第38話
「観劇セット……?」
イケメン六人が同時に首を傾げた。
「はい。シナリオの三ページ目を見てください」
まだ理解が追い付いていなさそうな様子のイケメンたちは、私に促されるままシナリオのページをめくる。
そこにはラヅさんが演じるイケメン主人公のイラストと、ヒロインのイメージイラストが描いてあって、顔は描いていないけど服装や髪型などはキッチリ描き込んでいる。
主人公の私服バージョンで着ている、胸元にバラの花の刺繍が入った白いカーディガンも、しっかりと。
「主人公が着ているこのカーディガンをヒロインに掛けてあげるシーンがありますよね? このカーディガンと同じものを販売すれば、観客のヒロイン気分が一層盛り上がると思うんです」
私の説明にノースさんが「おぉ」と感嘆の声をあげた。
「た、確かに! ……お客様をヒロインとするなら、この服は欲しくなりますね!」
他の人たちも感嘆の声をあげる中、アラガミさんが少し興奮したように身を乗り出した。
「では、小道具というのはもしかして……真ん中あたりで主人公が手作りのお菓子をあげるシーンの……?」
「はい、そのお菓子『芋けんぴ』という異世界のお菓子にすることを考えています! 作中でラヅさんからもらえる上に異世界気分を味わえるので、お客さんも喜ぶと思うんです」
「異世界のお菓子なのに……その、あるんですか?」
アラガミさんが戸惑うのも無理はない。
事前にアーシャたちに聞いて、この世界に芋けんぴというお菓子が無いことは確認済み。
そして、今ここに……。
「作ってもらって来たものがここにあります!」
アーシャが鞄からポキッキーでもお世話になった「エンリコ・ヘンリー・ハイリミヒ」のロゴが書かれたスタイリッシュな洋菓子店らしい箱を取り出し、蓋を開く。
中身は元の世界の日本人にはお馴染みのお菓子、芋けんぴ。
ハイリミヒさんにお願いして作ってもらったんだよね、芋けんぴ。
そう、芋けんぴ。
……もっとオシャレなお菓子にしたかったんだけど、だいたいのオシャレなお菓子はサルヴァトーレさんがもうこの世界に伝えているし、最新の流行スイーツや和風のスイーツは作り方が解らないし……私が作り方を知っていて、この世界にまだないお菓子で思いついたのが芋けんぴくらいしかなくて……解っている。イケメンが芋けんぴ作るのかよって自分でも何度もツッコミを入れた。解っているんだけど、生キャラメルもティラミスもクッキーもアイスクリームもあるって言うし、かき氷じゃ溶けちゃうし、金平糖の作り方は解らないし……他に思いつかなかった。
「芋……ですね?」
「甘くないお菓子ですか?」
ラヅさんとアラガミさんが特に興味深そうに箱を覗き込む。
実はこういう反応されることは想定内。アーシャとナダールで先に見てるんだよね。
「いえ、甘いお菓子です」
「芋が、甘い……?」
「パタータアメリカーナとかあるよね。サツマイモなんじゃない?」
「あ、あぁ、そうですね」
この世界で一般的な芋はジャガイモらしい。そして芋のお菓子は、ジャガイモのチップスが定番で、サツマイモを使ったパタータアメリカーナ……イタリア風のスイートポテトみたいなものもあることはあるけどややマイナーらしい。
だから、消去法で選んだわりには異世界風としては調度いいかもしれない。
……見た目は全然オシャレじゃないけど。
「では、頂きます……」
「俺も」
「では僕も」
アラガミさんが手を伸ばし、他のメンバーも恐る恐る口に入れる。
――カリッ、ぽり……
劇場で食べるかもしれないから少し柔らかめにはしてもらっているけど、多少は音が鳴る。
サツマイモを千切りにして飴掛けしているからしかないけど、ここは改良の余地ありかな。
さて、みんなの反応は……?
「うん。美味しいですね。そうか、サツマイモってこういう食べ方もあるんですね」
「ナッツの飴掛けをもう少し優しく甘くしたような……食べやすいですね。珍しいけど嫌いな人が少なそうな味です」
「気軽に食べられていいですね! もう一本いいっスか?」
ラヅさん、ヤージさん、そしてマウンティアさんが気に入ったようで二本目に手を伸ばす。
あとの三人はラヅさんたちよりも驚いた様子でまじまじと芋けんぴを眺めていた。
「すごく、不思議です……美味しいですけど」
「そうだよね~。僕ら魔族の国では甘い芋なんて考えられないから」
「僕の故郷もそうですよ。甘くて美味しいとは思いますけど、不思議な感じがします」
「魔族の国はそうだと思うけど、キヨの故郷も?」
ラヅさんの言葉にファイヤーウォールさんが小さく頷く。
「はい。ホビットの里は小さいので育てている野菜の種類が少ないですし、都会との交流が少ない田舎なので……まぁ、僕にとっては都会に来て食べたお菓子のほとんどが初めて食べるもので不思議なんですけどね」
「ホビット! あ、ファイヤーウォールさんってホビットなんですか!?」
確かに身長は小さめだけど、人間だとばかり……。
だって私がよく知っているホビットといえば、世界的な人気小説を原作にした三部作の超大作映画のホビット。
あのホビットって成人男性のお腹くらいまでしか身長なかったよね? それに耳が尖っているイメージ。
ファイヤーウォールさんは身長は小さい目と言っても私より少し低い程度だし、耳元がっていない。これも私のファンタジー偏見か。
「はい、半分そうです。母がホビットで父がヒューマンなので……故郷で暮らすには体が大きくなり過ぎて家も家具もどうにもならないので都会に出てきたんです」
「一般的なホビットは大柄だとしてもあと三〇センチは小さいし、耳の形が違うんだよね?」
「そうです。外見は父に似ました。手先が器用で不老長寿なところはちゃんとホビットなんですけどね」
「そうなんですね……」
つまり、私の知っているホビットはこの世界のホビットと同じなんだ。
ファイヤーウォールさんがラヅさんみたいにハーフなだけで……。
「あ、ちなみに俺も半分ドワーフです。力仕事は得意なんッスけど、純粋なドワーフに比べれば力が無いし、ドワーフらしい職人気質が全然なくてヒューマンの国で暮らしています」
「マウンティアさんも……!」
二人とも、ハーフエルフで能力や歳の取り方で悩んだ末に俳優としての道を見つけて人一倍頑張っているというラヅさんと境遇が近い気がする。
この劇団ってそういう人を集めてというか、似た志の人が集まってできた感じなのか……。
そうなると残りの一人、ヤージさんも?
外見はこの中で……変身後のアラガミさんを除いて一番ヒューマンらしいけど、もしかして何かの種族の血が混ざっている?
気になってつい視線を向けると、それに気づいたのかヤージさんが穏やかにほほ笑んだ。
「俺たちみんな、自分の出生に悩んでいたところをラヅさんの活躍が励みになって……ラヅさんに憧れて集まった仲間なんです。そして、俺たちのためにラヅさんはフリーの役者だったのにこうして居場所となる劇団を作ってくれたんですよ。ラヅさんのことは尊敬していますし、それ以上にとても感謝しています」
「ちょうど魔族の国で学んだ演劇をしっかり形にするために固定のメンバーが欲しかったから……タイミングだよ」
ラヅさんが少し照れくさそうに笑う。
そうかそうか。
ラヅさんすごいな……自分で頑張るだけじゃなくて似た境遇の人たちの居場所まで作るなんて。
みんな、ラヅさんのことをすごく慕っている理由がよく解った。
そして……
「ということは、ヤージさんも……?」
「あ、えっとヤージは……」
私の質問にラヅさんが少し気まずそうに言葉を濁すけど、ラージさんがそれを遮った。
「救世主様にならお伝えしていいと思います」
「まぁ……そうだけど……オリバーがいいなら」
……?
何だろう。そんなに公表できないような種族って……?
異世界にも色々あるのかな? 差別されている種族とか?
チラっと両横を見ると、アーシャは私と同じように首を傾げ、ナダールは知っているからなのかラヅさんと同じように少し気まずそうな表情を浮かべている。
少し緊張してヤージさんを眺めていると、本人は穏やかな笑顔のまま口を開いた。
「実は俺、現王の父である前王の息子……現王の異母兄弟なんです」
びっくりした……けど、なるほどね。
これは異世界に詳しくなくても解る。
色々な意味で公表できないやつだ。
私もちゃんと内緒にしておこう。
でも、前の王様の息子……今の王様の兄弟……それにしては年齢が親子ほどに離れているように見える。
王家、側室、どろどろした愛憎劇でもあったり……? 元の世界だとそういう小説やドラマ、多いよね。
「あ、王家と揉めているとか追われているとか恨み合っているとかは無いので安心してくださいね?」
私の考えていることがバレたかのようなフォローが入る。
まぁそうか。王家と揉めていたら役者なんて顔出しの仕事を王都でできないよね。
「ただ、俺は……王家の血筋なので神の末裔なんです。そのため、普通のヒューマンとは色々と違うところがあって……母は普通のヒューマンなので、解りやすく言えばハーフ神って感じですね」
「……ハーフ、神……?」
そういえば王家はリアル神の末裔なんだった。
ハーフ神……なかなかのパワーワードだ……。
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