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第49話

 ラヅさんたちの稽古場に行ってから一週間。

 出版社のいつもの会議室に集まったのは、私、ナダール、アーシャ、その横に劇団のラヅさんとノースさん。机を挟んだ向かいには出版社の社長さんとスーイさん、ロックガーデン服飾店の猫の獣人広報フナードさんも座っている。

 私の漫画の舞台化に関する会議だ。

 会議と言っても、事前にラヅさんたちが細かく内容を詰めてくれていたのでサクサクと進んでいく。

 まずは私のシナリオを元にした脚本のチェック……


「こちらの脚本で問題ないです。私の原案に舞台らしい華やかな見せ場が加わってとても楽しそう! 早く上演されているところを見たいですね!」

「ヤダ様がそうおっしゃるなら、出版社としても何も注文はありません。ただ、上演に合わせて発売する脚本の漫画版は、多少の調整をさせて頂きます」

「はい。それはもちろん。舞台と本とでは最適な見せ方が違うと理解しています」


 スーイさんはビジネスライクに、でも、期待していることが解る表情でラヅさんと話を進める。

 ……その間、社長さんは……今日のラヅさんの来訪は事前に決まっていたからか、編み込みが入った妙に凝った髪型で仕立てが良さそうなスーツ姿で「ラヅ様が、観客を恋の相手に見立てて……つまり、こんなセリフを私に向けて言ってくれる……? うそ、うそうそ、最高! やばい、え、この歌も? 私に? ダンスも? いや、だめ、こんなの最高過ぎる!」と脚本を見ながら震えている。

 解る。その反応、解る。

 あと、安心する。

 ラヅさんの大ファンである社長さんがこの反応なら、きっとこの舞台は成功だ。


「そしてこちらの観劇セット。これも出版社としてはありがたい限りです」


 観劇セットに関しては、三日ほど前にアーシャとナダールが色々と話をしていて、私も少しだけアドバイスなんかをして、先日ラヅさんたちに見せたものからパワーアップした。

 原作漫画のあらすじ小冊子、ラヅさん演じるイケメン主人公がヒロインに渡す物と同じカーディガン、主人公が作るお菓子と同じお菓子「芋けんぴ」、ラヅさんを応援するために掲げる名前と似顔絵入り団扇、感激して流れるであろう涙をふくラヅさんの名前入りタオル、そして、それらを入れる主人公のイラストが入ったペーパーバッグ。

 これはロックガーデン服飾店が中心になって作る予定で、劇団と私と出版社にはロイヤリティーが支払われることになっている。


「グッズ類も弊社で総力を挙げて作らせて頂きます! もちろん衣装も! あ、新しい異世界服の販売に関しては後日販売計画書をまとめて再契約させて頂ければと思います!」


 アーシャが早速作ってきた、胸元にバラの刺繍が入った白いカーディガンのサンプルを広げながら力説する。

 そうそう。衣装もロックガーデン服飾店が作成して、主人公が着用するものと同じ、男子の制服であるチェックのスラックスやベストは一般発売もされることになった。


「あとはスケジュールですね。劇団の最短スケジュールである四ケ月後……弊社の製造は間に合うと思いますが……衣装合わせなどのことを考えると余裕を見た方が良いと思います。告知にも力を入れたいですし」

「では次の上演シーズンに合わせて……」


 みんなが真剣な顔で話し合い、どんどん舞台やそれに関するグッズ、広告などの話がまとまっていく。

 正直に言うと、この辺りは原作者の出番って無いんだよね。

 元の世界でもアニメ化の会議とかキャンペーンがどうとかグッズをどうするとか、色々な会社の人が集まって色々な話をしたけど、だいたいの会議はほとんど決定してからの「確認」程度だった。私が口を出したのなんて「お気に入りのキャラクターのCVをできればあの人に~」とか「ここは明らかに設定がおかしいです~」くらい。

 ちゃんとした専門家の大人が考えてくれることに反論はあまりしたくない。私は舞台のプロでも服飾のプロでもなんでもないただの漫画家だしね。

 そんな気持ちでどんどん決まっていく内容を楽しく頷きながら聞いていると、不意にスーイさんがこちらを向いた。


「あとは、ヤダ様がこちらの脚本を漫画にするのにどれくらい時間がかかるか、ですね」


 出版社や劇団のみなさんの視線が私に集まる。

 制作スピードか……パソコンが無いアナログ作業だし、背景を手伝ってくれるアシスタントさんもいない。だからちょっと時間がかかるとして……


「そうですね……この脚本なら三十六~四〇ページくらいでまとまるとして……脚本ができているならネームは最低限で良いし……二〇日ももらえれば充分です」

「……?」


 あれ?

 なんで無言?

 そんなに時間かけちゃダメだった?

 でも、あまり漫画の技術を軽く見られるのも、テキトーな作品を提出するのも嫌だからなぁ……。


「急げば一〇日くらいでも……まぁ」


 あまり急ぎたくないけど……睡眠時間を削れば、まぁ。

 これ以上は徹夜でしんどいか、背景が真っ白になるからできればここで許して欲しいと思っていると、テーブルに着いているみんなが顔を見合わせた後やっと口を開いた。

 

「「「「「え?」」」」」」


 え?

 え? って……え?


「は、早すぎませんか?」


 スーイさんが不思議そうというよりは心底驚いた様子で聞いてくるけど……そっか。

 私、この世界でも描くのが早い方か。


「だって、お話はできているし」


 一番時間のかかるネームは、脚本があるからあまり悩まなくて済む。

 しっかり作ってある脚本だから、ネームに起こしやすそう。


「制服や建物の設定は最初に描いた漫画と同じで良いから考えなくていいし」


 学校も主人公の家も、駅や周辺の商業施設も、スピンオフだから同じで良い。むしろ同じじゃないといけない。それにキャラクターも同じキャラだし、ヒロインは観客……漫画版では読み手自身だから顔を描かなくていい。


「あとは描くだけですから」


 この説明で理解してくれるだろうと思いながら言ったのに、周りの人は全員引き攣った笑顔で首を傾げる。

 

「私は出版社の社長として沢山の作家さんを見てきましたが……」

 

 しばらくの沈黙の後に社長さんがやっと話し始めたけど、なんかこれ、驚かれているというよりはドン引きされている……?

 

「ヤダ様の漫画のような密度の絵を、そのような早さで描ける人はいませんよ。物語などを考える時間が少ないとしても……ヤダ様のあの緻密な絵……そんなに早く描けるものなのですか? ヤダ様の世界では当たり前なのですか?」


 描くスピードなんて個人差だから早い人もいそうなものだけど?

 確かに私は、美大とその受験のための塾で鍛えられてめちゃくちゃ作画が早い方だったけど……週刊連載していた作家さん達なんてもっともっと早かったよね?


「早い方ですが一番では無いですよ。元の世界の私がいた国では、毎週発行される漫画の雑誌があって、毎週一五~二〇ページ前後の漫画を描く作家さんも大勢いました」

「毎週……?」

「大勢……?」


 社長さんとスーイさんが呻くように呟く。


「はい。週刊の漫画雑誌が……何冊あったかな? 有名な雑誌だけで一〇種類として、一つに一五~二〇本は漫画が載っているから……」


 私が計算するより早く、ナダールが淡々と……でもちょっと驚きを隠せない様子で口を開いた。


「一五〇~二〇〇人は週に一度漫画を描き上げているということですか? ミヤコ様と同じようなレベルの漫画を?」

「そうなるかな。絵だけで言うと私より下手な人も上手い人もいるし、話を考える人と絵を描く人が別ってこともあるけど。あと、背景やベタ……えっと、塗りつぶす作業を手伝ってくれる人がいる場合が多いよ」


 WEB連載やアプリの漫画も入れたらもっといるだろうし、毎日更新なんて猛者もいるけど……説明が大変だから割愛させてもらおう。


「短期間で絵を描けるのもすごいですが、週に一度、ページ数の多い雑誌を製造できるのも……編集者、人手、工場……」

「流通もですよ、社長! 新聞はペラペラで文字ばかりだからギルド経由で定期発行できますけど、本ですよ? 製本されたものを……毎週?」


 流通の話にはフナードさんやアーシャもめちゃくちゃ頷いている。

 っていうか、ナダールもアーシャも私が漫画描くとこ見ていたよね? ……と思ったけど、最初の漫画は久しぶりのアナログでてこずったし、この世界に来てすぐだったから一ヶ月くらいかけて描いたっけ。今描いている二作目も、時間に余裕があるから無駄に凝った服や背景にしたり、合間に落描きしたり、のんびり描いてるからな~。


「私は週刊の雑誌ではなくて月刊の雑誌で漫画を描いていたので、毎月三〇~四〇ページと時々読み切りとか表紙や広告用のイラスト、あとは趣味で好きなアイドルのライブのレポート漫画とかも……」


 月産六〇ページ近い? 我ながら頑張ってたな~。

 元の世界ではデジタルだからできたって部分もあるけどね。素材買ったり作ったりもしていたし。

 

「……ということは、弊社でも毎月漫画を描いて頂け……」

「社長、うちの規模では月刊でも製造が……!」

「そうよね……でも、こちらのスピンオフ発行の前に二作目は発行したいわね」


 二作目。スーイさんと打ち合わせして作画に入っている逆ハーレム物のことか。

 あれはシナリオ原案を渡した後、今日まで時間があったから……。


「それ、もうほとんど描きあがっていますよ」

「え!? あれ、一作目よりページ数多いですよね? 間に舞台のシナリオ原案も書かれていたのに!?」


 スーイさんが体に似合わない大きな声をあげる。


「もうちょっとだけ仕上げして……三日もあればお見せできます」

「えっと、じゃあ……二作目も完成した状態で、四日後にはスピンオフの作成にかかれるってことですよね?」

「そうですね」


 スーイさんが無言で社長さんを振り返ると、社長さんは強張った顔のまま小さく頷いた。


「ということは、工場の手配など考えても……三ヶ月もあれば漫画版の発行は可能です」


 社長さんの言葉にここまでずっと驚いた顔をしていたラヅさんが、表情を柔らかい笑顔に戻す。


「では、劇団とロックガーデンさんのスケジュール次第ですね。劇場やスタッフと確認してきます」

「はい! 弊社は工場とお菓子やペーパーバッグの外注先とも相談してまいります。一週間後にスケジュールの擦り合わせということでよろしいですか?」

「そうですね。その時までに各社の可能な広告媒体と企画内容を確認して……」


 あんなに驚いた顔をしていたのに、みんなすぐにビジネスライクに戻れてえらいな。

 この世界の人ってここにいる人たちくらいしか知らないけど、本当勤勉だよね~。

 ……呑気にそんなことを考えている間に今日の会議は終了した。


「では、一週間後に」

「よろしくお願いします」

「ありがとうございました」


 ラヅさんたちとフナードさんが立ちあがり、私たちもと思ったところでスーイさんから声がかかった。


「ヤダ様、申し訳ございませんがもう少しお時間頂けますか?」


 二作目に関する話か、スピンオフの具体的な打ち合わせをしておこうってことかな?


「はい、大丈夫……だよね?」


 お城の馬車の返却時間とかもあるし、一応ナダールの方を向くと小さく頷かれた。


「実は、あまりいいお話じゃないんですが……」


 ラヅさんたちが退室したあと、話し始めたスーイさんの表情はとても暗かった。

 隣に座る社長さんも。

 何だろう……売り上げが悪いとか? だったら二作目の話に積極的じゃないよね?

 少しの沈黙に怯えていると、スーイさんが苦々しい顔で話し始めた。


「ヤダ様の漫画の一部を模写した人が、他社のコンテストで大賞を受賞してしまったんです」




読んで頂きありがとうございます!

続きは一週間程度で更新予定です。

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