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魔女と美男子と異世界(仮)  作者: 血飛沫とまと
第一章『屋敷編』
13/37

第13話『ネアン』

20231119 加筆・修正

 いつものように起きて、すぐにロッカールームに向かった。

 素早く着替えを終えて、控室に入ったところで、ネアンは違和感に気付いた。


 ――屋敷が騒がしい。


 控室はいつも1人か2人しか人がいないのに、今日は4、5人のメイドがいた。

 その使用人たちもやけに浮足立っているような印象を受けた。


「…………」


 こういう時に、とっさに周囲の人間に現状の確認が取れないのは、ここで雇われている人間として不適格なように感じる。

 けれど、こういった場面において自分は積極的になれない。そういう自分が嫌になっているか?


「あ」


 メイドたちの中から、ひとりの少女を見つけ出す。

 彼女は他のメイドと何やら話していて、その話が終わり、控室から退室しようとしたところに、出入り口に立ちっぱなしだったネアンに直面した。


「お、おはよう、ネアン! 早起きだね……!?」


「おはようございます、メイ」


 アオイ・メイ。もう少しでこの屋敷に来て一か月になる新人で、自分の唯一の後輩だ。

 肩下ほどまで伸びた黒髪で、目も黒く、表情が良く動き、常に明るい女性――という印象。身長がネアンより少し高く、つくべきところに肉がつき、細くあってほしい部分はしっかりと細い。貧相な体のネアンからすれば、うらやましい体型かもしれない。


 彼女は自分のことを先輩として敬っているというより、年下の女性として可愛がっているように感じる。

 自分の様子について気にかけてくれており、適度に声をかけてくれている。自分と話すときのメイは常に楽しそうで――少なくとも楽しそうな顔をしてくれて――自分も彼女に可愛がられて嬉しいか?


「今日はなんだか慌ただしいですね。何かあるんでしょうか?」


 ネアンは、メイになら積極的に話しかけられるような気がした。メイにはそういう雰囲気がある。

 ちなみに、メイは二週間ほど前に「敬語はやめてほしい」という要求をネアンにしたが、ネアンとしては敬語で話すのが常であったので、敬語抜きでは余計にコミュニケーションが取りづらかった。そのため、彼女の承認をもらって、しばらくは敬語のままで会話をすることにしている。メイとしても、リラックスできる状態でコミュニケーションを取りたいというのが目的だったようで、自然とこういう形になった。


「ん、んー? そうかなぁ? あ、ほら、パテルがそろそろ会議かなんかで首都のほうに行くんでしょ? それでみんな忙しそうなんじゃないかなぁ?」


 今日のメイはなんだか様子がおかしいようだった。

 とはいえ、自分もメイより先輩というだけで、使用人としては新人だ。他のメイドたちに比べればまだパテルとの信頼関係も厚くはない。王都に行くということは重要な仕事なのだろうし、自分もメイも深く聞かされていないだけなのかもしれない。


「そ、それじゃあ、私は私の仕事があるから!」


 そういってメイはそそくさとどこかへ行ってしまった。

 彼女は最近、厨房の手伝いをしているようだ。掃除よりも、料理のほうが才能があったらしい。


 ネアンは寝癖を抑えて、髪型をそれっぽく整えると、自分も自分の仕事をしようと集中する。

 今の髪型は似合っていないというほどには感じていない。しかし、ネアンは化粧などの勝手がよく分かっていないので、他のメイドたちのように華やかにはなれなかった。


 料理係に昇進したメイとは違って、自分は掃除係が向いているようだった。

 まず、窓枠に少しでも埃が乗っていたら気になる性質だ。それに、綺麗になった部屋や廊下を見ると、言いようのない達成感を得られる。それは自分の仕事に求める?やりがいとしては十分だった。


 そんなわけで、ネアンはいつものようにA館から順番に念入りに屋敷を掃除し始めた。

 しかし、やはりどうにも屋敷の中が騒がしい。


「……………」


 もう一人、見慣れた使用人を見つけた。ネアンはそれを遠目に観察する。

 艶のある黒髪から、狼の耳がぴんと立っている。彼女の名前はエルナ。彼女も女性らしい体型をしていて、しかも身長が高く、雑誌のモデルでもしていそうな雰囲気だ。自分に適度に自信を持っていて、自意識に乏しく自信のないネアンから見ると明るい存在だった。


 いつもはたいして仕事に熱を入れていない彼女が、なんだか緊張しているように見えた。

 自分に自信を持っているように感じられるエルナが、自分のペースで行動できていないのには、違和感を覚える。


 エルナはこの屋敷の戦闘要員でもある。この屋敷はなぜか戦闘要員が多い。自分はそうではないが、庭師の男性二人や、メイドの中にも何人か武器や武術の心得がある人間がいる。

 これは前時代の名残ともいえる。今は国の防衛は王国の国軍が行っているが、従来は領土を持つ貴族がそれぞれの騎士団を結成し、団結して国を守ることが当たり前だった。だからこそ、王族は貴族の意見も取り入れる必要があったのだ。現在はそれぞれが騎士団を持つような時代ではなく、王国が一つ規模の大きい軍を持って、それを国全体に配備する体制をとっている。それが近代というやつらしい。それでも貴族家の地位が維持されているのには、色々とまた別の理由があるのだろう。


 ひとつの国家に複数の軍隊が存在すると、それぞれの思想や方針、理想や管理という様々な面でお互いが衝突する可能性があるからだ。

 統率という意味で、軍隊は国家にひとつという通念ができている。


 しかしながら、現在でも護身のために傭兵を雇ったりする貴族は少なくない。貴族というのは、国内の情勢によっては命を狙われかねないからだ。

 貴族、農家、商人……社会というのは十人十色のバックボーンをもった者たちの集合である。それらは常に支えあっているため、お互いが不可欠であったりする。が、利害が合わなければたちまち対立してしまうのもまた常である。


 多くの貴族が自分の家を護るための傭兵を雇っているように、リーベルタース家は使用人のうちに戦闘要員を含めているのだ。


「カーラ様」


 少し時間が経って、ネアンは次にカーラというメイドと出会った。

 カーラはおさげとぱっつん前髪と丸眼鏡がトレードマークの先輩メイドである。彼女はパテルの最も信頼している使用人のうちのひとりであり、勤勉で、尊敬できる人だ。彼女も髪が黒く、綺麗に手入れされていると分かる、理想の髪質をしている。

 そして、カーラもまた、この屋敷の戦闘要員であった。いわばカーラと、もうひとり、パテルに信頼を置かれているドヴァレーツという獣人族の男性は、パテルの側近であり、かつ彼を身近で護衛する立場であるのだ。


「ネアン。どうしましたか?」


「今日は屋敷が騒がしいですね。何かあったんですか?」


 ネアンが何かに強く興味を持つことはあまりないが、職場が慌ただしいと仕事にも集中ができない。


「それが、私も何も聞かされていません。困ったものですね、エルナも仕事をしていないようですし、ロッサ様も何やら別件で忙しそうなご様子でした」


 カーラが何も聞かされていないのは意外だ。だとしたら、彼女らは何をやっているのだろう。普段の仕事とは違うことをやっているようだし、カーラの知らぬところであるというのならば、パテルの身支度でもないだろう。


「ロッサ様が普段とは別のお仕事ということならば、彼女らは単にサボっているんでしょうか? ロッサ様は屋敷にいるのですか?」


「どうでしょうね。……ロッサ様は屋敷のどこかにはいるはずですよ」


「ロッサ様は彼女らを注意する余裕はないのでしょうか」


「彼女は彼女の仕事がありますから。使用人の面倒を見るのもロッサ様のお仕事ですが、今は別件で忙しいみたいなので、期待はできないでしょうね。彼女たちのことは気にせず、あなたはあなたの仕事をなさい」


 カーラはネアンを諭すようにそう言った。

 ネアンは不服を交えてカーラを見上げる。


「そう言われましても、こうも浮足立っていると集中できません」





   *****





 やがて昼食の時間になったが、厨房へ行ってもメイには会えなかった。別に会いたかったわけではないと思うが。

 昼食を終え、屋敷のみんなの食器を片付け、洗うのを手伝うと、ネアンは適当な私服に着替えて、外に出る。ネアン自身はどうも思わないが、自分の私服はたびたび周囲の者たち――ネアンの周囲の者というと、屋敷の使用人くらいなのだが――からは質素だと言われる。


 散歩は日課になっている。散歩には発見があるのだ。

 散歩は、ネアンにとってこの国のことと、人々の生活を観察するのに最も手っ取り早い手段だった。

 人間観察などというと、思春期の人間のようで幼稚に思えるが、ネアンにとっては大切なことだった。


 自分の中身を理解するのは困難である。

 他人を見て、他人を理解するのもまた困難であるが、己を客観視することの困難さに比べれば、他者を他者として理解したつもりになることなど容易だと感じる。


 ネアンは、リーベルタース家が力を持っている都市圏を散歩する中で、そこに住む人々の生活や、会話を観察する。

 そうすることで、他者を分かったつもりになれるからだ。他者が理解できれば、相対的に比較して己を理解できると踏んでいた。それは結果として、この一年を通してまったく成功はしなかった。しかし、街を散歩することは、ネアンの心を躍らせたか?


 たとえば、この国の歴史を考えれば、貴族と王族に権力が集中している今の体制は、市民の癪に障る部分なはずであった。しかし現在、声高に政権批判をする者はあまりいない。都会だから、というのもあるかもしれない。この国において都市圏に住む人間というのは、比較的に恵まれている人のほうが多い。厳しい労働環境に身を置き苦しんでいるが、職を持たぬその他大勢に比べれば、明日食べるものの心配をしなくていいというだけで呑気なものだった。


 世の中は、中世の価値観から脱却をした。近代化の波で発展したのは戦争のための技術だけではない。価値観という意味で大きく発展したのは人々の『思想』である。


 この世界における近代化という一つの時代の転換は、主に二つの軸で語られることが多い。

 ひとつは、技術革命。

 北西に浮かぶ島国を中心に、自動車や鉄道など戦争に使われる技術、それを応用した庶民の生活を豊かにするための技術が急速に発展した。これは生活の形と戦争の形を劇的に変えた。移動手段や生産手段、衣服や法律まで、さまざまな変化を社会にもたらしたのが、技術革命であった。

 貴族の多くは今も官僚としての役割を持っているが、軍隊としての役割を終えた。その中でも貴族家の一部は商人と関係を持つことで、資本家として台頭し、国内の生産を担った。資本主義化とそれに伴う労働環境の問題が生まれた。貴族と庶民の対立は、王族、貴族と資本家、そして労働者階級という複雑な対立構造へと姿を変えた。


 もうひとつは、自由主義の流行である。

 シェアト王国の西方に隣接する『アルゲニブ共和国』から勃興した思想である。エルフと人間が共生する国であるアルゲニブ共和国は、かつてはエルフの君主が統治する絶対王政の国だった。本質的には「エルフ族のための国」であったのだ。

 貴族であり支配者であるエルフと、平民であり家畜である人間族という格差による対立の結果、「平民のための国」を作ろうとした人間族によって市民革命がおこり、個人を貴ぶという価値観、また、民主主義という政治体制を世界中に知らせることとなった。この自由主義者、民主主義者たちによる正義の暴走は周辺各国により早期に封じ込められたが、アルゲニブという王国を共和国化し、また、シェアト王国を含む半島諸国に自由主義、民主主義を伝播させた。

 その結果として、シェアト王国を含むいくつかの国は、立憲制への移行を余儀なくされたのだ。この世界における歴史は至ってシンプルである。


 しかし、時代は変われど、思想は変われど、人の本質は変わらない。名残は残り続けるものであるのだ。


 今でも貴族家――つまり官僚、役員たちは世襲制である。

 世襲制は国民の最も嫌う部分の一つであったはずだ。ペガスス半島に存在している国の多くは、自由主義の流行の中で、少なからずその影響を受けているからだ。

 世襲制も身分制も、シェアト国には色濃く残っている。姿かたちを変えたが、未だに資本を持つ貴族たちと、労働者である平民の間には圧倒的な格差がある。しかし、そこに改めて異を唱える人間はほとんどいなくなった。


 ネアンは読書が好きだ。物語を読むのも好きだが、小難しい本に挑戦するのもまた、変わった楽しさがある。

 世界情勢や歴史を語った著書を読み、また実際の自分の感覚を交えてあれこれの考察にふけるのが、ひとつの趣味であった。


 しかし、ここのところはまだまだ勉強不足だとは思っている。

 ネアンの歴史認識に多少の偏りや不十分があるのは理解しているからだ。

 もしかしたら自由主義なんてものはネアンが思っているよりも流行していなかったのかもしれないし、シェアト国はその影響をほとんど受けていないのかもしれない。つまり、そもそも世襲制や身分制は、国民の癪に障る部分ですらないのかもしれない。西の隣国で起きた市民革命はネアンが思っているよりも複雑なのだろうとも思う。


 ネアンが読書を始めたのは最近だ。リーベルタース家に使えるまでは、本を読める環境ではなかった。


 ネアンは何やら喧騒を聞いて、導かれるようにそちらへと向かった。

 街のちょっとした広場に、簡易的な台が置かれ、そのうえに男が立っている。名も無き男だ。この国の、労働者の、典型的なひとりであった。


「宰相殿はびびっておられるのだ……!!」


 壇上の男が叫ぶ。


「再び亜人戦争が起こるのを、恐れているのだ! しかし、それでいいのか!?」


 壇上の男を囲うように街の人々が集まっていた。男は政治活動家か何かなのだろう。


「なぜ我々労働者の血税が、なんの価値もない亜人族にふりまかれているのだ……! こんな事態は許されるべきではない!! 異民族を、亜人どもをこの国から叩き出せ!!」


 興味なさげに聞いていた民衆も、彼の必死の訴えに次第に熱を帯び、聞き入っている。

 次第に、そうだ、そうだと声を上げ賛同するものもあらわれた。


「我々は人間族だ! 星に選ばれ生まれた、誇り高き種族なのだ!! 亜人族を恐れ、協調路線を進む腰抜けを、宰相の立場から引きずりおろせ!!」


 言論の自由が保障された立憲王政である我が国において、直接的な王家への侮辱を除けば、こういった暴言も許される。

 民は、亜人族を憎んでいる。それに対して特別な感情の湧かない自分がいる。国とは、種族とは、それほど大事なものだろうか、と疑問に感じる。

 資本家である貴族たちと、労働者たちの間にある対立だけではない。この国には、種族間の対立も、根深く残っている。


 彼らを見ていると、ネアンは気が滅入るような気がしてきた。

 世界は、傲慢だ。


「帰ろう……」





   *****





「ネアン、16歳、おめでとー!!」


 メイの掛け声に続いて、パン、パン、と乾いた破裂音が鳴った。

 心地よい破裂音は、使用人たちの手に持つクラッカーから発せられた物だと、ネアンは気づく。


 しかし、状況は分からなかった。

 自分は散歩に行っていた。とくに誰かに連絡や報告を行ったりはしていない。

 散歩から帰ってきて、玄関を開けたら、その先のホールには使用人たちが集まっていて、自分にクラッカーと笑顔を向けていた。


 メイに加えて、先輩メイドたち、庭師の男二人、オスカーとエル、そして珍しくルグレの姿も確認できた。


「……?」


「はは、ほら、びっくりしてる」


 クラッカーを放った使用人の一人、アラン・エルスターはそういって笑った。


「ネアン、今日お誕生日なんでしょ?」


 メイは、状況が分からず立ち尽くすネアンに走り寄って、笑顔でそう言った。


「……?」


 そうか、今日は自分の誕生日だったのか。

 自分の誕生日など長い間意識していなかったし、プレゼントをもらうことはあったが、こんな風に祝われたのは初めての経験だった。

 そもそもこの屋敷で自分の誕生日について話した記憶がなかったし、本当に自分が生まれたのが今日だなんて証明してくれる者など、自分にはいない。


「ネアンのためにみんなで用意したものがあるの! もうおなか空いてる?」


 メイはそう言ってネアンの手を握り、先導していく。

 ネアンは初めて自覚する己の気持ちに気付き、ますます困惑を極める。


 ――私は、今、嬉しいか?

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