第5話
城下町の真ん中にあるこの国で最大手の出版社の建物は、元の世界で言う横浜や神戸のレトロビル風の建物だった。
明治時代? 昭和のはじめ? それくらいに建てられたような……意外と「ビル」だ。
ちなみにここに来るまでは馬車だったけど、どうやら電車とバスの中間みたいな乗り物も走っているし、文化レベルがよくわからない。
もしもこの恋愛漫画が評価されなくて、この世界を舞台にした作品を描くとなるとかなりの勉強というか、調べ物が必要そうだな……。
「失礼します」
通された会議室の長机の前でアーシャとナダールに挟まれて待っていると、出版社の社員が入ってきた。
「ようこそお越しくださいました、救世主様。私、社長のエアリイ・タミエラです」
「編集部長のウッディ・サンダーです。いやぁ、異世界の方に実際におめにかかれるとは! 大変光栄ですわい!」
「私は絵本編集部のリスマ・スーイです! 作品、楽しみです!」
うわ、異世界っぽい!
アーシャもナダールも北欧系の顔立ちではあるけど「人間」だ。
しかし、この三人は全員が会社員らしいパンツスーツではあるものの、長身で透き通るような美女のタミエラさんがエルフ? がっしりした体格で髭を三つ編みにしているサンダーさんがドワーフ? 小さくて昆虫のような羽がついているスーイさんは妖精? とりあえず全員耳が尖っている!
「あ、はい、よろしくお願いします。ミヤコ・ヤダです」
「本当はお伺いしたいことや取材させて頂きたいことが沢山あるんですが、まずは作品を読ませて頂きますね」
「事前に聞いた話ではちょっと変わった絵本だということでしたな?」
握手をしたのち、机を挟んで椅子に座ると早速漫画の話になった。
「あ、はい! お願いします。こちらの絵本はこの世界の方には読み慣れないかもしれませんが、私の世界では一般的な描き方で、基本は文字を読む方向に読んで、あとは上から下に読んでください」
「承知致しました。解らなければまた伺いますね」
机の上に置いた原稿を真ん中に座った社長のタミエラさんへ向けると、細長く美しい指が一枚目の白紙を捲った。
――ペラ
「あら」
「ほぅ」
「わ~!」
女子高生と幼馴染の男の子を並べた表紙の反応は上々、かな?
問題は中身だ。
――ペラ
「あ、なるほど、読み方ってこういうことですね。一つのページに沢山ページがあるような……」
「ふむふむ。小さい枠が一ページと思えば良いですな」
「この丸い枠が台詞ですね。これ、どの台詞を誰が言っているか解りやすくていいですね!」
よかった。
アーシャやナダールにも読んでもらって、順番が解りにくいコマ割りは避けて、吹き出しもできるだけ明確にしたんだ。初めて漫画を読む人でも直感的に読み易いように。
それでも、読み方がわかりにくいと思われてしまったら……と怖かったけど、大丈夫のようだ。
「この方法は一ページに情報が沢山入れられていいですね」
「文字がでかくなっとるのは大声ということですな。はは~、これは解りやすい」
「この、形が違う台詞は独り言? あ、心の中で言っている言葉ね!」
「はい、そうなんです!」
よしよし。理解の早い方ばかりで助かった! 読み方はクリア!
あとは内容……。
はぁ、ドキドキする。
初めて出版社に持ち込んだ時くらいドキドキする……。
――ペラ
――ペラ
――ペラ
真剣な顔をした三人が、かなり時間をかけて読み進めていく。
元の世界の編集者はみんな読むのが早かったし、この漫画はそんな真剣で険しい顔をして読む内容じゃない。
不安でしかない。
――ペラ
――ペラ
――ペラ
――ペラ
――ペラ
――ペラ
「ふぅ……」
「ほぅ……」
「はぁ……」
たっぷり時間をかけて最後の一枚を捲り終えた後、三人がため息をついた。
その反応は……どっち?
固唾をのんで見守っていると、険しい表情のまま三人が顔を見合わせ……
「「「すごい!」」」
大きな声を出したかと思うと、一気に表情も声も五月蠅くなった。
「す、すごい! 斬新な絵柄! 繊細かつ大胆で写実的で……しかも、全ページ気が遠くなるほど描き込んでいる……想像もつかない時間と技術だわ……!」
「政治的背景、生活や文明、技術、文化、どこにも隙が無い作り込まれた緻密な舞台設定じゃ。作者の脳内はどうなっとるんじゃ?」
「なにこれ!? 主人公の恋、友情、幼馴染との関係、めちゃくちゃドキドキする! 私もこんなセリフ言われた~い!」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁよかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!
三人の興奮が伝わってくると、私の口からも安堵の大きなため息が出た。
感想がちょっと的外れな気もするけど、うん、よかった! よかった!
「出版社の社長として様々な作品を読んできましたが、こんな作品は初めてです! これが異世界の絵本なのですね!」
「私の世界では漫画と呼んでいます。こちらの絵本と似たものは絵本として存在しますよ」
「まんが……もう、どこから言えばいいのかしら……表現技法も、世界観も、絵柄も、物語も、すべてが斬新で面白くて……特に、たった数日間の恋愛だけに絞ってお話を展開させるなんて……今まで読んだどの文学よりも心が震えるわ……」
「おぉ、おぉぉぉ! 見れば見るほど発見がある! この背景の街並みや部屋の中にある物も一つ一つ、詳しく教えてもらいたいのう……!」
「主人公の服、特にこのスカートの形と模様! どうなっているの~? すごくかわいい! あと、この男の子の顔が見たことも無い様な美形で……はぁ……私が恋しちゃいそう」
アーシャ、ナダール、疑ってごめん。
あなた達の反応、この世界の普通の反応だったんだ。
「あの、それではこの漫画、本にして売ってもらえますか?」
沢山の人に読んでもらいたいだけだから「売る」にこだわらなくても良いんだろうけど、本を出版するにはお金がたくさんかかるだろうし、これでも一応職業漫画家なので、売るということで評価を得たいと言うかなんというか……。
編集者に売りたいと言ってもらえて、読者に買ってもらえて、やっと作品になる感じがする。
「もちろんです! 売らせてください!」
「絶対に売れますよ~!」
「だが社長、売り方はどうする? こんな作品、今まで扱ったことが……」
出版社の三人が顔を上げて、まだ興奮冷めやらぬ様子でこそこそと何か話し合い、原稿を指差してから頷きあうと、今日で一番真剣な表情で社長さんが私に向き直った。
「ヤダ様、こちらの作品は必ず本にさせて頂きます。ですが、私たちはこのような素晴らしい作品を受け取るのは初めてなので、契約や売り方、あと、大変申し訳ないのですがこの世界向けに修正をお願いしたい部分など、話し合ってお返事してもよろしいですか?」
「正直に言わせてもらいますとな、今のわしらは興奮しすぎて落ち着いて考えられないんですわ」
元の世界の出版社でも、持ち込みして当日にデビューが決まるなんてことは無かった。
それはもちろん構わないし、この様子なら出版も間違いないし、今日はこれで充分だ。
元の世界に一歩、近づいた気がした。
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