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第35話

「見た目は完璧にヒューマンにしているつもりなんですが」


 アラガミさんが少し驚いたような声を上げ、他の人たちも感心したように「お~」と言いながら手を叩く。

 やっぱりそうだよね。ヒューマンに上手に化けている系の種族なんだと思った。


「はい、見た目はヒューマンに見えました。ただ……先日の舞台の時と少し顔立ちも体型も違ったので」

「え?」

「コージ、変えたの?」


 私の言葉にアラガミさんだけでなく、ラヅさんやノースさんも驚いてアラガミさんを振り返る。


「あ……はい、少しだけですが。先日の舞台の設定身長は高くて疲れるので五センチほど低くしています。あと、今朝は急いでいたので輪郭がちょっと……頬の辺りは髪で隠れるし少しくらい違ってもいいかなと思って」

「背は……言われてみればそうか」

「輪郭? え……? じっくり見ても僕にはわかんないけど?」

「俺はよく見れば解ります。ブラック役はブルーと共闘するシーンが多かったので、近くでよく顔を見ていましたから。しかし……救世主様は二階席から舞台を鑑賞されたんですよね? その一度で……?」


 ラヅさんと他のメンバーがアラガミさんをまじまじと見つめては首を捻る。

 ナダールとアーシャも「一緒に観ていたけど私はわかりません」といった顔で視線を合わせて首を振った。

 そうか。みんな解らないものなんだ。

 私はイケメン好きで漫画家って職業だから、イケメンの顔の造形を覚えるのは人一倍得意な自信はあったけど、思っていたよりも得意だったみたいだ。

 

「さすが救世主様ですね~! 僕らよりも鋭い観察眼をお持ちだ! だからあの漫画という繊細かつ緻密な作品が生み出せるんですね!」


 ノースさんが感心したように、少し大げさに両手を広げ、背中の翼もばさっとはばたく。

 ノリが軽いけど、やっぱり見た目はドラキュラだな……。

 大きく口を開けた時にきらりと光る牙を「怖い」と思ってしまう。

 他の人、怖くないのかな……魔族と人間って以前は戦争していたんだよね? それなのに今は吸血鬼相手でも怖くないほど信頼が確立されてるの?

 それとも、ヴァンパイアに見えているけど、この世界でのヴァンパイアは血を吸わなくて人畜無害とか……?

 考えて解らないことは聞くしかないか。


「あの、魔族ということですが……私のいた世界ではノースさんのような外見の種族はドラキュラとかヴァンパイアとか吸血鬼と呼ばれていて、実際にはいないのですが、空想上の生き物として有名というか人気があったんですが……こちらでも同じ呼び方ですか?」

「はい! こちらでもヴァンパイアという種族名です。異世界でも同じなんですね! しかも人気があるなんて嬉しいな。ちなみに僕たちヴァンパイアはヤダ様がおっしゃった吸血鬼という言葉通り、血を吸うことができますが、現代では吸う必要はなくて……その……申し訳ないのですが……」


 少し驚きながらも楽しそうに話していたノースさんが、気まずそうに言葉を濁す。


「吸血鬼という呼び方は蔑称になるので今は使われていないと言いますか……」

「あ! すみません! 知らずにひどいこと言って……!」


 元の世界でもあるよね、その国で食べている物の名前で呼んで揶揄ったり蔑んだり……吸血鬼なんて確かに良いイメージじゃない言い方だ。


「いえいえ。大丈夫です。ただ、魔族の国で言うと過剰に怒る人がいるので絶対に言わない方が良いと思います。舞台や本では使用できない禁忌語に指定されていますし……」

「気を付けます! えっと……ヴァンパイアは良いんですよね?」

「もちろんです。あと、ドラキュラ……でした? それはちょっと聞いたことが無いですねぇ」

「一番有名な呼び方なんですが……そういえばドラキュラ伯爵っていう個人名だったかな?」


 ヴァンパイアって登場する作品も多くて、名称がいっぱいあるよね?

 その中でもドラキュラに伯爵がつくのは複数回見た気がする。


「伯爵? 貴族ということですか?」

「そう……かな? ヴァンパイアは空想上の生き物なんですが、だいたいお城に住んでいて美形で高貴なイメージがありますね」


 うーん。元々はヨーロッパのどこかの伝承だっけ?

 モデルになった人とか事件があったような気もするけど……私の知識は漫画やゲームで知った程度だからなぁ。


「へ~! そんな感じなんですね! 高貴とか全然そんなことないのにな~! 他には? 異世界のヴァンパイアってどんな感じなんですか?」

「えっと……これ、言っていいか解らないんですが……私のいた世界だと、ヴァンパイアはニンニクの匂いが苦手で十字架を見るのが嫌いで、不老不死だけど太陽の光を浴びたり胸に杭をうったり銀の弾丸を撃たれると死んじゃうとか……あとは、コウモリやネズミに変身できたり、血を吸って仲間を増やせる……とか?」


 元の世界だと、ヴァンパイアって悪者扱いだったから、ポジティブな情報があまりない……うーん。また失礼なこと言っちゃってないかな?

 ノースさんの様子を伺いながら少しずつ話してみたけど、どの言葉にも興味深そうに頷いてくれたので、一安心か。


「すごい……まさに僕たちのことですよ! 十字架というのは解らないですが、それ以外はほぼ事実です! 細かく言うと、ニンニク以外にも苦手な香草があったり、仲間を増やすにはただ血を吸うだけではなかったり……あと、太陽の光は浴びると死ぬのではなく眠くなるんですが……でも、大まかにはそのとおりです!」


 以前ナダールとアーシャと話した時にも思ったけど、元の世界の空想の種族とこっちの世界の種族、かなりリンクしているよね。

 伯爵とか高貴っていうのは個体差があるし後付け設定っぽいけど、根本的なところはやはり共通。

 十字架だけが違うのは、こっちの世界にキリスト教が無いからだろうし。


「それにしても、空想の種族のことなのによく覚えているんですね!この世界のヒューマンよりも魔族に詳しいんじゃないですか!?」

「そんなことないですよ。私のいた世界では一般常識……ではないけど、ほとんどの人は自然と覚える知識です」


 私が漫画家で、周りにゲームや本が好きな人が多いからかもしれないけど、これくらいの知識は基本というか……オタクじゃない一般人だって「ヴァンパイアは血を吸う」くらいは知っているはず。

 改めて考えると、ドワーフやエルフもそうだけど、元の世界の人はファンタジーに関する知識、しっかりしすぎだよね。実際にいない生き物なのに。

 

「普通は他の種族のことなんて自然と覚えないんですよ! 異世界の方は勉強熱心だなぁ。実際にいない種族の知識まで身に着けるなんて」


 ノースさんは役者じゃないというけど、まるで役者のように大げさに頷きながら褒めてくれて……うーん。そんな感じじゃないのにな。ちょっと居た堪れない。


「知識というほどのことでも……それに、ほら、アラガミさんの方はどの種族なのか思いつきません。 姿を真似る種族がいたとは思いますが……」


 姿を変えられるって言うと、狐とか狸の妖怪? ヴァンパイアと世界観が違うか……。

 あとは……ドッペルゲンガー? あれって種族? 現象?

 変身ってありがちな能力ではあるけど、変身する種族って言われるとパっと思いつかないな。


「俺はマイナーな種族なので異世界では知られていないかもしれないですね」


 それもそうか。

 全部の種族が元の世界でも知られているとは限らないよね。

 しかもマイナーならなおさら。

 きっと聞いたことも無い種族なんだろう。


「なんて種族なんですか? 元の姿も気になりますね」

「お見せしても構いませんが……元の姿は全然違うので驚かないでくださいね?」


 アラガミさんが少し照れたように言った後、爽やかな笑顔が、手足が長いスラっとした体が、ぶるっと震えた。


――ぷる

――ふわ


「……え」


 目の前からアラガミさんの姿が消え、着ていた服が一瞬遅れて床に落ちる。

 別の姿が現れるのではなく、視界から消えた。

 服が落ちるということは透明になったわけではない。

 つまりアラガミさんの体は床に……


「……あ!」


 床には少し青みがかったぷるぷるした丸っこい物体が落ちていた。

 これ……あれだよね?

 ゲームみたいに目は無いけど……

 想像よりも一周り……いや、三周りくらい大きいけど……

 半透明で、ぷるぷるで……


「スライム……?」

「ご存じでしたか!」


 目も無いし口も無いし耳も無いのに、先ほどまで爽やかイケメンの口から出ていたのと同じイケボが、丸いぷるぷるから発せられた。



読んで頂きありがとうございます!

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