第44話
「おかえりなさいませ」
お城の正面玄関のロータリーで馬車を止めると、お城付きの初老の執事さんが座席の扉を開けてくれた。馬車は別の若い執事さんがナダールと手綱を代わって厩舎へと戻しに行く。
あとは部屋まで自分の足で歩くんだけど……この正面玄関から私が使っている客間まで、一〇分はかかる。
階段を上って、長い廊下を歩いて、中庭を見下ろす長い渡り廊下を歩いて、また階段があって、廊下があって……。
「はー……この世界に来て一番の遠出だった! さすがに疲れた!」
自分の部屋に入った瞬間、ソファに深く座り込む。
長時間の馬車、緊張する仕事の話、緊張するイケメン、そしてちょっと重い大切な話……心身ともに疲れた。
「夕食まで少し時間がありますね。お茶でも淹れましょうか……?」
自分も疲れているはずなのに、アーシャが気を使ってくれる。
嬉しいけど、そろそろ……
「アーシャさん、もう上がりの時間ですよね? お茶は私が淹れますからどうぞ。今日はキヨのブローチの話もあるでしょう?」
「あ、もうそんな時間だったんですね! では、お言葉に甘えて……ミヤコ様、失礼致します!」
「お疲れ様、アーシャ。また明日」
アーシャが深々とお辞儀をして私の部屋を出た。
最初の頃はこの世界に慣れない私のために毎日二人とも夜までいてくれたけど、最近はアーシャとナダールが交互に早上がり、週に一~二日はどちらか片方が休みというシフトになっている。
二人のいない時間でも、何かあればお城付きの他のメイドさんや執事さんに来てもらえるから不自由は無い。それに、私ひとりの時間も欲しいと思えるほどこの世界に馴染んでいる。これも二人が甲斐甲斐しく付き添ってくれたおかげだ。
……だから、お城から新しいシフトを提案された時には「今まで長時間労働させてごめんね、そしてありがとう」と伝えたんだけど、二人は「残業代も休日出勤手当もたくさんいただいているので気にしないでください」と笑っていた。
あの表情は私に気を遣わせないようにではなく、本気で「お金がもらえて嬉しいな」だったと思う。
二人とも実家がお商売しているだけあって、こういうところは本当にシビア。
「ミヤコ様、どうぞ」
「あ、ありがとう」
ナダールが紅茶の入ったカップを目の前のローテーブルに置く。
アーシャが淹れてくれることが多いけど、ナダールの淹れるお茶も同じくらい美味しい。
「……」
「……」
普段からアーシャのいない時間は静かなことが多いけど、今日の沈黙は妙に重い。
ソファの横に立っているナダールを横目で見てみても、いつも通りの無表情で感情が読めなかった。
「……」
「……」
ヤージさんが話そうとするのを制止した瞬間はすごい剣幕だったのに。
ナダール、私があの話を聞いたことどう思っているのかな?
別の部屋に行って「聞かなかったことにする」とか言っていたくらいだから、相談したらだめかな……。
王族に話すのは緊張するし、そもそも王族や魔法士さんは知っていてこの話をしてくれなかったわけだから相談なんてできない。劇団の人たちは親身になってくれるけど、やはり心身ともに距離がある。事情を知っていて気軽に相談できる身近な人ってナダールしかいないんだけど……。
「ミヤコ様、オリバーとラヅはなんと言っていました?」
私がなんて声をかけるか悩んでいると、ナダールの方から今日の話を振ってきた。
表情はやっぱり無表情で、どういうつもりで聞いてきたのか解らない。
「えっと、色々聞いたけど、簡単にまとめると……元の世界に戻らないという選択ができる。そのためには身代わりが必要。もしも私が帰らないことを選択するなら、ラヅさんたちが協力したりレイカ・リュウさんと連絡をとったりしてくれる……って感じかな」
話して良かったかな? あとでラヅさんたちがナダールに怒られる?
でも、あの時点でだいたい何を話すか見当がついていると思うし……
「別に帰らないことを推奨されたわけではなくて、選択肢があるよって教えてくれただけだから」
フォローになるかならないか解らない言葉を付けたすと、ナダールはいつの間にか薄く笑顔になっていた。
あ、珍しい顔。
「そう言うと思っていました」
「ナダール……?」
満面の笑みではないけど、少しだけ口角が上がって目じりの下がった顔は妙に優しくて……ねぇ、それってもしかして……?
「もしかして、最初から私にこの話を聞かせるつもりだった……? 劇団での反応は、演技?」
「立場上お答えできかねますが……私も劇団のお手伝いをしているうちに演技が得意になってしまったようです」
最初から、と自分で言ったけど。どの最初から?
今日の打ち合わせの最初から?
それとも、ラヅさんに会わせた最初から?
もしかして……私の専属になった最初から?
「……ナダール、悩んだら相談していい?」
「もちろんです。ミヤコ様が一番幸せになれる選択ができるよう、全力でお手伝いさせて頂きます」
そうか。ナダールは言ってくれなかったんじゃなかったんだ。
自分からは言えないけど、私に伝わるように画策してくれていたんだ。
「誰にも言うなとは言われていますが、ミヤコ様が戻らないための活動を始めた場合に阻止しろとは言われていませんから」
もうナダールの顔は無表情に戻っていたけど、それを冷たいとは思わなかった。
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次回からはこの世界のインフラの話の予定です!




