第41話
「ところで、違う人が行くと余計に世界が混乱しそうだけど、影響ないんですか?」
帰らないことを選択する気はないけど、もし、私が帰らないことで元の世界に悪影響があると困る。
影響させないための身代わりとは言うけど、別人が行って同じ状況になるわけはないよね?
念のため色々聞いておこうと思って尋ねると、先ほどまでは怒りをあらわにしていたヤージさんが、今度は申し訳なさそうに項垂れた。
「残念ながら、この世界にいる俺たちには別人が異世界に戻った場合の異世界の状況を確かめる方法がありません。ただ、母は元の世界に戻らずに済んで、母にかかった一連の転移魔法が終了するというだけです。……ヤダ様たちの世界にはまことに申し訳ないのですが」
うわ~。これはこれで無責任じゃない? そのせいで私がいた世界がおかしくなったらどうするの?
というか、おかしくなっていたのかもしれないよね? 一五〇年くらい前って言っていたから一八七〇年くらい?
日本でいうと、江戸時代が終わったのが一八六〇年代だから、明治初期か。
これ、なかなかのタイミングだよね。
まさに歴史的な大転換期。異世界の影響あったんじゃない?流行のラノベだったら「身代わりで飛ばされた異世界を魔法で文明開化しちゃいます!」みたいな異世界人が活躍する展開……いや、そんなまさか。
「あの、ヤージさんのお母様ってもしかして異世界の日本って国の人だったりしませんか?」
もしそうだったら……ちょっとだけ期待とドキドキを込めて聞いてみたけど、間髪入れずに首を横に振られる。
「いえ、違います」
……ま、現実ってそうだよね。
漢方だし、日本でもありえそうな名前だしって思ったけど、漢方の本場は中国だし、名前も中国や韓国っぽかったからきっと中国の人だ。
「母は、『清』という国の出身だと言っていました。他の国へ留学もしていたようですが」
「しん……?」
しん、ってどこだっけ? シンガポールの略称……なわけないか。
しん……シン…………あ!
一瞬、いや、結構考えて思い出した。
そうだ。一五〇年前だから、中国は「清」の時代だ。
日清戦争ってこの頃? あれ? 違う? ……正確な年号は覚えていないし、「清」について知っていることなんて……日清戦争って言葉と最後の皇帝をテーマにした映画くらいしかない。やばい。歴史の授業をマジメに受けておけばよかった。
いや、真面目に歴史の授業を受けていたとしても……。
「清は私のいた国の、海を挟んでお隣の国です。今は別の名前になっていますが」
「近いんですね! 母からヤダ様たちの世界では数百の国があると聞いていましたが、お隣とは……では、この魔法の影響かもしれない出来事など、思い当たりませんか?」
「うーん……あったのかもしれないけど……近いと言っても私が住んでいた国ではないのでちょっとよく解らないですね」
解らないよ。
歴史に詳しくないってこともあるけど、そもそも「影響」ってどんなものかもわからないし。「急に魔法使いが現れて何かした!」というような解りやすい歴史があれば、流石に覚えているだろうし。
ただ、もし本当に異世界人が来て何かしたという歴史があったとしても、正しく伝わらなさそうだよね。
近親の人にしか影響が無かったとしたらもみ消されそうだし、地方によっては魔女狩りや妖怪扱いみたいな眉唾物の伝承や噂話みたいになりそう。一五〇年も前だし。
「そうですか……でも、逆に何も影響が無かったのかもしれませんよね?」
「そうですね。そうならいいですけどね……」
全く影響ゼロとはいかないだろうけどね。
そのレイカ・リュウさんのご家族なんかは絶対に影響あるだろうし。
だって急にレイカさんの見た目が変わるんだよ? ビックリ所の話じゃないでしょう?
あ、そういうことじゃないのかな? 認識は変更されない? レイカさんがいなくなったって認識になる?
いや、そもそもだけど……
「あの、その身代わりって……女性なら女性を選ばないといけないとかあるんですか? 万が一私が残りたくて、身代わりになっても良いって言う人が年配の男性だったら……いけます?」
申し訳なさそうにしていたヤージさんとラヅさんがチラっとアラガミさんを見た。
「やっと俺がここに同席している理由を話せますね」
二人と違ってにこにこ笑ったと思うと、アラガミさんがぷるっと体を震わせる。
さっき見せてもらった変身だ。
「え? あ……も、もしかして、その姿って……?」
アラガミさんが爽やかなイケメンから、妙齢のちょっと気が強そうなポニーテールの女性の姿に変わる。
全体的にスリムな印象で、顔立ちは少し彫が深めではあるけどアジア系と言っていいと思う。髪の毛や瞳の色は黒く、切れ長な目元は少しヤージさんに似ていた。
この流れで、この姿。
絶対にレイカ・リュウさんだ!
「どうかな? オリバー」
「あぁ。顔を見たらちょっとイラっとしたから完璧だと思う」
アラガミさんが女性の顔のままにっこりと……先ほどまでの爽やかな笑顔ではなく、少し含みがあるような笑顔を浮かべて、私の方へと視線を戻した。
「ヤダ様の疑問には俺からお答えします。スライム特有のこの能力を生かして、俺の父がそのあたりのお手伝いをさせていただいたので」
喉から出てくる声も、爽やかイケボから少し高めのキレイな女性の声になっていた。
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