とある最強村人一家は今日も愉快に生き残る
未来編。前半は幸せが増える話。
後半は平穏が崩れても変わらないだろう一家の話。
とりあえずこれで番外編シリーズは最終話となります。
眩しい日差しが窓から差し込んでくる、とある日の朝。
ローゼス家には一種の独特な緊張感が漂っていた。
ディアがいる寝室には先ほどからブリジットをはじめ村の女性たちがせわしなく出入りを繰り返し、為す術もなく居間でそわそわしていた男たちは「こんなところにいても邪魔だよ!」と別の部屋に追いやられ、あまつさえそのまま閉じ込められて今に至る。
窓はあるので脱出は可能だが、脱出したところで役立たずである事実に変わりはなく、寝室にいるディアの苦しみを代わってあげることもできない。そのためフランは閉じ込められるがままになっているわけだが、我慢できなかったらしいリオが、居ても立ってもいられずついに叫んだ。
「ディア! 代わってあげられるものなら、今すぐにでも代わってあげげげげ」
「本当に心底うるさいなお前は……」
黙々と子育て本を読んでいたフランがうんざりと顔を上げる。その脇でひたすら挙動不審に陥っていたリオがきっと義弟を睨みつけた。
「君こそなんでそんなに落ち着いているんだい!? それがこれから父親になろうと言う奴の態度!?」
「落ち着いてはいないがな。結局昨日は一睡もできなかった」
よく見ればフランの目の下にはくっきりとクマができている。それを見たリオは「なんかごめん」と謝った。
昨晩遅くに始まったディアの陣痛。産婆とブリジットを叩き起こし、必要なものを全部揃えたあとは寝室から追い出されたフランである。閉ざされた扉を呆然と見つめ、出産時の男の無力さに苛まれながらも居間で孤独に待機する。
そのままソファーで仮眠を取ることもできたが、そんな気など到底起きやしない午前三時。仕方なく濃いめのコーヒーを淹れて飲んでいたら、「ディアが大変なことになっている気がしたんだけど大丈夫!?」と呼んでもいないのにシスコンが突撃してきたためフランはますます半眼になった。妹関連の時にのみ発揮されるその第六感は本当に一体なんなんだ。
「ううっ……ディア……! なんの力にもなれない罪深き兄を許してくれ……! はあ、それにしても男の子かな、女の子かな。どっちだとしても超絶可愛いに決まってる。なんといってもディアの子だもんね。名前はどうしよう。とびっきりの……はっ、でもあんまり目立ちすぎないほうがいいのか。ううーん、じつに悩まし」
「おいニール、今すぐこいつを窓から放り出してくれ。うるさくて敵わん」
放っておけば延々と妹語りを続けそうなシスコンに心底辟易として、じつは部屋の隅っこに控えていたニールに呼びかける。が、ニールは苦笑して首を横に振った。
「申し訳ありません。自分ではリオ様に敵いませんので」
それもそうだ。フランは神妙な顔で「そうか……」と頷いた。確かに無駄に強いこのシスコンと戦うのは面倒臭すぎる。フランだってできればリオと戦いたくないのだ。
ちなみになぜニールがここにいるのかというと、彼はディアの出産を聞きつけて食事の差し入れに来てくれたのだ。だが、それがちょうどブリジットによる「邪魔だよ!」の時だったばかりに、完全なるとばっちりで一緒にこの部屋へと放り込まれてしまったのである。
彼らが三者三様の表情を浮かべていた、そのとき。
寝室から大きな産声が響き渡った。
リオが弾かれるように立ち上がり、フランが即座に封鎖されていた扉をぶち破り、宙を飛んだ子育て本をニールがはっしとキャッチする。そのまま寝室に突入しようとしたら「まだだよ!」とブリジットに怒鳴られた。それからじりじりと待ちぼうけし、やっと許可が降りると逆に緊張してなかなか寝室に踏み込めない、この複雑な男心よ。
そうして、十月十日を経てようやく対面した我が子は、本当に小さくて、小さくて。そしてとてもあたたかくて。
「女の子ですよ、フラン様」
超頑張ったディアがドヤ顔をする。心なしか誇らしげだ。
「ああ。よく頑張ったな、ディア。少し眠るといい」
「その前になにか食べたいです。あんなに酷かった悪阻が、産んだ瞬間に綺麗さっぱりなくなりまして」
人によって症状も程度も異なるという悪阻。ディアはかなり重い症状に悩まされており、安定期に入ったあとも最後の最後まで酷い目に遭っていた。ほとんどなにも食べられず、七色果実をかじりながら気絶していることも多かった。
しかし食欲を取り戻したというのなら朗報である。フランはすぐさまニールが持ってきてくれたサンドイッチを手渡した。
「どうだ? 食べられるか?」
「……これまでの人生で一番美味しいサンドイッチですね。もう一個ください」
完全に妊娠前の調子を取り戻したディアは貪るようにサンドイッチ食べ尽くしたあと、バタンと倒れて寝息を立て始めた。本能のままに生きているこの感じ、野生でも十分生きていけると言われたディアの完全復活である。
爆睡している彼女の頬を撫でてから振り返ると、ずっと黙って様子を見守っていたリオとニールが改めて祝福してくれた。
「おめでとうございます、フラン様」
「おめでとう。まさか君が親になるだなんてね。十年前なら鼻で笑って信じなかったところだよ」
笑顔で祝福してくれるニールと、珍獣でも見るような目を向けてくるリオ。まったくもって失礼だが、こればかりはフランですら同意せざるを得なかった。
「……確かにな。俺も俺の血を引く子供が生まれるなんて、考えたことすらなかった」
「実際に親になってみて、どう?」
問われて、フランは改めて我が子を見下ろした。ディアのすぐそばで眠っている、小さな小さな赤子を。
親になった実感は、たぶんディアよりもずっと薄い。これから徐々に実感していくのだろうが、今はまだまだ程遠い。でも。
「……よく分からん。でも、自分でも驚くほど幸せだな」
幸せだと、素直にそう思えたのだった。まさか冷酷非情と恐れられていたこの自分が、ディア以外の存在にもそう思える日が来るなんて。それこそ天変地異にも等しい衝撃だった。
「俺の子だという以上に、ディアの血を引く子供だからかもしれないがな」
「いいんじゃないかな。今はそれで」
リオが笑い、ニールが頷く。そう、きっとそれでいい。
愛するディアが命懸けで産んだ、彼女の血を受け継ぐ子供。父親としての自覚がどうのとか言う以前に、目の前に広がるこの光景を見て素直に幸せだと思えること。それがどれだけ大事なことなのか。
「だってさ、ディアの子だよ? 愛おしくないわけがないじゃないか」
「……お前が言うとなぜか犯罪臭がするな。とりあえず俺の家族に近寄るな」
「なんでさ! 言っておくけど僕も君の家族なんだけどね!?」
そうだった。フランはしょっぱい顔をする。ディアと結婚した時点でこのシスコンは義兄になったのだった。むしろこっちの事実のほうがよほど受け入れ難い現実である。
「でさ、この子の名前なんだけど、やっぱり世界にたった一人のお姫様にふさわしい名前がいいよね。例えば『リディア』とか『ディアラ』とか『ディディア』とか」
「ディアから離れろこのシスコン。ニール、今すぐこいつを家から引きずり出せ。俺も手伝う」
「あんたたち、うるさいよ! いいからディアと子供を寝かせてやんな!」
真っ当なるブリジットの怒声に男たちはビクッとし、それから全員すごすごと寝室をあとにしたのだった。
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――それから早数年。
娘が生まれた三年後には息子にも恵まれ、一家は平々凡々な村人生活を謳歌していた。
しかし、そうは問屋が卸さない悲しきローゼス家である。日頃の行いがよほど悪いのか、一家の平穏な日々は長続きしなかった。
その日、フランが二通の手紙を携えて帰宅してきた。いつになく難しい表情を浮かべている夫に、もうすぐ六歳になる息子を抱っこしていたディアが首を傾げる。
「手紙ですか? どこから……うげ、皇室の印璽じゃないですか」
思わず顔をしかめた。なんでこんなものが片田舎の村人に……などとは思わない。さすがにそこまでボケてはいない。
今でこそ何の肩書きも持たない一般人だが、素性を言えといわれたら、「亡国の皇子と公爵令嬢です」と答えるしかないのが辛いところだ。そしてそんな身分である以上、皇室と一切の関わりがありませんとは口が裂けても言えるはずがなかった。ぶっちゃけ皇帝陛下とは因縁の関係である。
「俺たち宛てだが、届いたのはサラサエル邸だ。わざわざ村長を経由するあたり悪意しか感じないな。で、こっちがお前のだ」
「嫌な予感しかしませんねえ……」
しかし開けないことには相手の意図が分からない。ディアが抱えていた息子を下ろすと、空気を読んだらしき娘が素早く弟を子供部屋へと連行して行った。じつに賢く面倒見のいい長女である。
意を決して二人はそれぞれ手紙を開封した。書いてある内容に目を通し、ディアは思わず息を呑む。
そこにしたためられていたのは、あまりにも懐かしく、それでいて苦い思い出が蘇る言葉だった。ディアが険しい顔で呟いた。
「召集令状……」
かつて、これが届くたびに戦場へと赴いたものだ。
一人で行くこともあれば、家族の誰かと行くこともあった。公爵家騎士団が一緒だったこともある。そして皇子殿下のくせにやたら出陣回数の多いフランと背中合わせで戦って。
何度も何度もしぶとく生還してきた、そんな過去が呼び覚まされる。フランが忌々しげに舌打ちをした。
「見逃してやっている代わりに、大帝国のために戦えってところか」
「しかも出陣先がジオダード砂漠って……あれですかね、砂丘大蛇に食われて来いってことですかね」
どうやらウィズクロークの次なる標的は砂漠の民らしい。概ね彼らが持つ高度な宝石精製技術が欲しいのだろう。まあ、理由なんてどうでもよろしい。ディアは指先でつまんだ召集令状をひらりと振った。
「これ、無視したら軍務違反とかになると思います?」
「軍に所属していないんだから責められる謂れはないと思うぞ。しいて言うならクライザーからの心証が悪くなるくらいか」
「すこぶるどうでもいいですねえ」
面倒臭そうに召集令状をひらひらさせつつ、「でも」とディアが続ける。
「私たちの行動のせいで子供たちになにかあったら、悔やみきれませんよね」
要はそういうことである。昔ならば自分の行動の責任は自分で取ればそれで済んだ。なにがあっても自業自得。たとえ死んでも自分のせい。
だが今は違う。自分の行動の結果が、子供たちに影響を及ぼすかもしれないのだ。大帝国に逆らうなら、子供たちにも危険が及ぶことは目に見えている。もう自分たちだけの問題ではない。自分の身だけを守ればいい時代は終わったのだ。フランが腕を組んだ。
「仮に俺たちが命令通り出陣したとして、子供たちはどうする? リオやニールたちがそばにいるこの村に残していくのが一番安全だろうが、明らかに居場所がバレているのに留まり続けるというのもな……」
「かといって、他に行く当てもありませんし……ん?」
ふとディアの脳裏に、隣国出身の友人の顔が浮かんだ。サラサエル博士のところに押しかけ女房し続けて、凄まじい紆余曲折の末に本当に妻の座を手に入れてしまった、学者気質のお嬢様の顔だ。
「……確かチェザリアンの王立学院って、寮もありましたよね?」
「あるな。……そうか、その手はアリかもしれないな」
自宅から通うか、寮に入るかを、各自が選択できるようになっている王立学院。貴族の子女でも寮生活を選ぶ者が一定数いるため、警備体制は王宮並みに厳重らしい。しかも男子寮と女子寮だけではなく、希望すれば家族寮で兄弟姉妹が一緒に生活することも可能だ。そして初等科の入学年齢は六歳。条件は満たしている。
ただし、子供たちが嫌がるならばこの案は却下だ。いくら安全面を重視しところで、子供たちを悲しませてまで強行すべき理由などない。
「どちらにしても、使えるツテは全部使う。もしチェザリアンに留学することになったら、ダンハウザー侯爵家とレーベルト伯爵家にダメ元で声をかけてみるか」
「そうですね。それでもしここに留まることになったら、いざという時は森に逃げ込むよう教えておきましょう。ウィズクロークの人間は未だに迷いの森を忌避していますし。深部の近くに安全な基地でも用意しておきましょうか」
子供たちがどちらを選ぶかは分からないが、いずれにせよまだ時間はある。召集令状に書かれていた日付に間違いがなければ、出陣するのは一ヶ月後だ。まだできることは残されている。
ちなみに自分たちが不在の間はリオに子供たちの保護者代わりを務めてもらうつもりだ。もしも子供たちがチェザリアンに行くことになったら、一緒に学院に潜り込んでもらうのがいいだろう。いや、それとも有事の際の第二の拠点としてガイアノーゼルにいてもらうべきだろうか。悩みどころだ。
あーでもないこーでもないと話し込んでいると、子供部屋の扉が開いて、息子がてててと走り出てきた。そのあとを追うように娘も出てくる。
「とうさま、かあさま、おなかがすいた」
「ごめんなさい、アルがもう我慢できないって言うから……」
どうやら両親の話が終わるまで弟を引き留めておくつもりだったらしい。娘が申し訳なさそうに目を伏せるが、夕食の時間が迫ってきていることは確かだ。
「大丈夫、もうお話は終わったから」
「悪かったな、二人とも。すぐに用意するからもう少しだけ待っててくれ」
足早にキッチンに向かうフランのあとを、息子のアレクシスが追っていった。どうやらお手伝いをしたいようだ。我が子ながら素晴らしい精神である。
「母様、本当にお話終わってた?」
娘のスフィリアがこちらを見上げてくる。明晰すぎる頭脳を持つ父親と伯父がいるせいで、姉弟のどちらも年齢にそぐわぬほど賢い。特に娘はもろにその血を受け継いでいるようだった。ディアは苦笑する。
「大体は終わっていたから、本当に気にしなくて大丈夫。でもあとでリアとアルに相談したいことがあるの。ご飯を食べたら私たちの話を聞いてくれる?」
「はい、母様」
最強の母と最凶の父と最恐の伯父を持つこの幼い姉弟は、じき自分たちが亡国の皇族の血を引いているのだと知ることになるだろう。普通に暮らしていくのが難しいということも、両親に召集令状が来たということも。
それでも、ディアとフランの血を引く時点ですでに只者ではない姉弟が、必要以上に動揺することなどなかった。むしろ成長していくにつれて、姉弟はますます強く、賢く、そして人間離れしていくことになる。
「かあさま、ねえさま! ごはんできたー!」
「待たせたな。食べるか」
「ありがとうございます、フラン様。アルも父様のお手伝いをしてくれてありがとう」
「わぁい、今日もすごく美味しそう!」
平穏な日々はもうすぐ終わる。それなのに、ディアは不思議なほど悲観してはいなかった。それはきっと、フランも同じで。
これから先なにがあっても、とある最強村人一家は、今日も明日も明後日も、愉快に生き残っていくのである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。これにて番外編シリーズは終了です。
本編が完結した時点で消えるはずだった未公開設定の多くが、このシリーズによって日の目を見たのではないかと思います。
このあともう一話だけアップしますが、そちらは物語ではなく登場人物の紹介になります。作中では登場しなかった設定もちらほら出てくると思うので、お気に入りのキャラクターのところだけでもチェックしてくだされば嬉しいです。
というか、皆様のお気に入りのキャラって誰なのでしょう……。どのキャラが人気なのか、まったく想像がつきませんね……。




