第7話
「は~……好評で良かった」
出版社の裏にある駐車場に着くと、盛大なため息が口をついた。
「良かったですね! まぁ、私は絶対に好評だとは思っていましたけど」
「えぇ、あの話の良さが解らないようなら、別の、なんなら他の国のより大手の出版社に話を付けようとも思っていましたが、きちんと見る目のある編集者で安心しました」
私の原稿が入った鞄を両手でぎゅっと抱きしめたアーシャの眩しい笑顔も、馬車の用意をしながら珍しく口角を上げたナダールの表情も、とても嬉しい。
この一ヶ月、二人は「仕事」という枠以上に、私の応援をしてくれていた。本当にお世話になった。
「ありがとう。あ、そうだ。折角お城の外に来たんだし、この世界の街っていうのがどんな感じか観てみたいんだけどいいかな?」
よく考えたら、この世界に来て一ヶ月以上経つのにお城の中しか知らない。
アーシャから話は聞いていたし、本も読んでいたけど、さすがに少しくらいは街や人、この世界の文化に触れて置かないと。
それに、この世界の物価と照らし合わせてどうなのかよく解っていないけど、お城からお金はたっぷりもらっている。買いそろえたいものもあるし、二人に何かおいしい物でもごちそうしたい。
「はい、どこでもお供します! 私、生まれも育ちもこの街なのでご案内できますよ」
「じゃあ、お昼時だしランチと……あと色々買い物もしたいな」
「それなら、南通りに行きましょう!」
これまでの話しぶりから言って、アーシャは流行モノや若い女性が好むものが好きそう。
案内にも期待ができる。
「そうですね。この辺りはビジネス街なので飯屋は多いですが、女性が好む様な流行の店は少ないですし。南の方で馬車を停めましょう」
「ビジネス街……」
そういう概念がここにもあるんだ……。
益々この世界の文化レベルが解らない。
でも、馬車に乗り込んで繁華街に近づくにつれ、ヨーロッパの……ほら、有名なイギリスの探偵小説。あれの映画版に出てくる街並みに似ている気がしてきた。あの小説は確か一九〇〇年前後が舞台だから、産業革命よりも後で、機械も多少はあって……。
レンガ造りが多い街並みを眺めながら悶々と考えているうちに、馬車は繁華な街中から少しだけ外れた厩舎で停まった。
どうやら貴族とか王族とか偉い人用の一時預かりの厩舎、つまり駐車場らしく、停まっている馬車がどれも派手で煌びやかな装飾だし、引いている馬も無駄に頭数が多い。
「グッドリビング様、ご利用ありがとうございます」
馬車から降りると管理人らしいおじさんがナダールから手綱を受け取り、私やアーシャに深々と頭を下げた。
「今日は夕方ごろまで。水と飼い葉もお願いします」
「承知致しました」
水と飼い葉……駐車場兼ガソリンスタンド?
「あと、さっき少し泥が跳ねたので」
「承知致しました」
洗車か。
益々ガソリンスタンドだ。
「ミヤコ様、ここからは歩行者用の道なので徒歩になります。私たちから離れないでくださいね!」
「わかった。案内よろしくね、アーシャ」
半歩前を行くアーシャ、半歩後ろを歩くナダールに挟まれながら、丁寧に敷き詰められた石畳の歩道を歩くと、程なくして賑わった通りの入り口にやってきた。
「ここが街の南商店通りです」
「へ~……!」
商店街というか、メインストリートというか。七~八メートル程の道の両側に沢山の店舗が並んでいて、露店もあって、なかなかの賑わいだ。
それにしても、半分くらいは人間だけど、エルフやドワーフ、獣人っぽい人、ちょっと小さい……ホビット? 背中に羽が生えているのって天使……ではないか。なんて種族だろう?
本当に異世界にいるんだと再確認させられるな。
「まずはランチですよね? 何にしますか? ミヤコ様、この国のお料理は詳しくないと思いますが何か食べたい食材などありませんか?」
気になることだらけだけど、そうだ。緊張が解けたし、昼時だし、お腹が減っていたんだ。
「うーん、色々食べたいけど……参考までに、この街で一番無難でスタンダードなランチって何? 普通の人が平日に普通に食べるようなもの」
「そうですね……」
アーシャが少し考えながら辺りを見渡し、カフェのようなオープンテラス席がある店を指差した。
「色々ありますが、あの店のようなカフェテリアというところで済ませる人が多いです。パンで様々な食材を挟んだパニーノという料理を中心に、数種類のパンを提供しています。少し時間がある時やお腹にたまるものが食べたい時は、その向こうにあるような大衆食堂でパスタというゆでた麺にソースと具を混ぜた料理を食べるのも一般的だと思います」
ナダールがアーシャの言葉に頷きながら、補足する。
「昼は、一品で主食と肉、野菜が同時にとれるようなメニューが多いですね」
お城で出される食事は毎食、パンと前菜と主菜とスープとフルーツといった品数の多い料理だった。あれは上流階級の食事で、一般的ではなかったんだな。
それにしても……
「パニーノ……! パスタ……!! え、大好き!」
聞き慣れた料理名につい声が弾む。パニーノってパニーニだよね? チェーン店のカフェで好きだったスモークサーモン入りのパニーニに近いの、あるかな~! あと、パスタはカルボナーラがあれば完璧なんだけど!
お城の食事は美味しいけど、品がいいというか……肉や野菜のバランスも良くて、毎日食べるにはそんな料理の方が良いから文句はない。ただ、たまにはジャンクなものやガツンとしたものも食べたい。
「どちらも、五〇年ほど前にいらした救世主のサルヴァトーレ様がこの国に広めた料理なんですよ! それまでは戦争が長かったのもあって、シンプルで手間がかからず、素材そのままの味を楽しむ料理が多かったのが、時間をかけた料理や見た目が華やかな料理を沢山広めてくださったんです」
なるほど。妙に現代的な料理が広まっている理由はこれか。
サルヴァトーレ様ありがとう!!!!!!! 私にとっても救世主!
メニューや名前的にイタリア人かな? イタリアン大好きだから嬉しい! ただ……贅沢を言うと、和食の料理人が来ていればみそ汁や肉じゃが、漬物なんかが…………いや、考えるな。考えても辛いだけだ。
ここに来てからなるべく考えないようにしている和食の味を思い出しかけて、慌てて頭を振った。
「では、パスタにでもしますか?」
確かにパスタは魅力的だ。でも、庶民的な料理なら二人は食べ慣れているはずだから……
「パスタもいいけど……この世界でちょっと特別な日のごちそうっていうと何?」
私の質問に、アーシャが少し考えながら口を開く。
「ごちそうは……先ほどの救世主様が広めたフルコースという料理の形式になります。お城の夕食は毎日簡易的なフルコースで、晩餐会では同じ形式で品数が増え、調理法や材料がもっと凝ったものになります」
言われてみればそうか。私は自室に持ってきてもらうことが多いから一度にサーブしてもらうけど、順番に出せばフルコースか……。
「あとは、もっと気軽なホームパーティーなんかだと、サルヴァトーレですね!」
「サルヴァトーレ? さっきの救世主様の名前がついているってこと?」
「はい! 彼が作った料理で一番おいしくて、人気があったので名前がつきました。私も大好きです」
「へ~、どんな料理?」
アーシャが味を思い出しているとか、うっとりと頬を抑えながら教えてくれる。
「薄く伸ばしたパン生地のようなものにトマトのソースを塗り、肉の燻製と野菜を乗せ、チーズをた~っぷりかけてオーブンで焼いたものです。薄い生地なのにもちっとしていて、濃厚なソースや具、香ばしいチーズがよく合うんですよ~」
「それピザ!!!!!!!」
繁華街の入り口なのに、思わず大きめの声が出てしまった。
いや、美味しいよね! 解る解る。初めて食べたらそりゃあ感動するよ。
きっと救世主様の名前を呼んで絶賛するうちに料理名になっちゃったのも解る。
でも、そうか~、ピザが、そうなっちゃうか~!
ピザが自分の名前で呼ばれるのを、サルヴァトーレさんとやらはどんな気持ちで見ていたんだろう。
「あと、庶民のごちそうと言うと、カレーですね」
私とアーシャの会話を背筋を伸ばしたまま聞いていたナダールが不意に口をはさむ。
「え? カレー?」
カレーってインド料理だよね? 元からあった? イタリア人が伝えたの? 英国風の方ならヨーロッパ圏だし知っていてもおかしくはないか……それにしても、ごちそう?
首を傾げる私を横目に、アーシャがうんうんと首を振りながらまたうっとりと語り始める。
「美味しいですよね~カレー! カレーはパーティーとかよりも、ちょっと良い日のごちそう……お給料日とか、久しぶりに友達と会えた時とか、自分へのご褒美とかですね。辛くて複雑な味ですしお値段も高いので、大人の食べ物という感じがします」
カレーは子供の好きな食べ物じゃないの? まぁ、元の世界でも本格派の専門店のカレーは辛くて大人向けだったか……でも、ごちそう? 値段が高い?
「カレーがごちそう……? 私のいた世界にもカレーはあったけど、週に一回は食べるような庶民の料理なんだよね。名前が同じで別の料理かも」
私の疑問にはナダールが答えてくれた。
「この国で食べられているカレーは、簡単に言いますと……複数のスパイスをふんだんに使ったシチューのような料理です。味付けが濃く、辛さもあるのでライスにかけて食べるのが一般的で、チャパティという薄焼きパンにつけて食べることもあります」
スパイスいっぱいのシチュー……これは、カレーでしょう。英国式のカレー。
というか、ライス? 米、あったの?
米! めちゃくちゃ食べたいんだけど!
「たぶん、私の思っているカレーと同じだ。なんでごちそうなんだろう。具の違いかな……お肉をふんだんに使うとか?」
ナダールが意外そうな顔をした。どうやら大きく感覚が違うことを言ったらしい。
「カレーに使われるスパイスはこの国で作られていない高価なものばかりなので、カレー自体も高価になってしまうんです。庶民が手を出せない値段ではありませんが、金貨一枚、パスタ一〇皿分くらいの値段です。気軽には食べられないですね」
なるほど。
元の世界でも大昔はコショウが高価だったり塩が高価だったりしたらしいから、スパイスが高価でカレーがごちそうというのは納得ができる。
パスタが普通のランチって言っていたから、パスタの一〇倍……五千円~一万円くらいの感覚?
私が食べていた無印●品やココ●チのカレーのことを考えると、高いなとは思うけど、お城でもらったお金もたっぷりあるし……米が食べたいし……
「じゃあ、ランチはカレーにしない? 二人にごちそうするよ」
「いいんですか!やった!」
アーシャが両手を叩いて素直に喜ぶ。こういう反応は可愛くて奢りがいがある。
それに……
「昼間からカレーなんて贅沢ですね……ありがとうございます」
さっきからの饒舌ぶり。絶対にナダールはカレー好きだと思ったんだよね。
どうやら正解のようで、嬉しそうに口元を緩ませている。
「二人には原稿中お世話になったからね。お勧めのお店ある?」
「ミヤコ様のお手伝いは私のお仕事なので気にしないでください! それに、とても楽しく勉強になりますから……あ、でもカレーは遠慮なく頂きます」
「えぇ。光栄な仕事をさせて頂いていると思っています。……この先に老舗のスパイス料理屋があり、そこのカレーが絶品です」
「ありがとう、二人とも。……じゃあ、そのお店に行こうか」
ナダールに案内された重厚な老舗レストラン風の店で、嬉しそうな顔の二人と食べたカレーライスはとても美味しかった。この味……ちょっと高級なホテルで行われた出版社の新年会の時に、バイキングで並んでいた辛めの欧風カレー。アレに近い。
めちゃくちゃ美味しかった。
そして、当然ながらカレーも美味しいけど、米! やはりお米を食べないと精神が安定しないと思う!
「は~……お米ぇ……」
「ミヤコ様、お米がお好きなんですか? お城の料理長にお米料理を増やすように言っておきますね」
久しぶりのお米に感動していると、アーシャが美味しそうにカレーを頬張りながらサラっと返事をした。
あれ?
「あるの!? お米料理! お願い!」
「色々ありますよ。ヘルシーなものや高カロリーなものも」
「嬉しい! 実はずっと食べたかったけど無いと思ってたんだよね」
毎食パンかマッシュポテト、ニョッキみたいなものが主食だったし、全体的に西洋風の世界だし、居候なのに食のリクエストもし難いしで諦めていたけど、お米が一般的で簡単にメニューに加えられるならそれはもう! お願いします!!!
「早く伺えばよかったですね。戻ったら早速伝えておきます」
イタリアンの料理人が伝えたメニューならリゾットとか? 和食の知識もある人だったりしないかな……いやいや、贅沢言わない。リゾットやライスコロッケで充分。ドリアはイタリアンっぽいけど違う料理だっけ?
まぁなんでもいいや! とにかくお米が食べられる!
これで食事が今まで以上に充実する!
と、思ったけど……この時の私はまだ知らない。
数日後。期待して、楽しみにして、「料理長が今夜は腕によりをかけたお米料理だって言っていましたよ!」という言葉と共に運ばれてきた料理が、本場イタリアの定番、お米のサラダとお米のプリンだということを。
「お米だけど……これじゃない……おいしいけど……これじゃない……」
漫画が軌道に乗ったら、毎週カレーライスを食べに行こうと心に誓った。
読んで頂きありがとうございます!
続きは1~2日以内に更新予定です。
読んで頂けると嬉しいです!