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第4話

「それでは、出版社には予定通り明日の一〇時と連絡を入れます」


 部屋に置かれている、昔の黒電話を豪華に装飾したような電話機に執事のナダールが手を伸ばした。


「よろしく、ナダール」


 漫画原稿は約一ヶ月かけて完成した。

 〆切を設定しないといくらでも凝ったり悩んだりしそうだったので、ナダールに頼んで先にだいたいの持ち込みの日程を決めてもらっていてよかった。

 …………もう、本当にね、大変だった。

 トーンも資料集もコピー機もないアナログ作業、死ぬかと思った。

 

「何度読んでも面白いです。絶対にこれ、若い女の子に大ヒットですよ!」


 アーシャはベタや消しゴムかけに加え、疲れたときにそっとお茶とお菓子を差し出してくれたり、一コマ進むごとに「素敵!」「かわいい!」「面白い!」と叫んでくれたり、モチベーションを上げることにめちゃくちゃ貢献してくれた。

 アーシャは見た目だけでなく本当に天使かもしれない。

 原稿ができた達成感とアーシャの笑顔に気が緩んだ時だった。


「若い女の子に大ヒット……そうでしょうか?」

「え?」

「へ?」


 完成した感動に浸っている私とアーシャの前で、背筋を伸ばして立ったまま原稿をパラパラと眺めたナダールが抑揚のない声で呟いた。


「……ナダールは、おもしろくない?」


 確かナダールは三〇代半ば。黒髪を撫でつけた真面目すぎる堅物男性だ。

 私の漫画は女の子をターゲットにしているからナダールのような男性に酷評されても仕方がないかもしれないけど……さすがにちょっと凹む。


「いえ、私が読んでもとてもおもしろいので、若い女性よりも年齢が高めで本を読み慣れた層に売れそうだと感じました」

「え? そ、そう?」


 お?

 おぉっと?

 淡々と仕事をこなす執事で、今まで余計なことは一言も話さなかったナダールが、急にこんなことを言い出すなんて……?

 この漫画、自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃベタベタな恋愛漫画なのに?

 幼馴染の男の子が好きだけど「彼は私のことを女の子として見てくれない」と悩んでいる主人公の女子高生に、学年一のイケメンが告白。悩みながらも付き合い始める主人公だけど、イケメンとの恋愛は気が張って疲れて上手くできなくて「僕といても楽しそうじゃないね。別れよう」とすぐに振られてしまう。そんな時、幼馴染が「俺は自然体のお前が好きだぜ」と主人公に告白し、二人は結ばれる。

 ……本当によくある、幼馴染ものの恋愛漫画。

 私が一番好きなパターンだけど、恋愛のことにしか触れていないから大人の男性が楽しめる要素があるとは思えない。


「あ、もしかして世界観が興味深かった? 異世界が面白い?」


 背景の車やビルも、記憶を頼りに必死に描き込んだから、そのあたりを楽しんでくれたのかもしれない。

 それなら納得……


「異世界の文化が垣間見られるのはとても興味深いですが、それ以上に登場人物たちの心の機微に感動いたしました」

「……心の?」


 ナダールは相変わらずの無表情だけど、力強く頷いてから口を開いた。


「冒険譚の中に恋愛のシーンが含まれているお話はたくさんありましたが、恋愛の描写だけを抽出して一つのお話にするなんて、とても斬新です。人間の心の動き、精神性にこれほど深く踏み込んだ作品を私は知りません。自分とは異なる人間の異なる心理を理解するという意味ではとても難しい内容なのに、それに大げさな表情がつき、より小さな恋愛の一シーンに絞って丁寧に描くことで前後の気持ちを理解しやすく読者に恋愛の追体験をさせるなんて……こんな高度な物語、私なんかの語彙では表現しきれませんが、最高です、素晴らしい、感激しました。さすが救世主として時空を跨ぐだけあります」


 ナダール……? こんなに饒舌なキャラじゃなかったよね?

 え? しかも、何? この世界は恋愛だけの作品って無いの?


「そうですね。確かに、私にはちょっと難しかったけど絵が解りやすいから読めました」

「そ、そうなの……?」


 言われてみれば、アーシャは、ストーリーよりもファッションやキャラクターの容姿、キメ台詞といった表面的な所ばかりを褒めてくれていた。それはそれでとても嬉しい。


「私はナダールさんみたいに、普段から人間の気持ちを繊細に描写した高尚な文学作品を読むようなタイプではないので……」


 高尚な文学作品……?


「この世界って、他人の恋愛を気にしないの? 誰と誰が付き合っているんだろうとか、別れたのかなとか」

「知り合いの恋愛は気になりますよ。友達とは恋愛の相談をしあうこともあります」

「噂好きの方はずっとそういう話ばかりしていますね」


 それなのに、恋愛をエンターテイメントにしていない、ということ?


「……一気に心配になってきた」

「大丈夫ですよ。緻密な心理描写を求める文学ファンは多いです」

「そうです! 話は難しいけど、このセリフは私も言われたいなってドキドキしますし、絵を見ているだけでも楽しいですから!」


 ……私の狙いと全然違う。

 それに、この二人の感性も歪んでない?

 大丈夫?

 この反応、ここの国民のスタンダード?


「……まぁ、ダメなら違うものを描こう」


 翌日、あまり期待をせずに出版社へと向かった。






読んで頂きありがとうございます!

続きは1~2日中に更新予定です。

ぜひ読んでやってください!

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