第57話
舞台化やドワーフの国での建築事業を話し合った五日後、私たちはまた出版社に来ていた。
今日もすっかり通い慣れた会議室に通されて、私たちはいつもの三人、出版社側はスーイさんだけ。
「はい、こちらで原稿お預かりします! 今回の漫画も最高です!」
先日から進めていた二作目、逆ハーレムものの漫画原稿を渡すのが今日の主な目的で、これはスムーズに終わった。
ちなみに二作目への反応は……
「主人公が同時に複数の男性から好意を寄せられるなんて非現実的なのに、緻密な描写や一人一人のバックグボーンの設定が入ることで説得力を増していますし、相手が複数いることによって『好き』という感情の幅広さ、相手を好きになるとはどういうことか、一人一人に対する気持ちの違いなど細かい感情の機微や比較がとても面白いです!」
……わりと中身の無い、イケメンいっぱい描くのが楽しいだけの逆ハーレムものだったんだけど……やっぱりこの世界の恋愛ストーリーに対する評価がズレてるんだよね。
この世界の人からすればズレてるのは私の方なんだけど。
「念のため社内確認をしますが、特に問題なく製造に進めると思います。引き続きで申し訳ございませんが、舞台版の漫画化作業の進行をお願いします」
「わかりました」
入稿が済んだとたんに次回作というのは元の世界で慣れているので問題ない。
むしろ、こうやって次から次にお仕事がある方が安心する。
描く内容がほぼ決まっているから、楽しい作画作業がメインだし。
「あと今日は……二日後に再度話し合われる舞台化に関することや、ドワーフの国での建築事業についてもお話しておきたいとは思うのですが、売上報告が上がっていますので先にこちら確認されますか?」
「ぜひ!」
いつの間にか漫画が発売されて二ヶ月が経っていた。
「まだ二ヶ月」のような、「もう二ヶ月」のような。
この世界に来てからだって、まだ半年経つか経たないか。
人生で一番濃い半年には間違いないと思う。
「商工ギルドの新聞や、増産のご案内でだいたい想像はついていると思いますが、端的に言って好調ですよ」
スーイさんは机の端に置いてある書類を引き寄せて、一番上の紙をめくる。
そこには一ヶ月前に見せてもらったグラフとあまり角度が変わらない右肩上がりのグラフが書かれていた。
このグラフは累計の発行部数のグラフ。つまり、あまりペースを落とさずに売れ続けているようだ。
元の世界の漫画ならこんなことないよね。
どんなに人気の漫画でも、発売日周辺にドーンと売れて、後は落ち着いたペースで売れていく……グラフで言えばどんどん緩い角度になる。
時々アニメ化や突発的な話題で売れることもあるけど。
「現在、約四〇〇万部売れていて、発行は……来週の増刷で六〇〇万部ですね。更に増産の予定もありますし、順調ですよ!」
毎週のように連絡をもらうから感覚がマヒしてきたけど、六〇〇万部ってすごい数字だよね。
元の世界でこんなに刷ってもらえる漫画、何冊ある?
少年誌の看板漫画レベルで国民的漫画家と言っていいと思う。
「やはり中間層の伸びが悪いのですが、舞台と舞台の漫画化で中間層をカバーできると考えれば、発行一年以内に一〇〇〇万部も可能だと思います!」
お、おぉ……! 一〇〇〇万部!
元の世界の私の漫画からすれば次元の違う話……まぁ、異世界は次元が違うようなものか。
いや、でも、一〇〇〇万……自分の本が一〇〇〇万部も発行される……。
すごすぎて現実味が無い。
だって……すごくない?
すごいよね?
一冊で一〇〇〇万部って、そんなのある?
めちゃくちゃ人気のシリーズの一巻が何年もかけてじゃないんだよ?
短い短編漫画一冊で、だよ?
冷静な顔をしながらも、内心で叫びそうなほど喜んでいると、スーイさんは真面目な表情のまま紙を捲った。
「弊社でもこのような短期間にこの数を発行したことが無いので確かなことは言えませんが、一〇〇〇万部となれば、ほとんどの国民の目に入ることになると考えられます」
一〇〇〇万って数字にただただ喜んでしまったけど、そうだ。大事なのはそこだよね。
この国の人口が約一億人だっけ?
一〇〇〇万というと一〇分の一でしかないけど……?
「家族や友人間での貸し借りもありますし、学校やお店など公共の場所で読むこともできます。どうしても生活圏に本が無い人や本を読む時間が無い人もいますし、赤ちゃんなど幼い子供、病気や高齢のため本が読めない人に読んで頂くことはできませんが……。本を読める国民にある程度行き渡るのがこれくらいの部数だと思われます」
「そう……なんですね」
一〇〇〇万部でほとんどの国民に私の作品に触れてもらえる。
それで帰れるのかな……?
読んでもらえるのと楽しんでもらえるのは別だし、楽しんでもらえるというのが「国民に貢献する」になるのかもわからない。
最初は漫画を楽しんでもらって元の世界に帰るつもりでいたけど、今までの救世主様たちの功績を考えると、「読んでもらう」では無理な気がしてきた。
一〇〇〇万部がきっと、本でできる限界か。
その時点で帰れなかったら、あとは本以外の服とかお菓子とか外貨とかで頑張るしかないよね……。
「ヤダ様……きっと大丈夫ですよ! ヤダ様の本はたくさんの人の心を動かす素晴らしい本ですから!」
つい考え込んでしまって、きっと険しい顔をしていたんだと思う。
スーイさんが明るく元気づけてくれた。
本当にいい担当さんだ。
でも実は……
内心、ちょっとほっとしている。
元の世界に戻れるのは今すぐではない、というのは残念だけど……。
残念だけじゃないんだよね。
帰りたいことは間違いない。でも、この世界でどんどん知り合いが増えて、色々な事業が進んでいって、作品も認めてもらって、この世界のことも知れば知るほど興味が湧いてくるし
……レイカ・リュウさんみたいに帰らなくていい方法があるとかいうし……。
「スーイさん、ありがとうございます」
国民にいきわたるのにもう少し時間がかかるんだから、焦らずゆっくり考えよう。
めちゃくちゃ帰りたくなることや、めちゃくちゃ残りたくなることが起こるかもしれないしね。
私が表情を緩めると、スーイさんも笑顔で頷いてくれた。
「あ、そういえば営業に打診して欲しいと頼まれているんですが」
「なんですか?」
出版社の営業さんが頼むことか。
元の世界でも広告用のカットとか書店営業用のサイン色紙とか色々頼まれたな。
何かしら売ろうと動いてくれるのは感謝しないとね。
基本的に何でも協力するつもりでスーイさんの言葉を待っていると、机の端から紙の束を抱えてきたスーイさんが楽しそうに書類を見せてきた。
「サイン会しませんか?」
読んで頂きありがとうございます!




