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第46話

 トイレやキッチンの水回り、コンロ、照明、電話をシーオーイェンさんが点検していく。

 電話機の中に魔法石が入っているのは知っていたけど、他の設備も開くと中に魔法石が入っていた。

 元の世界での水道、ガス、電気といった仕組みは、この世界では全て魔法石なのかもしれない。

 物によって色や形が違うから、魔法石にも種類があるみたいだけど。


「全て異常なしですわ。汚れを取って潤滑油を差しておきましたので、当分は安心してお使いいただけると思います」

「ありがとうございます」


 私が頭を下げると、ナダールやアーシャも少し深めにお辞儀をした。

 名前に「様」を付けていたし、ナダールたちよりもシーオーイェンさんの方が立場が上なのか。


「急な呼び出しにも関わらず、技師長様自ら起こし頂きありがとうございます」

「本来は申請が必要な点検作業まで技師長様にして頂くなんて、恐縮です」


 技師長か。やっぱり偉い人なんだ。

 ナダールとアーシャは深々と頭を下げるけど、シーオーイェンさんは優雅な笑みを浮かべ、点検作業の途中からローブの袖を押し込むように付けていたアームカバーを外す。


「お気になさらないで。ちょうど今日は時間がありましたの。それに……」


 アームカバーをボストンバッグに仕舞ったかと思うと、バッグの中から見慣れた本が出てきた。


「ヤダ様、先ほども申しましたがわたくしこちらの御本の大ファンですの! もしお時間頂けるようならお話伺えませんか?」


 取り出されたのは私が描いた漫画本。しおりが沢山挟まっていて角も擦り切れているから、かなり読み込んでくれていることがわかる。

 大人の女性の読者は少ないって聞いていたけど……響く人には響くんだ。

 作者として嬉しくないわけがない。


「ファンの方とお話できるのは私も嬉しいです。こちらこそ、ぜひ」

「嬉しい! どこからお話聞こうかしら!」


 私が頷くと、シーオーイェンさんが本当に嬉しそうに本を抱きしめた。

 そんな反応されると私も笑顔になっちゃうよね~。

 そして嬉しそうな私の様子を見たアーシャがまた嬉しそうに笑って「ゆっくりお話しできるようにお茶をお持ちしますね」とミニキッチンに向かった。




 ソファに向かい合って座り、シーオーイェンさんが膝の上に私の本を置く。


「わたくし、本はあまり読まないのですが、異世界の生活や社会に興味があって読ませて頂きましたの。そうしたらもう……主人公と幼馴染のじれったい恋心がとても可愛らしくて……私にこんな恋愛の経験はありませんのに、まるで自分の学生時代にこんな恋をしたような気持ちになりましたわ!」


 お、おぉ……!

 ちゃんとファンだし、私のやりたいことがちゃんとできている!

 恋愛漫画って、傍観者としての楽しみ方もいいけど、現実ではできない恋愛を疑似体験するのも醍醐味だよね?

 ド定番で解りやすい恋愛だとは思ったけど、丁寧に描写して表情とかも描き込んだ甲斐があったな。

 

「人気者のイケメンにモテるトキメキと、安心できる幼馴染に落ち着く充実感。一作品の中でこんなにも濃密な気持ちを味わえるなんて本当に素晴らしいですわ」


 美人でスタイルも良くてモテそうな人が、私の本をぎゅっと抱きしめてうっとりとこんな感想を言ってくれるなんて。

 異世界でも漫画を描いてよかったなぁ。


「嬉しいです。そういう風に物語にしっかり入り込んで楽しんで頂けているなんて……こちらの世界の人からすれば、異世界が舞台になるので共感してもらいにくいかと心配だったんですが」

「確かに異世界が舞台なので解らない部分はあります。でも、ヤダ様が緻密に様々な物を描き込んでくださっているので、世界に没入できました。異世界体験ができるという意味でも素晴らしい御本だと思います!」

「そ、そですか? 嬉しいです」


 元の世界の時でもそうなんだけど、褒められ過ぎるとなんて返事したらいいか困るよね。

 心の中では「うっわ~~~~~~!!!!! こんな美人にここまで言わせちゃう? 私天才! めちゃくちゃ嬉しい! やっばぁぁぁぁぁぁい!」って言いながら転げまわっているくらい嬉しいんだけど、現実でそんな反応をするのは憚られる。


「ですが、ヤダ様のおっしゃる通り異世界の社会や生活文化で解らない部分が多いので、その辺りを教えて頂けたらもっと楽しめると思いますの。魔法技師という仕事にも役立ちそうですし……質問させて頂いてもよろしいですか?」

「はい、もちろんです」


 内心めちゃくちゃ浮かれながら頷くと、シーオーイェンさんはボストンバックからメモ帳と万年筆を取り出した。


「ありがとうございます! ではまずこのシーンなんですが……」


 ローテーブルの上に置かれた本が、しおりに沿って開かれる。

 このページは……学校の校庭のシーンか。


「あ、ここ! 実は私も違和感あったんです」

「ね? 思いますわよね?」


 調度お茶を置きにきたアーシャも、ソファの横に立ったままページを一瞥しただけで苦笑いを浮かべた。

 あれ? そんなに特別な物は描いていないけど……主人公が体育の授業で怪我をして、水道で傷口を洗っていると幼馴染がやってきてー……というシーン。

 体操服? グラウンドの白線? 沢山並んだ水道?

 あ、そうか。

 水道か。


 私も思いついたけど、二人が声を揃えて言うのが早かった。


「「こんなに蛇口が並んでいるなんて贅沢!」」

「そうか……。この世界の水道の仕組みを知ると、確かにこれは贅沢かも」


 元の世界の学校だと、グラウンドや廊下、トイレなんかに蛇口が沢山並んでいるのは見慣れた光景で、今開いているページでも、六個並んだ蛇口を描いた。


「ヤダ様の世界では、魔法石よりも安価に水を運んだり発生させたりできるということですよね?」


 シーオーイェンさんが興味深そうに身を乗り出す。

 これは、水道の説明が必要か……上手くできるか心配だけど……。


「そうですね。えっと……元の世界にも浄水場という、貯め池やダムの水を浄化する設備があって……」

「ふんふん。この世界も同じですわ。水不足に備えた人工的な大きいダムもあります」


 話しながら、必死に脳内の水道知識を引っ張り出す。

 小学校の社会科見学で浄水場に行った時に見せられた動画、大人になって漫画で蛇口を描くために調べた構造……確か……。


「そこから水を運ぶのが決定的に違うんです。魔法石のようなものは無いので、浄水場から各家庭やお店、学校などの施設まで、地下にパイプが埋めてあって、そのパイプを通って水がやってきます」

「地下に、パイプ? ここのシャワーのように水が通るだけの?」


 シーオーイェンさんもアーシャも不思議そうに首を傾げる。


「はい。パイプ自体には何も仕組みはありません。ただのパイプに常に水が流れていて、そのパイプは何度か細かく枝分かれして、最終的に蛇口に繋がっています」

「浄水場から蛇口まで、パイプで繋がっている……? しかもそれが、全部の家庭や施設? え、地面の下がパイプだらけでごちゃごちゃになるんじゃありませんの?」

「えーっと……太いパイプがいくつかあって、地域ごとにその太いパイプから枝分かれして……ほら、道もそうですよね? 最終的には家に繋がるし。意外とごちゃごちゃしませんよ」

 

 なんて言ってみたけど、私も自分のいた世界の水道管が地下でどう張り巡らされているかは直接見たわけじゃない。


「それで、蛇口はこの世界の蛇口と似た形なんですけど……描いたほうが早いか」


 アイデアを思いついた時用に部屋のいたるところに置いている紙とペンに手を伸ばし、簡単な蛇口の断面図を描く。


「ハンドルを回すと、回す向きによって中の金具が上がったり下がったりします。この金具が上がることで、パイプと繋がる部分に隙間ができて、パイプの水が蛇口の先へと流れていくんです」


 正確にはもっとパッキンとかコマとかあるけど……間違えないで描ける自信が無いからだいたいの構造でいいよね? 仕組み的には間違っていないはず。


「水が出てくるパイプの蓋を開け閉めしている、という解釈でもよろしゅうございますか?」

「うーん……まぁ、そうかな? 開ける幅が広いほど沢山水が出て、狭いと出てくる水の量は少ないですし」 

「……なるほど……仕組みは理解できましたわ。でも、何の仕掛けも無いパイプで水が流れますの?」

「それは、水が流れていくように圧力をかけるポンプがあって……」


 ポンプって浄水場にあるんだっけ? 配水の途中? あ、やばい、だんだん知識が追い付いてこない。


「あと……山の上とか高い場所に浄水場を作って、高低差で水が流れるようにしたり……?」

「す、すばらしいわ! 浄水場の位置から都市計画がなされているのですね。そして全戸への配管……すごい、デザイン都市だわ……ということは下水も……?」

「はい。下水専用のパイプが各家庭や施設から下水処理場まで繋がっていますね。このパイプも地下に埋まっています」

「下水も全戸に! では、その下水はどう処理しますの?」


 シーオーイェンさんのメモをとる手が高速で動く。

 私の言葉、一語一句書いてる?

 間違えられないな……。


「下水は……下水処理場で水の中の汚れを沈殿させたり消毒したりして、きれいになった水を海に流します。だから、浄水場とは逆に、なるべく海に近い場所にありますね。各家庭から下の方へ流れていくようにっていうのもあるし」


 あってるかな……?

 一応、元の世界で漫画の主人公が暮らす街を考えた時に、色々と調べてそういう配置にしたんだけど……私が調べてモデルにした街だけがそうだったらどうしよう。


「浄水場、パイプ、下水処理場……こんな方法が……この国でも下水処理場は海の近くですが……下水は街の区画単位で設置している地下の下水タンクに集めて、魔法石で転移させるので……費用とメンテナンスが……でも、全戸にパイプなんてもっと……ヤダ様の漫画の街だと、人口密度も高そうでしたし……すごい、すごいわ……」


 シーオーイェンさんが感動して小さく呟いているけど、自分にとっては当たり前のこと過ぎて……この水道の仕組みって古代ローマの頃からあるって言うし。

 あとは何を説明すればいいかなと考えていると、アーシャがもう一度本を覗き込んで感心したような声をあげた。


「蛇口一つ一つに魔法石のような仕組みが不要だから、蛇口が沢山作れるんですね」

「そうそう。このシーンでいうと、学校まで来ているパイプからパイプを足して蛇口を取り付ければいいだけだからね。いくらでも増やせるよ。パイプと蛇口のお金はかかるけど……多分、魔法石よりは安いよね」


 元の世界で実家がリフォームする時に洗面台を増やしたけど、確か配管工事と洗面台一式で一五万円くらい?鏡とか収納部分も含めての値段と思うと安くない? 魔法石の相場は知らないけど。


「流れてくる水の量には限界があるから、沢山取り付けて一斉に使うと、一つの蛇口から出る水の量が減っちゃうこともあるけど」

「そういう不便が! 仕組みが違うと悩みも違いますね」


 アーシャが話している間にも、真剣な顔つきで一生懸命メモを取っていたシーオーイェンさんが顔を上げる。


「あの、そのような大がかりな仕組みですと、水道の運営や管理は国ですの?」

「国やそれぞれの地域の自治体の水道局ですね。公共物って言うか公益事業? ……でも、民営化の動きも出ています。そうなると水道料金が値上げされちゃいそうで心配なんですけど」

「値上げ……? 蛇口のですか?」

「え? 蛇口は水道局が作って売っているのではなくて……」


 この質問、もしかして……。


「この国って、水道の料金どうなっているんですか?」


読んで頂きありがとうございます!

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