第10話『危険な散歩道』
オスカーとはぐれ、車のタイヤを破損させられ、夜の街に投げ出されたメイとエルだったが、なんだかんだあって、使用人のひとりであるネアンと合流することに成功した。
ネアンは本当にひとりで街を歩いていた。
手には何も持っていない。
「こんな時間まで何してたの?」
メイは彼女に問うた。
「散歩です」
ネアンは淡々と述べる。
肩の上で切りそろえられた綺麗な白髪が、闇夜に輝いた。
「とりあえず帰ろうか」
そこにエルが介入して、3人は夜道を歩きだした。
まだパテル邸までは少し遠かった。
「ネアン、散歩好きなの?」
メイは隣に並んで歩くネアンに問う。
エルとメイで、ネアンを挟むようにして歩いていた。
「いいえ、好きとかではないです」
「そうなんだ……? よくするの?」
メイはもっとたくさんネアンと会話をしたいような気がした。
それがなぜかは分からないけれど、メイはネアンと会話を積み、彼女のことを理解したいと感じていた。
「はい。仕事がないときは大抵外に出て散歩しています」
それは、散歩が好きということではないのだろうか。
「ふーん……」
「どっちにしろ、暗くなる前には帰っておいでよ」
エルがネアンに向けてそう言った。
無論、メイもその意見には賛同した。心の中で。
「以後、気を付けます」
――あれ?
メイの印象では、ネアンはマニュアル的で真面目すぎるくらいの女の子、といった感じだった。
しかし、目の前の彼女は、なんだか人間臭さというか、年頃の女の子の雰囲気があった。
当然かもしれないが。
少し抜けているところがあるのだろう、と思った。
メイの印象の通り、真面目な女の子ならば、こんな時間までひとりで町をほっつき歩いたりはしないだろう。
散歩が楽しくていつの間にかこの時間になってしまっていたのだろうか。やはり少し抜けているただの女の子のような気がした。それは彼女の人間らしさでもあったかもしれない。
とはいえ、初対面の時に感じた『機械っぽさ』は、未だに覆されず、ぎこちなさは抜けなかった。
その奥に人間らしさを確認しつつも、やはり表に貼られた生真面目そうな雰囲気は、『機械っぽさ』という仮面となって彼女の本心を隠している。
メイが彼女と話したいと感じるのは、そういった仮面の向こうにある本心を少しでも理解することで、安心したいからかもしれない。
「ネアンは、この街、好き?」
メイは隣を並んで歩くネアンの顔を覗き込むようにしながら問う。ネアンはメイよりも身長が低い。
「別に、どちらでもないです」
――この子、会話が広げづらいなあ。
メイは思わず不満を覚える。
――可愛いから許す。
そして不満は消えた。
「それじゃあ、どうしてしょっちゅう散歩するの?」
「そんなに気になりますか? 私の散歩の話」
「え」
ネアンの無感情な目がメイを刺す。あまりにも機械的なその表情には、嫌味や不満、悪意が一切感じられず、単純な疑問を呈していると分かる。
彼女の冷たい鈴のような声は、壁を築くような業務的な口調も相まって、突き放すような印象を与えられるが、彼女にはおそらくそのような意図はないのだろう。
しかし、無緩急、無感情、そして無表情だ。何を考えているかが分からないので、対面しているメイにしてみれば話しているだけで不安になる。
「気になりますか、私の話」
「う、うん。まあ」
それまで『無』しか写さなかったネアンの目に、微かに感情が宿る。『疑問』……、いや、『困惑』だろうか。
「……そうですか、初めて言われました」
「思うに、私たちもっと会話をするべきだね」
「……? それはどうしてですか?」
今度は明確な疑問を、しかし完全な無表情で投げかけるネアン。
「私がネアンのこと知りたいからだよ」
*****
実際に見たことはない100年も前の欧州に似た世界に、実際に見たことはない100年後を描いたような技術が差し込まれた街。
陽が落ち闇に包まれた夜道を、人工的な灯りが照らしている。しかし、その灯りは天然のそれとは異なり、メイたちを護ってくれるものではなかった。
メイ、エル、ネアンの三人は、南無三、ゴロツキに絡まれていた。
路地裏から幽霊のように姿を現した暴漢三人。
一人がメイらの前に立ちはだかり、もう二人はメイらが歩んできたほうからじりじりと詰め寄っている。
先ほどまでエルと話していた治安向上の話は何だったのか。
治安の悪さの集大成が目の前に三人もいた。
ゴロツキ三人はニタニタと悪い笑みを浮かべて、メイらに圧をかける。
「……落ち着いてください、お金なら今持ってません」
エルは、メイとネアンを庇うようなポジションをとり、暴漢に告げる。
細くて長くて頼りない彼も、身近な人間を護ろうという意識はあるようだ。――さすがに失礼か。
「あん? 金じゃねンだな、これが」
と暴漢の一人が言う。20歳は超えていると見受けられる。こんな年齢までこの生き方をしてしまっているあたりでお察しだが、脳味噌まで筋肉が詰まっているのだろうという外見をしていた。
「この国のやつらに金がないのは分かってンだよ」
ともう一人が付け加えた。こいつは毛根まで筋肉にリソースを割いているらしい。
買い物帰りの一般人にカツアゲする価値がないと思われるほど、この国は貧乏人であふれているのだろうか。
「……? だったら一体何が……」
エルは困惑を口にする。ゴロツキが、夜道で、適当な人間に絡んで、金が目的じゃない……。
エルの困惑をよそにして、ゴロツキのひとり、毛根まで筋肉を詰めた男が目をぎらりと煌めかせる。
「お命頂戴」
男はその言葉とともに、手の中ある『何か』を展開した。それは暗い夜道でキラリと輝く。刃渡りは6~7センチほどだろうか。刃物である。
簡単に刃物と言えばなんてことないが、それは人を殺めることができる代物であり、そして現在、確実な殺意を乗せて自分に向けられている。
――殺される。
それが現実のものとして突き付けられた。この世界に来てから生命を脅かされてばかりだ。
男が腰にナイフを構え、ぐっと溜める。エルは女子ふたりを庇いながら数歩後ずさる。
と、
「あがッ!」
ナイフを構えたスキンヘッドの男、そのさらに奥でうめき声がした。
スキンヘッドの暴漢が後ろを振り返る。相方の姿がない。
彼は慌てて体をひねり、ナイフを背後に構えなおそうとする。が、その反応は『彼』には遅すぎて、
「ぁ」
男は闇に包まれた黒い影に右手をがっちりとホールドされてしまい、ひねられ、いとも簡単にナイフを手放してしまう。
ナイフは光を反射しながら、レンガで舗装された歩道に跳ねる。
「クソがッ」
スキンヘッド男は素早い判断でナイフを諦め、制された右手を取り戻すことに意識をシフトする。男は手を中心にして機動。下半身に先導させることで、腰をひねり、右腕に力が入りやすいように姿勢を取った。
背後からの襲撃者は、スキンヘッド男にフィジカルで劣り、まんまと右腕を手放してしまった。慌てて距離を取ろうとする襲撃者を、スキンヘッド男は逃さない。
闇の中で胸倉を掴まれた襲撃者が、メイら三人の眼前へと引っ張り出された。
「オスカー!?」
メイは思わずその名を呼んでしまってから、慌てて己の口をふさぐ。
現れたのは、暴漢ほど筋骨隆々ではなくとも、鍛え抜かれた肉体を持つ、黒髪の青年だった。
「いったいどこに……」
手で覆いながらもごもごと口にするメイ。
「エル、ふたりを連れて早く逃げろ……!」
オスカーは腰を低く、戦闘態勢を取り直しながら叫んだ。彼は珍しく、というか、見慣れない様子で、焦っているようだった。
エルがメイの手を掴み、メイはネアンと手をつなぐ。
エルが振り返り、逃走を図ろうとするが、
「そうはいかねぇな」
暴漢はまだ一人いる。
「いったいなぜ、僕らを襲うんですか?」
エルが暴漢に問う。――が、答えは得られない。
暴漢は三人の前に立ちはだかり、不気味な笑みを浮かべるだけだ。
オスカーも含め、完全に囲まれてしまった。
「…………」
メイとエル、ネアンの前に立ちはだかる暴漢がポケットから携帯端末を取り出した。
エルと同じ、液晶タッチパネルのものだ。この世界ではこれが主流であることは、すぐに分かることだった。
「…………」
暴漢は誰かに電話をかけて、端末を耳に当て、少し待つ。しかし、その行動に対する応答はないようである。
「おいラルス、どうした?」
オスカーと対峙するスキンヘッド男が、四人の頭越しに相方に問うた。
「ヘンリックが電話に出ない……」
ラルスと呼ばれた男は焦っている様子だった。察するに、ヘンリックというのは仲間の一人だろう。先にオスカーに倒された男だけでなく、その他にも仲間がいたらしい。
「なに?」
スキンヘッド男も困惑を表情に出す。
メイにしても、ヘンリックという男には覚えがない。
「顔にタトゥーの入った男のことか」
オスカーが問うた、というか、呟いた。それに反応して、スキンヘッド男が明らかに動揺する。
「てめぇ、何しやがっ……あッ」
動揺し、事象への反応が遅れる――その瞬間を、オスカーは見逃さない。
姿勢を低く保ち、スキンヘッド男の懐にもぐりこんだ。オスカーはスキンヘッド男の腰に向けてタックルをする。カブトムシの相撲のような要領で、腰を浮かせたスキンヘッド男が地面を取り逃がし、その巨体を丸ごとオスカーに背負われてしまう。
オスカーの背のほうへと投げられたスキンヘッド男は、無様に宙に浮く。その重たい身体が地面に激突するよりも前に、オスカーはその並外れた動体視力により、相手の軌道を完全に先読みし、相手の腕を掴んだ。
再び右腕を制されるスキンヘッド男。
「げぁッ」
スキンヘッド男の、鍛え抜かれた重たい肉体が地面へと激突し、地が揺れる。
彼が暴れる前にと、オスカーはすでに右腕を両手で掴んでいた。
そのまま手をひねり、スキンヘッド男が力を入れづらい体勢を取らせる。
「ぁああッ! いッ」
ほんの一瞬でスキンヘッド男がオスカーによって無力化された。その瞬間――、
「ぎゃああぁッ!?」
メイたちの前に立っていた、先にラルスと呼ばれていた男が絶叫した。
エルがその胸から出した『杖』によって、ラルスの目の前で閃光を発生させたのだ。その閃光は、懐中電灯のように、前方にのみ発生し、メイとネアンには被害がない。
エルは咄嗟に作った、その逃走の機会を逃すまいと、メイの手を掴んで走り出した。
メイはネアンの手を掴み、列車のような形になった三人は一目散に現場から逃げる。
「わ、わわわわ!」
エルはその長い脚をフルに活用して夜に駆ける。メイはそれについていくのに必死で、前のめりになって転びそうだった。
「わぶ!」
「…………」
突如、メイの視界が塞がれた。
急停止したエルにメイが激突、そのメイにネアンが激突したのだ。
エルが振り返る。少し遠くに、二人の暴漢とたった一人で応戦するオスカーが見える。
「オスカー! ……殺さないでよ!」
エルはオスカーにそう忠告した。オスカーとて、いくら危険な輩であろうと、一般人であるゴロツキを殺すことはないだろう、とメイは思った。
エルはまたメイを引いて走り出す。三人はオスカーたちが見えないほど遠くまで逃走することに成功した。
――オスカーを助けなくていいの? などと呈するほど、メイは愚かではなかった。今現在、自分たちに必要なのは無事にリーベルタース邸まで帰還し、パテルに状況を伝えることだ。自分たちだけでのこのこ戻っても、やれることなんてなかった。
しかし。
しかし、この歯がゆさ、無力感は、そういった事実とはまた別の話である。
*****
リーベルタース邸まで辿り着いた三人。
いつかのように、門から城までの長い長い一本道を歩いていた。
その時、蒼井メイは不気味なものを見た。
一本道を囲む木々。
そのなかに、不自然な輝きがある。
金糸雀色の、ふたつの輝き。
それは、生物の両目であるとすぐに分かった。
両目が三人に気付き、こちらを向く。しかし、こちらを向いた金糸雀色の目線に気付いているのは、メイひとりのようだった。
闇夜に爛々と輝く両目。メイはそれを初め、猫のものだと思った。猫の目が闇の中で輝くという知識を持っていたからだ。
しかし、それが誤った推察であるということはすぐに分かった。
『それ』は猫にしてはあまりに大きく、明確な攻撃性をはらんでいたのだ。
――人……?
メイは不安になり、その不安を解消するためにも、その正体について考察したが、結局分からないままリーベルタース城に到達した。
背景描写?がぐらぐらで申し訳ないです。
基本的には最新の描写通り、今から100年前の欧州的な街並みに、レトロフューチャーなガジェットやらインフラが差し込まれてるイメージです。




