第52話
「国外の企業への委託は想定していませんでしたが……不可能ということはありません」
ダオさんが少し戸惑い気味に下げていた頭を上げた瞬間、アーシャがダオさんの目の前に書類を置いた。
「私、この国で服飾店をしている者です! ミヤコ様と出版社から権利をとってこのような商品を販売しております!」
アーシャ、いつも持ってるの? 異世界服の売り込み用資料。
「新商品の予定もありますし、提携している菓子店では異世界菓子も販売しています」
「主人公たちが来ていた服ですね。言われてみればドワーフの国では見ない服です……これらが販売できれば漫画ファンをターゲットとした魅力度アップに繋がりますね」
アーシャがよしっと言いながら小さく拳を握った。
いつも思うけど、本当に商魂たくましいね。
良いと思う。
「そして、私の実家はこの国で造り酒屋をしておりまして……ドワーフの方は無類の酒好きでいらっしゃいますよね?」
「えぇ、私も酒は大好きです」
アーシャに続いて話し出したナダールの言葉に、ダオさんは少し表情を緩めて頷く。
かなりの酒好きみたいだな。
「漫画の中で、主人公のお姉さんが飲んでいたお酒、興味ありませんか」
ナダールが少しだけ口角を上げると、ダオさんの喉がごくりと動いた。
「あのおいしそうに飲んでいた酒を……?」
「更に、以前ハンシェントに来られていた別の救世主様直伝の異世界料理のレシピも多数所有しております」
ラヅさんがサルヴァトーレさんから教えてもらったレシピのことだよね?
そうか。お酒が提供できて料理も作れるから、食堂としては完璧だ。
ただ、元の世界のお酒が作れるのかは……私、聞いてないよ?
「異世界のお酒と料理が堪能できる食堂……異世界服の売店……流行る。絶対に流行りますよ! 必ず上の許可も出ます! もし出なくても私のあらゆる権限を使って許可します!」
「解りました。では、今のお話も含めて一度ミヤコ様と出版社で今後の対応を検討してお返事させて頂きます。また一週間後くらいに話合いということでいかがでしょうか?」
「承知致しました! どうぞ前向きなご検討よろしくお願い致します! こちら、提案書と弊社の会社案内を置いていきますので!」
もう一度深々と頭を下げたダオさんが、テーブルに紙の束をいくつかおいて会議室を後にした。
怒涛の展開すぎて頭が整理できていないんだけど……これは、建築を認める方向で動くことになったんだよね? 隣に座るナダールとアーシャを見ると、二人はめちゃくちゃイキイキした顔で頭を下げた。
「「ミヤコ様、勝手なことを申し訳ございません」」
「別にいいよ、二人にとってはチャンスだよね」
「はい! それに……」
「私の店の利益もありますが……」
二人が一層目を輝かせ、力のこもった声をあげる。
「「外貨獲得の大チャンスです!」」
「外貨……」
外国で販売するんだからそうなるか。
でも、そんなに喜ぶこと?
首を捻っていると、アーシャが力のこもった声のまま続ける。
「この国の貨幣価値が低いのは、先日のシーオーイェン様とのお話で御存じですよね?」
「うん。それで海外から輸入しないといけない魔法石が高価なんだよね?」
「そうです。魔法石に限らず、スパイスやチョコレート、一部の金属など、輸入でしか手に入れられない物は非常に高価になってしまいます」
そうだった、そうだった。カレーが高価で、チョコも高級品だった。
輸入品は高いってずっと言われていた。
「そのため、私たち商人は物価の高い国外進出を目指している企業が多く、商工ギルドからも輸出量を増やすように言われていて、日々画策しているんですが……なかなか……。特にドワーフの国は物作りに対するプライドが高いので服やアクセサリーを含む日用品や工芸品は買ってもらえません。作りにこだわりが少ない肌着などの大量生産で安価な消耗品は輸出できるんですが……コンスタントに輸出できているのは一部の食物や書籍くらいでしょうか」
「酒もそうです。ドワーフの好物なのでドワーフ国内にも多くの酒蔵があり、こちらが太刀打ちできません。同じく、度数の高い安価なアルコールだけは需要があります」
物価の違いを生かして安さが売りのものだけ輸出できるってことか。
元の世界では、どちらかというと製造コストの安い国で大量につくられた服とか雑貨とかを買うことが多かったから、それはそれで良いと……でも売る方からしたら微妙なのかな。安価なもの以外にしっかり作った付加価値のある製品があるから。
「建築も、様々な工業も、ドワーフの国からハンシェントに伝わったものが多いので仕方がないんですけど……」
ため息をつくアーシャに、サンダーさんが苦笑いを浮かべる。
「最近の技術は魔族の国から来とりますからなぁ。ドワーフの国もいつまでもお高くとまっているわけにはいかないんですが……ずっと国から出ない老ドワーフは頭が固いんですわ」
なるほどね。なんとなく事情は解った。
ハンシェント王国以外で私の漫画を活用する意味があるのか悩ましかったけど、元々、ドワーフの国で翻訳版を出版することは聞いていたし、そのPRになるのは良いと思う。それに加えてアーシャやナダールの家業が上手くいくのは喜ばしいし、それがハンシェント王国の国民のためにもなる。
建築を断る理由は無いな。
「そういうことなら、私は建築を許可しても良いと思いますが?」
社長さんとスーイさんの方を向くと、二人も頷いてくれた。
「ヤダ様がご納得されているなら、出版社としても賛成いたします。ドワーフの国でも認知拡大と売り上げ向上に繋がるのは間違いありませんから」
「ヤダ様の目標の助けにもなるのなら、やる価値はあると思います。こちらの提案書を確認して、弊社の方でも権利料と……担当編集としてはきちんと姿勢を示すためにも慰謝料の概算、出版時のPR企画についても検討しておきます」
模写した作品がコンテスト入賞と聞いた時は嫌な話でしかなかったけど、サンダーさんやスーイさんたちは私の作品の権利をしっかり考えてくれるし、私の気持ちにも寄り添ってくれることが再確認できてよかったかも。
それに、外貨獲得という新しいこの国への貢献もできそうだし。
この話はこのまま進めていいかな。
でも一つ……
「ところで、ナダール。料理はともかく……お酒って作れるの? ナダールが言っているお酒って作中の『日本酒』のことだよね?」
以前作り方を聞かれたことはあったけど、日本酒のプロでもないので「しっかりめに精米した米を麹とか酵母で発酵とか熟成させた透明のお酒」という雑な説明しかできなかった。
あとは「お米の味は全然しなくて、この絵に描いているお酒はまるで果物のお酒みたいにフルーティーで甘くて飲み易くて、でもアルコール度数が高い」とは言ったかな。実家に帰るとよく出してきてくれた父お気に入りの大吟醸をイメージしていて、瓶の形もラベルもそれに合わせて描いたけど、絵から味が伝わるわけでもない。これだけの情報でナダールに日本酒の作り方が解るとは思えない。
「確実ではありませんが……ミヤコ様、お城に戻ってからお話させて頂きます」
「……? うん。わかった」
その後、スーイさんと原稿のスケジュールの確認だけして出版社を後にした。
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