第19話『覚醒』
メイの角度からは見えなかったが、ガイルはあの大きな口の中で咀嚼されているようだ。
肉が断たれ、骨が砕かれ、あの並びの悪い歯で全身を柔らかく加工されたガイルが、ごくり、という嫌な音とともに、真っ黒な腹の中へと流されていく。
ガイルが死んだ。その事実は、もう疑いようのないものがった。彼は、あの巨体のどこかに、食われてしまった。
「ガイルさんが……」
メイはエルナに抱かれたまま、その光景を眺めていた。
また一人、死んだ。
中庭の面々――オスカー、ケニー、カーラ、そしてその他に執事が4人。厨房係は見渡しても、どこにもいなかった。
このままでは、みんな、死んでしまう。殺されてしまう。食べられてしまう。
「増援は……!?」
オスカーが怒鳴った。無線の周波数を変えて、その先の誰かに言っているようだ。
中庭に立つ彼らは充分な弾薬もなく、圧倒的で理不尽な暴力を目の前にし、為す術なく立ち尽くしている。
『増援部隊だが、そちらも攻撃を受けている。徹底的なものだ……そちらには逆に、敵部隊の第二攻勢が来るかもしれない』
メイには聞こえていないが、無線の向こうでそういう返答があった。
「ふざけるな!! ガイルがやられた。『組織』の者でもない、一般人も死んでるんだ!」
オスカーは焦燥している。怒鳴り声には、それが反映されていた。そのほかの面々はゴーレムへの攻撃を再開するが、相手は痛くも痒くもない、という御様子。このままではいたずらに弾薬を消費するだけだ。
『そう言われてもな、オスカー。我々にとってはその屋敷は重要な防衛ポイントではない。必要ならば、貴官は『ドッペル』を連れて逃亡しろ』
「役立たずどもが」
オスカーは通信を遮断する。
「エルナさん、国の軍隊は呼ばないんですか?」
メイはエルナに問う。この国では軍隊が、警察のような役割も兼任している。例の箱型の無人ドローンがこの様子に気付いていてもおかしくはない。
「今の時点で来てない、ってことは、見放されたってことだろうな。パテルは国の上層部のほとんどが好むような人間ではない。ましてや軍部にとってはな。……貴族は発言権がある。この騒動が国中に広まるようなことがあれば軍も動くだろうが、目障りな貴族は消えてもらって結構、ってことなんだろう」
軍のトップを務めるのも、やはり貴族家出身の者である。人はそれぞれ思想があり、権力欲があり、国をどうしたいのかという理想がある。
貴族たちの中に自分と対立する意見を持つ者がいるとして、それを積極的に暗殺でもして、それが世間に露呈したら一家没落だ。しかし、自分が直接関わっていない要因で、勝手に死んでくれるのならば、それをわざわざ止める義理もない。――そういうことだろう。
「そんな……」
そんな、ろくに機能していない執行機関が存在していていいのか。
「貴族がみんな私兵団を持つのはそういう理由もある。はなからみんな、緊急時に国に縋るつもりなんてないのさ」
黒い巨体、ゴーレムは、ガイルを捕食したあと、また動きを緩めた。
小銃が自分に通用しないと自覚している、余裕のある動きだ。中庭の連中など、その気になればテンカウントのうちに瞬殺できてしまうだろう。
「うちら、絶体絶命やん」
イザベルが言う。彼女もエルナの袖を掴んでいた。
そして、その光景を無表情で見つめる少女、ネアン――。
「大丈夫だよ、オスカーは強いから。どうにかして、多分、良い案を出すよ」
エルはそう言った。何の根拠もない、希望的観測。
「クソ。とにかく、あいつは野生の怪物なんかじゃない。……召喚士に操られたゴーレムだ」
オスカーは中庭で持ちこたえる使用人たちに言う。
「つまり、あの巨体は魔力で構成されている。体を動かしているのも魔力。――魔力の提供者であり運転手である、召喚士本人を見つけ出して殺せば、あいつも止まる」
「分かった。――全員固まって林の中へと移動するぞ!」
今度はケニーが指示を出した。
「そいつの魔法の効果範囲は分からないが、近場で隠れてるなら林の中だ。食われたい奴以外は離れずに行動しろ!」
ケニーの指示と共に、使用人の面々は移動を開始する――そして、ゴーレムはそれを見逃さない。
動き出した巨体は、一目散に人の群へと駆ける。あれは、孤立した者を狙っているわけではない。動くものだけを狙っているわけではない。こんな連中、やろうと思えばすぐに殺せる。その余裕から、殺戮の時を、楽しんでいるのだ。だから動きが遅いだけ、ただそれだけなのだ。
「クソ!」
その理不尽から逃れることは、不可能。一番後ろを走っていた執事が、踏み潰される。
オスカーが50口径の拳銃で撃ち返す。しかし、やはり巨体には通用しない。
「誰かがここで足止めをする必要があるな……」
オスカーがつぶやく。
「オスカー、お前が召喚士を探せ。無理だったら、メイたちを連れて逃げろ」
ケニーがそう提案した。
オスカー以外の6人が中庭に残って、ゴーレムの気を引き続ける。その間にオスカーが林の中へ入り、召喚士を探す。そういう提案だ。
「だめだ、また人が無駄死に……」
オスカーが言いかけたところで、彼らの周りに煙が発生した。発煙手榴弾である。おそらく、ケニーが発生させたものだ。
煙は大きくなり、彼らの姿を覆い隠す。肉薄していた巨体は、彼らの姿を視認できなくなる。――八つの眼がぎょろぎょろと辺りを見回す。
黒い腕の一本が、投げやりに煙幕の中へと手を突っ込む、その瞬間――煙幕の両側から、人影が駆けだした。
中庭に5人、林に向けて1人。
かくしてオスカーは林へと逃げ込むことに成功。
中庭側へと駆けた者たちは今度は固まらず、各々が四方八方に散らばり、相手の巨体に一網打尽に轢き潰されぬようにする。
そのうちの一人、カーラはA館まで走り切り、第一攻勢迎撃時に使用した水冷式重機関銃を運ぶ作業へと移る。弾薬は満足できるほどは残っていない。しかし、執事たちの持つ小銃や、自分のサブウェポンとして持っている9ミリ拳銃では、あの巨体には歯が立たない。
なおも中庭には小銃の発砲音が響く。戦闘員それぞれが、B・D館の崩壊によって出来上がった瓦礫の山や、半壊している屋敷の陰に身を隠しながら、懸命に応戦していた。
早くオスカーが召喚士を仕留めなければ、全滅だ。
「メイ」
ネアンが口を開く。
「どうしたの?」
メイはエルナの腕の中から這い出て、ネアンに向き合う。
「私なら、もしかしたらあの怪物を倒せるかもしれません」
――ネアンはそう語る。
「でも、使ったことはない力です。もしかしたら、もう使えないかもしれません。それに負けたら死ぬかもしれないです。その前に、ネアンに話しておきたいことがあります。今でないと、だめです」
ネアンには、この状況を打開する力があるのだという。第一攻勢時、非戦闘員として庇われていた、無力な少女。今もなお血を流し続ける仲間を目前にして、メイらにできることはない。しかし――。
「うん。何? 言ってみて?」
「私は、人間じゃありません。――私は、兵器として生み出された、『武器人形』なんです」
ネアンは、そう、告白する。
しかし、その真意を、この世界について無知なメイは、把握できない。
「ぶ、武器人形……!? あんたが!?」
その意味を理解したエルナが、驚愕の声を出す。
「はい」
「ぶきにんぎょう……? って、なんですか?」
メイはエルナに問う。
エルナは人差し指を立てて解説を始めた。
「武器人形っていうのは、いわば都市伝説だな。……大昔、それこそまだ諸種族が剣と槍で戦っていたような時代。いまシェアト王国がある場所には、今よりもっとデカい国があったんだよ。そこで造られた種族が『武器人形』。人間族の体を元に造った『人造人間』。そいつらは魔力の限り武器を作れて、おまけに身体能力も高い。大昔の戦争では個人の力量がそのまま結果に出てたから、優秀な兵器として働いた。そういう戦争のためだけに人工的に造られた種族が、『武器人形』なんだ」
「それが、ネアン……? そんなに驚くようなことなんですか?」
それは悲しい経緯を持つ種族であった。しかし、それがどうして驚愕するほどのものなのか。
「武器人形は年を取らない。死なない限りは永遠に若いまま生きていられる。――が、もう全滅したんだよ。だから、存在自体が都市伝説。……武器人形には女しかいない。自分たちで繁殖することはできない。戦争で負けたら死ぬし、勝っても、必要がなくなったら国に殺される。人体実験して造った兵器だなんて、非道徳的すぎるからな」
「じゃあ、ネアンは?」
メイとエルナは、ネアンのほうを見る。
「はい、私は、おそらくその生き残りです。もう、何も覚えていませんが。……自分がいつ、どこで、どうやって生まれたのか、何も覚えていません」
「…………」
「けれど、わかります。私は、人間じゃない。――メイ、」
ネアンが、メイを見つめる。
「あなたは、私に大切なものをくれました。これが、大切なものが、いったい何なのか、自分でもよく分かっていません。けれど、あなたは私に大切なものをくれたし、私を大切にしてくれた。私は――」
ネアンは唐突に、メイに近づき、手に背を回し、その胸に顔をうずめるようにして、抱き着いた。
「――私は、あなたのような人になりたい。この気持ちだけは、私がちゃんと自覚できる、本心なのです」
メイもネアンを見た。ネアンの眼には、感情があった。出会ったばかりの、機械のような少女ではない。彼女は感情を持ち、心を持っている。
「まあ、たしかに、人間だとは思えないくらい可愛いからね」
メイがそう言うと、ネアンはにこっと笑ってみせた。メイは、やはり彼女にはこういう表情をしていてほしいと思った。白い髪、白い肌、空色の瞳。美少女という言葉を体現したネアンには、笑顔が似合う。
ネアンが立ち上がる。
「戦うの?」
「はい。このままじゃ、ケニー様も、オスカー様も死にます。私にできるかわかりませんが、戦わなくちゃいけない気がします」
直後。メイの脳裏に過る、夥しい数の死体。咀嚼されるガイル。踏み潰される、執事。
――しかし、ここで、今、ネアンには戦ってほしくないというのは、あまりにもわがままに思えた。
ならば、彼女の覚悟を、見届けるしかない。
*****
中庭に立ち入ったネアンは、悠然と立っている。
メイド服のフリルのついたスカートが少し浮いたかと思うと、彼女の手元に青色の輝きが発せられた。その光から発生した、粒子状になっている青く輝く何かは、ネアンの周りを囲うように漂っている。やがて粒子は、彼女の手から、その先1メートルほどまで満遍なく集結し、形作っていく。
彼女の両手に、それぞれ一本ずつ、アーミングソードを。
いわば、これが彼女に……『武器人形』としての彼女に与えられた、固有魔法である。ネアンは、魔力の許す限り、望んだ形の刀剣を生成できるのだ。
ネアンが駆けだす。D館によって作り上げられた瓦礫、その高い山を、一飛びで超える。安定した着地を遂げたネアンは、なおも駆ける。守りたいもののために。
彼女の革靴が、タイルを叩く心地よい音が鳴る。
巨体がネアンに目を向ける。不気味な8つの眼が、ギラギラと輝き、ネアンを睨みつける。
そして、巨体は動く。文字に起こせぬような咆哮をひとつあげ、ネアンを仕留めんと、その小さな少女へと近づいた。動きは、早い。なんせ車にすら追いつくのだ。
「――ッ!」
黒い腕の一本が、ネアンの、その細いからだを捕まえようと伸びる。
しかし、ネアンはその驚異的な脚力で、飛びあがることで回避。そればかりか、その腕に片足をつけ、落下の勢いをそのままに両手に握られた2本のアーミングソードを振り下ろす。
西洋の剣といえば、斬撃を想定していない、質量を利用した打撃武器だと思われがちである。しかし、実際にはそれは誤りだ。剣というのは、しっかりと斬撃をできるつくりになっている。
実際に、振り下ろされた剣は、ゴーレムの腕を一本、切り落としてみせた。
ゴーレムの腕を片足で蹴るような形で、空中で一回転したネアンは、着地すると、また走り出した。ネアンの生成できる武器は、剣のみ。その種類や大きさは、魔力が許す限り自由自在だが、剣という範囲を逸脱はできない。彼女は、相手に接近しないと本領を発揮できないのだ。
ならばとゴーレムは、一本ではなく、複数の腕を伸ばした。一度捕まれば、詰み。
ネアンは方向転換、向かって右手へと駆ける。それに追随するように、腕がいくつも伸びる。
ネアンの脚力、腕力、身体能力は、その細い身体からは想像もできないものだった。彼女の動きは、ゴーレムすら追いつけない。腕はネアンを取り逃がして、ドカドカと地面にぶつかった。ただでさえ荒れていた中庭が、さらに崩されていく。庭師によって丁寧に手入れされていたフランス式庭園は、見る影もない。
駆けていたネアンが飛び上がる。そのまま、あろうことかA館の壁に着地した。重力すら覆すかのような彼女の動きに、さすがのゴーレムも理解が追いつかない。
A館の壁を、こつこつと心地いい音を鳴らしながら駆けだしたネアン。壁を蹴るように横へと走り、怪物への接近を試みる。また腕が伸びる。先ほど切り落とした腕は放棄され、あらたにもう一本生えているようだ。腕を切っても、攻撃の数は減らない。
腕はやはりネアンを的確に捉えることはできず、A館の壁面に大きな穴をあけていくだけだった。
その穴のひとつから、人影がうかがえる。――それは、機関銃を装備した、カーラであった。
「カーラさんだ!」
瓦礫越しに、ネアンが彼女を指さす。
エルナもそれを見ていた。
カーラは台座に乗せた機関銃を、その穴から、ゴーレムへと向ける。ゴーレムも、それに気づいた。まるで眼のひとつひとつが意識を持っているように、ぎょろりと二つの眼がカーラをとらえる。しかしながら、他の眼は必死にネアンを追っている。
ネアンが巨体の横に回り込むと、壁を蹴り、飛ぶ。
そこに腕が伸びる。
ネアンは空中で体をひねるようにして、翻り、腕を避ける。が、カウンターに斬撃をする余裕はなく、軽やかに着地。ゴーレムからの追撃を避けるため、間髪入れずにまた走る。
走る、攻撃の隙を探し、突く。失敗し、また走る。ネアンはそれを繰り返していた。
一方、ゴーレムはカーラにも気を配っていた。しかし、カーラに直接攻撃するには、わずかに距離が遠いようだ。
カーラは穴からゴーレムに向けて、機関銃を発射する。連射されるライフル弾は、ゴーレムに直接致命的なダメージは与えられないようだった。が、小銃とは違い、相手はひるんでいる。一発一発ならばゴーレムは平気だったようだが、毎分500発の発射レートは、確実にダメージを蓄積させていた。
「ネアンさん、こちらの攻撃では倒せません! 私があれをひるませるので、とどめを刺してください!」
カーラがそう叫んだ。その直後、メイの背後で足音がした。
「――!」
それに気づいたエルナが振り返り、メイとエル、ロッサ、イザベルを守るように位置転換をした。
見れば、林の木々の奥に、見える。――人影が。それは、武装している兵士だった。数は、5人ほど。おそらく第二攻勢の部隊ではない。第二攻勢に合わせて再出撃をするはずだった、残党である。
状況を見るに、オスカーの呼んだ増援部隊は、なんだかんだ第二攻勢用の部隊を殲滅したのだろう。それはありがたいが、依然、現状は絶望的。相手は5人。小銃を持っている。対してこちらは戦闘要員は一人、銃火器は持っていない。
イザベルはエルナから手を放し、今度はメイの服の袖を掴んだ。
敵は、少しずつこちらに近寄っている。すでにこちらの存在には気づいている。非戦闘員だと分かって、小銃を向けてこちらに脅しをかけているようだった。
「所属を言え」
敵の一人が口を開いた。
「所属? そんなものないわ。私たちはただの屋敷のメイドよ」
エルナが応える。
「ならば、今すぐここから去れ。そうしたら殺さないでやる」
「馬鹿野郎。どれが戦闘要員かなんてわかんないだろうが。当主以外は殺せ。それが仕事だ」
一人の傭兵が注意した。当主以外は殺せ……やはり、オスカーの推理通り、目的はパテルのようだ。しかし、殺さずに確保するのが目的なのだろうか。さすがに貴族家の当主本人を殺すのはまずいので、戦力を削ぐだけで済ますのが目的なのだろうか。
「だ、だけどよ……」
傭兵と言えど、残りかすのような良心が傷むものなのだろうか。それはともかく、
「エル! みんなを連れて逃げろ!」
エルナが叫んだ。エルは言われた通り、メイの手を掴み、走り出す。メイはそれに引っ張られるように、前のめりに走り出し、メイの袖を掴んでいたイザベルもそれに続く。ロッサも走り出す。
対して、エルナは逆方向に走り出した。
当然、人数が多いメイらが先に射撃される。が、傭兵のひとりの頭に、ナイフが突き刺さり、倒れる。
「おい馬鹿ども! あのメイドが戦闘員だ!」
傭兵の一人が叫ぶ。
「他のは後で追うぞ、まずはこっちを確実に仕留める!」
傭兵たちが持っていた小銃が、一斉にエルナに向けられる。
「――あの子たちは、私が守る……!」




