第53話 ―言語の話/前編―
舞台の打ち合わせと、建築の話をした出版社からの帰り道。
今日もナダールが馬車の手綱を握り、私とアーシャは座席に向かい合って座る。
「そういえば、ドワーフ語版を作るって話だけど……サンダーさんや今日のダオさん、アーシャのお店のツチさんとかもドワーフ語しゃべってるの? 私、自動で言語変換する魔法がかかっているから全員元の世界の日本語を話しているようにしか聞こえないんだよね」
今日の会議で疑問に思ったことを尋ねると、アーシャがすぐに首を横に振った。
言葉と関係ないけど、首を縦に振るとイエス、横に振るとノーっていうジェスチャーが私のいた国と同じで助かっている。元の世界の日本以外の国では縦がノーで横がイエスの国もあるし。
「ミヤコ様がお会いしたドワーフのみなさんは、ハンシェント語を話しています。ただ、ドワーフ語とハンシェント語は似ているので両方話せる人が多いですね」
「そうなんだ。じゃあ、アーシャも?」
「はい。学校の授業で習ったので、日常会話程度なら困りません」
「へ~。授業で」
元の世界でも英語っていう外国語の授業があった。
……英語の点数は悪くなかったけど、義務教育の授業だけで日常会話ができるかは微妙だな。
「エルフ語かドワーフ語のどちらか、または両方を選べるので、私は両方の授業を受けていました。ナダールさんもそうだったと思います」
「エルフも違う言語なんだ」
「はい。エルフ語は全然違うので難しいんですが……ゆくゆくは国外で大きな商いをしたいので必死に頑張りました!」
偉いなぁ。
私なんて一つでも授業数減らしたかったから、卒業できるギリギリの単位しか取らなかったのに。
「……エルフ語は多くの場合、魔法に使います。私は魔法使いや魔法技師ではありません。しかし、エルフ語を知っている場合、便利なことが沢山あります」
「そうなんだ。魔法はエルフ語……ん?」
あれ?
アーシャがちょっと驚いた顔をしている。
私の反応、おかしかった?
「……今、実はエルフ語で話してみたんです」
「え?」
「エルフ語でもミヤコ様には同じように聞こえるんですね?」
「そうみたい……!」
言われてみたら、ちょっと片言というか堅い感じの言い回しだったかも?
でも、普段と同じように元の世界の日本語で聞こえたというか理解したというか……別の言語を話したとは思わなかった。
「もう少し試してみてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「えっと、こんにちは、こんにちは、こんにちは」
多分、三つの言語で「こんにちは」に該当する言葉を言ったんだろうけど……。
「今、『こんにちは』って同じ言葉を三回言ったように思うけど?」
「別の言語でした! ドワーフ語、エルフ語、ハンシェント語です」
「おぉ……!」
最初から便利だとは思っていたけど、三か国語対応ってすごいな、この言語変換魔法。
しかも、私は日本語だけど、以前の救世主様たちはサルヴァトーレさんがイタリア語だろうし、レイカ・リュウさんは清語……ってある? 広東語とか北京語とかそういうの? 詳しくなくて申し訳ないけど、とにかく様々な国の言語のはずなのに。
「高性能すぎるよね~……あ、でもこんな便利な魔法があるのにアーシャたちは他の言語の勉強するの? 魔法でどうにかなるんじゃないの?」
「それは……私たち一般市民はそのような魔法が使えません。私はこんな便利な魔法があること自体、ミヤコ様が来られてから知りました」
「そうなの?」
「はい。あ、でも……間違っているかもしれませんが、魔族の国は様々な種族が集まっているけど意思の疎通がとれるような、魔法的な仕組みがあると聞いたことがあります」
「魔族か……」
ラヅさんの劇団にいたヴァンパイアのノースさんやスライムのアラガミさんは、普通にしゃべっていたと思うけど、私には言語変換魔法がかかっているから何とも言えない。
「ノースさんやアラガミさんは、流暢なハンシェント語でしたが、劇団の方だからお勉強されているのかもしれませんね」
私の考えていることが解ったのか、アーシャがそんなことを言いながら首を傾げる。
アーシャが解らないなら私にわかるはず無いなと思った瞬間、ちょうど馬車がお城に着いた。
◆
「魔族の言語、ですか?」
馬車を降りて、自室に戻りながらナダールにも先ほどの話をすると、ナダールは少し考えながらゆっくりと話し始めた。
「確かに魔族は種族によって言語が違います。劇団員を見て解ると思いますが、ヴァンパイアとスライムのように体の構造があまりに違うので、同じような発声ができませんし、聞き取りが苦手な種族もいます」
それは解る。
牙や翼があるけど体格は人間に近いヴァンパイア
変身した後は人型だけど、元の姿は半透明のぷるぷるのスライム。
どうみたって二人の出せる音が同じなわけが無い。
「鳥のような体の魔族、馬のような体の魔族、蛇のような体の魔族もいます。言語を統一しても、すべての種族が同じように発声することは不可能です」
でも、魔族同士で意思疎通ができているんだよね? なんで??
「そこで、魔族は幼いころから伝達魔法の訓練を受けます。義務教育の早い段階で習うので、一〇歳位までには習得できると聞いています」
「伝達魔法?」
「発する声を音ではなく、意思として相手に受け取ってもらえる魔法です。逆に相手の声も、音ではなく意思として受け取ります」
「……?」
えっと……どういうこと?
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