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第55話 ―お酒の話/前編―

 やっと自室に戻ってきたのは、あと一時間ほどで夕食が届くというころ。

 疲れたし先にシャワーって手もあるけどどうしようかな~……と、とりあえずソファに座ると、ナダールが執務机から細長い布の袋を取り出して私の目の前のローテーブルに置いた。


「ミヤコ様、お疲れのところ申し訳ございません。出版社での話なのですが……」

「えーっと……あぁ、お酒のこと?」


 今日は舞台の話に建築の話に言語の話と色々な話をしたから、だいぶん頭は疲れていて、思い出すのに時間がかかった。

 ナダールが異世界のお酒が造れるって話だっけ?


「実は、昨日ちょうと実家から今年の新酒が送られてきたので、ミヤコ様にも飲んで頂こうと持ってきていたんです」

「このタイミングで言うってことは……このお酒、お米からできているの?」


 ナダールが頷き、袋の中から一本の瓶……五〇〇mlくらいかな? 濃い緑色の瓶なので中身の液体の色は解らないし、瓶のラベルは洋風の飾り罫の中にシンプルな文字で「グッドリビング製造 伝統の味お米のお酒 特級フルーティー 中酔い程度」と書かれていた。

 今までナダールが「実家の酒です」と言って持ってきてくれたのはワインやアマレット風やカンパリ風のお酒と様々な果実酒で、瓶は似たような形だけど、ラベルはもう少し絵が多かったり売り文句が書かれていたりした気がする。

 中酔い程度という表記はアルコール度数の代わりらしくて、この国の標準。

 酔いのまわる感じから言って一五度前後? どれも美味しくて飲み易いけど、元の世界でよく飲んでいた缶のアルコール飲料は三~六度だったことを考えると……日常的に沢山は飲まないようにしている。

 ちなみに、ナダールの家で作っているお酒以外にビール風の物もあって……あれは元の世界のビールよりも飲みにくくて、ごめん、苦手。

 

「はい、そうです。まずは米をしっかり精米し、蒸したのちに麹菌で米のデンプンを糖に変え、酵母でアルコール発酵させます。それに麹や米を足して樽で仕込み、じっくり発酵したものを搾り、ろ過や火入れ、更に暫く落ち着かせて酒にしたもので……」


 ……聞き覚えのある単語が並んでいるなとは思う。

 日本酒は好きな方だよ。でも、好きと作り方を全部知っているとは別物だよね?

 ナダールの説明に「そうそう! 作り方一緒!」とは言えない。

 

「元の世界の日本酒に近そうな気はするけど……飲んでみていい?」

「もちろんです」


 ナダールが言うのと同時に、アーシャがミニキッチンからコルク抜きとワイングラスを三つ持ってきた。

 アーシャも飲む気だな。


「あ、見た目はそれっぽい」


 グラスに注がれたお酒は無色透明。でも水とはどこか違う……日本酒っぽい。

 匂いは果実のお酒と違ってあまりないんだけど、アルコールの甘い感じの匂いが……これも日本酒っぽい。


「いただきます……んー……ん!」


 ちょっと甘めのお酒だな~……からの、めちゃくちゃフルーティー! 口の中で甘みと旨味が膨らむこの感じ、日本酒! しかもめちゃくちゃまろやか! 絶対に純米大吟醸!

 あ~、この美味しさ、思い出の記憶の蓋が開く。

 安いカップ酒だとウッと来る感じがして、高いお酒でも辛口タイプはスッキリしすぎて美味しく感じられなくて、日本酒は私に合わないのかなと思っていた成人して間もない頃。父オススメの大吟醸を飲んでみたら、めちゃくちゃ甘くてフルーティーで、絶対に米だけじゃなくて果物も入っていると思ったあの時……あの感動。

 それ以来日本酒が好きになったし、高いお酒も時々は飲んできたけど……目の前のこれ、今までに飲んだ高級日本酒に負けない、かなり美味しい日本酒だ。

 漫画のモデルにした日本酒よりも美味しいよ。


「これ、日本酒だと思う! 日本酒の中でもかなり高級というか、いいやつ!」


 思わず顔が緩みまくってナダールの方を向くと、珍しくナダールも嬉しそうに笑った。


「やはり! こちらがミヤコ様のおっしゃる日本酒と同じですよね? 安心しました。実家の自慢の酒ですし」


 度数が高そうだから飲み過ぎたらいけないのは解っているけど、もう一口……ん~~~美味しい! 少し寒い季節だから熱燗でも美味しそう。

 グラスに注がれた分は飲み切るべきだろうから、もう一口……うんうん。後味までしっかり日本酒だよね。

 原材料が同じ「米」だから似た味になるとは思うけど、本当に近い味で不思議。

 ……まぁ、ワインもそうか。元の世界のワインと同じような味だった。

 お酒って何だかんだで似た味になるのか。


「これを日本酒として売り出して全然OKだよ。でも、こんなに近いお酒があるならもっと早く教えてくれたらいいのに。ハンシェント王国でも『異世界酒』とかいって売れるんじゃない?」

「それは……新酒が出来上がってくる時期が今でしたのと……」


 今までの流れで言えばと思って気軽に提案すると、ナダール、更にアーシャまでうーんと悩まし気に首を捻った。

 普通に作っている酒なのに?

 いや、普通に作っているからダメなのか……。


「あー……そっか、普段からこの国の人が飲んでいるお酒だから珍しくないってこと?」


 紅茶とかもそうだよね。この世界で紅茶が常飲されているから「主人公が飲んでいるお茶は紅茶という異世界茶!」なんて言えないってことか。


「そう……とも言えますが……」


 ナダールの歯切れが悪い。

 アーシャは横で美味しそうにお酒を飲みながらも苦笑いをしている。

 不思議に思いながら私ももう一口味わっていると、ナダールが重い口を開いた。


「弊社は過去に、『異世界酒』を大々的に売り出したことがありまして……」


 過去に……そういえば、ラヅさんがサルヴァトーレさんにお酒の造り方を教えてもらったとか言っていたかな? 女の子が好むお酒がどうとか。


「サルヴァトーレ様が来られたころ、異世界料理が大ブームになったのはご存じだと思いますが、酒も同じように葡萄の酒や杏仁の酒などのサルヴァトーレ様が教えてくださった酒が大流行しました」


 料理がそうなら、当然の流れだよね。イタリア料理にはイタリア風のお酒が合うだろうし。


「料理も酒も、最初は『異世界』を売りにしていましたが、だんだん定着して、今はわざわざ異世界と謳わなくても人気の定番品となっています」


 ピザとかパスタはサルヴァトーレさんが伝えたらしいけど、お店でわざわざ「異世界料理!」とはもう言われていなかった。何十年も経っているから当然か。

 でも、ナダールの家ってもっと前からお酒を造っていたんだよね?

 ワインとかアマレット風とかはサルヴァトーレさんに教えてもらったとして、じゃあ、それまでに作っていたのは……?


「もしかしてお米のお酒は異世界酒の前に作っていたお酒ってこと……?」

「はい、サルヴァトーレ様が来られる以前は、弊社を含めほとんどの造り酒屋で米の酒を造っていました」

「つまり、言い方が悪いけどお米の酒って古臭いとかレトロとかダサイとか……?」


 ナダールがため息をつきながら頷く。


「……残念ながら、そのように思われています。弊社を含めて米の酒を造っていた酒屋はどんどん葡萄の酒や他の果実酒を造るようになり、米の酒はどんどん需要も生産も減っていきました」


 売れなくなったら作る量が減るのは当然か。

 米の酒とワインでは製造方法が違うから材料も設備も簡単に切り替えられないと思うけど……それだけの人気だったんだろうな。あと、王様が大地の神様だから、作物の生産なんかは上手く土壌を改良してくれるのかも?


「ミヤコ様が米料理を好まれるということでラヅに色々と聴いたのですが、米の酒造りが減っていくのを見たサルヴァトーレ様が、米農家が困らないように米料理を多く広めたそうです」


 そのお陰でリゾット、カレーライス、ライスコロッケなんかが食べられるし、白米を炊いてもらうこともできるのか。……サラダやライスプディングにはまだ慣れないけど……。

 それにしてもサルヴァトーレ様、そういうところがえらいよね。

 自分の伝える美味しい物のために損する人が出ないように考えるの。

 私も見習いたいけど……私のせいで圧迫している市場ってある?


「サルヴァトーレ様が来られるまでは、あまり米を食べる習慣が無かったのですが、今では食材の一つとして定着しています。酒に加工するよりも食用の方が圧倒的に多いですね」

「え? 全くなかったの?」

「はい。米は酒のためのものとしか思わせていませんでした」

「そう……」

 

 うーん?

 米があるのに食用にならないことある?

 米よりも小麦が先に定着していたとか?

 それにしても、食用より先に酒用???

 この世界、こういうところ偏ってるなと思うのは私の頭が固い?


「米の酒の人気が下がるのを食い止めるため、葡萄の酒や果実酒に合わせて甘さやフルーティーさを突き詰めたものがこちらの酒なのですが……古いイメージから脱却できず、一部の熱狂的ファンにしか売れていません。果実酒がたくさん売れているので経営に問題はないのですが」


 ナダールが悩まし気に瓶を見つめる。

 今までの言動から実家のお酒のことを大事に思っているのは解るけど、ナダールってお金にシビアというか、お金好きでしょ?


「そっちが売れているなら……ドライなことを言うけど、もうお米のお酒造りを止めちゃえってならないの?」

読んで頂きありがとうございます!!

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