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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第一章『屋敷編』
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第14話『誕生日』

 今日は屋敷に来て一番大変な日だった。

 それでも、力を合わせて文化祭の準備でもしているようで、メイは楽しかった。


 一番後輩であるはずの自分の指示でみんなに動いてもらったのは少し申し訳ないが、すべてはネアンのためである。それに、みんなと一体になって準備を進めたことは、我々の絆を深めたのではないかと思う。あまり話したことがない使用人や、怖いと思っていた先輩であるエルナともたくさん話せたし、新たな一面も見れたような気がした。


 メイは今、心を躍らせながら、しかし緊張しながら、玄関の前に立っていた。玄関の内側、大広間のエントランス・ホールである。

 そこにはメイ以外にも使用人たちがいた。厨房係を除いたほとんどの使用人が集まってくれていた。

 庭師、メイド、執事、オスカーたちパテルの養子組も集まってくれていた。ルグレが来てくれたのは意外だったが、彼は彼なりにネアンを祝いたい気持ちがあるのかもしれない。


 ――がちゃり、と。屋敷の扉が開かれる。


 その向こうに見えたのは、白銀のボブカット。


「ネアン、お誕生日、おめでとー!!」


 言って、メイは手元に用意したクラッカーを炸裂させた。それに続いて、他のメンバーもクラッカーを鳴らす。

 七色のテープが本日の主役に降り注ぐ。

 今日は一日、この瞬間のために準備をしていたのだ。ネアンは散歩が日課なので、その帰りであるこの瞬間に合わせて、みんなに集まってもらった。


「……?」


 当のネアンは、困惑しているようだった。状況が飲み込めず、メイらをキョロキョロと観察している。


「はは、ほら、びっくりしてる」


 クラッカー係だった使用人の一人、アランが笑う。

 メイはネアンに走り寄った。


「ネアン、今日、お誕生日なんでしょ?」


 そういってメイがネアンの手を握ると、ネアンは訳が分からないという表情のまま、小さくコクコクと肯いた。

 そして、少しだけ、笑顔になった。

 もうここに来て一か月ほどになるが、ネアンの笑顔を見たのはこれが初めてだった。


「ネアンのために用意したものがあるの。もうおなか空いてる?」


 メイもなんだか楽しくなって、ネアンよりもむしろ自分が楽しみでたまらない、といった感じで、ネアンを誘導する。

 リーベルタース邸のB館には、大きな宴会場がある。メイはそこまでネアンとみんなと一緒に歩いて向かった。


「わ……」


 B館宴会場のホールの扉を開けたとき、ネアンが微かにそういう声を上げた。

 宴会場は体育館を彷彿とさせるほど大きなものだ。多くの来客が来ることを想定して造られたリーベルタース邸、その多くの来客というのは大抵貴族たちを指す。貴族たちかこぞって集まり、パーティをして、踊る。それに十分すぎるスペースが、このホールにはあった。


 現在その宴会場全体に、ネアンのための装飾が施されている。

 壁にはペーパーフラワーを作って伝わらせたり、本物の花も買ってきて、飾っておいた。風船もとりあえず浮かせた。メイの世界にはあったが、この世界にはないものもあり、少し勝手が違ったが、メイなりに工夫して会場を作り上げたつもりだ。

 メイひとりの力では限界もあった。しかし、なんとか声をかけた、関わりの少ない使用人たちも快く協力してくれた。高いところの飾りは、庭師の男性二人と、オスカーが施してくれた。


「これをすべて、私のためにやったのですか……?」


 ネアンが会場を見まわしながら、問うた。

 ネアンの目が大きく見開かれ、空色の瞳が照明の光を反射している。


「そうだよ」


「でも、なんのために?」


 ネアンがメイを見る。


「何のためって……、ネアン、誕生日なんでしょ? みんなで祝おうって」


 ネアンは、そもそも、メイが誕生日を祝いたいと思う気持ちすら、あまり理解していないようだった。


「けれど、私、誕生日なんて……」


「祝われたことないの?」


 祝われたことがない、という次元はとうに超えているであろうと予想ができる反応だった。

 おそらく彼女は、自分の誕生日を意識したこともないのだろう。


「はい。こんなことされたの、初めてで、どう反応したらいいのか分かりません……」


 ネアンは助けを求めるようにメイを見て、そして後続の使用人たちや養子組などサプライズ組のみんなを見まわした。

 みんなが、ネアンの幸福だけを願って、彼女を見守っていた。


「どう反応って、もう満点の反応してるんだけどね」


 サプライズ組のひとり、パテルの二人目の養子――エルがそう言って微笑んだ。

 ネアンもそれに応えるように、ふふ、と微笑んだ。


「ね、やっぱりね、ネアンは笑顔が似合うよ。笑ってた方が可愛い。ずっと、笑っててほしいよ」


「メイ……、でも、」


「でも?」


 ネアンは今更、なにを躊躇しているのだろうか。メイは彼女に、自分の想いのままの表情をしてほしい。


「私、わかりません。どうして皆が、私のような者のためだけに、ここまでしてくれるのか。……私が今、本当にうれしいのか。混乱しているんです」


 ネアンは少しうつむいた。メイには共感してあげられない感覚だと思った。ネアンの生い立ちは知らないが、誕生日を祝われたことがないなんて、まるで親からの愛を受け取っていないようだ。


「嬉しいから、笑顔なんだろ」


 宴会場の入り口で立ち尽くすサプライズ組の中から、オスカーが出てきて、言った。

 ネアンとメイがそれを見ていると、オスカーに続くようにみんな会場へと進んだ。


「亜人族には分かんねえか? 愛される感覚が」


 青い髪の美少年、ルグレがすれ違いざまに、ネアンに余計な一言を言って、いたずらに笑った。


「愛される? 私は、今、愛されているのですか?」


「そうだよ。ここにいる、みんなにね。みんな、ネアンに笑ってほしくて、準備したんだよ」


 「腹減ったー」とつぶやきながら、アランが会場の奥まで歩いていく。会場には、すでにいくらかの食事が用意されていた。

 アランのそばで、食事を順番に見ていたルグレが、


「俺は豪華な飯食いたかっただけだぞ! 飯食ったらすぐ寝るからな!」


 と声を上げた。


「ねえ、待ってね! もっと凄いのが来るんだよ」


 メイはネアンの手を引き、会場の中まで先導して、みんなに声をかけた。

 メイの宣言に応えるように、メイたちが入ってきたものとは別の扉が開かれた。


 その奥からは、厨房係の男に押された車輪付きのテーブルと、それに乗った大きなケーキが現れた。

 直径1メートル以上もある、結婚式でも用意しないような巨大なケーキだ。

 それに続いて、追加の食事も運ばれてくる。


「すごい……」


 巨人のようなケーキを見上げて、ネアンがつぶやく。

 会場に立ったみんなも、さすがの規模感にテンションが上がっているようだった。


「ね、ネアン。嬉しい?」


 メイが、ネアンを見る。

 子猫のような鼻をした、凹凸のハッキリした横顔が、こくりの肯く。


「嬉しいです。――メイ、私、たぶん、嬉しい」


 そういってこちらを向いたネアンは、少しだけ涙を浮かべている。


「ありがとうございます、ネアン。きっと、一生の思い出になります……!」


 その笑顔は屈託のない、純粋な、子どものような笑顔だった。

 ミルク色の肌に、白銀の髪、潤んだ空色の瞳。この世に、これほど綺麗なものがあるのならば、自分たちはこれを護る義務があるし、この世も捨てたものではないと思った。

 それに、自分の用意したサプライズが見事大成功を収めたことが、メイは嬉しくてたまらなかった。





   *****





 ネアンの誕生日パーティーは、それなりに盛り上がってきていた。

 普段真剣な顔しか見れていなかった使用人たちの笑顔も、見ることができた。メイに、ネアンの誕生日を教えてくれたアランも、楽しんでいるようだ。ネアンも、ぎこちないが、笑うようになってきていた。ちなみに、ルグレは自分の食事が終わると本当にいなくなってしまった。

 次々と運ばれてくる料理に、全然なくなる気配のないケーキ。


「そういえば、メイ。こんなにも豪華なご飯、誰がお金出したんですか?」


「あ、パテルだよ。ネアンの誕生日祝いたいから、って言ったら『いくらでも出すよ。先に予算出しといて』って。パテルも祝いたかったんだね」


 寝床を提供してもらって、食事も出してもらって、メイはここに来てからなんだかんだ客人として贅沢な暮らしをさせてもらっていたが、さすがにここまで豪勢な料理をふるまえるほどの財力はない。使用人としての労働の対価はもらっているが、それも寝床代としてパテルに返したいと考えている。

 今回の資金は、パテルが出してくれたものだ。


「パテル様は?」


 ふと、ネアンが言った。


「そういえばいないね? 直接祝ってほしいよね」


 メイも会場を見回す。各々、立食パーティー中で、楽しんでいる。関わりがあるとは知らなかったようなメンツで話している人たちもいる。しかし、パテルの姿は見当たらない。


「いえ、別にそういうわけでは……」


「読んでくるよ。ちょっと待っててね」


 メイはそう言い残して会場を出た。宴会場があるB館は、屋敷の敷地内だと西側にあたる。パテルの部屋があるのは北のC館なので、とりあえずはそこに向かう。パテルは寝室とは別に、A館の西側2階にも書斎があるので、おそらく彼はそのどちらかにいるだろう。


 C館のパテルの部屋をノックすると、


「どうした?」


 と、部屋の中からこもったパテルの声がした。


「今、忙しいの?」


「メイか。いや、手を放そうと思えば。何か用だった?」


「今ね、ネアンの誕生日会をしてるの。お金出してもらったのに、呼んでなかったと思って。……手が空くなら来てよ」


 メイがそう言った後、パテルの部屋の中から、パテルとは別の、何か生き物の鳴き声のようなものが聞こえた気がした。


「なるほど。私はいかないよ。私には彼女を祝う権利はないからね」


 パテルは扉越しの、こもった声でそう言った。


「どういうこと? ネアンも、パテルに祝ってほしいんじゃないかなって思うんだけど」


 部屋の中で足音がして、それから、部屋の扉が内側から開かれた。

 パテルは背が高くて、痩せていて、不健康そうな顔で、白髪で、メイは初めて気づいたが――黄色の眼をしていた。


「いや、やめとくよ。わざわざありがとう。私のことはほっといて、楽しんできなさい」


「そ、そう? わかった。来たくなったら、来てね」


 パテルは譲らないという姿勢だったので、メイが折れることにした。





   *****





 パテルを呼ぶことを諦めたメイが、B館の宴会場へ戻ると、会場へ入ってすぐにアランに出会った。

 会場には酒も提供されている。彼は酔っているようで、メイの前を通過した時、前後不覚といった感じで覚束ない足取りだった。顔も赤くなっている。彼の広いおでこまで赤くしていた。


「あ、メイちゃぁ」


 アランはメイの前を一度通過してから、またふらふらと戻ってきた。


「あ、アラン。たくさん飲んだみたいだね……」


 アランは童顔だが、20歳は超えている。顔が幼いから、自然とため口になってしまっていたメイだが、彼は気にしていないようだった。

 メイは優しく彼の背中に手をあて、さすりながら、支えながら、自分も食べるものを探そうと会場の中へ入った。


「言いたい、ことが、あってぇ……」


 アランはふらふらと、あっちへこっちへ歩きながら、メイに語りだす。


「うんうん、どうしたの?」


「お、俺には、コンプレックスがあるんだゆぉ」


 アランが、テーブルの上のパンを取ろうとして、バンッとテーブルに勢いよく手をつく。


「俺は、俺はァ、……空っぽなんだぁ」


 アランが言う。なんだかもう話すのが疲れる話し方だった。


「落ち着け落ち着け、なんて?」


「俺は、空っぽなんだよぉ……、なんにも、なんにもないんだ。俺ん中には、さぁ」


 メイが彼を見ると、彼は、酔って呂律が回らないだけではなく、涙を浮かべていた。


「なぁんにも、ないんだ……。あるとすれば、憧れ、くらいしか、なくてさぁ」


 アランがそう言って、またパンを取ろうとして、テーブルを叩く。もはや、わざとではないかと思われた。


「落ち着いて。テーブル叩かないの。どっか座る?」


「家も、国も、全部、クソなんだよぉ……、俺は、これから、どうしたらいいか、もうあこがれることくらいしか、俺には、なくてさぁ」


「いいじゃん。誰かに憧れてるって、素敵なことじゃない? ケーキ食べる? あれだけ大きいと、みんな食べてもちっとも減らないね」


 メイはとにかくどこかに座らせてあげようと、彼を誘導する。


「俺は、空っぽなんぁ。どうすればいい? なあ。俺は、どうすればいい? どうしたら、彼みたいに、なれるんだろうなぁ。憧れがないと、生きてすら、いけねえんじゃねえかって、思うんだよ、俺ぁ」

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