第8話
一週間後、編集部長のサンダーさんから連絡があり、アーシャとナダールと共に出版社を訪れた。
「こちらでお待ちください」
受付の人に前回と同じ会議室へと通され、待つこと数分。
タミエラさん、サンダーさん、スーイさんが笑顔で入ってきた。
「お待たせしました」
「本日も御足労いただき申し訳ないですのう」
「私たちがお城に行くのは難しいので……」
この時点で確信した。
三人の顔は笑顔なだけじゃない。希望ややる気がみなぎっている……元の世界で連載が取れたことを報告する時の編集者の顔と同じだ。
「では、早速ですがお預かりした作品についてのお話をさせて頂きます」
「はい」
社長のタミエラさんの言葉とともに、サンダーさんが右端に木のクリップがはまった紙の束を私たちの方に向けた。
表紙に書いてある文字はこの世界の言葉らしいけど、私には元の世界の意味で頭に入ってくる
……『漫画作品の発行に関する企画書』。
「単刀直入に申し上げますと、再来月の弊社の新刊発行日にこちらの漫画を本として売り出したいと考えています」
「はい! ありがとうございます!」
思わず大きな声が出てしまう。
「よかったですね! ミヤコ様!」
アーシャもまるで自分のことのように喜んでくれた。
良かった。これで元の世界に戻る第一歩が踏み出せる!
それに、どこの世界に居たって自分の作品が本になるのは嬉しいにきまっている!
「まずは、忘れないうちに事務的な話をしておきますね。こちらの作品を私ども王国集中出版社が発行する権利を年間契約金貨一〇〇枚で買わせて頂きます。これは専属料も含みます。また、発行部数と本の価格は私たちが決めますが、一冊発行につき一冊の価格の五分の一を作者であるミヤコ・ヤダ様にお支払いします。お支払いのタイミングは……」
おぉ……!
渡された書類のうち、四枚にわたって書かれている権利や報酬の話、めちゃくちゃちゃんとしている!
元の世界の大手出版社並に色々な項目が書かれているし、権利関係も明確。内容も納得できる。
お金の価値がイマイチ解っていないから、金額が妥当かは解らないけど、なんとなく元の世界よりは好待遇のような……?
「初版として一〇〇万部発行し、様子をみて増産、更に国外にも売り込む予定です」
「えっと……」
仕組みに文句はない。でも、発行部数や金額ってこれでいい……? 元の世界では初版一〇〇万部なんて看板作家でも刷ってもらえない大きな数字だし、この会社の人たちは信用できそうな気もするけど……金額はともかく部数はこの世界に多く広まるような数がいい。
口ごもりながらナダールの方を向くと、いつもならこそっと情報を教えてくれるナダールが呆然としている。
「……ひゃく、まん……一昨年の文学大賞を取った『魔法による奇跡、そして』の累計発行部数の二倍を初動で……?」
よくわからないけど、部数は多いみたいだ。
「ナダール、えっと……これ、いいんだよね?」
「ミ、ミヤコ様! 契約金も、部数も、想像の倍近いです! 破格の好待遇です! これで契約されて大丈夫です!」
全然こそっとではなく、興奮した口調で語るナダールの様子に驚けばいいのか安心すればいいのか……まぁ、好待遇で契約ができるなら嬉しい。
「ナダールがそう言うなら……よろしくお願いします」
私が頷くと、出版社の三人も笑顔で頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。では次回、正式な契約を結ぶために法務部に同席してもらって書類にサインをして頂くことになります。その時に装丁のお話もしましょうか。装丁担当のデザイナーも同席して決めましょう!」
「はい、わかりました」
法務にデザイナー。
そういう職の人もいて、お願いできるなんて安心感しかない。
「それと、今日の内に話しておきたいのは……スーイさん、いいかしら?」
「はい! 私がヤダ様の担当編集者となりますので、今後の細かいやり取りは私が窓口になってさせて頂きます。改めて、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
元の世界だと担当編集によって仕事のしやすさが変わるからかなり重要だ。
スーイさんは良い人そうだけど…………小さくて頼りがいが………いや、これは偏見だよね。
ダメダメ。
「早速で申し訳ないのですが、三ヶ所だけ修正をお願いしたいんです」
社長さんから引き継いだスーイさんが、小さな体でテーブルに置かれた複製原稿を捲る。
「はい、程度によっては時間がかかりますが……」
一からキャラデザを修正とか言われると泣くけど、修正もボツも元の世界で沢山経験している。大丈夫。
アナログ原稿での修正は面倒ではあるけど、アーシャが用意してくれたインクはセットのスポンジでなら消すことができるものだったから、まぁ……なんとかなるはず。
「時間はあまりかからないと思います。基本的にこちらの作品はとても面白いですし、少しわかりにくい部分や私たちの感覚と違う部分もありますが、それはそれで異世界の文化に触れる体験ということで修正せずに行こうということになりました! ただ、台詞の言い回しで、この国では差別的な意味に取られてしまう表現や違う意味に取られそうな言葉がありまして……まずは主人公の台詞、『ケーキに目が無い』を変更してもらいたいです。ヒューマンの間では大丈夫ですが、ドワーフの間では差別用語にあたりますので」
なるほど。こういう修正にはもちろん異論なんてないし、指摘してもらえてありがたい。
慣用句ってどういう風に言語変換魔法で翻訳されているのか気にはなっていたけど、直訳されているのか……。
会話の中でも自然と差別用語を使っていたら怖いな。慣用句はなるべく控えよう。
「解りました。『ケーキに目が無い』は『ケーキが大好物』でいいですか?」
「はい、それでお願いします。あとは……ここ、『親指』というのは指の名前ですよね? この国では指に名前がついていないんです。種族によって指の数も違いますし……異世界は指に名前がついているなんて面白い! とも思うのですが、差別的に感じる読者もいそうなので念のため修正をお願いしたいです」
「……あ!」
目の前のエルフやドワーフ、妖精という種族の指は五本だけど、街を歩いていた獣人は……ちゃんと見なかったけど、動物の指の数がまちまちなんだから違うかもしれない。
「ちなみに、この国では名前はついていませんが、太い指から一本目、二本目、三本目……と数えます」
「じゃあ、一本目……いや、ここは特にどの指と言わず『その指』という言い方でどうですか?」
話の根本にかかわるような修正じゃなくて良かったけど、私に自然にかかっている言語変換魔法はこの辺り直訳なのかな……?
この世界の人に「印刷」って言っても通じない時があったのに、「出版社」という表現は通じるのも不思議なんだよね……印刷の版の概念が無いと出版って言わないし。
勝手に置き換わっていると思ったけど、結構あやふや?
だったら尚更、出版社の人がこうやってしっかりチェックをしてくれるのは助かる。
「大丈夫です。では、念のため今お話ししたように修正して頂いて、次回原稿をお預かりした後にこちらで文字印を入れさせていただきます」
文字印……写植のことだよね? この世界の絵本や小説は形の整った文字が並んでいたし。
「鉛筆の文字を消して、形の整った文字スタンプみたいなものを押すということですよね?」
「はい、そうです! 一度押した文字印でも後で消せるので、原稿をお返しする際には消してお返しすることもできます」
「なるほど……」
そういえば、私の書く文字も言語変換魔法のお陰で勝手にこの世界の文字になっているだよね……おしゃべりの方もだけど。某ネコ型ロボットの未来の道具よりもすごいかも。元の世界に戻ってもこの魔法が消えないでくれたら、海外旅行とか楽なのにな。英語とかは無理かな……。
「あの、最後は台詞ではないのですが……」
脱線したことを考え始めている間に、スーイさんが複製原稿を更に捲って一つのコマを指差した。
「ここで上着を着ていないのは作画ミス……ですよね?」
「あ! 本当だ!」
前のページで上着を着た主人公が、次のページでは着ていない。
さっきまでの言い回しの配慮と違って、私もアーシャもナダールも気づける部分なのに気づいていなかった!
きちんと読み込んでくれているなぁ……一気に信頼度が上がる。
「うっかりしていました。ありがとうございます! ここも修正します」
「よろしくお願い致します。その三ヶ所を修正して頂いて、次回の契約の時に原稿を預かり、製造に入らせて頂きますね。あ、一番前に『この本の読み方』や『救世主様の暮らす異世界が舞台』という注釈を入れる予定ですがよろしいですか? デザインはまだですが、内容はだいたいこんな感じです」
スーイさんが捲った複製原稿を元に戻し、書類の方を捲ると、漫画の読む順番や吹き出しの説明が簡単に図解されたラフと、異世界ということを念頭に置いて楽しみましょうというような注意書きが書かれていた。
「これ、いいですね! ありがとうございます!」
「読む人に面白さがちゃんと伝わって欲しいですからね」
これなら初見の人でも読み易い!
スーイさん、着せ替え人形くらいの小さな体なのに頼もしいな。
元の世界の歴代担当編集も仕事ができる人が多くて担当運がいいと周りに言われていたけど、異世界に来ても引き続き担当運がいいみたいだ。
しっかりした契約に規模の大きい販売計画、頼りになる担当者。
うん。
私の本、売れるんじゃない?
読んで頂きありがとうございます!
続きは1~2日以内に更新予定です。
読んで頂けると嬉しいです!!