幕間 ―名前の話―
※本編と直接は関係のない小話
この世界に来て二日目、初めてアーシャとナダールと顔を合わせた時のことだ。
「本日からミヤコ様の専属メイドとなりました、アーシャ・ロックガーデンです。主に家事など身の回りのお世話を担当させていただきます」
「同じく、執事のナダール・グッドリビングです。主に生活に必要な手続きや面会などの補助やスケジュール管理、ミヤコ様が元の世界に戻るための活動のサポートなどをさせて頂きます」
「担当業務は絶対ではないので、気兼ねなく言いやすい方に何でもご用をお申し付けください」
お城の中の宛がわれた部屋で、二人が恭しく頭を下げた。
「あ、うん。よろしく……矢田宮子……あ、この世界はもしかして苗字が後?」
「はい、そうです」
「じゃあ、ミヤコ・ヤダです。この通り、本当に何も解ってないから、何でもかんでも訊くと思うけどよろしくね?」
この世界に対して無知ではあるけど、特に変なことは言っていないと思ったのに……私の言葉を聞いた二人が顔を青くする。
「え? 何か、変なこと言った?」
「あ……あの」
「っ……も、申し訳ございません!」
執事の男の人が勢いよく頭を下げて、メイドの女の子がそれに続く。
今の短いやり取りの中で、謝られるようなことされた?
解らない……早速、文化の違いの洗礼だ。この先が思いやられる。
「なんで謝られているのか解らないんだけど……私は別に気分を害してないよ?」
なるべく明るく声をかけると、二人はおずおずと顔を上げ、一度二人で顔を見合わせた後メイドの女の子がゆっくりと口を開いた。
「あの……この国では初対面の目上の方をファーストネームで呼ぶのはとても失礼なことなんです」
「見苦しい言い訳ですが、役人から救世主様のお名前をヤダ・ミヤコ様と伺っておりまして……ファミリーネームを勘違いいたしました。申し訳ございません!」
はいはいはいはい。
完全に理解した。
これ、アジアとヨーロッパとかでもあるよね。
この世界、ヨーロッパっぽい雰囲気だし、この可能性を考えずにお城の役人さんに矢田宮子って名乗った私が悪い。
「謝らないで。私が矢田宮子って役人さんに名乗ったから仕方ないよ」
「いえ、それでも異世界の方とこれから接していくのに、配慮が足りませんでした。申し訳ございません……以降はヤダ様とお呼びします」
「私も、気を付けます!」
うーん……これからお世話になるのにいきなり謝られまくるのもなぁ……。
そうだ!
「私、元の世界では仲良くなった仕事のパートナーには名前で呼んでもらっていたんだよね」
歴代の担当編集は、最初は「矢田先生」で、二~三ヶ月もすると「宮子先生」になっていた。
名前で呼び合う方が、気兼ねなく何でも話せる気がするから意識的にそうしていたんだけど。
「私も二人のことファーストネームで呼ぶから、二人も私のことはミヤコって呼んで欲しいな。ほら、二人にはこれからめちゃくちゃお世話になるから、私が目上ってことも無いと思うし」
救世主と言ってもこの平和な世界では用無しかもしれないし……。
異世界からやってきただけで目上扱いもなんだか申し訳ない。
「しかし……」
「もしかして、名前で呼び合ったらお城の他の人に怒られる?」
執事の男性が困ったような表情を浮かべる。
私が良くても、周りが許さない場合もあるか……。
中学の部活の時に後輩と名前で呼び合っていたら上級生に「部活内の規律が乱れる! 遊びじゃないのよ!」ってめちゃくちゃ怒られたことを思い出していると、メイドの女の子が首を振った。
「いえ、そんなことはありません! ミヤコ様がよろしければ……アーシャと気軽にお呼びください」
「うん。よろしく、アーシャさん」
「あ、でも、『さん』付けはメイド長にちょっと怒られるかもしれないので、呼び捨てでお願いします」
「アーシャ?」
「はい!」
名前を呼ぶと、素直に笑顔で返事をしてくれた。
うん。可愛い。この子とは上手くやっていけそう。
「では、私のこともナダールとお呼びください、ミヤコ様」
「うん。よろしくね、ナダール」
執事の男性も、青かった顔色を元の真面目そうな表情に戻して頭を下げた。
仕事ができそうな人だ。頼りになりそう。
何より、この世界の人とちゃんとコミュニケーションが取れそうで安心した。
異世界二日目。
知り合いが一人もいないし、文化も社会ルールも何もかも解らない異世界だけど、この二人がついていてくれるなら、なんとかやっていける気がした。
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