第12話『王国会議』
世間は休日。
メイは昼食後、アランの午後の買いだしの手伝いに来ていた。本当は手伝う必要はなくて、要は彼は荷物持ちをさせたいのだろうとメイは考えている。
昼間の街は、2週間前の恐怖を起こした街と同じところとは思えぬほどの盛況を見せていた。
「意外と、普通だね」
メイは言った。なんて平和そうな街なのだろう、と。
「まあ、こんなもんだよね。街に出ても、意外とこの国の現状は分からないか」
大通りに出ると人も多く、飲食店なども普通に経営していた。
前回と同じ店に行ってもつまらないし、目的も違ったので、メイとアランは前とは違った方角に進んでいた。
道中で聞いたが、アランは22歳だそうだ。
この国の人間は誰もかもが欧米系の顔つきをしているため、メイの感覚だと外見から年齢を想像しづらいが、アランは小柄で童顔なため、自分と同じくらいの年齢だと思っていた。
しかし、実際には5つは上の世代だった。これは、この世界に来てからは珍しい経験だった。ほとんどの人間が、実年齢より大人びて見えているからだ。
「今日はあったかくて良いね」
アランが言った。たしかに、日差しが強く、風は弱く、暖かい外出日和だ。
現在、この国は冬なので、街のみんなも日差しのあるこの日に喜んで外出しているのかもしれない。
「そういえばこの間、エルが携帯電話みたいなのを使ってたんだけど、ここにもそういうのがあるんだね?」
メイは問う。
暴漢に襲われた夜、エルはネアンとの連絡に、スマートフォンのような液晶端末を使っていた。
この世界では、そういった現代技術……ともすれば、ドローンなんかの未来技術があるようだと思っていた。対して、街並みや銃器は、メイの元居た世界でいうところの近代――第一次世界大戦あたりを彷彿とさせる技術力だ。そういった部分のあべこべ感に違和を感じ、メイにとってこの世界での生活が、なんとなく現実味を帯びていない感覚につながっているような気がしていた。
「ああ、ケータイ、あるよ。パテル様にねだれば買ってもらえるんじゃないかな。なんつって」
アランはそう言って笑う。
「でも、やっぱり一つ持ってると便利だよ。それこそ夜の外出は危険だからね、ネアンやオスカー、他の使用人も子どもたちもみんな持ってるよ」
「アランも持ってるの?」
「持ってるよ。まあ、俺はパテル様が必要だって判断して、買ってもらえたんだけど」
経済不況について度々語られたが、携帯電話が当たり前に流通しているということは、識字率は低くないのかもしれない。
それにしても、携帯電話の会社は儲かっているだろうな。近代欧州に、現代のスマートフォンを持ち込んでビジネスをすると考えると、そう思える。
「少し見してくれない? 私も持っといたほうがいいかな、やっぱ」
アランの携帯端末を借りて、どんなものかと見てみる。
それは現代の携帯電話のような、小さなパソコンという感じではなかった。
端末はインターネットのようなものに接続されているが、基本的な利用は通話に振られているようだ。SNSのようなサービスもあり、そこでは離れた他者とのメッセージのやり取りが可能となっている。しかし、ブラウザを閲覧するような機能はなかった。通話とSNS、それだけ。現代を知っているメイからすると、なんだか中途半端で、物足りなさを感じる。
「端末は国内のサーバーにつながっているんだ。だから国から出ると使えない。それどころか、田舎、ましてや辺境に行くだけで圏外になる。……所詮、都会の人間の特権なのかもな。金持ちしか使えない」
やはり、この世界の技術力には疑問を感じてしまう。これはメイが元居た世界の常識に慣れてしまっているためであろうか。メイの居た世界における技術力を大きく凌駕している点もあれば、大きく遅れているものもある。
科学技術の発展のきっかけといえば、戦争のための兵器開発によるものというのがメイの常識だが、この世界では戦争に使われるようなものこそ遅れており、逆に、生活を支える技術ばかりが発展しているように思える。
それからアランと一緒に、食材をたくさん買って回った。
アランは食材のほかにもなにか買っているようだった。それは、金色に輝いており、小さなペンダントのように見えた。
「それ、なに?」
「ああ、これ、お守りみたいなものだよ」
アランは言って、それをメイに見せてくれた。
金属製のアクセサリーだろうか。小指の指先から第二関節辺りまでを覆う程度の大きさだ。正八面体で、厚みがある。植物のツタが絡むような形をした装飾は、ツタとツタの間が空いており、空洞になった中身が見えるようになっている。空洞部分には、綺麗な青色の石が入っているようだ。
「この形は宗教的なシンボルなんだけど、まあ今時宗教的な意味合いを強く意識する人はいない。漠然としたものだけど、贈り物として利用されるときは、相手の幸運を祈ってるって意思表示になるんだ」
「だれかに送るの?」
「ああ。もうすぐネアンの16歳の誕生日なんだ」
「へえ!」
ネアンが年下だということは聞いていたが、誕生日までは知らなかった。
「それじゃあ、私も何か買って帰ろうかな」
そう言って、ネアンへの誕生日のプレゼントを探し始めたメイだったが、この国の文化や風習をまったく知らないメイには、何を送るのが最適なのか皆目見当もつかなかった。
同じお守りを二つ同時にもらっても、嬉しくはないだろうし。
屋敷に向けて帰宅を始めるころには、日が傾き、空は赤くなっていた。
結局、プレゼントにはチョコレートを買った。少し高めの、たぶんいいやつ。
*****
星歴1922年、11月15日、シェアト王国、王都ノヴァスル。
その日――これは前述の買い出しの日、さらにはネアンの誕生日をも過ぎた後の日であるが――、メイが滞在している屋敷の主にして、ひとつの都市圏を統治する、パテル・リーベルタース伯爵は、王都を訪れていた。
11月のシェアト王国は冬季が始まり、防寒具もなしに外を出歩けば、手足の指が凍りつき壊死してしまうであろうというほどに冷え込んでいた。
王都の絢爛な街並みは一面雪景色。路上や、建造物の屋根に乗った雪は淡く日光を反射して、都全体を夢の世界のようなやわらかい白で覆っていた。
「綺麗だな、冬の王都は」
「この寒さだけはどうにかしてほしいものですがね」
パテルの言葉に、彼の背後の付き人が応える。
丁重に仕立てられた執事服に身を包む紳士、その襟からは毛深い……というか、もはや毛皮に包まれた首が伸び、端正なドーベルマンの顔が乗っている。
パテルに最も信用されている執事の一人、ドヴァレーツである。
「まったくだ。この数週間で一気に冷え込んだな」
「連邦に比べれば、王国の冬なんて暖かいもののようですな。連邦の方々の苦労を思えば、この寒さも堪えられましょう」
パテルもドヴァレーツも、マフラーと手袋、外套を身に着け、口から白い息を吐いている。
「連邦の苦労? はッ、共産主義者の気持ちなんか理解できないね」
パテルはそう言って鼻で笑う。
顔は痩せ細り、よっぽどの苦労人か、そうでなければ病人という印象がある。目の下の隈も一向に治まる気配はなく、目つきは常に怒っているのかと思わせるほど鋭い。だらしなく伸びている白髪は、今はドヴァレーツの手によって、幾分かマシなスタイルに整えられている。
この浮浪者のような男でも、爵位を持っており、身を包む貴族服もかなり上等なものだ。
「よし、それじゃあ、行ってくるわ」
「はい。私は王都でも回ってお待ちしております」
「行きたくねえな、あんなとこ。俺も王都でショッピングしたいよ」
行ってくると言って2歩ほど歩いたパテルだったが、ドヴァレーツの言葉はすべて返事したいとでもいうように、一度立ち止まって、振り返り、弱音にも近い言葉を吐いた。
「そんなこと言わずに。これも立派な貴族のお仕事ですから。『偵察任務』だと思って、頑張ってください」
ドヴァレーツは子をあやす親のように微笑んで言った。
パテルは深いため息をひとつ吐き、さながら月曜日の朝出勤前のサラリーマンのような面持ちで、ふたたび目的地に向けて歩き出した。
ドーベルマンの顔を持つ執事は、男が豆粒ほど小さくなるまでその姿を眺め、満足したように、また車の運転席へと戻った。
パテルは重い足取りで目的地に辿り着く。
立派な建物の立ち並ぶ王都でも、一際立派な、黒色の城。中世以前の伝統的なシルエットを残しつつ、度重なる改築や補強工事によって、ずいぶんと悪役面になってしまった、我らが国王の王宮だ。
無駄に長い階段を昇り、やたら大きな入口をくぐると、その先には警備の男が4名立っていた。が、彼らはパテルの顔を見ると、敬礼をして彼を通す。
パテルはやはり中世の香りの残っている内装を眺めながら廊下を進み、やがて一つの部屋へと到着する。
そこにもやはり警備が立っていた。彼らはパテルの顔を確認すると、黙って部屋の扉を開いた。
扉の向こうは大広間となっていた。
扉からまっすぐ奥まで幅の広い一本道が伸び、その奥はひな壇上になっていて、机と座席が並んでいる。数は決して多くない。あれが王族のための席だ。上質な皮製の椅子に、謎の装飾が施された机、国王の席の机にはシェアト王国旗にある龍の紋章がはめ込まれている。王族の席の背後には2流の大きな国旗がはためいている。
一本道の両サイドには長椅子が、やはりひな壇上に設置されている。これにも皮製のクッションがついているが、王族用のそれほど上質なものではなく、机も用意されていない。
パテルは入り口から見て、左側の階段を昇り、いつも座っているあたりの座席を選んで座った。
すると、直後にもうひとりの男が入室してきて、パテルの隣を陣取るように座り込んだ。
「お久しぶりです、リーベルタース伯爵」
男は、笑顔になってパテルに挨拶をした。
パテルより少し年上か、ふくよかな体型で、白髪を綺麗なオールバックにしている。
「ああ、お久しぶりです、ブルマイスター辺境伯」
パテルは笑顔で応えて、男と握手を交わす。
「毎度毎度、遠いところから大変ですね」
この男――マテウス・ブルマイスターは辺境伯で、西方の地方長官である。つまり、王国の中心である王都からは、西に遠く離れた土地に広大な領土を持っている。
爵位はパテルの持つ伯爵よりも高いので、一応目上の人間であるが、彼とはよく知り合った仲である。
「もう慣れたものですがね。リーベルタース伯爵だって、ここに来るのは楽ではないでしょう? 今日は鉄道を利用したのですか?」
ブルマイスターは笑顔を絶やさず話した。作り笑顔ではない。旧知であるパテルに会えてうれしいのだ。そしてそれは、パテルも同じであった。
「いいえ、すぐそこまで使用人に送ってもらいました。楽なもんですよ。車は偉大な発明だ」
「そうですか。辺境の街からここまでくると、鉄道の偉大さを思い知りますがね。馬しか移動手段を持たなかった時代の人間の生活が想像できませんな」
「辺境伯のお若いころは、まだ技術革新もここまで普及していなかったでしょう?」
「どうでしたかな。学校に通う頃には車も汽車もあったように思います。けれど、国中を回れるような鉄道建設は、されていなかったようにも思いますね」
ブルマイスターはそこまで応えると、一息ついて、額の汗をぬぐった。ここまで走ってきたのだろうか。
シェアト王国を含む半島諸国は、この数十年で急速に近代化を果たした。北西の島国から始まったその技術革命は、それ以前の技術を、根底からすべて過去のものにするほどの衝撃だった。戦争に剣を持っていく者はもういない。銃器が台頭したからだ。
「近頃は夜には街中を無人機が飛んでいますね」
パテルは言う。
「らしいですな。あいにく私のいるような田舎には、そのような技術は導入されておりませぬな」
「そうだったのですか。あれも、手放しに良いものとは言えませんがね。監視されているようで敵わない」
「無人機というのは、どういうことをしているのですか?」
無人機――つまりドローンのことだが、これは都市部限定の採用だったようだ。西方というと、仮想敵国と隣接しているところだ。そんなところに金をかけて大都市を築くわけにもいかない。辺境伯は、立場や能力の割に、退屈で不便な生活を強いられているのかも知れない。
「治安維持のためのパトロールを、兵隊の代わりに。深夜の未成年の補導もしてくれるようです」
「なるほど。そりゃ便利ですな。とはいえ、血が通っていないとなると、なんだか不気味ですな。……それも、魔法が関わってくるのでしょうかね」
「ええ、おそらく、魔法科学というやつでしょうね。ああいう他から浮いた技術は、なんでも魔石が使われているのでしょう」
これが、メイが感じていた技術力のちぐはぐさの正体である。
この世界の技術には『一般的な科学技術』と『魔法科学』というふたつの軸がある。これをメイが知るのはずっと後のことだ。
この世界における『一般的な科学技術』は、メイの居た世界で例えると近代程度の技術力に相当する。産業革命があって、銃や蒸気機関車が発明され、欧州へと近代化が進んでいく。世界の形や様相が違えど、この世界においても、おおかた似た歴史を辿っている。
メイにとってのイレギュラーは『魔法科学』の存在である。
『魔法科学』はその名の通り、魔法という神秘と、科学技術のハイブリッドのことを指す。
『魔法』という技術はそもそも、『魔法使い』と呼ばれる、特殊な一部の者たちにのみ許された才能・特権である。しかし、近代化の波とともに発見された『魔法石』の存在が、その特権を覆した。
魔法使いとは体内に魔力を保有し、また、血液のようにそれを体内で自己生成することが可能で、かつ、それを何らかの形で現実世界に作用できるように加工して放出する力を持っている。
魔法石は、この『魔力』という奇怪な概念を内蔵している特殊な鉱石のことで、魔法石があれば、体内で魔力を自己生成できぬ者であっても、魔力という概念に触れることが可能だ。これで、足りないものは「その魔力を加工し放出する」能力のみとなる。『魔法科学』とは、この部分に科学技術を代入することで、その技術を用いれば、たとえ魔法使いとしての才能に恵まれなくとも、魔法を行使することが可能になる――という代物である。
この魔法科学という技術は、近代概念よりもさらに未知であり、兵器利用は今のところされていないようだ。
魔法科学がたまたま成功した例だけを、製品として量産するために、この世界には携帯液晶端末や、無人ドローンが存在している。今のところ、そんなに便利な代物とは呼べない。
要するに、この世界には通常の科学技術と、魔法と科学のハイブリッドである魔法科学技術という二つの技術が発展している。そのうち後者の魔法科学は、利便性が低く、限定的な使用しかできていない。ということだ。
「伯爵、」
ふと、ブルマイスターがパテルの肩を優しくたたいて話を切り替える。
しかし、その直後に、カンッカンッとハンマーをたたく音が、部屋に響いた。ざわざわと喧騒に満たされていた広間が、一気に静まる。
「これより、『王国会議』を始める――! 初めに、ロワ・シェアト国王からの挨拶を授かる。……静粛に!」
王族の席に最も近いところに座っていた貴族のひとりが、この大きな広間中に響き渡るように宣言・忠告した。
この広間に集まっている者は、警備員などの例外を除いて全員が貴族だ。ここでは一年に四回、国家方針を定める『王国会議』というものが開かれる。そのたびに、パテルやブルマイスターといった貴族は、国家役員として招集されるのだ。
「名家諸君、今日は集まってもらえて欣快に絶えない。辺境区からはるばる来られた方も、その誠実さと勤勉さに深く感謝する。――今、我が王国は混乱の時代を過ごしている。だがこの混乱は、放っておけば解決する問題とは言えない。今回の会議を境に、国が安定し、発展し、民が安心して過ごせる時代が始まることを願っている。諸君には是非、力を貸して頂きたい」
王族の中心に立つ、最も上等な席に座っていた男――国王、ロワ・シェアトが簡単な挨拶をした。
長く伸びた白髪を後頭部に向けてなでつけており、髭の立派な、熟年の男性だ。
挨拶が終わると、会議室は一斉に拍手が起こり、静まった。
静まると、ブルマイスターがまた、パテルのほうへと首を傾けた。
「伯爵、あれを見てください」
と、そう囁く。言われた通りに、パテルはブルマイスターが顎で指したほうを見る。
パテル達とは、一本道を挟んで対局側に座っている、黒髪の若い男。
「……ああ、見ない顔ですね」
肌が白く、短い髪は七三分け、ツーブロックが入っている。シャープな目は赤色で、蛇のような雰囲気の青年だった。
パテルは初めて見る男だった。今回の会議が初参加なのであろう。
「どこの家の者ですか?」
「それが、出自不明だそうです」
ブルマイスターの言葉に、パテルは露骨に目を見開く。
「まさか、ご冗談でしょう? 出自不明ってことは、貴族家の出かも分かっていないということですか? そんな者がこの場にいられるわけがありません」
「ええ、ですから、他の貴族たちからは良く思われていないようです。伯爵は王都に近いところに住んでいるでしょう? 噂を聞いたことはないんですか?」
「聞いたことありませんね。顔も初めて見ました」
噂を聞いたことがない、ということすら信じられない。
ここには貴族と王族しかいないはずだ。貴族家という確証のない者が、この場にいられるわけはない。ここにいる若い人間は、たいていが家を継ぐ予定の、どこかの貴族家の長男である。家を継ぐにあたって、事前に仕事を教わるためについてきているか、もしくはすでに継承済みかの二択だ。
「あくまで噂ですが、王族の誰かの隠し子ではないかと言われています」
ブルマイスターは囁く。
「でしたら、こんな公の場所には連れてこれないでしょう」
「それどころか、次期軍務大臣になると言われています」
「軍務大臣? そんな重要な役職を……。いったい、誰なんでしょう?」
「はて、見当もつきません。すべて、あくまで噂ですがね」
黒髪に赤目の男。彼がこのあと、世界を揺るがす事態を招く張本人だということを、このときのパテルは想像もできなかった。




