第6話
「ゆっくり検討して頂いて大丈夫です。でも原稿は……」
元の世界では原稿を置いていくことも、コピーをとって置いていくこともあったけど……良い人そうだから大丈夫だとは思うけど、この原稿を置いていくことには不安がある。
「しっかり確認したいので、魔法で複製させて頂いていいですか?」
複製?
コピーってこと……?
「いいですけど……そんな、簡単に複製って……」
このまま勝手に出版されたりしない? どういう技術?
あからさまに心配してしまった私に、ナダールがこそっと耳打ちしてくれた。
「ミヤコ様、複製魔法に更に複製魔法をかけることは禁忌とされています。原本でなく複製を渡すだけならあまり心配は不要かと。それに、複製することで原本が劣化するようなこともありません」
「あ、そうなの? じゃあ、はい、どうぞ」
「では失礼して」
私の返事を聞くと、サンダーさんが立ちあがり、会議室の隅に置いてあった箪笥のような木箱に向かう。
「あれが複製魔法機です。最新の高性能機ですよ」
ナダールがまた耳打ちしてくれている間に、サンダーさんが上下に分かれた扉の上の方を開き、原稿を入れた。
「インクも紙もこの世界も物ですかな?」
「はい」
「では大丈夫そうですな。精密に複製したいので少し時間がかかってもよろしいですか? 一時間はかからんと思うんですが」
「大丈夫です」
漫画を描き終えた私に急ぐ用事はない。
「では、えっと、物子の残りはあるから、これでスイッチを……」
何やら箱の横についているメモリを確認したり、レバーを引いたりしたあと、木箱の扉に着いた小窓が光り始めた。
「よし、複製開始。ここで少々お待ちください。お茶でも持ってこさせましょう」
「……これ、どういう仕組みなんですか?」
複製ってコピー機みたいに平面を読み取って複製するんじゃない……っぽい?
「ほぅ、救世主様の世界には複製機はありませんか?」
「あると言えばあるんですが、仕組みが違うみたいなので」
「なるほど。では、物質というのは小さな小さな物子の集合体という概念はご存じですかな?」
物子……分子や原子や元素みたいなこと?
「私の世界でも似た概念ですね」
「それなら後は簡単ですな。この上の段に入れた物がどういう物子の集まりで、どの物子をどこにどれだけ使って作られたものなのか魔法で検査する……今まさにしておるんですが」
「なるほど……?」
スキャン作業ってことか。
「そして、検査した通りに物子を並べると、同じものがもう一つ出来上がるという訳ですな」
「さっき、この世界の紙やインクなのか確認したのは、この世界にある物子じゃないと再現できないからですか?」
「その通り! この箱の横に、様々な種類の……この出版社では紙とインクの複製ばかりなもんで、それに合わせた物子が入ったタンクをつけております」
つまり、コピー機やスキャナーみたいに表面を読み取って、それを別の紙に印刷するのではなく、描かれている紙ごと複製しているってことか。
「形をスキャンして、その形のものを細かい粒で作っていく……3Dプリンターの素材まで同じバージョンって考えればいいか……」
この技術だけ見ると、元の世界の文明よりも、こっちの方が進んでいる。
ということは、本の印刷もこれで複製……ん?
「あ!」
アーシャにこの世界の本を見せてもらってから、ずっと疑問だったことが理解できた。
「もしかして、この世界の本が片面にしか書かれていないのって、こういう機械で本を大量生産するからですか!?」
私の言葉に、社長さんが少し不思議そうに首を傾げた。
「片面? そうですね。確かに本はこの複製機の業務用のもので複製します。頂いた原稿をセットすると、一度に一〇〇部複製できるので、複製して、糸や糊で製本して、カバーをかけて本になります」
「綴じてから複製しないんですか? その方が楽そうですけど」
私の質問に社長さんとサンダーさんが困ったような笑顔で顔を見合わせた。
「……それができる複製機を導入しようと思うと、お金が……」
「紙とインクだけを複製するなら、物子の種類が少ない分、安い複製機でできるんですわい」
「なるべく庶民にも気軽にたくさんの本を楽しんで頂きたいので……」
「あ、そうなんですね! すみません、無知で……!」
そうだよね。私が考えることなんてこの世界の人はとっくに考えているはずで、それでもこの形でしているということは理由があるに決まっている。
「いえいえ。こちらの世界のことを御存じない方からすると不思議で当然ですものね」
「これでも、昔よりは複製機の値段も下がってきたんじゃがなぁ」
それなら、元の世界の印刷技術の方が安価で大量に作れそうな気もする。
教えてあげたい。
……でも、自分の漫画を毎月刷ってもらっていたにも関わらず、印刷の仕組みがふわっとしか解らない。
姉妹雑誌で連載されていた印刷所のお仕事漫画、あれをもっとまじめに読んでおけばよかった。
「ヤダ様の原稿も、今お話しした手順で複製して本にさせて頂くことになると思います」
「そうなんですね……あ、じゃあ、複製した後に紙の端を裁断することはないんですよね?」
「裁断?」
社長さんに「何のために?」と思われているのは表情で解る。
元の世界なら、大きな紙に印刷して折るから、端をキレイにするため、大きさを合わせるため……だったかな? とにかく裁断される。
だから漫画原稿用紙にはトンボというガイドが入っているし、実際のサイズより少し多く、「塗り足し」部分を描く。これによって裁断のずれが多少あっても端まで絵がある状態にできる。
でも、この世界の本を作る技術なら、そんなことをしなくても端まで描けばそのまま複製されて、印刷のズレみたいなことが起きないってことだから……
「すごい、トンボや塗り足しがいらないんだ……」
「トンボ? 塗り足し?」
「あぁ、私のいた世界での印刷用語です」
「印刷?」
そうだ、そこからだ。本を作るまでの方法が違うから「印刷」の概念がないんだ。
当然だけど、布や革にプリントする技術もないんだよね? アーシャたちの反応からすると。
うーん。どう説明すればわかりやすいのか……
「えっと、私が居た世界では紙ごと複製するのではなく、別の紙に同じようにインクだけを複製する方法が主流です。ハンコってこの世界にもあります? 大げさに言えば、それをめちゃくちゃ発展させたような仕組みで……」
私の言葉にまた不思議そうに、そして面白そうに首を傾げた出版社の人たちに、元の世界の印刷技術を簡単に説明していると、ほどなくして複製機の小窓から漏れていた光が消えた。
「お、できたようですな。ヤダ様、複製されたものを見てみますか?」
「はい! ぜひ!」
興味本位で返事をすると、複製された方の原稿を渡された。
出来立てだから温かいなんてことも無く、見た目もそして手触りまでも、オリジナルの原稿と同じに見える。
「本当に複製だ……紙の皺の一つ一つまで同じ……!」
印刷と違って、インクの乗り具合や消しゴムがしっかりかけられていない場所まで解る。
裏面にメモとかしてないよね? お茶のシミとかないよね? 原稿、もっと丁寧に扱わないと。
ちょっと感動しながら複製された原稿を眺めていると、またナダールがそっと耳打ちをしてきた。
「紙をほぼ真横になるほど斜めにして見てください。複製を表す三角形のマークが薄っすら見えると思います。これで複製と原本が見分けられ、このマークがあることで複製から更に複製が作れなくなっています」
「あ、本当だ」
コピー防止機能まで完璧……。
やっぱりこの世界の方が、技術が進んでいるのでは?
私が感心している間に、アーシャが原本の方が入った封筒を革の鞄に丁寧に仕舞ってくれた。
「それでは、近日中にご連絡させて頂きます」
「あ、はい! よろしくお願いします」
複製原稿をテーブルに置くと、三人に丁寧に玄関まで見送られて出版社をあとにした。
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