第39話
神の末裔の子供でハーフ神。
ツッコミどころが色々あるんだけど、どこから指摘したらいいのか悩ましいな……。
私が考え込んでいる間に、隣で「え~!」とか「わ~!」なんて素直にリアクションをとっていたアーシャが、驚いた様子でぽつりと呟く。
「……王族の方と……子作りができる? ヒューマンなのに……?」
へぇー……?
この世界の一般人的にはそういうツッコミになるんだ?
それに、アーシャはメイドとしての立場をめちゃくちゃわきまえているから、こういう時に自分の意見を発する子ではない。そのアーシャがつい言葉を零してしまうくらい驚きの事実なんだな。
「そうですね。王族は王族としか結婚できない決まりですし、この国のヒューマンは王族を敬うことが身に染みてしまってまともに触れることなんてできないんですが……俺の母はちょっと特別で……」
ヤージさんが、アーシャではなく私の方を見る。
……何だろう。
よく見るとヤージさんの顔ってベースは北欧系ではあるものの、クール系で切れ長の目で、それなのになぜかちょっと親しみがある。
「俺の母は普通のヒューマンなのですが、異世界から来た救世主だったんです」
「……え? え、えぇ?」
淡々と言われた言葉に、ちょっとまた疑問が増える。
サルヴァトーレさん以外の先代の救世主がいることは解る。
でも、その……私たちの体ってなんかの魔法がかかっていて不老不死? だっけ?
それで妊娠出産できるの? それは老いじゃないから? 不老長寿のエルフとかも妊娠できるのかな? だったらいいのか。でも、妊娠中に元の世界に戻ったらどうなるんだろう? 私にはそんな予定ないけど。
いや、あれ?
っていうか、救世主も普通の人間って言ったよね? 私もそうだし……それなのに、この世界のヒューマンが無理なことが……なんでできるの?
「ミヤコ様、簡単に説明いたしますと、この国の王族は『王族』という神通力が扱える種族で、王家を筆頭に現在一五〇人ほどが暮らしています。外国では神族とも呼ばれます」
「あ、まず種族が違うんだ」
さすがナダール。
私の混乱を見抜いて助け舟を出してくれた。
「ミヤコ様の謁見に付き添わせて頂いた時の私の様子でも解ると思いますが、この国のヒューマンにとって王族は上位種族にあたり、畏れ多い存在です。生まれた時から、この国の民は王族の創造した大地で暮らしているというのも影響があると思うのですが……とにかく、親しく話したり触れたりするなんて本能的に無理なんです」
「そうですよね。いい意味で生理的に無理ですよね~」
ナダールの言葉に、アーシャも頷きながら補足する。
いい意味で生理的に無理、か。わけのわからない言葉だけど、なぜか納得できた。
「しかし、オリバーのお母上は異世界から来られたので、今まで王族や王族が創造した大地と触れ合ってこなかったためか、ヒューマンにもかかわらず王族と触れ合うことができたということです」
「仕組みは解ったけど、じゃあなんで、その……」
現王と腹違いの兄弟ってことは……前王とお母様救世主は不倫? 恋人? まさか強姦とか……?
どうだったとしても絶対にどろどろの人間模様……神模様? があるよね?
口を濁していると、ヤージさんもそこは言いにくいのか、少し渋い顔をしてため息をついた。
「……我が実母ながら、あまり褒められた話ではないのですが……」
あ、やっぱり不倫とか?
略奪愛?
救世主って言ってもサルヴァトーレさんも女の子大好きだったし清廉潔白ではないよね
「異種族への興味がありすぎて」
「……異種族への興味?」
「はい。母は漢方という薬を扱う薬剤師……元の世界では医学研究者という職業だったと聞いています。薬や人体の仕組みに対して造詣と興味が非常に強く、その知識や研究の成果でこの国の人々を沢山救ったのですが……」
薬の知識で国民を救った救世主がいるって聞いた覚えがある。
そうか、その人か。
薬っていうと西洋医学のイメージだったけど、ヤージさんの顔つきや「漢方」という言葉からきっとアジア系……多分だけど、中国とか日本あたりの女医さんだ。
「母は、元の世界にはいない、見たことも無い異種族の研究がとにかく楽しかったらしく……事例の無い王族と異種族のハーフを自分の体で作ってみた人体実験のようなものですね」
ドロドロの人間関係とは方向性が違うけど、これはこれで結構ひどい話だよね。
ヤージさんがクールというか、達観した印象なのはこの辺りの出生が絡んでいるのかな。
同情というか、同じ異世界の救世主として無関係だけど申し訳ないというか……。
もやもやした気持ちを抱えていると、ヤージさんが更に言葉を続ける。
「そんな母が、元の世界に帰ったのは……」
「オリバー!」
び、びっくりした!?
ナダールのこんな焦った声は初めて聴いた。
「いいでしょう。救世主様は知る権利ありますよ」
「しかし、守秘義務違反です!」
立ち上がったナダールが、ヤージさんに噛みつかんばかりの勢いで声をあげる。
ヤージさんの顔は笑顔だけど目が笑っていない。
え? 何? ちょっと怖いんだけど……。
ありがたいことにこの世界に来て戸惑うことは多かったけど、「怖い」なんて思ったことはほとんど無かったのに。
「サルヴァトーレ様にもお伝えしたのに、ヤダ様にお伝えしないのは不公平です」
「しかし……オリバー、お母上のこと認めてないでしょう!? 同じことをヤダ様がしたらどうするんですか!?」
「いえ。嫌いですが認めていますよ。彼女のやったことは筋が通っている」
同じこと? いや、別にこの国の人と、特に王族と子供つくろうなんて考え微塵もないよ?
イケメンも好きだけど、恋人や家族になりたいんじゃなくて、少し離れて見ているのが楽しいだけだし。
それを言えば納まる?
でもなんか……。
「ナダール、俺も隠さなくて良いと思うよ」
「ラヅ……」
二人の様子を見ていたラヅさんが、落ち着いた口調で割って入る。
表情も……ちょっと寂しそうではあるけど落ち着いた笑顔だ。
「ヤダ様を勝手に召喚して、国に貢献だけしてもらって、用が済んだら帰ってもらうって自分勝手すぎるよね?」
まぁ、それは……それはそう思う。
潤沢なお小遣いや豪華な部屋をもらって、何度も誠実に謝られているから、一応許しているし「仕方がない」と諦めているけど。
「ミヤコ様は今、帰るために努力されています。だから、ミヤコ様を混乱させるだけです!」
「ナダール……お前はヤダ様に早く帰って欲しいの?」
「当然です!」
「でもさ、ヤダ様はとても良い人だし、ヤダ様から教えていただく異世界の情報は刺激的だし、ヤダ様の作り出す作品をもっともっと見たいよね?」
「それは……そうですが……」
「ヤダ様の幸せを決めるのはナダールじゃないよね?」
「……」
ラヅさんの言葉にナダールがとうとう黙る。
なんか……この話の流れってもしかして……。
「せめて、事情を知らない人には出てもらおうか。俺たちとコージ以外は稽古場の方へ行っていてくれる?」
アーシャ、ノースさん、ファイヤーウォールさん、マウンティアさんが戸惑いながらも席を外し、ナダールも「せめて私の見ていないところで話してください。上司に報告義務が生じます」と言いながら席を外した。
私の前にはオリバーさん、ラヅさん、アラガミさんだけが座る。
「……お騒がせしてすみません。みんなも待っているし簡潔に話しますね」
オリバーさんが、今度はきちんと目が笑っている笑顔で話し始める。
……どことなく、寂しさを感じる表情ではあるけど。
「俺の実母、レイカ・リュウは一五〇年ほど前、この国がまだ戦争をしていた頃に召喚されました」
レイカ・リュウ……苗字が後になるはずだから、もしかしたら元の世界ではリュウ・レイカ?
レイカは日本でも付けそうな名前だけど、一五〇年前で日本でレイカはモダンすぎるような気がする。
リュウって苗字も日本よりは中国とか韓国っぽいような……?
「一番激しい戦闘を重ねていた時期でしたので、母の能力は重宝され、国民に感謝される立派な働きをしたと聞いています。それに、魔族との交渉にも積極的に参加したとか……」
薬とか医療関係だもんね、戦時中なら……いや、それ以外でも私の何倍も役に立ちそう。
「そして終戦後は、国の復興に合わせて様々な医療制度や医療設備の整備、後進の育成などに貢献し、これもまた非常に感謝され、元の世界に戻る条件は一〇年ほどで達成したと聞いています」
それだけ切実に国民に必要なことに取り組んでも一〇年か。
私のやっていることだともっと時間かかりそう。
不安に思っていると、オリバーさんの顔から笑顔がだんだん消えていく。
……更に不安だ。
オリバーさんが、ふぅーと長いため息を吐いた。
「しかし母は、元の世界に帰らないことを選んだのです」
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