第54話 ―言語の話/後編―
声って音だよね? 音以上の情報はそこに無いと思うけど……?
そこから音以外のことを読み取れるのは、共通の言語だからだよね?
言語関係なく意思を伝える、受け取るって超能力の域じゃない? テレパシーみたいな。
「私も自分ができるわけではないので説明が難しいのですが……魔法を使える人だけが習得できる第六感のようなものだと思って頂ければいいと思います」
やっぱりそれ、テレパシーなのでは?
あれも見るとか聞くとかの五感とは別の第六感ってことだよね?
常人には感じられない別の概念というか、存在というか、何かを感じられる能力……的な?
「つまり、翻訳ではないんだ」
「はい、相手の言語に変換するというよりは、相手に伝えたいことが伝わるという仕組みです。しかし……」
ナダールが何か付けたそうとしてふと考え込む。
言いにくいことでもあった? 次の言葉を待っていると、ナダールは少し悩みながらゆっくりと説明を再開した。
「翻訳ではないですが……例えばコージが伝達魔法を使いながらスライム語で私に話しかけた場合、私にはハンシェント語に聞こえます。また、コージたちにとって伝達魔法を使うことはほとんど無意識になっているようで『大人になってからは、自分が魔法を使っている自覚も無く、話すと同時に自然とやってる感じ』と言っていました。無意識で発動して、受け取りては自分の言語に聞こえる……実質、ミヤコ様にかかっている言語変換魔法と同じかもしれません」
「そうだよね、私にかかっている魔法と似ているよね。ってことは、この国の人間も言語変換魔法が使えそうなのに」
「そう、ですね……」
「私、かけて欲しいです。お商売の役にめちゃくちゃ立つじゃないですか!」
ナダールは戸惑いながらもアーシャの言葉に深く頷く。
絶対にそうだよね。この国の利益になるのに。
「私は、魔族の伝達魔法の知識はありましたが、それをヒューマンが使えるとは思っていませんでした。伝達魔法は他者がかける魔法ではなく、自分で習得する、魔法が使える本人しか使えない魔法なので」
「ヒューマンは魔法が使えないんだっけ?」
「どちらとも言いかねます。魔法のセンス……つまり、生まれつき魔法の概念を理解して感じ取れる感覚を持っている『魔法が使えるヒューマン』も、ごくごく少数います。城の魔法士や魔法技師もそうです」
召喚された時に説明してくれた魔法士のおじいさんや、シーオーイェンさんか。
私がこの世界に呼ばれた魔法だって、先代の魔法士さんが作ったとか言っていたよね。
「そして、魔法のセンスが無い一般ヒューマンでも、体内に魔力が無いわけではないので、魔法石や魔法士があらかじめかけておいた魔法の補助を受ければ魔法を使うことができます。金銭のやり取りや水道を使用する際がそうですね」
そうそう。お金や水道は「魔法を使うぞ」なんて意気込まなくても自然に魔法を使っているんだった。
私でも魔法を使えないわけではないんだよね……でも、魔法石を常に身に着けているわけではないから、言語変換魔法が使えている可能性としては……。
「おそらくですが、ミヤコ様の言語変換魔法はご自身で発動しているのではなく、他者にかけられた魔法ということですね。こちらにお呼びしたゲート魔法自体がそうなのですが」
「ってことは、私たち一般ヒューマンもミヤコ様と同じように魔法をかけてもらえるはずですよね?」
「そうなりますね……いや、しかしゲート魔法の一部というだけで、言語変換魔法だけ切り離すことは不可能かもしれません。ただ、どう考えても召喚より翻訳の方が簡単で……」
やっぱりこの世界の「魔法」の具合がよく解らないな。
言語変換魔法、どう考えても希望する人にかけてあげるべきだよね?
外貨がどうとか外国に対して弱い感じがするのも、言語が通じればもっと商売とか交流とか交渉とか上手くできそうだし。
「……ナダールさん、ちょうどそこを曲がったら魔法士執務室ですよね?」
「……この時間なら、魔法士様も……」
二人が私の方を向く。
視線で言いたいこと解るよ。
「ちょっと聞いてみようか?」
……と勇んで、立派な社長室風の魔法士さんの執務室に突撃してみたものの、魔法士さんの答えは「先代の魔法なので解らない」だった。
魔族の伝達魔法は知っていて、魔法士さん本人も使えるらしいけど、他人にかけることはできないらしい。
一応、異世界から来た時の何かのエネルギーで常に魔法がかかった状態にできるようだという見解はあったけど、「こちらの言語変換魔法と伝達魔法が同じ仕組みかどうかは解りません」と言われてしまった。
今、まさに、この瞬間も私がその言語変換魔法を使っているのに、目の前で見て解らないものなのか……この人、魔法の専門家らしいのに?
まぁ、使っている本人である私も、何もわからず無意識で使っていることだからなんとも言えないけど。
「魔族の伝達魔法は書いた文字・書かれた文字には適応されませんが、救世主様の言語変換魔法は書いた文字・書かれた文字にまで適応されます。魔法の種類が異なるのか、より高度な魔法であると考えられます」
「そういえば、伝達魔法でのコミュニケーションが一般的である魔族にも公用語があり、『書く』場合は必ず共通の文字と言語を使用しますね」
さっきのナダールの説明でも、声を音ではなく意思としてとかなんとか、声ありきみたいな言い方だったよね?
書いた文字には効果が無くて当然だけど、そうなるとますます私にかかっている魔法の仕組み? 効果? 概念? が不思議。なんで書いた文字まで通じるんだろう?
「研究部門には話しておきますので、何かわかればお伝えします」
魔法士さんは困ったような笑顔で頭を下げる。
この人自身が調べるわけではないのか。
まぁ、急に来ちゃったし、色々お仕事もあるだろうし仕方ないけど……イマイチ頼りないんだよね、この魔法士のおじいさん。
「研究が進んで、私たちにも言語変換魔法がかけてもらえるようになるといいですね」
魔法士室を出て、今度こそ自室に向かいながら、アーシャがそんなことを呟いたけど、あまり期待している顔ではなかった。
謎は深まるばかりだ。
あ、今更だけど……私の本って写植にせず全部手書き文字にすれば翻訳しなくても外国で読めたのかな……?
……そうなると、字が汚いのって……うん。まぁ、いいか。
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