第43話
「長く話してしまいましたね。みんなのところへ行きましょうか」
立ち上がるラヅさんの後ろに見える壁掛け時計は、いつの間にか針が一周以上動いていた。
「そうですね。みんな待っていると思いますし」
私も、他の二人も立ち上がって稽古場へと向かう。
気持ちも足取りもちょっと重い。他の人に話せない事情だとは理解しているから、一人で悩むしかないんだけど。
そうだ、事情を知っているナダールには相談でき……ないか……。
私に話すのを反対していたからなー……困らせてしまうかもしれない。っていうか、こんな重要なこと、ナダールから教えてくれても良かったんじゃないって思うのは私の我儘? 執事として守秘義務は大切だとは思うけど……ちょっと冷たいって言うか……。
…………。
……違う。
……解っている。
私が最初に「帰りたい!」と言ったから、ナダールは私が帰れるように応援してくれているんだ。
応援して、サポートして、心配して、万が一のために長寿のラヅさんにだって会わせてくれた。
ナダールは冷たくなんかない。一生懸命、私のためにやってくれている。
だけど……でも……うーん……。
悶々とそんなことを考えながら、ラヅさんに続いて稽古場の扉をくぐった。
「絶対にゴールドですよ! 来季のトレンドはシルバーよりもゴールドです!」
「そうなんですね、トレンド! 勉強になるなぁ」
私たちが稽古場に入ると、簡易な木箱椅子に腰かけた五人の内、アーシャとファイヤーウォールさんが熱心に話し込んでいた。
「……アーシャ?」
「……キヨ?」
私とラヅさんが声をかけると、五人は慌てて立ち上がる。
「あ! お話終わられました? えっと、ではファイヤーウォールさんには後日正式な発注書を送らせて頂きますね!」
「はい。試作品はナダールさんに渡せばいいですか?」
「お願いします。いいですよね、ナダールさん?」
「承知しました」
なんかよく解らないけどめちゃくちゃビジネスの話をしているな……アーシャのそういうところ、良いと思うよ。うん。
「ミヤコ様、アキュラキアと舞台の話はだいたい詰めておきました」
そして、めちゃくちゃイキイキしているアーシャと対照的に、ナダールはさっきの激昂のかけらも見せず、いつもの落ち着いた表情でメモ帳を開いた。
「劇団の方でシナリオをより舞台向けに調整する作業と並行して、観劇セットの販売に向けてのスポンサーや劇場との調整が必要で……あと、ロックガーデン服飾店さんとは、今回はスポンサー契約ではなく衣装と物販のコラボレーションという位置づけになりそうです」
「うちのスポンサーはみんなラヅ大好きだからね! このシナリオならスポンサー料は心配しなくていいだろうし、横並びのスポンサーの中で特別扱いは難しいから……それならいっそ、ってことでね!」
「調整したシナリオと、物販を含む舞台イベント企画書が完成した時点で、ミヤコ様、ロックガーデン服飾店、出版社、劇団で一度打ち合わせをしようということになりましたが、よろしいでしょうか?」
衝撃事実だらけの会話が続いたから忘れかけていたけど、今日の本題はこれだった。
「うん。ありがとう。それでいいと思う」
「では、目安は……」
「うーん。一~二週間くらい……かな?」
ノースさんがチラっとラヅさんの方を向き、ラヅさんが笑顔で頷いたのを見てこちらに向き直った。
「出来上がったらご連絡させていただきますね!」
「よろしくお願いします」
私とナダール、アーシャが頭を下げると、ノースさんが一歩引いて、すっかり劇団の団長の顔に戻ったラヅさんが恭しく頭を下げた。
「本日は、素晴らしいシナリオ原案をありがとうございました。わざわざ遠くまで来ていただいたのにあまりおもてなしもできず、すみません」
「いえ、えっと……舞台楽しみです」
色々な話を聞けたことにも感謝しているけど、この場では舞台の話だけをしてラヅさんたちの稽古場を後にした。
ナダールが手綱を持って、私とアーシャは豪華な装飾の座席部分に向かい合って座る。
王家の馬車を借りるのはもう何度目か解らないけど、今日は遠出だからか特に座席のクッションが厚く、サスペンションがしっかりしたタイプだ。音が静かで乗り心地が良い。
……乗り心地が良いと言っても、元の世界の自動車や電車に比べると、ものすごくうるさくてお尻が痛……いや、比べちゃいけないな。
――ガラガラガラガラ
暫くは車輪の音を聞きながら、窓の外に広がる風景を眺めていた。
王都よりは高い建物が少ないけど、民家やお店や工場がたくさん並んでいて、「下町」とでも呼びたくなる。
私が元の世界で住んでいた東京にも、建物の形は全然違うけどこんな感じの庶民的で賑わった街はあった。
最初は元の世界の方が文化レベルが高くて、成熟した世界だと思っていたけど、この世界を知っていくうちに、この世界の方が発展しているんじゃないかということも多くて、自分の作品が認められるのも嬉しくて、良い人も多くて、魔法や異種族も面白いなって思えて……じゃあ、ここに留まる? 元の世界の家族は? 友達は? 大好きなコンテンツは? スマホやテレビのある暮らしは?
そもそも、私は帰れるの? 他の救世主様の活動を聞けば聞くほど無理な気がしてくる。
選ぶとか以前に……いや、でも……だけど……だって……。
…………。
……。
ダメだ。
まただ。
さっきからうだうだ考えすぎ!
考えるのは悪いことじゃないと思うけど、衝撃事実だらけで頭が働いていなくて感情がぐっちゃぐっちゃの今、考え込むのは絶対に良くない。
というか、ネガティブな考えに走りそうでしんどい。
こういう時は……
「……ねぇアーシャ、さっきファイヤーウォールさんと何話していたの? 仕事の話っぽかったよね?」
黙っているから考えてしまうんだ。楽しくおしゃべりしよう。
そう思ってアーシャに適当な話を振った。
「あ! えっと……あれは、その……メイドの仕事中なのに個人的な商談でした。申し訳ございません!」
アーシャが勢いよく頭を下げる。
やばい、責めているように感じちゃった? 考え事していたから、表情も口調も硬かったかも。悪いことしちゃったな……。
慌ててアーシャの金髪がかかった肩を叩く。
「アーシャ、顔上げて! 別に気にしていないよ。待たせていたし。責めているんじゃなくて興味本位なだけだから」
「それならいいんですが……いえ、メイドとしては良くないので今後は気を付けます! ただ、今日の商談はメイドとして良くないとは解っていても控えられないほど素晴らしくて……」
頭を上げたアーシャは、すっかりイキイキした商売人の表情になっていて安心した。
「ミヤコ様、こちらご覧ください」
アーシャがメイド服のポケットからハンカチに包まれた物を大事そうに取り出す。
大きさは手の平くらいで、厚さは二~三センチってところか。
「なんと、ファイヤーウォールさんの手作りなんです!」
アーシャの手の平の上で、そっと包まれていたハンカチが捲られ、現れたのは金色の……彫刻って言えばいい? 何種類もの花と小鳥が組み合わさったレリーフのような……よくわからないけどめちゃくちゃ精巧でキレイで素敵な物だとは思う。あ、裏にピンがついているからブローチか。
「すごく素敵! お花の額縁みたいなデザインにセンスを感じるし、この小鳥は今にも動き出しそうな躍動感!手作り? こういうものって作れるの?」
「ヒューマンには作れません。ホビットの伝統工芸で、動物の骨や牙に細工をして特殊な金属コーティングを施した物です。ホビットほどの器用さが無いとできない、秘伝の工法なんですよ。ホビット金などと呼ばれています」
「へー……確かに、こんなお花の立体的に入り組んだ感じ、金属を普通に削ったり型に流し込んだりでは作れないよね……」
元の世界の色々な機械や技術を使えば作れなくもないだろうけど……手作業では……金属っぽくなる粘土とか使えばできるのかな……?
あれ、でもちょっと待って。
金属でコーティングするって、つまり「メッキ」なんじゃないの?
「しかもこれ、軽いんです」
「あ、うわ! 軽い!」
アーシャがハンカチごと私の手にブローチを乗せた。
確かに軽い! 見た目は金属だけど、重さはプラスチック……よりも軽いかも?
「この軽さのブローチなら服に付けても生地がもつんです。ボタンや飾りとして縫い付けることもできますし……ボタンは小さい物なら金属でもいいのですが」
「あぁ、これは金属だよね」
今着ているブラウスの胸元には、金色の花の形のボタンがついている。
表面の感じはこのボタンもホビット金もあまり変わらないな。
「はい。そちらは金属で付けられるギリギリのサイズですね。それよりも大きな装飾を付けたい時は、ホビット金の装飾を使います。ただ、これほど精巧なホビット金のオリジナル装飾を仕入れようと思うと……」
アーシャの表情が曇り、私の手からブローチをまたそっと持ち上げた。
「ものすごく時間がかかるし、ものすごく高価なんです」
「金属より?」
元の世界なら金属よりメッキの方が安価だった。
一瞬、金属……特に金の価値が低いのかもと思ったけど、金貨や銀貨があるんだからこの世界でも金属は価値があるはず。純粋に技術料か。
だけど、この世界は一つ作れば複製できるんでしょう?
元の装飾がちょっとくらい高価でも影響は少なそうなのに。
「はい。ある程度の金属加工は国内でできるので、金属加工の方が安価です。それに比べて、ホビット金を手に入れようと思うとホビットの里は国外でとても遠いので……オリジナルデザインを作ってもらって輸入するのはどうしても高価になってしまうんです。連絡をとるための経費や人件費もすごくかかって、時間もかかって、要望を伝えたり修正をお願いしたりするのも一苦労ですし」
「ホビットの里って電話通じないの?」
「距離的に、一番高価な魔法石の電話でも難しいですね。国ではないので郵便も届かなくて手紙一通届けるためだけに配達人を一人雇って往復してもらうか、自社の誰かを行かせるか……一ヶ月以上の人件費と移動の諸経費を考えると気が遠くなります」
なるほど。めちゃくちゃ納得した。
それと同時に、インターネットや飛行機などの輸送が発達した元の世界がどれだけ便利だったか再確認した。
「それは高価になるね……でも、国じゃないってどういうこと?」
「ホビットの里はどこの国の土地でもない未開の場所にあるんです。ハンシェント王国とエルフの国、ドワーフの国の隙間でどこの国も管理していない場所があって、そこにはホビットの里や妖精の住む里、あとは獣人の里なんかがあります」
「その里の人たちは、どこの国にも属さないの?」
「はい。里と言ってはいますが、少数種族の小さな小さな国と思って頂いても良いと思います」
国じゃない土地があるのか……。
元の世界だと、島国を除けば国と国は国境で隣接していて、少しでも余っている土地があればどんなに荒れ地でも自国の領土にしていたよね?
国と国の間にどこの国でもない土地があるって変な感じ……あ! 弟がよくやっていたRPGのマップなんかはそうだった気もする。
そんな話をしているうちに、馬車はいつの間にかお城についていた。
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