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第58話

 見せられた書類の表紙には「漫画作品第二作目発行に合わせた販売促進企画(1)書店サイン会」と書かれていた。


「サイン会って、本を買ってくれた読者を集めてその場でサインをする……?」

「はい、そうです! 直接利益になるわけではないのですが、このイベントを行うことで、書店が本を強く推してくれますし、コアなファンの獲得にもなります。それに何より、読者サービス! 作家さんによってはファンの姿を見るとモチベーションが上がる方も多いかと!」


 元の世界のサイン会の概念と同じだ。

 私もそれなりに人気の漫画家だったから、単独のサイン会だけでも一〇回はしてもらったかな?

 スーイさんの言う通り、ファンを目の前にするとモチベーションがあがっていいんだよね~。

 特にこの世界では、SNSやインターネットなんかが無いから、読者カード以外での読者の反応が解らないし。


「ぜひやりたいんですが、日程とか時間とか人数って……?」

「もちろんヤダ様の負担にならないように……えっと……」


 スーイさんが数枚書類を捲って、私たちに見せる。


「サイン会の仕組みは……第二作目の漫画の発行に合わせて告知、提携書店でヤダ様の本を買ってくださった方に『サイン会抽選応募券』をお渡しします。サイン会に参加したい方はその券で応募してもらい、抽選ののち、五〇~一〇〇名の当選者をサイン会に招待します」


 仕組みは元の世界とあんまり変わらないか。

 この世界の人も「作者の直筆サイン」って嬉しいんだ。


「サイン会の場所は大きめの書店の一角で、二~三時間かけてサインして頂く予定です。ヤダ様には座って頂いていて、その前に当選者が購入した漫画本を持って並び、順番にサインをして頂く流れです。この時に、読者の方がヤダ様に感想を話したり、手紙や差し入れを渡すこともあると思います」


 読者の感じも、元の世界とあまり変わらないみたいだな。

 それだったら……


「書くのはサインだけですか?」

「基本はそうです。日付や一言メッセージを入れる作家さんもいますね」


 日付やメッセージか。

 そういうのを入れる人も多かったけど、それよりも……


「元の世界でも似たようなサイン会はあって、その時には必ず相手の名前を入れていたんですが」


 転売防止にね。

 サインだけだと高額転売されるから、その人しか楽しめないように。

 ……という理由を説明する前にスーイさんが少し高く飛びながらパンと両手を合わせた。

 え? 何、そのオーバーリアクション?


「素敵ですね! 世に一つの宝物になります! ヤダ様のご負担でなければぜひ入れましょう!」


 ……ネガティブな理由なんだけど、めちゃくちゃ嬉しそうで言い出せないな……まぁいいか、そういうことで。

 あとは漫画家のサイン会といえば……。


「それと、元の世界だとサインの時に希望のキャラクターを一人描いていましたけど?」


 私が言った途端、今度はスーイさんが空中で固まった。

 羽動いてないけど浮いてるの、どういう仕組みなんだろう?


「……ミヤコ様、その場合人数は……?」


 スーイさんではなく、アーシャがおずおずと訊ねてくる。

 人数か……色んな規模のサイン会があったけど……。


「多い時なら一日で二〇〇人くらい? でも、ほとんどはさっきスーイさんが言っていたのと同じ五〇~一〇〇人くらいだったよ」


 私の言葉に、質問してきたアーシャも黙ってしまう。

 そんなにおかしいこと言った?

 元の世界なら私以外の作家さんもしていたと思う。もう少し人数を絞ってちゃんと書き込んだ絵を付ける人もいれば、ささっと描けるミニキャラとかデフォルメキャラで対応する人もいたけど、珍しい話ではないよね?


「ミヤコ様、こちらではサイン会は基本的に参加費無料ですが……」


 今度はナダールがそんなことを言ってくる。

 言われなくても、今の話の流れでたぶんそうだと思ってたよ?


「うん。私のいた世界でも無料だったよ」


 私の返事にナダールも押し黙る。

 そんなにおかしいのかな……でも、そうか。原稿のペースを話した時に驚かれたよね。

 私の描くスピード早すぎるって。


「そんなに驚かないでよ。原稿のペース見てたでしょ? 人物の顔だけならすぐに描けるから」


 心配しないで欲しいという気持ちで軽く言っても、ナダールはまだ顔がこわばっている。


「そう……ですね。えぇ、早さももちろん驚きなのですが……」

「このような緻密な絵を無償で?」


 ナダールと同じように顔をこわばらせたアーシャが漫画原稿を指差す。


「サイン会用はもう少し簡単に描くけど……ほら、こういう抜きのコマみたいな」


 ミニキャラまではいかないけど、ギャグっぽいシーンのちょっと簡単に描いたキャラを指差すけど、ナダールもアーシャもスーイさんもまだ納得できないようで首を捻る。


「あの、出版社からは金貨五~六枚程度の日当しか出せないんですが……ヤダ様ならもう少し出せるかもしれませんが……」

「あ、日当出るんですか? やった」


 ノーギャラのサイン会もあるからなぁ。

 元の世界では原稿スケジュールは調整しないといけないし、一日つぶれるし、美容院や服の新調やネイルやなんか色々でもお金が飛ぶし、大変だった。

 でも、それだけの大変さに変えられない、お金に変えられない喜びがある。

 だから日当なんて関係なくサイン会をしたいし、読者が喜ぶなら絵を描きたい。


「……読者の参加費、無料で良いんですか? やったことありませんが、有料にもできますよ? というか、ちょっと待ってくださいね、人気作家さんが無料でそんなことをしてしまうと、他の作家さんもしないといけなくなるとか苦情が来るかも……」


 あ、それは考えてなかった。

 サルヴァトーレさんを見習って、市場を荒らさないようにって思ったところなのに。


「だったら全然! 無理にやりたいわけではないので! ただ、私ならそういうことできるってことで。営業さんや他の作家さんと調整して、良いようにしてください。とにかくサイン会には大賛成です!」


 慌ててフォローすると、スーイさんは少し戸惑いながらも大きく頷いた。


「承知しました! サイン会は開催の方向で、営業と色々相談してみますね」


 この日はいったんサイン会開催だけは決定して話が終わり、舞台や建築事業などの細々した打ち合わせにうつった。




 後日、スーイさんから連絡があり、二作目発売のころには確実に達成している見込みなので「一作目の五〇〇万部突破記念」と銘打って、普通よりもスペシャルなサイン会と位置付けることが決まった。

 五〇〇万部だから読者の名前とキャラクターのイラスト入り、と。


 よしよし。


 読者の人たちに喜んでもらえると良いな。


 これから半年の間に二作目の漫画発売にサイン会、舞台化、舞台版のスピンオフ漫画発売、ドワーフの国での駅ビル建築やコラボカフェとショップ、男性向けの制服やお酒の発売……忙しくなりそう。

 しっかり頑張らないと。


読んでいただきありがとうございます!

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