第17話『第一攻勢』
C館3階の部屋については、生活する上で、そのほとんどがオスカーに与えられていた。が、オスカーは今使用している自室一部屋すら持て余しているのが現状だ。他のいくつかの部屋に至っては、ほとんど空っぽのまま放置していた。
空っぽの部屋の一室、その外側の窓際、オスカーは小銃を携え、座り込む。
この一つ上の階は、パテルの部屋と、ルグレの部屋がある。一つ下の階、2階にはエルの部屋。一番部屋の内装が充実しているのはエルだった。そんな彼の部屋も、これからめちゃくちゃになるのだろうと思うと、オスカーは胸が痛かった。
上の階、つまり4階ではガイルとそれに続く数名が重機関銃を携え、外の様子をうかがっているだろう。
――いいぞ。いつでもかかってこい。全員、殺してやる。
オスカーの心では、オスカーではないような、オスカーがそうつぶやいていた。
オスカーは、今この現状――圧倒的不利な状況に立たされ、仲間が大勢死ぬであろうと予想ができるこの状況にあって、なぜか奇妙な興奮を覚えていた。
「……!」
オスカーは屋敷の外……屋敷を囲むように生えている木々、雑草、その自然の壁……その自然の中を、歩く者がいた、ということを聞き逃さなかった。確かに、小枝を踏み、へし折り、ゆっくりと様子を伺いながら侵攻する何者かが、その林の中にはいるのだ。その足音が聞こえた。
リーベルタース邸の敷地は林に囲まれている。セキュリティを配備するのにも最適だった。
『来るぞ……!』
いよいよ、といった調子で、無線の向こうでもガイルが言った。オスカーも、身構えていた。
ぽきり、ぽきり、と小さな、小枝を踏む音。そして、雑草をかき分ける音。自然が鳴らすその警鐘に、オスカーは緊張と警戒心を煽られていた。
――ぱんッ。
誰かが早とちりした。屋敷側C館2階、そこからガイルらと同じく外の様子を伺っていた誰かが、相手よりも早く発砲したのが聞こえた。
まるで、その銃声を合図にするかのように、屋敷の裏を埋める木々の中を駆ける音が聞こえた。一人ではない。大勢。銃を持った敵の大群が、屋敷に押し寄せる音だ。
ぞろぞろと敵襲が押し寄せていた。
『いくぜ、オスカー! 何人殺ったか、ちゃんと数えておけよ……!』
無線の向こうで、ガイルが吠えた。それに続いて、重機関銃の重たい連射音が、リーベルタース邸に響く。
オスカーも小銃を構えて外を覗く。すぐそこまで敵襲が迫っている。
重たい銃声。ガイルが張る弾幕は、電動ノコギリのような機関銃の音は、確実に敵に命中し、侵攻を妨げている。
しかし、暗闇という防壁によって守られた敵兵も、負けじと反撃をする。屋敷の灯りによって微かに照らされた林の中から、いくつも閃光が炸裂する。
「ぐあァ――ッ!」
屋敷の中から、悲鳴が聞こえた。ぱりん、ぱりんと、弾丸によって窓が砕かれる音も聞こえた。
「ガイル! 部屋の電気を消させろ! そのままじゃ良い的だ!」
こちら側だけ明るいのでは、一方的に相手の視認性をあげるばかりだ。ここを撃ってくださいと敵にお願いしているのと同じである。
オスカーはすでに、自分の居る階と1階の電気を消していた。しかし、やはり自分は鈍っている、そして自認しているよりも焦燥している。周りの状況に十分に気を配れていなかった。
オスカーも一発、暗闇の中に潜む敵を狙撃する。
乾いた銃声と共に発射された弾丸は、正確に敵の頭を貫いた。ボルトを引くと、カキンっ、と心地よい音を鳴らして、小銃が空になった薬莢を吐き出す。そして次の弾を薬室へと運ぶ。吐き出された薬莢は、何もない寂しい部屋の、カーペットを少しだけ焦がした。
オスカーは一発だけ撃つとすぐに立ち上がり、部屋から廊下へと出た。
中庭越しに、A館・D館の様子を伺う。
「ここに……は……ないッ! ……ごくものはすべ……殺せ!」
黒い軍服を着た敵襲が、その両館を正面から攻め、窓をいくつか射撃し割りながら、進行していた。オスカーの予想通りの動きだった。敵は、人数差を活かした動きをしていた。つまり、A、B、C、D館四正面からの同時侵攻だ。
オスカーは身をかがめつつ、その両館の様子の観察を続けた。
敵は屋敷1階の窓を突き破り、屋敷の中への侵入すると、2、3、4階へと昇って、念入りに屋敷側の戦闘員が潜んでいないことを確認している。
片方の棟だけで10、20、30人ほどだろうか……。ものすごい数の、黒い軍服の戦闘員が、屋敷に侵攻している。
今だ。――オスカーはそう思った。A、Dの両館に、たくさんの敵が侵入している。のろのろしていたら、すぐにC館も制圧されてしまう。
オスカーは、すばやく1階へと下った。他の使用人たちの戦闘状況など、意にも介さない。そもそも1階に配置されている戦闘員はこちらにはいなかった。
東西両方向の渡り廊下から、わざわざC館まで伸ばした導火線に、同時に火をつける。
1階は危険だったが、すぐに上の階へ昇るというにも、そんな時間はないようだった。そんなわけで、オスカーは1階にある、適当な部屋の中へと避難する。
火が付いた導火線の先は、設置型のダイナマイト。
「屋敷の保全よりも、犠牲者を減らすことを優先……」
オスカーはもう一度、ロッサの言葉を思い出した。
小さな炎は導火線を辿っていき、やがて、A・D館とC館を繋ぐふたつの渡り廊下の爆弾、そしてその向こう、A・D両館の1階に設置された爆弾に着火を果たす。A館、D館、加えてその両館とC館を直接つなぐ渡り廊下。――それらを支える柱をほとんどすべて、一瞬にして吹き飛ばした。
リーベルタース邸の敷地中、さらにはそれを超えて、夜のリーベルタース領の空に、大きな爆発音が響き渡る。
ダイナマイトの爆発をきっかけに、A・D両館は見事に瓦解していく。
足元を崩された両館は、少年が転ぶかのように倒壊する。その中に侵入している、多くの敵戦闘員を道連れにして。
「う、うわああああァ!?」
「ああああアア――ッ!」
敵の悲鳴、絶叫がいくつも聞こえた。
オスカーは設置しておいたダイナマイトによって、両館に侵入していた敵襲を、一網打尽にしたのだ。
「ガイル!」
オスカーはC館1階の一室に潜みながら、無線通信している端末に向かって吠えた。
「何人殺った!? ――俺は60人だ……!!」
『すげえ……、あの爆発、お前がやったのか……!?』
ガイルは無線の向こうで、感嘆に近い声を出した。
「もちろんだ。両館それぞれ30人はいた」
オスカーは興奮気味に無線に叫ぶ。
『オスカー、お前ってやつは、いや分かってはいたが、ぶっ飛んだ奴だよ。驚いた』
今度はケニーの声がそう言った。彼もやはり、驚いているようだ。
A館のほうでも、すでに戦闘が始まっていた。リーベルタース邸に用意された建物のうち、実に二分の一が吹き飛んだことになる。それも、大勢の敵を道連れに。この爆発音は、もちろんA館で戦っている戦友たちにも聞こえている。
先程は情けない姿を見せてしまったが、これで士気も上がったはずだ。
「俺は一度3階に戻る。A館の状況はどうだ?」
『ひどいもんだ。お前の予想通り、敵の数は多くないが、こいつらしっかり戦闘訓練を受けていやがる。もう何人か殺られてる』
ケニーが無線越しに答える。
「そうか、分かった。戦闘継続が難しいと判断したら、お前の指揮でみんなを逃がせ」
『分かってる。被害も大きいが、こちらの第一攻勢は止まったみたいだ。今のお前の一撃でひるんだのかもしれない』
オスカーはそこまで聞くと、避難先の部屋から退出。階段を3階まで駆け上る。
――と。
先程のダイナマイトほどではないが、いやな発射音と、それに続き爆発音が轟いた。オスカーの視界、足元が激しく揺れる。
「ぐ……ッ! なんだ、今のは!?」
オスカーは階段の手すりを掴んで踏ん張り、無線に向かって問う。
『ひるんだなんてこたァない! 林から次々と敵が来やがるぜ! おまけに今のは、擲弾発射器だな。ずいぶんと潤沢なこった』
返答はガイル。かなり焦っている様子だ。
「クソ、どちらにしろ、二正面戦闘になるみたいだな」
『背後からの攻撃はA館からの援護もある。任せろ』
依然、絶望的な状況。それに舌打ちをしたオスカーに、ケニーが援護ができる旨を伝えた。
オスカーは自分の頬を叩いて、自身を奮い立たせる。なにを絶望している。そんな暇はない。多勢に無勢。だが、みんな命を賭して戦い、善戦している。すでに犠牲者がでているとのことだが、これ以上の被害を出さないようにすることは、可能であるのだ。ならば、自分はそのために全力を尽くすしかない。今は、それが自分の『役目』なのだ。
オスカーは3階まで戻ると、メイたちを匿っておいた自室へと向かった。
「状況は好転している。が、まだ敵がいる。もし必要ならば、地下の武器庫へと隠れてもいい。ここが陥落されたら、武器庫からも出られなくなる、というリスクはあるが、ここにいて流れ弾を食らう可能性はなくなる」
自室へ戻り、エルナと彼女に護衛される5人にそう伝える。
メイとイザベルは完全に恐怖に陥り、震え、パニックに近い状態になっていた。金髪の美青年エル、褐色肌のメイド・エルナの両名にかばわれるようになっているメイ・ネアン・ロッサ・イザベルの4人は、戦う手段も技術も持たぬ、弱者である。
「僕は地上に残る。怪我人がいたら、僕が治療できる」
エルはそう言った。彼は貴重な治癒魔法の使い手だ。たしかに、いてくれたほうが助かる存在ではあった。
「私も、いざとなったら戦います」
褐色・黒髪・犬耳の獣人メイド、エルナもそう続く。
「…………」
悩み果てたオスカーの背後で、どたどたと重たい足音がした。
「オスカー、今はなんにしろ応戦しなきゃならねえ――」
扉を開いたのは、巨漢ガイルだ。
「俺の魔法で、この部屋の防壁を強める。地下室に行くのは、いざというときの避難ができなくなるってリスクがデカすぎるからな」
ガイルはそう言うと、屋敷の裏……敵が侵攻してきた方面の壁に手を掲げる。そうすると、床から鉄のような、カーボンのような、人工物じみた材質の壁が出現し、壁紙のように、壁面を覆った。これはガイルの固有魔法である。彼は、魔力が許す限り、任意の大きさの盾を作ることができる。同じことを反対の壁面(中庭に面している方)にも施した。
ちょうど、部屋の窓が割れる音がした。敵の放った弾丸が命中したのだろう。しかし、その弾丸はガイルが張った盾によって防がれた。
「この通り、丈夫なもんだ。安心しろ」
ガイルはそう言うと、踵を返した。
「上には小銃持ちばっかだ。今は別のやつに使わせてるが、俺の機関銃がなきゃ敵を食い止められない。――オスカー、いいか。冷静な判断をしろ」
*****
崩壊した渡り廊下からも、敵は押し寄せていた。
地雷が炸裂する音が聞こえた。どうやら、先のダイナマイトは地雷を誘爆させなかったらしい。地雷が機能し、敵兵の足を止めていた。
「1階を先に制圧されるのは、それはそれで迷惑だな。あいつらを殲滅しないと、俺らは逃げる道がなくなる」
オスカーは無線通信をつけたままそう言った。
C館1階には、ただのひとりも防衛が配置されていなかった。
『ガイルたちの働きもあって相手の動きが少なくなっている。安心して屠れ』
ケニーが無線越しにそう言った。
しかし、彼らのA館からの援護射撃は、微々たるものだった。どうやらA館の戦闘員の損耗は想像以上に激しいらしい。
林から迫る敵襲には、ガイルたちが絶えず弾幕射撃を行っている。
『こっちの数も引いてきた。奴らも、まさかここまで徹底抗戦されるとは思ってなかったらしい』
どうやら、自分たちは不可能を可能に変えてしまったようだった。
20人の部隊で、一個大隊を押し返している。
ならば、と。
オスカーは、自分は、1階に迫る敵を、殺すだけだ。
オスカーは2階まで下った。すぐ下を、害虫が這いずるような音を立てて、敵襲が迫っている。それを感じる。自分から降りるのは不利だ。ここで迎え討つ。
2階の部屋のうち一つのドアを叩き、
「おい、この階のやつらは出てこい! ここでお客様を歓迎するぞ!」
と叫んだ。しかし、応答がない。2階を防衛していた戦闘要員たちからは、一向に、増援に参加する気配が感じられなかった。
オスカーは一室のドアを開く。――その先は、地獄だった。部屋のあちこちに散らばる薬莢、血、そして死体。死体、死体、死体。
戦闘に興奮し、気づかなかった。冷静な判断をできていなかった。もう、この棟も危ない。使用人たちは、ほとんど死んでしまっていた。
オスカーは再び、廊下へと出る。
「とにかく、俺は下のやつらを殺さなくちゃならない」
そう独り言ちる。
それに呼応するかのように、
「おい! もうひとりいたぞ!」
と、知らぬ者の声が聞こえた。見ると、敵兵がもう2階に上がってきていた。
咄嗟に、もう一度部屋の中へと避難する。すぐに敵の足音が複数人、部屋の前まで肉薄してくる。
そしてついに、オスカーが潜む部屋のドアが蹴破られる。
「――ッぐぇあ!?」
敵兵がひとり、天井に吸い込まれるように消える。続く戦闘員たちが困惑する。
「な、なんだ!? ――うぁッ……」
一度消えた戦闘員が、もう一度現れた。その戦闘員はすでに首を切られ絶命していたが、亡霊のようにドア前に立つ戦闘員たちに突撃したのだ。
「う、上だぁ! 天井に潜んでるぞ!!」
数人の隊員が倒れ込むが、後列の隊員はオスカーの居所を突き止め、手に持った小銃を部屋のドア――その上部、天井に面した辺りに向けて発砲する。
天井に張り付いて隠れていたオスカーが、最初の隊員を引っ張り上げ、殺し、また廊下側に投げたのだ。と、隊員は推察した。
――と、その直後。
「う、うわ、なんだこりゃあ!?」
リーベルタース邸に侵攻していた隊員、第一攻勢の残党、10人ほど。C館2階の一部屋の前に集まった彼らを、原因不明の煙が覆う。
それは、オスカーが放った発煙筒によるものだった。その煙の量は凄まじく、あっという間に隊員たちの視界は不明瞭になる。
「うぁ……!」
煙の向こうで仲間の悲鳴が聞こえても、隊員は現状を把握できない。
やがて、一人の隊員の目前にどこからともなく手が伸びてきて、顔面を鷲摑みにする。そしてその直後、間などなく、その隊員は首を切りつけられ、絶命する。
オスカーは、煙の中で踊る鬼のようであった。
足音、呼吸音、銃の擦れる音、微小なその音声を聞き逃さず、相手の位置を正確に把握し、捉え、殺す。
オスカーの存在、その在り処に気付いた隊員が銃を持ち上げるが、狭い廊下で小銃は扱いづらい。
鬼はその銃身をつかみ、引っ張る。すると、隊員は為す術なく鬼の眼前へと引き出される。鬼は、彼を容赦なく切り殺す。
また別の隊員は。
小銃の先に取り付けた銃剣。これは塹壕での防衛戦が広がってきたこの世界において、塹壕内での接近戦で力を発揮した。つまり、近距離用の武器。
しかし、それもオスカーの前には無力。
煙の向こう。微かに見えた黒い鬼。そこへめがけて、半ば投げやりな気持ちで突き出した銃剣は、その銃身をまたもやオスカーに捕らえられる。オスカーは一度その銃身を、持ち主のほうへと押し返す。銃の持ち主の重心が揺らいだ瞬間を逃さず、足を引っかけて転ばせた。
かくして手にした銃剣付き小銃を、そのまま背後で足音を鳴らした別の敵へと突き刺す。今度は目の前で哀れにも転んでしまった敵に向けて、己のナイフでとどめをさしてやった。
次々と倒れていく仲間に、恐れ慄いた隊員がひとり、後ずさりして煙の中から脱した。隊員は、手に短機関銃を持っている。短機関銃ならば、屋内での接近戦に適していた。さらに煙から離れたことで、オスカーの姿をはっきりと視認できた。
「――は、はははッ」
隊員は、討ち取ったり、と笑ってみせた。が、異変に気付く。先ほどまでナイフで次々と人を殺戮していた鬼の手には、なにやら黒光りするものが見えた。
あれは――、拳銃……? 否、それにしては体が大きく見える。
などと、無関係で重要性の低いことを思考している時間は、彼には残されていなかった。
オスカーが放った50口径の弾丸が、彼の頭部を撃ち抜いた。
リーベルタース邸襲撃、第一攻勢、最後の10人。
それを、鬼は、たった一人で、鏖殺した。




