第42話
「変身させたってことですか?」
「はい。俺はまだ自分の姿を変えることしかできませんが、父のように魔力が高く長年能力を磨いたスライムなら、他の生き物の見た目を変えることも可能なんです。他者の全身なんて死ぬほど大変なので、できたとしても俺はやりたくないですけどね」
アラガミさんが少し呆れたような顔で肩をすくめる。
「ちなみに、実年齢は詳しく知りませんが、ヒューマンの感覚で言うなら先代の魔法士さんは七〇代に見える小柄でふくよかな女性、レイカ・リュウ様はこの通り四〇代に見えるスレンダーな女性ですから……父はコツコツと魔法をかけて、一ヶ月ほどでなんとかなったと言っていましたね」
一ヶ月……魔法って何でも一瞬でできるものだと思っていたけど、整形手術並じゃない?
それでも、七〇代の小柄でふくよかさんが四〇代のスレンダーになるのはすごい。元の世界の整形ビックリ番組でもそこまではならないな。
「見た目だけならもう少し早くできるんですよ? しかし、術式を成立させるためには体を構成している物子量を揃える必要があったので、それに合わせて調整しながら見た目を合わせて……頭も使うし魔力も使うし、とても大変だったと聞いています」
物子! 久しぶりに聞いたこの世界の概念だ。分子とか原子みたいな概念だよね?
つまりアラガミさんたちの変身魔法ってそれを並び替えられる魔法なのか。
ちょっとだけこの世界の魔法に対する解像度が上がった気がするなと思っていると、ラヅさんがやっと笑顔になって補足する。
「つまり、ゲート魔法で時空を超える時に同じ物子量でないと開いた道を通れず、更に外見……形や大きさが同じでないと同じ場所に納まらない、ということです」
「そして、それができるのは俺たちスライム族と、一部のエリート魔法士、しかも魔力量の多い一握りのエルフくらいだと思います」
うーん……これは……。
帰らない条件として、身代わりは誰でもいいけど、見た目を変えなきゃいけない。
見た目を変える能力がある人は少ないし、見た目を変えても良いと言ってくれる人でないと無理……ということか。
ハードルが下がったような、上がったような。
「この時にコージのお父上が協力していたお陰で、コージがこの国に来やすくなったっていうのもあるよね」
さっき、スライムは希少な種族だから国外に出にくいって話していたやつか。
手続きとか交渉が大変で、ナダールが頑張ったとか言っていた……あ。
「もしかして、ナダールはその時にレイカ・リュウさんが帰っていないことを知ったんですか?」
「はい、その通りです。交渉がスムーズにいけば黙っておくつもりだったのですが、少し難航したのでナダールも同席していた交渉の場で思わず口が滑って……」
「ヤダ様、口を滑らせたのはラヅさんでも俺でもないですよ? ね、オリバー?」
ヤージさんが気まずそうに視線を逸らす。
きっと、今日のようなノリで言っちゃったんだろうな。ヤージさんは気まずそうだけど、あとの二人は楽しそうにしているし、結果としてはここにアラガミさんがいるんだから言って正解だったんだろう。
「だ、だって、おかしいじゃないですか! この国に貢献したスライムのご家族が優遇されないのは……」
「うんうん。そうだよね。オリバーが言わなかったら、俺から父の名前を出すつもりだったし」
「でも、あの時のナダールの顔……ふ、ふふっ。顎が外れて落ちそうなくらい口開けて驚いて……あそこまで表情を崩したナダール、もう一生見られる気がしないな」
ナダールのそんな顔は私だって一生見られる気がしない。
でも、他の劇団員にも秘密にしている割にナダールが知っているのが不思議だったけど、これで納得した。
「ナダールさんには少し申し訳ないですね。俺の事情に巻き込んで黙っていてくれってお願いしているのに、俺が自分からヤダ様に話すのは……自分勝手だと言われても仕方がないです」
「オリバーの正義でやっていることだからいいんじゃない? それに、俺がこのことを聞いちゃったときなんてもっと……」
「あ、あ、あれは! サルヴァトーレ様の時は、俺ももっと若くて血気盛んだったんですよ!」
ラヅさんの言葉でヤージさんの顔が真っ赤になる。
慌てた様子といい、アラガミさんの交渉の話といい……ヤージさん、クール系イケメンだと思ったけど、結構感情的というか、直情型というか、ハーフ神とか言いながらめちゃくちゃ人間臭い人だ。
「すみません、取り乱しました……えっと、あと母については……レイカ・リュウは帰ったことになっているので、顔を少し変えてもらって、俺を妊娠出産した後は魔族の国に住んでいます。この顔は今の顔ですね」
ヤージさんがまだ少し赤い顔のまま、誤魔化すように早口でまくしたて、レイカ・リュウさんに変身しているアラガミさんを指差した。
アジア系だけど彫が深いと思ったのは、この世界に馴染むようにかな?
「俺はほとんど連絡を取っていませんが……」
「俺の父と今でも付き合いがあるので、父経由で近況は伝わってきます。最近はハーピーという種族の研究をしているそうですよ」
「ハーピー……顔は女性で体が半分くらい鳥みたいな……?」
「そうです! ハーピーも御存じなんて、ヤダ様の異種族知識はすごいですね!」
そんな褒められた知識じゃなくて、妖怪アニメで出てきたなってだけなんだけど……まぁいいか。
私が曖昧に笑っていると、ラヅさんがふっと美しい顔に静かな笑みを浮かべた。
「とりあえず、ヤダ様に覚えて置いて頂きたいことは三つです。一つ、元の世界に戻らないという選択ができる。二つ、そのためには身代わりが必要。三つ、もしもヤダ様が帰らないことを選択するなら、俺たちが力になったりレイカ・リュウ様に連絡を取ったりすることも可能……ということです」
「……はい」
美しすぎる顔で丁寧に言われた言葉は、妙に重く感じる。
実際重いんだけど。
「俺も一応、王家とのパイプはありますから……そういう意味でもお手伝いできると思います」
「父はヤダ様が来られたときに『また出番があるかもしれないな』と言っていましたから、遠慮なくご相談ください」
ヤージさんと、いつの間にか元の爽やかイケメンに戻ったアラガミさんも静かな笑顔で私を見る。
イケメン三人のめちゃくちゃキレイな顔に真摯に見つめられて、普通なら心臓がバックバックするはずなんだけど、今の私の心臓はどちらかというと重苦しい。
「ヤダ様、サルヴァトーレのように帰りたいと思う方が一般的だとは思います。この世界に残ってくれという訳ではありません。迷わせて、悩ませてしまうかもしれませんし、どちらが幸せなのか俺たちには判断できません。それでも……ただ俺たちは、あなたが一番幸せだと思える選択のお手伝いがしたいだけです。この国、いや、この世界は救世主様たちのお陰で平和に発展できているんですから」
そう。
そうなんだよね。
戻らないことを強制されているわけではない。
ただ、可能性を広げてくれているだけなんだよね。
「……ありがとうございます。今はまだ考えられないですけど、選択肢の一つとしてしっかり持っていたいと思います」
頭を下げると、三人は優しく微笑んだ。
思ってもみなかった選択肢。
隠していた王家。
親身になってくれるイケメン。
帰りたい、でも……困ったな。
気持ちの整理がつかない。
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