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第45話 ―水道の話―


 ラヅさんたちの劇団の稽古場を訪れた日は、あまりに疲れてしまってシャワーも浴びずにベッドへ倒れ込んだ。

 だからその翌朝、アーシャやナダールが来るまでにシャワーを浴びておこうと思ったんだけど……


「あれ?」


 二畳ほどのシャワールームで、いつものように蛇口のハンドルをひねっても水が出ない。


「朝だから? ……そんなわけないか」


 以前にも朝にシャワーを浴びたことはある。

 シャワーの使い方は元の世界とあまり変わらないから間違うはずないし、ここ数ヶ月毎日している動作だ。


「見た目は特に変わりないけど……」


 この世界の蛇口は、元の世界の蛇口よりも胴の部分が太くて丸いものの、形で大きな違いはない。

 蛇口の上には十字型のハンドルがあるし、水の出てくる場所も似たような形だ。

 シャワーは蛇口の先にパイプが繋がっていて、壁に沿って上に伸びたパイプの先にシャワーヘッドが付けてある。途中にあるレバーは温度調節で、上に動かせば熱く、下に動かせば冷たくなる。

 

「もしかして……」


 服を着てシャワー室を出ると、ミニキッチンに向かった。

 私の部屋にはシャワーの他に、ミニキッチンの蛇口と水洗トイレでも水が出る。もしかしたらここも……あ、こっちはちゃんと水が出る。


「壁の中の水道管がおかしいとか? 下手に触って壊れてもいけないし諦めるか……」


 元の世界では〆切直前に五日以上お風呂に入らなかったこともあるし、一日くらいいいか。

 ……イケメンに会う日じゃないし。

 

 

 

「おはようございますミヤコ様」

「おはようございます」

 

 アーシャが朝食の乗ったワゴンを押しながら、ナダールは新聞や書類を抱えて部屋に入ってきた。


「おはよう。早速で悪いんだけど、今朝シャワーを浴びようと思ったら水が出なくて……」

「それは大変ですね!」

「すぐに確認してみます」

「うん、お願い」


 朝食を食べている間にナダールがシャワールームを確認してくれたけど、どうやら二人では手に負えない部分が故障しているようだった。


「ミヤコ様、申し訳ございません。経年劣化のため、私どもでは対応できません。お城付きの技師に来てもらいますが、すぐに部屋に入れても大丈夫ですか?」

「もちろん」


 私が頷くと、ナダールがどこかに電話をかけ、一〇分もしないうちにドアがノックされた。


「失礼致します。わたくし、魔法技師のセントラル・シーオーイェンと申します」


 水道が壊れた時に来てくれる人って、作業着姿のおじさんというイメージがあった。

 でも、この世界では違うらしい。


「ヤダ様の御本の大ファンなので、お会いできて光栄でございす」


 部屋に入ってきたのは、背が高くて上品な感じがする女性だった。

 三〇代……四〇代かな? 二〇代と言われても五〇代と言われても納得してしまう、年齢不詳の華やかな顔立ちの美人で、明るい茶髪を夜会巻き風にまとめていて、服装は魔法使いっぽい紺色のローブ。

 片手にボストンバッグ、もう片手には大きな赤い石がはまった杖を持っている。

 総合して言うと……美魔女って感じ。

 元の世界で言う「美魔女」でもあり、美人な魔女でもあり……この世界だとこの言葉ややこしいな。

 でも、魔女っぽいゆったりローブ越しに胸と括れがしっかり解るナイスバディの美女なんだよ?

 もう二重の意味で美魔女でよくない?


「ファンだなんて、こちらこそ光栄です。ありがとうございます」

「作品の感想を色々とお伝えしたいのですが……まずはシャワーを見せて頂きますわね」


 おじさんじゃなかったとしても、「技師」という言葉からもっと職人気質の人が来るのかなと思っていたのに。

 シーオーイェンさんはローブの裾を優雅にはためかせ、杖を持ったままシャワー室へと入っていく。

 ……こんな感じの人が来るってことは、魔法で修理をするのかな? もしくはシャワーの仕組みが魔法?

 ちょっと興味がわいた。


「あの、この世界のシャワーの仕組みが気になるので、修理の様子を見ていてもいいですか?」

「あらぁ、もちろんですわ! どうぞご自由に。気になることがあれば何でも質問してくださいませ」


 気難しい職人さんではなくて、話しやすい感じの女性で助かった。

 そうは言ってもシャワーの仕組みは全く同じで、修理の方法もあっちのボストンバックからスパナやパッキンを取り出してはめるだけかもしれないけど。


「シーオーイェン様、こちら設置して五年程です。おそらくですがカバー裏の劣化だと思います」


 私の後ろ、入り口から覗き込んでいるナダールが声をかけると、シーオーイェンさんは頷きながらボストンバッグを開き……。


「ではハンドルを外してみますわね」

「スパナ……」


 思わず声に出た。

 シーオーイェンさんが取りだしたのは普通のスパナ。レンチともいうんだっけ?

 バリバリの工具。

 こんな、「魔法使います!」って感じの格好で、杖も持って、スパナ。

 もしかしたらそうかもとは思ったけど、本当に出てくると想像以上に違和感がすごい。


「はい、スパナでございます。ヤダ様の世界にもありますか?」

「ほぼ同じ形のものがあります」

「世界が違っても同じ形になるということは、効率がよく完成された道具ですのね」


 おしゃべりをしながらもシーオーイェンさんはスパナで手際よくボルトを外していって、まずはハンドル部分が外れ、その下の蛇口の丸い胴体部分も上半分がカパっと外れた。

 

「それ、魔法石ですか?」

 

 やけに太いなと思っていた胴体部分には握りこぶしほどの水色の石……玉って言う方がいいかな? まん丸の石が入っていた。

 スパナが出てきた時は少しがっかりしたけど、やっぱり水道の仕組みが違うんだ!

 この魔法石から水が出るんだよね?


「はい。水を転移させる魔法石でございす」


 ほら、やっぱり!

 でも……


「転移? 発生ではなく?」

「はい。転移ですわ。こちらのお部屋ですと……お城の敷地内にある川と繋がった浄水場から水を転移させます。一般市民の場合は各街の浄水場からですわね」

 

 シーオーイェンさんは、外した蛇口の上部を眺めて、今度はドライバーのような工具を取り出す。

 ここまでは、仕組みがどんなに「魔法」でも、やっていることは街の水道屋さんみたいだ。


「あら、やはりここの摩耗ですわ。ヤダ様見えますか? カバーの内側にプレートがございますでしょう? ハンドルを回すとこのプレートが回ります。プレートには呪文が彫られていますので、回って魔法石をなぞることで、魔法石の魔法が発動……という仕掛けでございます」


 こちらに向けてもらった丸いカバーの内側には、確かにカバーに沿った形のプレートがあって、先ほどまでハンドルがついていた部分をシーオーイェンさんが指で回すとプレートが左右に動いた。


「何度も回すと呪文を何度も唱えたことになりますので、出てくる水の量が増えます。逆に回すと反対側のプレートの呪文が読み取れるようになり……こちらは出てくる水量を減らす呪文ですので、回せば回すほど出てくる水が減って最終的に水が止まりますわ」


 そう。回せば回すほど水量が増して、反対に回せば水が止まるから、元の世界と同じような仕組みかなと思っていた。

 でも、全然違う。

 魔法石! 呪文!

 めちゃくちゃファンタジー!


「ちなみに温度調節も同じ仕組みですわ。パイプの中に、通った水を温めるための魔法石が入っておりまして、その横にある温度調節のレバーで同じように呪文プレートを動かしますの」


 そうか。

 言われてみたらこの部屋、給湯器が無い。

 このレバーはここだけでお湯を作る仕組みなんだ。


「シャワーの不具合は、こちら……プレートの文字の一部が何度も擦れることによって摩耗したために、呪文が読み取れなくなっております。五年お使いなら経年劣化の寿命ですわ。念のため止める方のプレートや温度調節のプレートも取り変えておきますわね」


 めちゃくちゃファンタジーなのに、作業はスパナやドライバーで金属パーツを取り換える……ギャップに戸惑うけど、この仕組みは元の世界よりも便利な気がする。


「元の世界と見た目は似ていましたが仕組みが全然違います。この方法ならどこにでも設置できるし持ち運びもできるんじゃないですか? とても便利ですね!」

「左様でございます。こちらの方法が確立する以前は、川や井戸から水を汲むしかありませんでしたので、家の中で水が出てくるというのはとても画期的でした。一気に公衆衛生が向上したんですのよ! でも、持ち運びは……」


 シーオーイェンさんが困ったように眉を寄せて、カバーをはめかけていた魔法石を指差す。


「こちらの魔法石、とても重くて繊細で高価なんですの。持ち運びは、馬車で長距離移動する商人や国家間の行き来の時くらいですわ。それに、浄水場との距離の問題もございます。特別高価な魔法石を使っても浄水場との距離が……何キロまでだったかしら……有効範囲から移動して別の浄水場から水をもらう場合はプレートを取り換える必要もあります。これは技術のある人しかできない作業ですわ」


 あ、これ電話の仕組みを聞いて「携帯電話できるんじゃない?」って言った時にも聞いたやつ。

 そうか。この世界の「魔法石」は基本的に高価で繊細で距離の問題がある……覚えておこう。


「そうなんですね。すみません、魔法石とか魔法とか全然解らなくて」

「いえいえ! こちらは救世主様の世界のことを何も存じておりませんし……はい、修理完了致しました!」


 話している間にパーツが全て元に戻り、シーオーイェンさんが試しにレバーを捻るときちんと水が出た。


「ありがとうございます!」

「これがわたくしの仕事ですから。よろしければ、他の設備も点検しておきましょうか?」

「ぜひお願いします」


 私が頷くとシーオーイェンさんは品の良い笑顔を浮かべながら、武骨なスパナを片手にシャワー室を出た。

読んで頂きありがとうございます!


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