに対して傭兵の持つ銃はボルトアクション式のものだ。一発撃つ毎にボルトを引くという作業が必要になる。発射レートは高くないのだ。


 相手の小銃には銃剣が取り付けられている。至近距離ではボルトを引く暇がないので、あれで相手を突いて攻撃するのだ。

 近づくことはつまり、そのままエルナの死を意味する。男の傭兵と、女のエルナでは、肉体の力量に差がありすぎる。

 こちらの武器は、複数本のナイフのみ。


 エルナは走り、飛びあがり、木を蹴って方向転換。また走る。

 一人一人の発射レートが低いとはいえ、4人も敵がいたら隙がつけない。


 ――が。こういうときのために、自分は欠かさず訓練を積んでいたのだ。


 エルナが飛び上がり、ナイフを一本投げる。おそろしく的確に投げられたナイフは、傭兵の一人の顔面に突き刺さり、殺す。

 飛んだ慣性をそのまま木にぶつけ、幹を蹴るようにして方向転換。空中でわずかに体をひねることで力を蓄え、もう一本、ナイフを投げる。それは別の傭兵の右太ももを直撃した。


「な、なんなんだ、この獣人はァ!?」


 足を指された男の隣で並んで射撃していた傭兵が、おびえた声を出す。


「お前ら、さっさとあの女を殺せ! あんな亜人族、人間に歯向かわせるんじゃない! 人間として威厳を示せ!」


 そう怒鳴る男もまた、エルナを仕留めるには腕が足りていない。

 着地したエルナは走り、身をかがめ、そのまま地面すれすれの位置を、スライドしていくかのようなジャンプをする。

 走行よりも素早いその動きを、撃ち落とせる者などいないだろう。


 エルナの次の一撃は、おびえていた男を殺す。

 ついに敵は、リーダー面の男と、脚を負傷した男の2人だけになった。


 ――いける……!


 エルナはそう確信した。


 ――あの子たちは、私が守るのだ……!!


 エルナは受け身を取って、地上で一回転。素早く立ち上がると、2人の傭兵めがけて駆ける。

 たんっ、と銃声が鳴って、放たれたライフル弾はエルナの頬を掠めるだけだった。

 対してエルナも、ナイフは残り一本となった。これを逃すわけにはいかない。この一本で立っている男を葬り、負傷している男も再起不能にする必要があった。


「お、おい、お前! このクソ馬鹿がっ! 早く立て、お前も戦えぇ!!」


 リーダー格の男は情けなく叫びながら、ボルトを引く。

 距離は近い。

 エルナのほうが、早い。


 エルナが男の懐へと飛び込むようにジャンプをして、ナイフを突き出す。手からは離さず、確実に、男の喉元へと突き刺す。

 手に鈍い感触があった。


 ――やった……!


 それは、人肉を刺す感触だ。


「あああ、ぁ……」


 目の前で男の絶命する声が聞こえる。

 エルナは見る。その光景を。


「な……っ!?」


 ナイフが刺したのは――リーダーの男ではなかった。


 男は負傷した傭兵を捕まえ、自分の身代わりとして盾にしていた。

 エルナは咄嗟にナイフを引き抜き、次の一撃に移ろうとする。――が、すでに絶命した、右太ももを負傷した傭兵に、深く刺さったナイフは、貧弱な女の筋力では、簡単には抜けなかった。


「へ、へへへへっ」


 リーダーの男は、味方を身代わりにし、それだというのに、不気味は笑みを浮かべた。

 男が持っている小銃には、銃剣がついている。


 ――まずい……! とエルナが思う頃には、もう遅かった。


 仲間の死体を手から離し、捨てた傭兵は、片手で握った銃身を、そのままエルナに突き出した。

 エルナの脇腹に、銃剣が突き刺さる。

 脇腹に異物感が生じ、それは強引に体内へと抉り込んできた。呼吸ができなくなり、視界が不明瞭に陥る。


「……ぁ」


 小銃ごとエルナの体を突き放した傭兵は、そのメイド服の女の死体を見下ろす。


「へ、へっ。女にしては筋肉がついてるな。……だがな、亜人ごときが、人間様に逆らうんじゃねえよ、クソ女」


 傭兵は腰から9ミリ拳銃を抜き、メイたちの行方を追って走り出した。

 リーベルタース邸の北西の林には、褐色の肌と艶のある黒髪、そして気高く立った犬の耳と尾を持つ、背の高い美女の死体がひとつ、置いてけぼりになった。





   *****





 中庭を縦横無尽に駆け回るのは、白髪の、メイド服を装った、か細い美少女。

 しかし少女の身体からは、その細さからは連想できぬ、人智を凌駕する域に達する力量が発生していた。――『武器人形』、ネアン。


 もはや少女は重力に逆らうように壁を駆けあがり、または横に走り抜け、3メートルも身体が浮くようなジャンプをしてみせた。

 その驚異的な身体能力を利用して、圧倒的な暴力の塊――黒い巨体、ゴーレムと戦っている。黒い巨体を支えるのは無数の人間のような、黒色の腕。

 その腕が伸びてくるのを避けながら、少女は中庭を駆ける。


 無数の腕の猛攻を避けながら、どうにか攻勢に転じようと試みるが、少女の持つ2振りのアーミーソードが届く距離まで接近することはかなわなかった。

 ゴーレムの攻撃範囲外から、機関銃で援護をしてくれるのはカーラ。カーラの攻撃はゴーレムの動きを妨害しているが、それがあれども、ネアンは決定的な一撃を加えることはできなかった。


「ネアンさん!」


 カーラが自分の名を呼ぶ。ゴーレムの攻撃によって空いた、A館の壁の穴。そこから機関銃で自分を援護する、眼鏡に、黒髪おさげ、前髪ぱっつんのメイド。

 無数の腕の攻撃を避けながら、ネアンは考えていた。


「オスカーさんが召喚士を殺すまでの時間稼ぎです! ですが、こちらも弾薬時は充分ではありません!」


 自分も、不十分である。

 確信に近い感覚。おそらく、ネアンはこのゴーレムよりも、はるかに強い。

 しかし、その潜在能力を引き出すには、まだ、何かが足りない。


 そして、気づく。

 もっとも初歩的な、自分の過ち。先入観。


 自分の腕は2本しかない。剣は、2振りしか握れない。

 しかし。ネアンの行使している能力は、魔力の限り、自由自在な種類の剣を作り出すことである。


「カーラ様! 目を攻撃してください!」


 ネアンは叫ぶ。まずは、相手の視力を奪う。これ自体は、先ほどから繰り返し行っていたことだ。しかし、相手の再生速度が速く、接近するのに十分な時間は得られなかった。加えて、機関銃で目を攻撃している間は、ゴーレムの体の動きががむしゃらになり、攻撃が激しく、予測不能になる。さらにいえば、カーラの弾幕も、延々と張れるわけではなく、冷却用の水がすべて熱されてしまうと、しばらくは射撃不可能になる。


 カーラの放つ雨のような弾丸が、ゴーレムの8つの眼へと降り注ぐ。


 ネアンはそれを見て、再び、今度はC館の壁を駆けのぼった。そのまま壁を横に走り、ゴーレムの猛攻から逃れながら肉薄する。

 しかし、そのタイミングで、


「ネアンさん、こちらは弾が切れました! 移動して援護します!」


 カーラが叫ぶ。先ほどから他の使用人の援護射撃はないあたりから察するに、他の面々も弾薬切れか、もしくはすでに死んでしまったのだろう。


 しかし、無問題。

 ネアンはすでに、掴んでいた。


 この力の、ポテンシャル。最大限の可能性。――それは、魔力の限り赦された、物量。


 ネアンは両手に握っているアーミングソードを、ゴーレムの眼に目掛けて投げる。その2本がゴーレムの腕に払いのけられるよりも早く、ネアンは次の剣を生成していた。ファルシオンと、ショートソード。その2振りも同様、目に向けて投げる。とにかく、ネアンに向けられる攻撃のリソースを減らす。


 作り上げた隙を、逃すわけもない。

 ネアンは壁を蹴り、飛び上がる。あの、黒い巨体に向けて、急接近する。


 手に握るのは、両手剣・ツヴァイヘンダ―。

 ネアンに向かう4本の腕を、たった一振りですべて薙ぎ払う。


 握っている重々しい剣を、巨体の口めがけて、空中で投げる。

 次に生成するのも、やはり大振りの剣。そして、ゴーレムの顔面に肉薄したネアンは、それを縦に振り下ろす。


「ああああァ……!!」


 ネアンの身長ほどもある剣は、ネアンの唸り声と共にゴーレムの顔面に直撃。そこに大きな、傷を作る。

 決定的な、一打。傷からは赤色の粒子が漏れ出していた。魔力の影だ。


 ネアンは落下しながら、また大きな剣を生成。

 空中で身をひるがえし、ゴーレムの胴体を切りつける。


 着地。


 生成。


 屋敷の1階から中庭へと出たメイド、カーラが見たのは、目を見張る光景であった。

 大きな剣を生成しては、腕を薙ぎ払い、ゴーレムに確実にダメージを与える、ネアン。

 小さな剣を生成し、投擲し、隙を作り、また大きな剣で攻撃する。まるで消耗品のように剣を使い捨てる少女が、そこにはいた。


 先程まで軽やかに中庭を駆けまわっていたネアンが、今度はその身体能力を活かし、自分の体ほどの大きさの剣をいくつも生成して、ゴーレムを圧倒していた。


 ネアンが再び飛び上がる。

 両手剣を握って。


 その一撃が、決定打。とどめ。最後の一撃。

 ゴーレムの身体が、ぐったりと地に伏し、やがて赤い粒子の群れとなって大気の中へと散った。


 着地したネアンが、重々しい鉄の塊を地に捨てる。塊は、青い粒子となって消失した。

 ふらり、とネアンが覚束ない足取りで振り返る。


 ――勝ったのだ。彼女は、あの怪物に。


「ネアンさん……!」


 カーラが、ふらつく彼女を受け止めるように、走り寄り、腕を支える。

 見ると、ネアンはひどく疲れた様子だった。


「カーラ様……、メイは……? 私は、守れたのでしょうか……。私の、大切な、もの、」


「はい、守り切りました……! あなたは、とっても立派でした」


 ネアンがぐったりと、カーラにもたれかかる。

 カーラはそれを受け止めた。





   *****





 堆積した疲労と、右足の痛みで、満足な行動がとれない。こうなると、かすり傷だった左腕も、妙に気になりだす。

 今、オスカーは木の幹の陰に身を隠して、相手からの射線を遮っている。

 相手は傭兵。しかし、ただの傭兵ではないようで、高所まで瞬時に移動してみせた。太い枝の上に立ち、小銃を構え、オスカーが隙を見せるのを今かと待ちわびている。


 時間がない。自分が召喚士の息の根を止めねば、屋敷で戦っている仲間たちが――一般人が、犠牲になる。しかし、この傭兵を倒さぬことには、召喚士の元へはたどり着けない。


「どうした、怖気づいたか?」


 完全な地の利を得た傭兵は、高所から余裕の声を出す。


「ほざけ。こんな木に囲まれたところじゃなければ、お前はとっくに死んでる」


「はっははははっ。そりゃ、残念だったな。俺とここで出くわしたのが、お前の運の尽きってこった」


 オスカーは負けじと言い返すが、苦痛に顔を歪め、声も震えていた。

 何か、手はないか。この状況を打破し、この傭兵を短時間で仕留める、良い手は。

 自分の装備を見返す。50口径の拳銃。予備の9ミリ拳銃。そして、手榴弾。武器庫から持ってきていた手榴弾が、ひとつだけ、ある。


 これを、この手榴弾を、どう使うか、だ。


「お前が行動を起こさなくちゃ、屋敷のやつらが死ぬぞ。さっさと何かしたらどうだ」


「黙ってろ、今考えてる」


 考えろ。この状況を打破する、一手。


「お前が何もしねぇなら、俺が動くしかないか」


 傭兵がそう宣言する。動く……それは隙だ。走っているとき、歩いているとき、どこかに上るとき。人は銃の的が定まらぬものだ。

 オスカーがのぞき込む。

 傭兵は、小銃を背負うと、そのまま木からまた別の木へとジャンプで飛び移った。かと思うと、蜘蛛のように手足で木の幹を這いずるようによじ登り。また飛ぶ。オスカーの知覚へと移動していた。


 オスカーが銃撃する。しかし、この傭兵の動きがまた、本物の蜘蛛のようにぬるりとした不気味なもので、うまく当たらなかった。


「なるほど。その動きは確かに、仲間には見せられないな」


「はっははは」


 オスカーは言いながら、考えていた。この手榴弾を、どう活かすか。

 ――否、手榴弾に思考を囚われてはいけない。

 状況を変えられる手を探すのだ。思考の範囲を狭めてはいけない。何か、少しでも自分にアドバンテージが取れている要素は、ないか。


 たとえば、発射レートだ。

 一発発砲する毎にボルトを引く作業が挟まれる、傭兵のボルトアクション式小銃に比べて、自分の持つ拳銃は、自動で薬室に次弾が装填される仕組みになっている。

 傭兵も言っていた、この銃の強み。発射レートと、弾丸自体の質量。


「くっ」


 思わず、自嘲的な笑いが漏れる。

 やはり、自分は、鈍っている。腕が鈍り、思考が鈍り、それを自覚している。だから、簡単な結論に至ることもできなかった。腕に自信がなくなり、勝てる戦いを勝てないように感じている。


 ――思い出せ、オスカー。こんな敵、何人も屠ってきたじゃないか。こんな状況、何度も生き抜いてきたじゃないか。


 不利な状況。相手の独壇場。自分の装備は貧弱。逆境――。


 ――ああ。


 気づいている。自分の中にいる、怪物に。

 遠い昔から、自覚している。自分に巣食う、残虐で、冷酷無比で、血を求める続ける、怪物に。


 これは、一種の呪いなのだ。罪を償うため、自分に与えられた、重い罰。

 自分は啜り続けるしかないのだ、逆境という味を。歯向かう敵の、血肉を。


「行くぜェ……!」


 傭兵が叫ぶ。彼は木々の間を飛び移って、オスカーの側面を取っていた。


 ――来いよ。


 いずれにしろ、殺すしかないのだ。こいつを殺さなければ、代わりに一般人が殺される羽目になるのだ。

 オスカーは、殺せるのだ。この傭兵を。


 両足と左腕で木の幹に引っ付き、右腕で小銃を構えた傭兵が、背をのけらせてオスカーを狙う。

 走る。

 しかし、


「逃がさねぇよ」


 乾いた音。弾はオスカーの左腕に着弾。


「……ッ!」


 オスカーが動きを止める。――否、50口径の拳銃を、傭兵のほうへと向けた。オスカーの反撃は、相手には当たらない。

 飛び上がった傭兵はまた木へと飛び移り、すぐにまた別の木へと移動。蜘蛛のように幹を這いずり回り、猿のように軽やかにジャンプする。

 予測不能な動きを、オスカーは追いきれない。


 だが、状況は好転していると言えた。今のオスカーからしてみれば。

 不安が取り除かれ、アドレナリンを分泌するオスカーは、苦痛から解放されていた。

 それに、


「止まる必要があるんだろ? ボルトを引かなくちゃ、お前は次の攻撃を仕掛けられない」


「クソッ……」


 傭兵の声にも、焦燥が聞き取れた。

 傭兵はどこかで一度止まらなければ、ボルトを引けない。つまり、次の攻撃までにはボルトを引く瞬間と、射撃の瞬間。少なくともこの2つの隙ができあがる。


 その隙を、逃すわけにはいかない。

 否、オスカーは、逃さない。


「ははっ」


 木々の間をあちらへこちらへと飛び回る傭兵が、笑う。

 直後、オスカーの頭上に煙が発生する。煙は木と木の間を埋めるように広がっていく。

 頭上を飛び回っていた傭兵の姿を視認できなくなった。


「これで、ゆっくりと準備ができるなァ」


 オスカーの真上で声がしたと思うと、東西南北、四方八方で木を蹴る音が聞こえた。

 分かる。オスカーの聴覚を、オスカー自身が侮っていた。今は違う。思い出せ、かつての感覚を。


 ――がきんっ。


 ボルトを引く音。


 オスカーには、聞こえる。分かる。――相手の、位置が。


 オスカーが煙越しに、木の枝の上に乗っているのであろう傭兵に50口径拳銃を向ける。


 重たい銃声と、乾いた小銃の銃声が交錯する。


 どさり、と音がして、傭兵が地に落ちた。

 オスカーは寄っていき、相手の頭に銃を向ける。


「あんた、やっぱり、イカれてるよ……。コッキングの音、だけで……、こんなに綺麗に、胸に当てられるもんかね……」


 傭兵は左胸から大量の血を流していた。


「お前も、俺の銃を構えるときの、服の擦れるわずかな音だけで位置を特定しただろ」


「ああ、ちっと、音が、足りなかったなあ……」


「それが、お前の運の尽きだな」


 重たい銃声が、一発、早朝の森林に響き渡った。

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